エピソード 136
「うんまぁ~!!何これっ!めっちゃおいっしいんだけど!!」
セリオスさんが持ってきてくれたお茶と焼き菓子。お茶は前世の紅茶みたいな感じなんだけど、このお菓子が、もう、尋常じゃないくらいすんごい美味しい。
外側がカリッとサクッとしてるのに中はふんわりしつつしっとり濃厚で、バターの香りがほのかに薫り、蜂蜜のような甘さはあるんだけど、くどくなくて後味は爽やかで・・・
「お気に召したようで幸いです。これは我が国の伝統的なお茶菓子なのですよ」
ニコニコしながら給仕するセリオスさん。ナイトはもうお茶のお代わりを口にしつつ二つ目のお菓子に手を付けている。
「へぇ、キトル様これ気に入ったんすか?このヨーカン」
「羊羹?!羊羹じゃないでしょ!」
「ようかんじゃないっすよ。ヨーカン」
「絶対違う名前の方がいいでしょ・・・」
私も二つ目のヨーカンに手を付けた所で、声がかかった。
「呑気なものだな」
モルチが座ったままこちらを見ている。でも、色々吐き出したからか、その視線の鋭さは和らいでいるみたい。
「モルモルさんも食べたいの?一個いる?一個だけね」
「違うわ!モルモルもやめろ!お前のようなふざけた小娘が、なぜ使徒の力を・・・」
「知らないしぃ〜。私のせいじゃないしぃ〜」
ふざけた小娘は二個目を口に放り込んでモグモグ。マジで美味いなこれ。飲めるわ。
「テリーナ様なら、お前のようなふざけた物言いなどされなかったであろう」
「そりゃ私キトルちゃんだもん。テリーナさんじゃないよ」
「テリーナ様、だ!思慮深く、優しさに満ち溢れていたあの方こそ、真の神の使徒なのだ!」
「それを決めるのは神様なんじゃないの?大体、私の前の使徒様にも会ったんでしょ?」
「「えぇっ?!」」
まだお菓子を食べてるナイトやヘブン、セリオスさんら休憩中の大神官の皆もこっちを振り向く。
「私だけじゃなく、前の使徒様にもそんな失礼な事言ってたわけ?」
「・・・やはり知っていたか。そうだ、あの娘に会いはしたが・・・あの兄弟や両親の生まれ変わりとなるような人物は当時いなかった。それに帝国の内戦もあり、救世の使命を果たすのは難しいと思われていたので、あの娘には直接頼んだのだ」
「何を?」
「世界を救うな、と。そうすれば、千年待たずともまた次の神の使徒は生まれる。現に、お前がそうだろう」
大神官さん達が言葉を失った様子でこちらを見ている。
「で、前の使徒様はなんて?」
「あの者は、何と言うか・・・『行けたら行くけど、行けなかったら行かないね~』とけむに巻くような物言いをしていた。もし内戦が終わり帝国に向かうようならばそれを阻止しようと、とこちらも準備をしていたのだが。結局はお前たちも知ってる歴史の通りだ」
セレナさんってば、そんな飲み会に誘われたみたいなノリで。
「お前にも最初は穏便に、直接話をするつもりだったのだ。だから使者をやり、この国に連れて来ようとしたし、途中で諦めるよう手を尽くしたのだが・・・何から何まで思い通りにいかなかった」
「あ~セリオスさんのやつか」
「ぐっふぅ!」
セリオスさんに流れ弾が当たったご様子。小声で「その節は誠に・・・」って呟いてる。
「にしては爆弾とか用意周到じゃん?秘学塔にいる人達も手下なんでしょ?」
「いや、あの者達は違うな。手下というより、目の前の物しか見えてないだけだ。そいつらは気付いていないようだが、秘学神官の聖神力は対象の時間を進めるのだ。植物ならば成長を促し、生き物ならば老いを早める。わたしが作った使徒の植物の亜種を渡すと、喜んで量産して調べてはいたが、あいつらはわたしの話に興味はないだろう。だからこそ扱いやすくはあったが・・・」
「あ~研究者肌なわけね」
そいつら呼ばわりされた大神官たちは初耳だったみたいで、ざわついている。確かに、老いを早める、なんて力なら人体に悪影響だと思うし、調べようがなかったんだろう。
「はっ?!という事は、私にその聖神力を当ててもらえば、すぐにダイナマイト美女になる可能性が・・・?!」
「・・・一度聖神力を浴びると、成長は止まらんぞ」
「一気におばあキトルちゃんか・・・それは困るな。ちえっ」
「ふっ」
マルチが小さく吹き出した。その表情もほころんでいる。
「もう、いい。どうせこの状態だ、お前が神に会いに行くのは止められぬ。あの兄弟にも全てバレてしまったしな。好きにするがいい。千年待ったのだ、もう千年でも二千年でも待ってみるさ」
千年。私は前世まで合わせても五十年も生きてないけど、どれだけ長い時間なんだろう。
「ねぇ、モルモル」
「モルモルではないと・・・なんだ?」
「なんでそんなにテリーナさんに生まれ変わって欲しいの?」
「何故・・・?さっきも言っただろう。彼女ほど優れた使徒はいないし、彼女の願いが」
「違うよ。テリーナさんがどう、じゃなくて、モルモルの願いとか、気持ちはどうなの?」
「わ、たし、の・・・?わたしの願いや、気持ち・・・」
予想もしてなかったようで、私の質問を噛み締めるように繰り返す。
しばらく、時が止まったように動きも止まり、まるで生まれて初めて紡ぐように口から言葉が零れ始める。
「わたし、は・・・テリーナ様に、会いたい」
見開いた瞳から、涙が溢れてくる。
「会いたい、ただ、あの方に、もう一度会いたいのだ。あの方に、また、会いたい。そうか・・・わたしの願いは、それだけだったのか・・・」
色々理由を付けたり、大義名分を考えていたんだろうけど、結局本当の願いはシンプルだったんだ。
ただ、もう会えなくなった大切な人に会いたい。その気持ちだけは、わかるよ。
「うん、そうだね。そして・・・悪い事をしたら謝って、罪を償う!これ、基本!はい、復唱ぉ!」
しんみりした空気から、突然出た私の大声にビクッと跳ねるモルチ。
「はっ・・・?!わ、悪い事をしたら謝って、罪を、償、う?」
「そう!だからぁ〜・・・判決っ!モルモル!死刑!!」
「「・・・えぇっ?!」」
セリオスさん達が一斉に驚く。ナイトは落ち着いた様子でお茶を飲み、ヘブンはまだお菓子に夢中。
慌てた様子でセリオスさんが一歩前に出る。
「キ、キトル様!し、死刑制度はこの国にはないのですよ」
「それ以前に、わたしは死なないのだが・・・」
モルチもポカンとしたまま口を開く。
セリオスさんもモルチの言葉に「そうだった!」みたいな顔してる。
「そう!だから、モルモル、一緒に山登るよっ!」
「「えぇ~っ?!」」
今日何度目かの大神官たちの絶叫。
ナイトとヘブンはお菓子を全部食べてしまって二人揃ってごちそうさましてる。
あっ!私の分のヨーカン、残しといてくれてもいいんじゃないのぉ?!




