エピソード 135
大神殿の広間の正面の、太い柱が何本も連なる屋根付きの建物。
その奥にあるのが、大神官が神と対話するためだけに設けられた聖域と呼ばれる区域。通常は大神官以外の立ち入りを固く禁じられ、特別な時にしか扉が開かれることのない場所、だった、らしい。
「ここ使っていい?」
私のその一言で、聖域の中でもひときわ広い、吹き抜けのある祈りの間が開かれた。
大神官ですら畏れ多く長居をしないというその場所に、ナイトとヘブンもごく自然に足を踏み入れ、最奥に据えられた神の座と呼ばれる椅子に腰掛けた私の左右に控えている。
「で?」
なんだかゴー☆ジャスな椅子に腰かけ、ゴツゴツした手すりに肘ついて切り出す。
「え、ええ。ではキトル様、私が話を進行させていただきますね?」
とせわしなく目を動かしながら話し始めたのはセリオスさん。
「じゃなくて、なんでこんなに関係ない人が居るのぉ?あとそのゴリラ神官も!」
「む?」
む?じゃないよ。ゴリラってば私が空中から降ろしたモルチを肩に担いでここまで運んで来たしさ。助かったけども。
「ゴリラ神官、やたらケンカ売ってきてたじゃん。モルチ側じゃないの?」
「キトル様、この者は正義感が強く真っ直ぐなだけで、信用の出来る男なのですよ。それと、この者の名は」「フローラ・セラフィアと申します」
深々とお辞儀をするゴリラ神官。
フ・・・フローラ・・・?!ゴリーラの間違いじゃなくて?
「緑の使徒様、先程は大変失礼致しました。皆の反感を抑える為とは言え、大声で使徒様のお考えを疑うような発言をしてしまった事、どのような罰でも受ける所存でございます」
そう言うと、腕が太すぎて肩まで届いてないバッテンをして膝立ちになり頭を床につける。
う、うん・・・そんなに丁寧に対応されたらどうしようもないな。
「他の人達は?」
ゴリーラ、じゃないフローラ大神官の他にも、十人くらいの知らない人達。服装的に大神官?
「この者達は創造神アルカスへの信心が深く、キトル様に害をなす可能性がないと言い切れる者を選んで連れてまいりました。ここで起こった事を後世に伝える為にも、ある程度の人数が必要かと思いまして」
ふうん?まぁ別に邪魔しないならいいけどさ。
「ふん・・・よくわたしの息のかかってない者を選べたものだ」
グルグル巻きのまま床に座ったモルチが吐き捨てる。モルチがそう言うならこの人達は大丈夫って事か。
「では、マルティス老、いえ、もうこれからはモルチ殿、とお呼びしたほうが良いですね。モルチ殿は、千年以上前に緑の使徒様と共に千年枯れの危機を乗り越え、世界に癒しを与えた存在であると伝え聞いております。その尊き従者であるモルチ殿が、何故、破壊と再生の神モルティヴァと成ったのか。その経緯を教えていただきましょうか」
「・・・わたしが生まれたのは」
「そこから?!」
いきなり話の腰を折られて、モルチが不満げな顔で睨んでくる。
「ごめんって。いいよ、続けて」
「・・・わたしはテリーナ様、緑の使徒様と同じ集落で歳の近い幼馴染として育ったのだ。テリーナ様のご両親は弟二人を生んだ後亡くなり、テリーナ様が一人でその面倒を見ていた」
・・・長くなりそうだな・・・。
「その弟たちの名はスレイグとマルゴード、顔つきも年齢差も、先ほどの二人とよく似ていた」
あ~ドワーフ兄弟ね。名前も似てんね。
「そしてある日突然あの子らはテリーナ様の目の前で事故に遭い二人とも亡くなり、そのショックで意識を失ったテリーナ様が目覚めた時、あの方は神の使いとなっていたのだ。両親を、そして弟たちを失った悲しみは長い間続いたが・・・ある日立ち上がり、わたしを従者にし、世界を救おうと決められたのだ」
その話誰かに聞いたな。誰だっけ。あ、地下神殿の門番さんだ。
「それからの事は世界を回った使徒様の様子として神殿にも記録が残っているだろう。・・・ここからは、神の扉を通ったものにしか伝わっていない事だ。あの山を登ると、頂上にはカシンナ湖と呼ばれる熱い水の張った小さな湖がある。池と呼べるほど小さなものだ。そしてその中央には、ハルラ島と呼ばれるさらに小さな島があり、そこに神はおわすのだ」
これ、テリーナさんが壁画にして残してた話だね。そうか、そんな風になってるんだ・・・。
「従者が付いて行けるのは、その湖のほとりまでだ。そこからは、神の使いが一人で神に会いに行くのだが・・・わたしは、聞いたのだ。神が、『一つだけ願いを叶える』とテリーナ様に言ったのを」
おっ!やっぱりお願い事を一つ叶えてくれるんだ!そっかぁ~何にしようかなぁ。
「その時、テリーナ様が何と言ったのか、いや、叫んだのかはわからない。聞いた事のない言葉だったので、おそらく神の言葉なのだろう・・・。だが、また弟や両親に会いたい、そう言われたと思ったのだ」
・・・あぁ、モルチは何も知らなかったんだ。
テリーナさんが使徒となり、吉野さくらさんの記憶を思い出して、一番何を欲していたのか。
あの壁画に描かれた風景、心が切り裂かれるような文章。
彼女はきっと・・・元の世界に、ずっと戻りたいと思っていた。
「神であろうとも、死者を蘇らせることは出来ない。それならば、弟たちを生まれ変わらせて彼女の元に返すのだと、わたしは考えた。しかし、使徒であると同時に、彼女はとても・・・心が弱かった」
「優しすぎたのだ。人と関わる事で傷つき、全てから逃げてしまいそうな脆さのある方だった。だから、弟たちが戻るまで、いや、戻った後も彼女を支えたい、だが今の自分では力が足りない、そう思い・・・わたしは禁忌を犯したのだ」
「熱湯のように熱い湖を渡り、神と対話している彼女に見つからぬよう神の一部を口に詰め込んだ。焼けたように爛れた身体は元通りになり、力は漲り、また湖へと潜ってもめくれた皮膚はすぐに再生する。神の力を手に入れたと思ったよ。しかし、テリーナ様は・・・その寿命を終えて、満足そうに旅立たれてしまわれた。老いず朽ちもしない私を残して」
そう、彼女はきっと・・・元の世界に戻ったのか。
『もうすぐ会えるよ』
あの言葉は、きっと亡くなる直前のもの。この世界での生を全うして、元の世界に戻ったんだ。
「それから私は、各地を転々として暮らした。いくらドワーフと言えど老いない者などいないからな。そして考えに考え続け、一つの結論に至ったのだ。彼女は、また神の使徒として生まれ変わろうとしているのだ、と」
・・・え?なんで?何故にそうなる??
「彼女は誰よりも神の使いとして優れた、真なる神の代理人だった。それはここにきて使徒に関する記録を盗み見て確信した。・・・他の使徒など比べものにならぬ。彼女ほど優れた者を、神が手放すはずがないのだ!それならば千年ののち、彼女が現れるタイミングで弟や両親も生まれ変わるはず。そう思い、彼らを、そしてテリーナ様を探すため、自分の手足となって思い通りに動く者達を集めようと破壊と再生の神モルティヴァをわたしは作ったのだ!」
「・・・一度、休憩を挟みましょう。キトル様、お飲み物をご用意いたしますね」
セリオスさんの声で、張っていた糸が緩むように全員が大きく息を吐いた。
ちょっと一息、入れさせてもらおうじゃないの・・・




