エピソード 131
「神々が住まう山の麓、聖なる息吹に満ちたこの大神殿にて、日々を捧げし尊き同志よ。この刻、この瞬間、この清らかなる光のもと、わたくしは深い感謝と畏れを胸に抱き、声をあげる。われらが永き時を越えて待ち望んだ、神話に記された緑の使徒様が、まことに、まことにこの地に顕現なされたのである。
千年枯れの呪いが世界を覆い、地を裂き、空を渇かせ、森を灰と化さんとしたその絶望の只中においても、神はわれらを見捨て給わなかった。天の帳を払い、希望の種を地に撒くべく、神はひとりの少女を選び、その御心を託された。その御方こそが今、我らが目の前に在す緑の使徒様であられる。神託を帯び、使命を胸に、幾多の試練を越え、大陸の果てより果てまでその御足で巡り、荒れ果てし地を緑に変え、凍てつく地に花を咲かせ、そして、ついにこの旅の終着の地として、この聖神国を選ばれたのである。そして・・・」
長い、長いよ。小説の冒頭なら読み飛ばすぐらい長い。
馬車の中にいるから見えないけど、大神殿の前の広場?にセリオスさんの声が響き渡っている。
馬車の小窓から「ゴランさんの馬車が来てないっすね・・・」とつぶやいたナイトの声が聞こえる。
ゴッさん、襲われたのかな?大丈夫かな・・・。
でも大丈夫か!ゴッさんマッチョだったし。筋肉があれば何でも出来るって言うしね。
しかし、セリオスさんの演説はいつまで続くんだろう。
こっそり見てもいいかな・・・?
馬車の右側の窓にそ~っと顔を近づけ、外を伺うと・・・あれ?馬車だ。
あ、そうか、広場に向かって前向き駐車してるのか。駐車?前向き馬車?
隣にある馬車の後ろに付いた鳥カゴはピンク色だし、ダッ君の乗ってたやつだね。もう少し顔を上げると、その向こうにナーさんが乗ってた黄色の鳥カゴも見える。
馬車と馬車の隙間からは広場にいる人達が少しだけ見え、その向こうには多分大神殿なんだろう、白い建物と・・・そのまま建物を見る視線を上げていくと、すご~く上まで・・・なんじゃありゃ!めっちゃ高い建物!!
あっ、あれが塔か!何だっけ、秘塔!あ、違う、秘湯、ひ、ひ、ひが・・・秘学塔だ!たっかぁ!
何階建てよアレ。え?あれ全部階段?違うよね?もしモルチがそこに逃げ込んでも、私追いかけないぞ。
でも、秘学塔の上の方、すごく嫌な感じがする。距離があるからわかりにくいけど、じっと見てると例の嫌な感じ。やっぱりあそこで毒ブドウとか作ってたんだろうな。
ふう、と、もう一度馬車の床に座り込む。ナイト達、何か考えて動くって言ってたけどどうするつもりなんだろ。セリオスさんの話、校長先生のお話並みに長いんだけど。
今度はゆっくり立ち上がって、ナイトが座ってる馭者席、正面の小窓から外を覗いてみる。
お!ナイトの後頭部があるから、コレ私が覗いてても気づかれないやつじゃん。
うわ~ここめっちゃ広い!東京ドーム何個分?は言い過ぎだけど、野球場ぐらいは余裕であるんじゃね?
そこにびっしり座って両手をバッテンにした人、人、人・・・多いな~皆ずっと座らされてるの?セリオスさん、そろそろ止めてあげたら?
一番手前には他の人と違う服装の人もいる。あ、セリオスさんと同じ服だし大神官か。確か大神官は全部で二十人くらいいるって・・・
ゾワッ
おぉうっ?!
今までに感じたことがないほどの嫌悪感。
全身に鳥肌が立つような、皮膚の下を冷たいものが這い回る感覚。
見るだけで胸の奥がざわつき、吐き気にも似た圧迫感が喉元を締めつけた。
周囲の音が一斉に消え、そこ以外が急速に色を失ったように一点しか見えなくなる。
熱も風も匂いも、すべてが遠のき、視界の中央にソレだけが残る。
鼓動は静まり、息は勝手に浅く整う。
肌にまとわりつく悪寒が、鋭い刃のように神経を研ぎ澄ませる。
アイツだ。
間違いない。
アレがモルチだ。
「ナイト、私、出るね」
小窓に向かって声をかけ、馬車のドアを開ける。「えっ」って声が聞こえた気がするけど、足は地面をもう踏んでいる。
広場に座る人々の視線が集まった気がするけど、私の視線はモルチを捕らえて離さない。
右手を上げて、十メートルほど空中にトゲの付いた頑丈なツタを。
生まれた瞬間に地面まで伸びたそれは一秒と待たずにその人を巻き上げ、空中へと留める。
さらに周囲にグルリと鉄砲豆を作り、その銃口はツタから唯一出ている頭部へと狙いを定める。
念のため、ツタで口を覆っておく。
これで、もう動けない、はず。
そこでやっと、しばらく呼吸を止めていたことに気が付いて、ふう、と息を吐いた。
「これは一体何事だ!!!」
叫び声で我に返って前を見ると、広場の一番手前に立ち上がった人がまだ何か叫び続けてる。
あ、ゴリラだ。いや違う、人だ。ゴリラ似の人。でも異世界だし人似のゴリラって線も・・・
「また何か変なこと考えてますよね」
耳元でナイトの声がしたと思ったら、ひょいっと身体が宙に浮いて、馬車の馭者席に降ろされた。
おぉ、ここだと広場が見渡せるのね。
「その子供は何だ!まさか神の子たる大神官にこのような仕打ちをする者を使徒などと言うのではあるまいな!」
まだゴリラが叫んでる。ゴリラの服、大神官じゃん。ゴリラの癖に。
「そうだ!そいつは偽物だ!」
右奥の方から新たな声が上がる。あっちは秘学塔がある方だから、モルチの手下か?
広場に集まった人々がざわつき始める。
「偽物?」「いやしかしあれは神の御業では」「植物を生み出してみせたのだから、使徒様なんだろう?」「しかし、なぜ大神官を・・・」
「静まりなさい!わたくしが説明いたしましょう!」
広場に向かって馬車の前に立ったセリオスさんが声を張り上げてるけど、ざわつきとゴリラの声の方が大きい。ってかゴリラうるさいな。
ナイトが顔を近づけてささやく。
「キトル様」「うん」
この国に入って最初に作ったあの丘のように。右手を左側に出し、右側へと水平に流す。
広場に座った人々の足元に、一斉に咲き乱れる芝桜。
真っ白の神殿の、白装束で埋まっていた広場の隙間を埋める濃桃色。まるで真っ白だったキャンバスに、絵の具を散りばめたみたい。
瞬く間に静まり返る広場。
うん、信じてくれたみたいだね。
それじゃあモルチの断罪劇、始めようじゃないの!




