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緑の手のキトル〜極貧で売りに出されたけど、前世の知識もあるから全然生きていけます〜  作者: 斉藤りた
セラフィア聖神国編

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123/147

エピソード 123

「ん~!気持ちい~い」


馬車から降りて大きく背伸びをする。


今私達がいるのは、セラフィア聖神国に入って数時間走った草原。地平線まで見える丘には所々地面が覗いているものの、全体的には鮮やかな新緑が多いように見える。・・・ちょっとうるさいから馬車のお花スピーカーから流れる自己紹介、休憩中は止めておこう。


予想していた通りフロストリア王国内で襲撃を受ける事はなく、無事に聖神国に入ることが出来た。


んで、国境を越えた途端に春の陽気。


「ホント、この大陸ってどうなってるんだろうねぇ。いきなりポカポカ陽気じゃん」


「ちょっとキトル様、あんまり気ぃ抜かないでくださいよ?一応狙われてる身なんすから」


ナイトが小言を言いながら、私が生やしたリンゴの木からいくつか実をもぎ取ってヘブンの元に持っていく。


「キトル様、いかがでしょう。我が聖神国は神のお膝元と言われ常に温かな気候と柔らかな日差しの降り注ぐ国でございます。キトル様にもこの国の美しさを知っていただけたらこの地出身の身としては非常に嬉しく思うのですが・・・」


芝生の上に座り込むと、セリオス大神官が近くに寄ってきて珍しく控えめに聞いてきた。


「そうですね、前にセリオスさんが言ってた通り、まだ緑が残ってるし暖かくて気持ちいいですね。来たばっかりだけど気持ちよく過ごせそうだなと思いますよ」


「・・・っ!ありがとうございますっ!」


今一瞬背を向けて小さくガッツポーズしてたね。そんなに気にしなくてもいいのになぁ。


「セリオスさんってこの国の出身なんですね。大神官ってやっぱりこの国の人じゃないとなれないとかですか?」


「いえ、出身が大神官になるために重視されることはありません。どのような国、身分、種族であれ、必要なのは神に仕えるその覚悟と信仰心だけでございます。もちろん、神の御心である経典への理解やその活動への貢献度など様々な点が評価されます」


あらまぁ、意外とちゃんとした宗教なのね。最初の印象が誘拐犯グループだったから、極悪人ぞろいでドロドロした宗教団体かと思ってたわ。


表情に出てたのか、ちょっと苦笑いされる。


「もちろん中には派閥もございますし、わたくしのように信仰心が行き過ぎてしまった者や賄賂を受け取って布教地の優先順位を選ぶような不届き者もおりますが・・・それでも神官よりも上の役職にある者は神への信仰心が土台にあり、それが揺らぐことはないのですよ」


ふうん。まぁ私は信仰心もないからどっちでもいいんだけどさ。言うとまたうるさくなりそうだから言わないけど。


「キトル様、そろそろしゅっぱ、うわ、すげぇ」


後ろでナイトの驚く声がして振り向くと、思わず「えっ」って声が出ちゃった。


私の歩いてきたところに、淡桃色や薄紫色の小さな花がビッシリ。地面を覆い隠すように咲き乱れてる。この花、どこかで見た事ある。確か前世で旅行に行った先の大きな公園で、名前が・・・


「あぁ、やはり伝承にあった通りですね。これはサブラタと呼ばれる花で、使徒様が通った後に咲く花なのですよ。我が国の固有種で、サブラタ、サブラータ、などど呼ばれたり、あとは」


「これ、芝桜・・・?」


「おや、流石キトル様。ご存じでしたか。シバザクラとも呼ばれる花で、使徒様がその神の使命を全うされると国中に溢れんばかりの淡いピンク色が咲き誇り、それを見るために大陸中から人々が巡礼に訪れると言われているのですよ」


やっぱり芝桜だ。確か初夏くらいの時期に旅行に行った先の大きな公園で、見渡す限りの芝桜を堪能した覚えがある。


そう、確かこんな感じで・・・


スッと立ち上がり、右手を前に出すと軽く水平に流す。


地平線まで続いていた土と新緑の混じった景色が、春の吐息をかけられたように一気にピンクと紫のグラデーションへと変化する。まるで大地そのものが染まりゆく絵画のよう。風が吹くと花の海で波のように色が揺れ、通る人々の足を止めてしまうような美しい景色。やっぱり、あの芝桜だ。なんでこの国だけ、前世と同じ植物なんだろう。


「おぉ!何と見事な・・・!キトル様の神の御業、しかとこの目と心に焼き付けて」


「キトル様、大丈夫っすか?」


「え、うわっ!あ、いたっ!」


ナイトが顔を覗き込んできたもんだから、目の前に突然ドアップで顔が現れたせいで驚いて尻餅ついちゃった。


「も~何やってんすか」「こっちのセリフだよ!」と文句言いつつナイトの手を借りて立とうとする。が、


パシッ!


すぐ近くで聞こえた音で顔を上げると、私に向かって手を出していたはずのナイトが剣を構えて遠くを見ている。


え?


すぐ横にポトリと落ちたのは・・・真っ二つに切られた、矢?


「キトル様っ!」


セリオスさんが覆いかぶさり、視界が真っ暗になるのと同時に、多分ナイトが走り出した足音。


ヘブンの低い唸り声と、ゴウッという音。あ、これはヘブンの口から出た火炎放射器の音だな。プスプスという音と、何かが燃えたような匂いがする。


遠くでバシッとかドカッて音が聞こえてくる。こんなに見晴らしがいい丘の上にいるのに、どこから狙ってたんだろう?ナイト大丈夫かな。


セリオスさんの下でモゾモゾ動いて音のした方を見ると、ナイトが剣の柄を持ったままのこぶしを思いっきり相手の頭に振り下ろしたところだった。うわ~痛そぉ~。ってかナイト剣で切らないのね。優し・・・いのか?タンコブ出来てそうだけど。あ、足元にももう一人いる。


「もういいっすよ、見える場所には誰もいません」


ナイトの声でやっとセリオスさんが退いてくれた。全力で守ろうとしてくれたんだろうけど、重かった・・・。


「まぁ予想通りっちゃ予想通りっすね。ただ、こいつら戦い慣れてる感じはしないんで、訓練を詰んだ兵士じゃなくただの信者でしょうね。こいつらどうします?」


無傷のナイトが地面に転がってる二人を足蹴にする。


「この先に集落があります。そちらで私の元について信用のおける数人の神官と落ち合う予定になっているので、そこまで運びましょう。後の処理は彼らに託せますので」


セリオスさんが肩から斜めにかけたバッグから紐のようなものを取り出し、両手で握り目を瞑る。握った両手の中に小さな光が現れ消えると、素早い手つきで転がってる二人を縛り始めた。


「セリオスさん、それ何したんですか?」


二人目に取り掛かり始めた所で声をかけてみる。


「先ほどのは聖神力と呼ばれる魔力を使った魔法になります。神に祈りを捧げて神の力を少しお借りする事が出来るもので、今使ったのはこの紐を丈夫にしてこの者達が逃れられないようにしたのですよ」


と言い終わる前に二人目を縛り終える。手さばき良すぎない?


「それって、私にも使えますかね?」


「うぇ、え、えぇっ?!ど、どうでしょう・・・?キトル様にはもうすでに神のお力がございますし・・・」


何故か逃げ腰のセリオスさん。うん、無理って言われるとやりたくなるよねぇ。


どうせ馬車の移動中は暇なんだもん、聖神力の魔法、練習してみようじゃないの!

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