エピソード 119
「はぁ、はぁ、こちらになります・・・」
髪が乱れて息の上がったネルガスさんから手渡されたのは、小さなメモ帳。
部屋の隅で「アタシが渡したかったのにィ」とグチグチ言ってるイジケ陛下が面倒だから、一応声をかけてあげる。
「エルヴァンさん、これ何なのか説明してくれませんか?」
「・・・えぇ~?キトルちゃんがどうしてもって言うから教えてあげるけどォ~」
と小指を立てながらこっちにスキップしてくるご機嫌陛下。ネルガスさんがジロっと睨むけど、気にせず話し始める。
「それね、セレナちゃんが何かあるとすぐに書き留められるようにっていつも持ってた物なの。あの子ってば何回教えても人の名前や地名を覚えないもんだから、それに書くようにさせてたのよ」
あら、セレナさんも?親近か~ん。ん?なんだかナイトの視線が後頭部に刺さってる気がするぞ?
「途中で失くしたり書き終えたりして、旅の間だけでも数冊あったんだけど・・・問題はなんでこれを悪コスが持ってたのかって話なのよ。キトルちゃん、中を見てみてもらえるかしら?」
言われるがままパラリとメモ帳と開き、最初のページに書いてある「セラフィア聖神国、神官さんの名前はみ~んなセラフィアさん」を読み上げる。うん、メモ書きだね。その横に吹き出しで書いてある『セラフィアさんって呼んだら何人振り返るのか?!』は敢えて読まないでおこう。
顔を上げると、嬉しいような困ったような、でも少し寂しそうな顔をしたエルヴァンさんと目が合う。
「やっぱりキトルちゃんには読めるのね」
「・・・あっ!」
そっか、コレも日本語だ。ん?じゃあ・・・
「なんで悪コスはこれを?」
「そうなのよ、どうせ悪コスも読めないはずじゃない?だから、私達は使徒かどうか確かめるために持ってたんじゃないかって思ってるんだけど」
「それと、どこで手に入れたのかも重要ですぞ。ドルコスがほざいていた自称『モルティヴァ神』からこれも渡されたのだとすると、その者は使徒の遺物を手に入れられる地位にいるという事です。使徒の遺物、しかも神の言語が書かれている物など通常は王城にて厳重に保管されているはずですから」
ネルガスさんも口を挟む。その横で真面目な顔してる人、その遺物をゴミ部屋みたいな所で埋もれさせてましたけど。
「これ『も』?」
私の後ろに立っているナイトが頭上で口を開いた。他には何があるのか、と暗に聞いている。
「えぇ、他にはあのブドウの種や苗、種が数種類、連絡用魔道具・・・は通信を試みましたが繋がらず、あとは小瓶に入った液体や食料などですな」
「あ、じゃあとりあえずそっちは私が無害化しましょうか?」
「おぉ!それは助かります!すぐに持って来させましょう」
じゃあ僕はこれで!と爽やかに去ったフィリオーンさんと入れ違いに入ってきたのは白衣のように全身真っ白の服を着て髪の毛を一つに括った眼鏡のエルフさん。
真っ白エルフさんは手に汚れた黒いバッグを手にしている。あれがドルコスのバッグだね。
「使徒様がそのお力を披露されるという事で、拝見させていただきにまいりました!」
この真っ白エルフさんは研究者さんらしい。ナントカの間・・・執務室のローテーブルに中身を出して並べていく。
あるとわかってたからまだマシだけど、やっぱりブドウの実や苗は肌がゾワゾワしてすごく嫌な感じ。我慢出来なくて、並べてるそばから手をかざして無毒化していく。
「あ!ちょっと待ってくださいよ!あ~色変わっちゃった・・・これ、もう普通の物に変わったって事ですよね?」
何故か残念そうな研究者さん。「一つくらい今後の研究の為に残しておけば良かった・・・」じゃないよ、残さないでよ。
「万が一、キトル様が旅立たれた後に盗まれたりしたら大ごとだろう。全て無毒化していただくぞ、ほれ、全部出さぬか」
うぅ~って言いながら残りを並べていく研究者さん。何なのかわからない種もやっぱり嫌な感じがするので無毒化。これ何の種だ?
「あとは食料や飲み物ですね」
と並べられていくなんか固そうなクッキーとパンの間みたいなのと、数本の小瓶に入った液体・・・
ゾワゾワゾワッ!!
全身の毛が逆立つような感覚。
「・・・ちょっと、それ見せてください」
「え?あ、はい」と研究者さんから手渡された小瓶。おもむろに手を出してテーブルに雑草の代表、オヒシバに私の意志でさらに強力にしたものを生やす。
「え、ちょっと何を、あ、痛っ」「しっ!」
喋ろうとした研究者さんをエルヴァンさんとナイトが止める。
そのまま生やしたオヒシバに蓋を開けた小瓶の液体をかけると、シュウ、と小さな音を出してみるみるうちに青々とした緑色の葉がくすんだ気褐色に変わっていく。
「こ、これは一体・・・」
「緑の使徒様が直接作った植物は、ちょっとやそっとじゃ枯れないハズなのにね。これはちょっと問題だわ」
エルヴァンさんが珍しく真面目な顔をしている。
「除草剤の魔道具的な感じですかね?効き目がヤバいですけど」
こんなもんあったらせっかく草生やして回ったのに意味ないので即処分。っていってもどうやって処分すればいいんだろう。ん~と。
「あ、そうだ!」
机の上に久しぶりのミニパクちゃん、歩き回らないVer.を一つだけ作る。
「うぎゃあ!何これっ!気持ち悪いわっ!」
エルヴァンさんの悲鳴を無視して小瓶を見せ?つつ「これ飲んで欲しいの。出来る?」と聞いてみる。ミニパクちゃんの目と耳はどこだろう・・・。
分かったのか分かってないのか、カパッと口を上げて上を向いてくれたのでそこに流し込むとゴックン!と小気味のいい音を出して飲み込んだ。
「お~ミニパクちゃん流石!こっちもお願い!」
残りの小瓶の中身も飲み干してもらう。
「ほ~、これはお見事ですな。キトル様、このみにぱくさん?、このままおいて行ってもらってもよろしいでしょうか?もしまた似たようなことがあっても、みにぱくさんがいれば安心ですので」
ミニパクちゃんをさん付けで呼ぶネルガスさん。丁寧に扱ってくれそうだし、もちろん承諾するも、キモ可愛いを理解できない国王様は反対のご様子。
「ちょっと!やめてよ~こんなのあったらお仕事したくなくなっちゃうわぁ~」
「アンタはそもそもでしょうが。・・・ですが念のため、研究室の中でも一番入室管理が厳重で日当たりの良い部屋へ移動させましょう。おい、世話を頼むぞ」
「え、僕ですか?!やった~!」
とウキウキで準備してきます!と部屋を出る研究者さん。どこの研究者さんも好きな事に一直線なのは変わらないねぇ。
「あの、ところで・・・これ、借りて読ませてもらってもいいですか?」
手に持ったのはセレナさんのメモ帳。何となくなんだけど、とっても気になるのだ。
「もちろんよ~というか持ってっていいわよ。それはただ書き留めてただけのものだし、保管するよりキトルちゃんの役に立てる方があの子も喜ぶわ!あとさっきもう一冊手記を見つけたから、それも読んでいいわよ」
と快く許可をもらったので、一旦食事の時間まで部屋で休憩する事にした。
さて、じゃあじっくりセレナさんの遺した記録を読んでみようじゃないの!




