エピソード 105
「ちょっとぉ、その地図のってホントに悪コスなのぉ?」
氷の道を操りながら、働き者の王様ことエルヴァンさんが振り向いた。
「それを確認しに行ってるんですよ。もうそろそろ見えてきてもいいんすけど・・・」
そう言うナイトの横から顔を出して進行方向を見てみる。
エルヴァンさんが作る氷の道の向こうは、はるか先まで真っ直ぐに雪道が続いてて人影は見えない。
「あ、止めて下さい。一応この辺りなんですが・・・」
ナイトの手元を覗き込む。んんん〜?コレがここで、今こっち向いてて・・・
「ん?あ、コレ右の方っすね」
ナイトの声に反応して、馬車に乗った全員の顔が右側を見る。
右側は真っ白な雪の野原。
その中に、一際目立つ肌色の・・・脚。
「あしっ!」思わず見たまんまが声に出ちゃった。
美しい雪の野原に、太ももから足先までの脚が生えてる。キッモ!!
何あれ!ホラー映画であんなの見た気がする!しかもアレ、もしかしなくてもズボン履いてない生脚じゃね・・・?
「ママぁ、アレ何ぃ?」「見ちゃいけません!」エルフママさんがルノちゃんの目を手で覆う。
辛うじて脚の根元は見えてないけど、子供に見せるもんじゃないぞ。
「えっとぉ〜・・・もしかしてアレかしら?」
「位置的には多分そうっすね」
ナイトがうんざりした声で答える。でも多分皆同じ気持ちだろう。
どこまでも迷惑な奴だな・・・。
仕方なくエルヴァンさんが指示を出し、嫌がる護衛さん達の中でおそらく一番下っ端のエルフさんがものすごく嫌そうな顔で雪野原に足を踏み入れ生足を助けに向かう。
が、すぐに戻ってきた。
どうも雪野原じゃなく雪の下に池があり氷が張っていて、そこに刺さってるみたい。行けなくはないが突然割れて落ちる可能性があるらしい。
「どうしようかしらね?気持ち的にはあのまま放っておきたいけどォ」
「しかしアレがドルコスならば放置するわけにもいきませんぞ。万が一生きていれば問題ですし」
ん〜こっちに持って来れない事はないけど・・・
「ねぇ、私がこっちまで持ってくるから何とかしてくれませんか?」
「あら、キトルちゃん出来るの?」
「出来っ・・・ますけど、したくないというか見たくないというか・・・」
エルヴァンさんがチラリと生足を見て納得した顔になる。
「あ〜ね、確かにあの付け根は見たくないわね」
ルノちゃん以外はうんうんと頷いてわかってくれたご様子。
では、いざ。
立っている場所から生足まで五箇所ほど空中にプランプランと伸びたツタを作る。生足の一番近くに作ったツタを生足に巻き付けて、クルッと後ろを向く。
「ナイト、ちょっと指示出して」
「え〜・・・へい、わかりやした」
ナイトもマジマジと見たくはないんだろうけど、仕方なく「持ち上げてください、そのまま揺らして、次のツタを絡めて・・・はい、離して揺らしてください」
と生足救出リレーの指示を出す。すると、
「あ、落ちた」
ええっ?!と思って振り向いたら、少し近づいた足が斜めに生えててこっち向いてる!!
「ウギャア!」「まぁ、可愛くない悲鳴だこと」
エルヴァンさんがケタケタ笑ってるけど、見たかないよ、あんなモノ。
で、なんとかコチラの足元まで運んで護衛の人のマントで下半身をグルグル巻きにしてもらってやっと振り向けた。
「だぁ~疲れたぁ・・・雪花樹の大木作るよりめっちゃ疲れた」
「これは・・・生きてるのかしら?」
ごくごく普通の中肉中背の中年男性。ちょっとオカッパに近いくらい髪が長いけど、スーツ着せて電車に乗せたらどこからどう見てもよくいるサラリーマン。の・・・氷漬け?下半身は普通に凍ってるけど、上半身は完全に氷に包まれている。
「凍ってます?」「凍ってるわね」
「お嬢さん、あの男かい?」ネルガスさんが離れた所からルノちゃんに聞いてるが「う~ん、多分!」と曖昧なお返事。まあカチンコチンだもんね・・・。
しかし、凍ってるなら生きてる可能性もあるのか?でもどうやったらいいんだろう?溶かせば生き返る?
「エルヴァンさん、これ溶かせます?」「無理よっ!」
ズバァン!と即答。え?なんで?
「凍らせたり冷やしたりは出来るけど、その逆は無理なのよ」
え~そうなの?一方通行なのね。じゃあどうしよう。
「わたくしが火を出しましょうか?」
小さいままだったヘブンがみんなの足の間を縫って前に出てきた。
「そうねぇ、このまま運んでもいいけど、もし途中で生き返ったら面倒だものね。生きてるのか死んでるのかだけでも確認しましょ」
という事で・・・
リーマンおじさんの氷漬けを前にヘブン君、少し離れて私とナイト、さらに離れてエルフの皆さん。アイスエルフだから熱いのがダメなんだってさ。
「いきますよ~!」と言うと、まず空に向けて大炎を吐くヘブン。少しずつ口をすぼめて炎を細くし、火力を調整していく。
「よし、ヘブン、そのくらいで・・・そうそう、もう少し下に・・・そのままそのまま」
ナイトが直接当たらない程度の距離に火を固定させ、ジワジワと氷が溶けていく。何だっけコレ、見た事ある気が・・・あ、アレだ。魚焼きグリルだ。
じっくり焼いて、じゃない、溶かしていくうちに顔の周りの氷が無くなり、髪の毛が乾いていって・・・
「ぶはぁ!!」
あ、生き返った。と同時に、勢いよく起き上がる。
「ん?・・・ぶあっちぃ!!ぎゃあぁ!なんだこれは!火が!火が!!」
顔の前に細い火を置いてたから、そりゃ起き上がったら火が付くよね。
髪の毛に火が付いたおじさんは慌てて積もった雪の中に頭を突っ込み、ジュワ~と火が消える音。
「ぶはっ!なんだ、何がどうし・・・なんだ?貴様らは」
雪から頭を上げたのは、頭のてっぺんが燃えて失くなったカッパ・・・いや、落武者・・・?
出来の悪いコントを見せられてるような気分になってたら、落武者が勝手に喋り始めた。
「ん?俺は確か・・・地図が飛んでったから取りに行って池に・・・おぉ、そうかそうか、お前達が俺を助けたんだな。褒めてやろう。ところで、一緒にバッグが落ちてなかったか?お前達のような庶民では買えないほど高価な物なんだが」
何だコイツ。初っ端から失礼な奴だな。絶対悪コスでしょ。
何がどうなって下半身が裸になったのか気になるけど聞いたら負けな気がする。
「ありませんよ」
ナイトが丁寧に答えてやると、ムッとした顔をする。
「なんだ、気が利かんな。おい、後ろのやつはエルフだろう。お前ら冷たくても平気なんだ、池に潜ってバッグを探してこい」
何を偉そうにしてるんだコイツは。落武者ヘアーの癖に。
すると、背後から元気いっぱいの大きな声が響き渡った。
「ママ、あのオジサンだよっ!ルノのお手手パチンしたの、あのオジサン!」
「あぁん?!誰だお前は」
ルノちゃん、首を伸ばして顔を確認してたみたい。偉いね!
下半身丸出しの落武者改め、悪コスで確定だ。
痛い目・・・には合ってるっぽいから、大人しくお縄についてもらおうじゃないの!