エピソード 103
「じゃ、じゃああのブドウのせいでうちの妻は寝込んでるって言うんですか?!」
副王大臣のエルガスさんに事情を聞き、愕然とするエルフ農家さん達。
やっぱり食べちゃった人がいるのか。あとでお薬作ってあげなきゃ。
「そもそもね?本当に新しい品種のブドウなら国から派遣された役人が持ってくるのに、なんで商人なんかから買ったのよ」
オネエ陛下のエルヴァンさんが地面に正座させたエルフさん達を前に腕組して問いただしている。
「え?か、買ってなんていません!」
一番前で答えてるエルフさんが顔の前で手を振ると、後ろの人達も一斉に顔を見合わせたり頷いたり。
「旅の男がくれたんです。新たな使徒様に気に入られてしまい押し付けられたが、自分には必要ないからこの村で育ててくれないか、と・・・」
はぁん?!なんだと?私が誰を気に入ったって?
エルヴァンさんとネルガスさんがチラ、と私を見る。
「その男は他にどんな事言ってたのかしら?」
「ええと、なんでも新しい使徒様は妙齢の美しい女性で、理想の男性である自分の事を非常に好いてくれていたが、一人で旅を続けたいからと縋る使徒様を振り切って来たのだとかなんとか・・・」
「ブッフォ!!」
斜め後ろにいるナイトが盛大に吹き出した。
農家エルフさん達の方を向いてるから背中しか見えてないけど、エルヴァンさんとネルガスさんの肩も震えている。
私は・・・多分能面みたいな顔してる。
「・・・んふっ、そ、その男の見た目は覚えているかしら・・・ふっ」
オネ陛下、苦しそうだな。笑いすぎじゃね?
「えっと・・・あれ?どんな顔だったっけな・・・おい、お前覚えてるか?」
先頭の人が後ろを振り向く。
「え、いや、さっきから思い出そうとしてるんだが、ハッキリしなくてな。こんな男をそれほどの美女が好いてたなんて本当か?と思ったのは覚えてるんだが・・・」
「んぐっふぅ!」
斜め後ろから異音が聞こえる。
「ぐっ・・・や、やはり、認識阻害魔道具の類を使用していたようですな」
ネルガスさんは流石、顔は見えないけど声はいつも通り。
「あ、あの!」
一番前に正座しているエルフさんが声を上げた。
「そこの子供が使徒様というのは本当ですか?!さっきの話じゃないが、美女じゃなくともそんな小さな子に神の使命を果たせるとは・・・」
能面アゲイン。失礼だな揃いも揃って。エルフってのは長寿だから余計お子ちゃまに見えるのか?一応美女(予定)なんだぞ?
片手を上げると人差し指だけ動かして、農家さん達の周りを囲むように空中に完熟のドリアンを作る。
「おぉ、これは・・・?!ぐあっ!くっさ!臭い!」
ドリアンを手に取ろうと顔を近づけた農家エルフさん達、鼻摘まんで地面にゴロゴロと転がる。
「ドリアン、別名『果物の王様』ですよ」
「わ、わかりました!使徒様のお力は理解しました!」
「き、キトルちゃん、これ、私達も被害を受けてるんだけどぉ・・・」
エルヴァンさんが鼻を摘まんで振り向く。
「食べると気にならなくなるらしいから、お話聞きながら皆さんで食べましょうね。栄養価も高いらしいので」
「ほう、こりゃ美味しいね。もう一つ貰ってもいいかい?」
どうぞどうぞ。ドリアンはおばあちゃんエルフの口に合ったみたい。
畑に案内してくれたおばあちゃんの家、つまり村長さんの家に戻ってきてドリアンの試食中。
「ホントね、食べるとそんなに気にならないわ・・・っていうか美味し~!」「私はこの匂い好きですよ!美味しい果物の匂いですっ!」
とエルヴァンさんとヘブンも気に入ってパクパク食べてる。ナイトは難しい顔してるけど、あれは匂いと味の間で葛藤してる顔だな。
「で、その男がこの村に置いてったブドウの苗はアレで全てですかな?」
ネルガスさんも気に入ったのか三切れ目を口に運びながら聞く。
「そうですね、もっと渡そうとしてきたのですが、植える場所がないので断りました。いや、断って正解でしたが」
先頭に正座してたエルフさん、若く見えたけど村長さんらしくて、寝込んでる奥さんと最初に対応してくれた大きな娘さんもいるらしい。エルフって年齢不詳だわ。
「という事は他にも苗を持ってたのね?」
「えぇ、魔法バッグから取り出したのでいくつ持っていたのかはわかりませんが・・・使徒様の作ったものだとしても、育つのが異常に早いのでおかしいなとは思ってたんです」
「へ~苗からですよね?どのくらいかかったんですか?」
私もドリアンをパクッ。お、美味しく出来てるじゃん。前世で海外行った時に食べたけど、同じ味だね。
「五日ほどですね」
「んぐっ?!」
い、いつか?!
「五日?!それじゃあ、五日前にドルコスが来たって事?!」
「え?はい、正確には次の日に植えたので六日前になりますが・・・」
エルヴァンさんが残りのドリアンをひょいひょいと口に入れると立ち上がった。
「大変!こんな事してる場合じゃないわ、まだ近くにいるかもしれないし、急いで追いかけなきゃ!」
「ホントだよ、何のんびりフルーツタイムしてるのさ!」
「出したのキトル様じゃないっすか。あ、あと一切れだけ!」
最後の一つを口に放り込んだナイトを最後尾に、慌てて村長の家を飛び出す。
「し、使徒様~!」
村長が後ろから走って追いかけてくる。ドリアンはもう作ってあげないよ~!
「妻の、薬を、いただけませんか~?!」
あ、忘れてた。結局寝込んでるのは村長の奥さんとあと二人だったんだっけ。
走りながら両手に二個ずつ、合計四個の点鼻薬の実を作ると追いかけて来た村長さんに手渡した。
「これは・・・?」
「ここを鼻に突っ込んで、実の部分を握りつぶしてください。お薬が出ます!」
「へ・・・?鼻?」
「お礼は結構です!では!」
両手に点鼻薬の実を持って呆けた村長さんを置きざりに、走ってみんなの元に走っていく。
氷馬車に着くと、何やら皆が顔を突き合わせて話し合っている様子。
「どうしたの?」
「あ、キトル様。実は・・・」
ナイトが隙間に入れてくれた。皆の真ん中には疲れみ地図。
その真ん中には光る点と赤い線。
「・・・いや、もしかしてと思って地図を開いてみたんすけど・・・」
どうしたの?お花の形の石の場所でしょ?ちゃんと光ってるよ?
「これすぐそこなんすよ。しかもちょっとずつ移動してて、もしかしてドルコスなんじゃないかと・・・」
・・・え?
「そ、そんな事ある?」
「う~ん、わかりませんけど、まぁ確認する価値はあるんじゃないかと思いまして」
もしこれが悪コスだとしたら、この地図ちょっと便利過ぎない?こんな使い方する人いないから知られてないだけ?
「今ネルガスさんの持ってる地図と照らし合わせてもらってるんですけど、多分こっちの村に向かってるっぽいんですよね。で、途中の道沿いだしとりあえず向かってみる事にはなったんですけど、その手前にも大きめの村があって・・・」
あ~なるほど?
「被害が出てるかもしれない村に寄ってから行くべきか、先に捕まえに行くかで悩んでるって事ね」
「そうなんすよ」
ナイトの困り顔、眉毛が下がってる。どっちも間違いじゃないもんね。
「村に寄って、急いで確認してから行けばいいじゃない。もし悪コスじゃなかったら戻る事になるんだから二度手間よ?」
と主張するエルヴァンさんに対し、ネルガスさんは
「しかし、先にそやつを逮捕しませんと被害が増えてしまうやもしれませんぞ」
と、どちらも真っ当な意見。う~ん。
「もし手前の村で苦しんでる子が居たらどうするのよ!民を見捨てる事なんてアタシは出来ないわよっ!」
声を荒げるエルヴァンさん。こういうとこはちゃんと国王らしいんだなぁ・・・口調が残念だけど。
ネルガスさんもハッとするが、「しかし・・・」と意見を曲げられないご様子。
仕方ないなぁ。
「ネルガスさん、大丈夫ですよ!もし悪コスが何かあっても、死んでない限り私が全部元に戻して見せますから!」
にっこり笑って見せる。大体の事はキトルちゃんにお任せだよ!
「・・・そうですな、キトル様がそうおっしゃるならその通りにいたしましょう。何かあれば陛下の責任に出来ますしな」
「ちょっと!聞こえてるわよ!」
またワチャワチャしながら氷馬車に乗り込んで行く。
じゃあまずは大きな村、それから悪コスを捕まえに行こうじゃないの!




