長袖の下
中学3年生の時の記憶。
テレビで、子どものいじめとか自殺の話をしていた。ああだこうだと専門家気取りが偉そうにしゃべっている。その画面を見ていて、不意に私の過去の苦い思い出が蘇ってきた。そう、あれは中学3年の夏、とても暑い日のことだった。
私が通っていた中学校は、基本的に男子と女子が隣同士になるように、市松模様型とでも言えば良いだろうか、そのような座席配置で、隣の人と机を繋げていた。
夏の席替えのときに、隣の席になった女子が、少々内気というか不登校ぎみの人だった。別に不登校がよくないとか、毎日登校してるから偉いとかそういう話ではない。ただ少しばかり話しにくい。あまり知らない人と馴れ馴れしく話すのもどうかと思っているから、まあ悪い仲にならなければ良いや、と思っている。
彼女はいつも長袖のシャツを身につけていた。私が入学する1、2年前だったはずだが、女子の制服がセーラーからブレザーに変わって、夏にも長袖のシャツを着られるようになった。もちろん、夏の30度とかの暑さだからみんな半袖で、長袖を着ている人なんてほとんどいない。
席替え後に何も話さないのもどうかと思い、こんにちは、と挨拶してみた。意外にも相手は乗り気だった。それから軽く自己紹介をして、他愛もないような話をした。三日もしないうちに、そこそこの話ができるようにはなっていた。
「それで昨日の体育、本当にありえないようなミスしちゃってさあ、もう萎えるわ」
「わかる、なんでみんなすぐ飲み込めるんだろうって思う」
「ほんとそれ。私も上手くなれるならねぇなりたいけど、どうも…」
「まあ慣れなんじゃないかな。少しずつやれば上手くなるとは思う。体育の時間内でそれできるかっていうのは別だけど」
「まじで体が硬すぎて、いやだ」
「運動しないとねえ」
そんな話をしていたある日の昼休み。二人が隣同士で席に座っていると、彼女から話しかけられた。
「あのさ、ちょっといい?」
「うん。どした?」
「これを見てほしくって」
そう言って彼女は薄手の長袖を捲る。見えてきたのは彼女の白い手首。そして私の目に飛び込んできたのは、スッと入っている赤茶色の線。ペンで書かれたものではない、それは間違いなく「切」った跡だった。
私は、生まれて初めてリストカットなるものを目にした。
「昨日切ったんだよね。切るとさ、なんかストレス発散になるというかさ」
今まで私は、もしいじめられているとか生きづらいとかいう告白を受けたときに、慌てず冷静に受け止められるように、インターネットで知識をつけていたつもりだった。しかし、私は上手に対応することはできなかった。実際に悩みを打ち明けられたわけではなかったからというのも大きいが、やはり「言うは易し行うは難し」である。
「まあ、人それぞれいろんな考え方があるからさ」なんて声をかけたが、絶対にこのような対応は間違っている。本当は「なんか嫌なことがあったら相談乗るよ」とか「辛いなら休んでいいよ」とか声をかけるべきなのだろうが、根が暗かった当時の私は、異性にそんなことを聞く度胸など当然なかった。
なぜ、彼女は私に手首を見せてきたのか。彼女は遠回しに私に助けを求めていたのではないか。私の「相談乗るよ」の言葉が欲しかったのではないだろうか。そうすると私は彼女の期待を裏切ったことになる。あるいは、私がどのような反応をするか試したのか。ただ単に自傷を認めてほしかったのか。彼女がどのような返答を欲していたのか、今となっては知る術もない。しかし、おそらくは私のあの「回答」は、「正解」としては認められるのかもしれないけれども、絶対に「最適解」とはなり得ない。確率の計算問題を解くのに全ての場合を数えたり、長めの計算問題を力ずくで筆算したりというのと同じ回答だ。
彼女はあの一件以降も私とそこそこの仲で過ごしてきた。ときには彼女からいじられたり、逆に私が少しばかり揶揄ったりもしてみた。残りの半年はそうやって溶けていった。そして無事に卒業した。そして高校に入ってはや一年、それっきり彼女と会うことはなくなった。彼女の話を聞くこともない。中学の時の友人とはほとんど繋がっていない。
彼女は今、高校でうまくやれているのだろうか。
私は騒がしいテレビを消した。




