転生×転生:二人の秘密
俺ことキノットには好きな女の子がいる。
「よっ、シー」
「あ、キノ」
放課後の帰り道、俺は偶然を装ってダンシィに声をかけた。
彼女のことをシーという愛称で呼び始めたのはいつの頃だったろう。
他の男子と差別化を図りたくて、他の男子と差別化を図ってほしくてそう呼び始めた。
最初にそう呼んだときは、何気ない顔していたけれども、心臓が口から飛び出そうなほど緊張していたことは今でも覚えている。
それから間もなく、ダンシィが俺の名前をキノと縮めて呼んだときは、天にも昇る気持ちだった。
今でも俺だけが愛称で呼ばれていることが密かな自慢だった。
「授業終わったとこ?」
「えぇ、キノットも?」
俺はダンシィからの言葉に頷いた。
夕日が彼女を照らしている。
少し癖のあるややくすんだ赤毛、琥珀色の瞳に褐色の肌。
恋に恋する多い女子生徒の中では珍しい、竹を割ったようなさっぱりとした気風の女子生徒。
他の女子生徒にはないサバサバとした所作は、多くの男子生徒の目を引いていることを俺は知っている。
俺も数多いるその中の一人にすぎない。
乾いた口を開く。
「剣術の練習、また付き合ってくれない?」
「いいわよ。その代わり魔法薬学のレポート手伝ってくれる?」
俺は体を動かすのがハッキリ言って苦手だ。
その代わりに座学を得意としている。将来は親の領地を継ぐので、剣術はそこまで重要ではない。
でも、俺は剣術を通して彼女と触れ合う時間が好きだった。
「いいよ。お安い御用だ」
「キノは――」
「おーい、キノット!」
笑顔で近づいてきたのはクラスメートたちだった。
また何かくだらないことで盛り上がっていたのだろう。
肩を組んできたかと思えば、学校探索で新しい仕掛けを見つけたと自慢げに報告してきた。
ついこの前、別の仕掛けでとある教室に閉じ込められたばかりだと言うのに、懲りない連中だ。
だけど、心底楽しそうな彼らを見ていると俺の方も楽しくなってくる。
ついダンシィを差し置いて、話が盛り上がる。
「――じゃ、また明日の授業で!」
「おう、またな――ごめん、シー。何か言いかけてなかった?」
ダンシィは俺がクラスメートと談笑している間、何も言わずただ待っていた。
俺が慌てて謝罪すると、
「キノは――私といて楽しいのか?」
真顔でそんなことを言うものだから反応に窮する。
「ほら、私。ちょっと古臭いところあるじゃない。それにちょっと面倒くさいし……」
「まー、確かにその質問はちょっと面倒くさいな」
俺が苦笑いしながらそう言うと、ダンシィは胸を手で抑える素振りを見せる。
「まぁ、それがシーだしな。それに俺もちょっと面倒くさいとこあるし……」
「……確かにさっきの返しは面倒くさかったわ」
「ぐはッ……!?」
今度は俺が胸を手で抑える素振りを見せる番だった。
冗談よ、そう言って彼女は笑った。
あまり笑う方ではない彼女の笑みを、今だけは独占していると思うと胸の奥が熱くなった。
抑える素振りをしていたはずの手が、静かに服の胸部に皺を作った。
◆ ◇ ◇ ◇
俺は転生者だ。
俺には三十そこそこまで生きた前世の記憶があった。
大学を卒業後、就職をして社会人として会社のために働いていた記憶
特に可もなく不可もなく、独身貴族という奴で仕事の終わりの一杯のために惰性で日々を生きる生活。
最後は冬のある日、飲み屋からの返り道で、自宅の階段から足を踏み外したことが最期の記憶。
それから気がついたときには、見知らぬ土地で今の両親の子どもになっていた。
最初は生々しい夢としか思っていなかった。夜になるとみる不思議な世界の話だと。
しかし、それが一年二年と続き、最後は階段から足を踏み外す記憶まで行きついたとき、俺は悟った。
――これまで見てきた夢が幻ではないことに。
人とは不思議なもので、前世と今生を合わせた実年齢は四十を超えるというのに、十代を演じることになんら支障はなかった、外見に内面が引っ張られたのか、はたまた大人が俺を十代として扱った影響のなのか。
俺には何の特別な能力もなかった。
何せ前世と言ってもただの一般人。
前世の漫画やアニメで見かけたようなチートなんてものはなかった。
「ステータスオープン、ステータスオープン! ステーータスゥ、オーープーーン!!」
何も起きなかった。
それどころか、その場を見られていた侍従たちからドン引きされただけだった。
その侍従たちから話を聞いた両親から真剣に心配されたときは、顔から火が吹くかと思うくらい恥ずかしかった。
前世の知識を活かして、一山稼ごうとしたころもあった。
しかし――
「リバーシもチェスも将棋も既にこの世界には存在する、だと……」
俺は商会に並んだその娯楽の前に、膝を折るしかなかった。
悔し紛れにリバーシを買って帰って侍従と久しぶりに遊んだが、やっぱりリバーシは面白かった。
唯一前世がもたらした功績は、勉強における復習の大事さ。
おかげで、座学だけは平均より上の成績を収めることができていた。
学園に入学してからも、座学に関しては安定していた。
俺の実年齢から見れば、半分の年齢にも満たない少年少女たち。
多少生意気なことを言われても気にならず、座学で困っていたらノートを見せてあげていた。
そうこうしているうちに、いつの間にかクラスの中心人物になっていた。
ときどき、恋文らしきものも貰った。
「キノット、お前また告白されたのかよ!」
「えー、また!? 羨ましー!」
「どうするんだ? 付き合うのか?」
ただ、どうしても同級生が子どもっぽく見えて、付き合う気にはなれなかった
彼女に出会うまでは――。
◆ ◆ ◇ ◇
私には懸想をしている男の子がいる。
「よっ、シー」
「あ、キノ」
私はキノットに気づいていなかったフリを装ってそう言葉を返した。
彼のことをキノという愛称で呼び始めたのはいつの頃だったろう。
他の女子と差別化を図りたくて、他の女子と差別化を図ってほしくてそう呼び始めた。
最初にそう呼んだときは、何気ない顔していたけれども、心臓が口から飛び出そうなほど緊張していたことは今でも覚えている。
今でも女子生徒では唯一彼から愛称で呼ばれていることが密かな自慢だった。
「授業終わったとこ?」
「えぇ、キノットも?」
キノットは私の言葉に頷いた。
東の地に象徴される鮮やかな金色の髪。
バカをやって盛り上がる男子生徒の中では珍しい、地に足のついた落ち着いた気風の男子生徒。
他の男子生徒にはない包容力のある所作は、多くの女子生徒の目を引いていることを私は知っている。
私も数多いるその中の一人。
「剣術の練習、また付き合ってくれない?」
「いいわよ。その代わり魔法薬学のレポート手伝ってくれる?」
私は頭を動かすのがハッキリ言って苦手だ。
その代わりに剣術を得意としている。将来は剣術に磨きをかけて、王国軍に入る予定なので座学はそれほど重要ではない。
でも、私は座学を通して彼と触れ合う時間が好きだった。
「いいよ。お安い御用だ」
「キノは――」
「おーい、キノット!」
笑顔で近づいてきたのはクラスメートたちだった。
また何かくだらないことで盛り上がっていたのだろう。
目の前のキノットに肩を組んだかと思えば、放課後に学校探索していたらしい。
男の子って本当にこういう探検ごとが好きなんだから。それはいつの時代も変わらないらしい。
だけど、楽しそうに彼らの話を聞くキノットを見ていると私の方も楽しくなってくる。
「――じゃ、また明日の授業で!」
「おう、またな――ごめん、シー。何か言いかけてなかった?」
クラスメートが去ると、キノットが慌てて謝罪した。
「キノは――私といて楽しいのか?」
本来は聞くつもりじゃなかった言葉が口を衝いて出てきた。
口から出た言葉をすぐに後悔する。
――私は何を聞いているんだ……!
取り繕うように言葉が出てくる。
「ほら、私。ちょっと古臭いところあるじゃない。それにちょっと面倒くさいし……」
「まー、確かにその質問はちょっと面倒くさいな」
キノットが苦笑いしながらそう言うと、私は胸を手で抑える素振りを見せる。
彼らが私の仕草をみて笑っているが、あながち演技でもなくちょっと苦しい。
「まぁ、それがシーだしな。それに俺もちょっと面倒くさいとこあるし……」
「……確かにさっきの返しは面倒くさかったわ」
「ぐはッ……!?」
今度はキノットが胸を手で抑える素振りを見せる番だった。
冗談よ、そう言って私は笑った。
すると釣られて彼も笑った。
あまり笑う方ではない彼の笑みを、今だけは独占していると思うと胸の奥が熱くなった。
抑える素振りをしていたはずの手が、静かに服の胸部に皺を作った。
◆ ◆ ◆ ◇
私は転生者だ。
私には三十そこそこまで生きた前世の記憶があった。
村を出て、聖女として祭り上げられて教会のために奉仕していた記憶。
周囲の期待に応え、ただひたすらに神に祈って日々を生きる生活。
冬のある日、近隣の村へ教会の名代で祈りを捧げた返り道で、聖女の存在を快く思わない連中の刺客から剣を向けられたことが最期の記憶。
それから気がついたときには、見知らぬ土地で今の両親の子どもになっていた。
最初は生々しい夢としか思っていなかった。夜になるとみる不思議な世界の話だと。
しかし、それが一年二年と続き、最後は刺客たちから剣を突き立てられた記憶まで行きついたとき、私は悟った。
――これまで見てきた夢が幻ではないことに。
人とは不思議なもので、前世と今生を合わせた実年齢は四十を超えるというのに、十代を演じることになにも支障はなかった、外見に内面が引っ張られたのか、はたまた大人が私を十代として扱った影響のなのか。
私には何の特別な能力もなかった。
何せ前世は聖女と言ってもただの一般人。
教会の宣伝のために祀り上げられた、ただの農民出の孤児の女だ。
ただ前世の二の舞を踏むまいと剣術に精を出すようになった。
一心不乱に剣を振るい始めた私をみた両親から真剣に心配されたが、必要なことだと言ってこれを説き伏せた。
前世の知識を活かせないかと考えたこともあったが、千年前の農民の聞きかじりの知識など何も役に立ちなどしなかった。
しかし――
「教会がまだ存在する、だと……」
宗教の裏側を知っている私はただ両親がのめり込み過ぎないように腐心した。
唯一前世がもたらした功績は、武力の大事さ。
おかげで、剣術だけは平均より上の成績を収めることができていた。
学園に入学してからも、剣術に関しては安定していた。
私の実年齢から見れば、半分の年齢にも満たない少年少女たち。
私は彼らにあまり馴染めなかった。女子生徒はいつも恋だの愛だのに現を抜かし、男子生徒たちはそんな女生徒たちの気を引こうと躍起になった。
そうこうしているうちに、いつの間にかクラスで浮いてしまった。
それでも、どうしても同級生が子どもっぽく見えて、付き合う気にはなれなかった
彼に出会うまでは――。
◆ ◆ ◆ ◆
クラスメートたちと別れたあと、二人で校舎内の寮へと向かう。
日没を迎えた廊下は、石造りもあって屋外よりひんやりとした空気が流れていた。
「――そう言えばさ、今年の舞踏祭。シーの一緒に行く相手決まってる?」
「……ううん、まだ」
「そうなんだ……」
舞踏祭とは、異性と踊る学園行事。
そこで踊った異性に告白し、それが受け入れられると、その二人の男女は末永く結ばれると専らの噂であった。
「うん……キノは?」
「俺も、まだなんだ」
「そうなんだ」
「うん……」
沈黙の帳が降りる。
二人の足音だけが廊下に響く。
ときおり、遠くから微かに学生たちの声が聞こえてくる。
それから二人は口を開くことなく、寮の扉の前に辿り着いた。
キノットが施錠の言葉を口にすると、寮の扉が開き、二人を室内へと招き入れる。
室内からは、談話室で友人たちと話す生徒たちの声が聞こえてきた。
談話室へ向けて一歩先に足を踏み出したダンシィに対して、キノットの足は止まっていた。
それを怪訝そうに振り返ったダンシィに対して、キノットは、
「あの、さ……」
「うん」
目を伏せながら言葉を紡ごうとして――
「いや、やっぱりなんでもない……」
「うん……」
――やめた。
キノットは歩き出すと、ダンシィを置いて先を歩く。
「――いくじなし」
後ろからそんな声が聞こえた気がした。
冷汗を流しながら、それが聞こえなかったフリをしてその足を室内へと進めた。
「キノット、それにダンシィもおかえり」
「なんだみんな揃って、今度は何の話をしていたんだ?」
二人が足を踏み入れた談話室では、クラスメートの友人たちが勢揃いしていた。
何やら盛り上がっていた様子だ。
そのうち、帽子を被った白みがかった琥珀色の髪をもつ少女、バーバラが代表して二人に声をかけた。
「……私たちはちょーーっとした賭け事をしていただけよ」
ね? と周囲に座っていた友人たちに話を振ると一斉に首を縦に振って肯定する友人たち。
キノットは興味本位で、
「へー、なんに賭けてたんだ」
バーバラはその問い掛けにあははーと視線を逸らしながらその頬を掻いた。
彼女の後ろでは、
「え? 本人に話すのか?」
「おい、バーバラどうする?」
何やら友人たちが顔を寄せて何やら話し込んでいた。
それを見たキノットは、
「おい、バーバラ。校則を破るのはほどほどにしておけよ。ただでさえ、亜人の中でも目立つお前は先輩たちから目を付けられているんだから」
「そうよバーバラ。あんまり無茶はしないでね。友達として心配だわ」
キノットに続き、ダンシィも心配そうに友人の身を案じる。
バーバラは友人からの心配にもにょもにょと照れ臭そうに、ありがとうと言葉を漏らした。
「――それでなんに賭けてたんだ?」
キノットの再度の質問に、額からダラダラと汗を流すバーバラ。
「――バーバラ?」
ダンシィの言葉にバーバラはその顔を伏せた。
何かあります! と言わんばかりの反応である。
その後ろの友人たちも今や身を寄せ合って、彼女の回答を見守っていた。
「……だよ」
「え?」
たっぷりとった沈黙の後、バーバラは口を開いた。
カッと顔を上げたバーバラは、
「キノットがダンシィに舞踏祭を誘えたかどうかだよこのヘタレ!」
「へ、ヘタレっておまッ……!?」
「じゃあ誘えたのッ!?」
「そ、それは、その、だな……」
「はい、ヘタレー!」
ぐぬぬぬ、と顔を赤くするキノットに他の友人たちが囃し立てる。
バーバラは追撃とばかりに、
「ダンシィもずっと待ってるよ、ね?」
キノットの後ろに立つバーバラに話を振ると。
「え、えっと……その……はぃ……」
バーバラは降り注ぐ周囲の視線に、顔を赤く染めると俯いた。
「うがああああ! シー、俺と舞踏祭で踊ってくださいッ!」
キノットは振り返ると腰を直角に折り曲げて、ダンシィへと手を差し出した。
下を向いた顔は茹で上がらんほどに耳まで赤く染まっていた。
半ばやけくそだった。
ひゅーひゅーと外野がはいっそう盛り上がりを見せる。
談話室でのど真ん中でのお誘いに関係のない生徒たちの注目も集めていた。
「――だってさ、ダンシィ?」
固まるダンシィにバーバラがそっと囁くように問いかける。
「あっ! えっと、はい。よろしく、お願いします……」
照れ臭そうにダンシィがそう言葉を返すと、それを見届けた談話室の生徒たちの歓声が爆発した。
友人たち以外の生徒も、一緒になって舞踏祭で踊る新たな一組の誕生を祝っていた。
騒がしくなった談話室の中で、
「ヘタレ。貸し一だからね」
バーバラが肩を組んでキノットに顔を寄せた。
「バーバラお前……」
「いい加減、素直に告白したら? ダンシィがあなたのこと憎からず思っていることにも気がついているんでしょう?」
「……あぁ」
「今は深くは理由は聞かないわ。あなたにもあなたの事情があるんでしょう。見たところ彼女にも彼女で何か理由がありそうだしね」
「そうなのか?」
「乙女の秘密よ」
そう言って、ウィンクをしたバーバラはキノットから離れて友人たちの輪へ戻っていった。
談話室は今やちょっとしたお祭り状態であった。
キノットは再びダンシィと向き直り、
「シー。いつか……。いつか俺にはお前に聞いて欲しい話がある」
「うん、キノ。それは私も同じ……。私も聞いて欲しい話がある」
彼女の琥珀色の瞳をまっすぐに見つめた。
琥珀色の瞳もまたまっすぐにキノットを見つめ返した。
ふっと相好を崩したキノットは、
「でも、まぁ今はなんだ舞踏祭よろしくな」
「こちらこそよろしくね」
二人にはそれぞれ抱えた事情がある。
それでも今は十分だった。気になる異性との関係を一歩進めただけで。
この一歩が広大な未来への一歩になるんだ、とそう信じて――。
明日は『魔人流離譚:かごめと夢と懸け橋と』を公開予定です!