「どうせ明晰夢だし」と思って、ずっと好きだった幼馴染に告白したら現実でした
「今日の数学は、担当の水島先生がお休みだから自習だ。みんな、静かに勉強するようにな」
連絡に来た担任の言葉にクラスが沸いた。
「やったぁ!」
「マジラッキー!」
喜ぶ者がほとんどの中、
「んだよ、慌てて教科書借りてきた意味なかったな」
「せっかく予習してきたのに……」
中には残念がっている変わり者もいた。
この俺、梅見優はもちろん喜ぶ側の人間だ。
ただでさえ午後の眠い時間帯なのに、苦手な数学。げんなりしてたところで嬉しすぎるサプライズだ。
さて、俺が何をするのかというと――
「寝よう……」
机に突っ伏して、寝ることにした。
「あれ? 梅見、お前寝るのかよ!」
「ああ、体力回復させてもらうわ」
このところは部活も勉強も結構頑張ってたし、一眠りさせてもらうとしよう。
ここでふと、あることを思い出した。
“明晰夢”についてだ。
明晰夢ってのは「自分で夢だと自覚できている夢」のことで、これを見られると夢の世界で好き放題できるらしい。なにしろ夢なんだからな。空も飛べるし、好きなもん食えるし、チート能力を持つことだってできるだろう。
ネットで見た情報によると、明晰夢を見るためには訓練が必要らしいのだが、「自分は夢の中にいる」と思いながら眠るというのが簡単ながら結構効果があるとのこと。
できるか分からないが、とりあえずやってみるか。
自分は夢の中にいる。自分は夢の中にいる。自分は夢の中にいる……。
いい感じにうとうとしてきた。
これはなんかできそうな気がしてきたぞ。
自分は夢の中にいる……。
見えてきたぞ、夢の世界が――
***
「起きてよ!」
「……ん?」
顔を上げると、リコがいた。
松下理子、俺の幼馴染だ。
髪型は茶色のボブカット、パッチリとした瞳が可愛らしい爽やかな女子で、夏服のセーターがよく似合っている。
俺とは小学校の頃からの幼馴染で、仲は良かったのだが、思春期に入ると向こうがみるみる可愛くなっていくのとは対照的に、俺はだんだんとパッとしない男子になっていった。
だから、俺の方はなんとなくリコに対して気後れするようになっていた。
ようするに、俺にとってリコは“最も身近な高嶺の花”みたいな存在だった。
近くにいるのに、気軽に話もできるのに、あまりにも遠い。
俺とリコじゃ釣り合いが取れてなさすぎる。好きなんだけど、告白なんかとてもできない。
ずっとそんなもどかしさを感じていた。
「せっかくの自習なのに、寝てたらもったいないよ! なんかお話でもしよ?」
そんなリコが、貴重な自習時間に、わざわざ俺なんかに声をかけに来るわけがない。
ああ、そうか。これは夢の世界なんだ。俺のリコに対するもどかしい思いが、リコを生み出したんだ。俺は理解した。
「リコ、ありがとな。俺なんかに声をかけてくれて」
「へ?」
リコは困惑した顔だ。そんな顔もとてもキュートだ。
「お前みたいな可愛い子が、ただ幼馴染ってだけで、こうやって俺と一緒につるんでくれるんだから。俺はホントに幸せ者だよ。ありがとう」
どうせ夢の中だし、普段思ってるが言えないことをすらすら言える。
「何言ってんの? 寝ぼけてるんじゃないの?」
寝ぼけてるわけないだろ。寝てるんだよ。だってここは夢の世界なんだから。
夢の世界だから、どんどん本音を言えてしまう。
「いや、俺はずっとお前に対して感謝していたし、それにどこか遠慮してたんだよ」
「遠慮って、どういうこと?」
俺はここぞとばかりにリコに対する思いを打ち明ける。
「俺たちは小学校からの付き合いだろ。小学校の頃の俺たちはまだ対等って感じだったけど、中学に入るあたりになると勉強でも、スポーツでも、クラスでの立ち位置でも、だんだんとお前と差がつくようになってさ。こうして同じ高校に入れたのが奇跡なくらいだ。まあ、あの時は猛勉強したからな。なんとかリコと同じ学校行きたいって」
「そうだったんだ……」
リコは目を丸くしている。
さぞ驚いたに違いない。というか、「気持ち悪い」と思われてもおかしくない。
「嬉しいよ、ありがと」
意外な言葉が返ってきた。
嬉しい? どう考えても自分より劣ってる男が「同じ学校行きたいから勉強頑張りました」なんてカミングアウトして? んなアホな。
「意外だな、もっと引かれるかと思ってた」
「そんなことないよ。私も優と同じ高校通えて嬉しいし」
おいおい、マジかよ。
さすが夢の中のリコ、俺が“こう返して欲しい”って返事をしてくれる。
いくら夢とはいえ都合よすぎて、ちょっとこそばゆい。
だけど、かまうもんか。だって夢ってのは都合がいいもんなんだから。ご都合主義バンザイ。
そう、これは夢。なにもかもがリアルだけど明晰夢に過ぎないんだ。
だったら長年言えなかったことを言ってやる。
俺は目を閉じ、息を吸う。
夢の中なのに緊張してきた。
「リコ!」
「わっ、なに!?」
「好きだ」
言ってしまった。
夢といえど、“やっちまった”感がすごい。
だが、もう後には引けない。引き返せない。
「ずっと言えなかったけど……ずっと前から好きだった。こんな俺でよければ、いや、俺は絶対リコに相応しい男になってみせる。だから……付き合ってくれないか!」
我ながらよくもまあこんな勇ましい告白をできたもんだと思う。
まあ、夢だしな。
家でイメトレしてたのもよかったんだと思う。
リコは顔を真っ赤にしてる。
そりゃそうだ。みんなのいる教室でコクられたんだ。恥ずかしくて顔も赤くなるだろう。どんな罰ゲームだっての。
リコから返ってくる言葉は分かってる。「ごめんなさい」の一言だ。
さあ、早いところ――
「は、はいっ!」
……え?
「付き合おう……優!」
マジかよ、まさかのOK!?
いや、そりゃそうか。これは夢なんだもん。俺の都合のいいように進むに決まってるか。
でも一応確認しとく。
「ホントか……?」
「うん……」
リコがうなずく。
嬉しそうに顔がふやけてて、本当に可愛い。
「だけどね、優。“私に相応しい男”になんてならなくていいよ。あんたは今のままで十分なんだから」
リコがこう付け加えてくれた。
なんて優しいフォローだ。
「ありがとう……」
夢の中とはいえ、リコとカップルになれて本当に嬉しい。
だけど、いい夢ってのは覚めた時ほどギャップでみじめになるもんだ。そろそろ現実に戻らないとな。
現実に戻るには、多分もう一度寝ればいいのかな?
「じゃあリコ……俺、もう一度寝るよ」
「え?」
リコは残念そうにしてるが、俺は強引に眠る姿勢に入る。
「おやすみ」
「う、うん……」
俺は再び机に突っ伏して、居眠りを開始した。
現実に戻るために――
***
起きて、ホームルームが終わり、放課後になった。
さっきの夢のことはまだ鮮明に記憶に残っている。
夢がこんなにはっきりと記憶に残るなんて珍しいな。さすが明晰夢だ。
それにしてもいい夢だった……。
俺がリコにコクって、OKまでもらえちゃうなんて。しばらくはこの夢を思い出すだけで、辛いことがあっても乗り越えていけそうだよ。
すると――
「優……」
リコが声をかけてきた。なんだろ?
「なに?」
「今日、お互い部活ないでしょ? 一緒に帰らない?」
リコと一緒に帰ること自体は珍しいことでもない。が、様子がおかしい。
なんだか妙にもじもじしている。
可愛らしいけど、違和感を抱く。
「そりゃかまわないけど、なんでそんなもじもじしてるんだよ」
リコは顔を赤らめながら答える。
「だってほら、私たちもう付き合ってるわけじゃない?」
――へ?
「だからこういうのもちょっとしたデートみたいだから……」
え、付き合ってる?
どういうこと?
いつの間に、そんな……。
「ちょっと待ってくれ。付き合ってるってどういうことだ?」
リコが頬を膨らませる。この仕草もキュンとくる。
「何言ってんの! さっき自習時間に私に言ったじゃない! 私のこと好きだった……って。本当に嬉しかったんだから……」
え……? え……?
俺の心臓が激しく揺れ動く。
さっきのは、夢、じゃなかったのか?
「みんなが証人なんだからね!」
リコの言葉にクラスメイトたちが呼応する。
「さっきはビックリしたよ!」
「やるじゃん、梅見!」
「梅見君、見直しちゃった~」
しかも、なんかすごい評価されてる。パッとしない男が勇気を振り絞った、みたいなシーンに映ったのだろうか。
だけど、喜ぶどころじゃない。
俺の心は羞恥心で一杯だった。
クラスのみんなの前で告白しちゃうなんて……!
「じゃあ、一緒に帰ろうね!」
リコのこの言葉に俺はかろうじて、
「う……うん!」
と返すしかなかった。
***
それからというもの、俺とリコの交際は順調に進んでいる。
「優、今度の日曜勉強会しない?」
「お、いいね。やろうやろう」
こんな調子で、休みの日も気軽に会っている。
ただし、あの告白は“夢だと思ってたから”と打ち明けた時はさすがに不機嫌になっていたが。
それでも「だったら“私に相応しい男になる”って宣言はしっかり守ってもらうからね」なんて笑ってくれたが。
それと――
「夢見、部活行こうぜ!」
「だから、俺は夢見じゃないっての」
夢だと思って告白したからってことで、クラスでの俺のあだ名は梅見ならぬ“夢見”になってしまった。
しばらく――っていうか卒業するまでこう呼ばれちゃうかもしれない。
まあ、大好きなリコと付き合えたんだ。これぐらいは仕方ないよな。
おわり
お読み下さいましてありがとうございました。