「 口血未乾 」
空は黒く染まり、月明かりだけが地上を照らす夜。
赤の国と青の国の国境を勝手に線引くように存在する樹林内部は、普段ならば、木々の隙間から入り込んだ月の光によって輝き、神秘的で美しい空間に変わっていたはずなのに今日は違った。
「何故、俺は死んでない..」
砂が舞う。木が舞う。空から降ってきた、一つの光り輝くそれによって樹林内は食い荒らされていく。
「何か..何か忘れている..同じような状況を数日前にも...」
それは曲がりもせず止まりもしない、一本の線を伝うように直線を駆け抜け続ける。
「そうだっ..鉱山だっ..俺たちが居た鉱山も同じように跡形もなく消えて、俺たちだけが生き残って......何だ..?」
勢いは留まることを知らずに速さを増させ、増した速さは力となって、進路方向にある木々に風穴を空けるか木片と化させた。
うとうと寝ていた魔獣や、脅威から逃れようと、寝起きの体に鞭打って走り出していた魔獣は全て、痛みを感じる暇もなく肉片となって飛び散り、辺りが血と肉一色の惨たらしい風景と化した。
そしてどちらとも、それが通った後に残った魔力によって付着していた砂すら残さず肉片も血も木々も何もかも粉と化して最後には消えてしまった。
「風が強くなって...嵐でもくるのか...?」
突き進むそれは止まらない。
「いや、違うっ..!強大な魔力を感じるっ...!!それもこれはっ..!?」
目的地にたどり着くまでは。
................................
「あれは業平っ...!!?」
遠くから物凄い速さで迫ってくる業平を凝らした目で見ると、アーサーは驚いた表情を浮かべる。
が、右手に握られた剣に気が付けば苦々しい顔に変わった。
「..剣だけが向かって来ていると思ったんだがな..ちっ」
三日前、鉱山が消滅する前に感じた、意識が強制的に引っ張られるような魔力が近づいて来ている事から、剣だけが向かって来ていると予想を立てていたアーサーだったがそれは最悪の形で成り立ってしまい、舌打ちを打つと、ブツブツと独り言を言い始めた。
「..俺に嘘をついていなければだが、業平は魔力を引き出せないし、魔法なんて使えるわけがない..だからこそ、迫ってくる意味があるはずだ、必ず答えが......なるほどな」
独り言が止まった。
「離れていた距離がだいぶ近づいて分かった。今の業平には生気がない。それこそ、意識を失っているように..魔法によってか呪いによってなのかは分からないが、俺が気絶している間に何かあったんだな、業平..」
近づいたといってもまだまだアーサーと業平の間には距離があるのだが、答えを得たアーサーは、突き動かされている業平をどう止めるかを考え始める。
「今の業平は、俺なんか簡単に貫き通せるほどの魔力を纏って迫ってきている..だからこそ、ここは避けて、魔力切れを待つべきか......違うな」
「やっと出来た友達なんだ。自分の命のために気絶した業平を無視して、一人孤独になるくらいなら死んだほうがましだ」
アーサーの体から、業平が纏う煌びやかに輝く黄金色とは正反対な、無色無透明に近い銀色の魔力が溢れ出る。
「こんな早くに使うことになるなんてな..業平といると、出し惜しみなんてしてられないか」
口調は軽いが、二度と使わないと決めた過去を思い出してアーサーは少し葛藤した顔になるも、押し払って覚悟を決めた。
「加減間違えて四肢が分散しなければいいが....心配は後回しだ..今は受け止めることだけに集中する..」
下げていた顔を上げ前を見ると、後数回、瞬きをすれば眼前に現れるほど近づいて来ていた。
「ふぅぅぅぅぅぅっっ..」
魔力を体に巡回させ、アーサーは、ずっと忘れたいと願っていた魔法を唱えた。
「オルクス..パワーブースト」
「ぐぅぅぅぅぅぅっっ..!!!!!」
剣身を掴んで向かってきた業平を止めたアーサーの体が浮かぶ。
唱えた魔法で力を限界ぎりぎりまで上げたが、完全に押し負けていた。
「ダメだっ..!!このままじゃ突き上げられるっっ..!!!」
苦しむアーサーだが対抗できると考える方が間違いなのだ。
今の業平は、鉱山を消滅させることは出来ないが、一山くらいなら簡単に貫いて麓から崩せるほどの魔力量を纏って飛んできているのだから。
それでも手から胸に刃の切っ先が突き刺さり、血反吐を吐いて死ななかったことはアーサーの高い実力を証明しているが、生死をかけた戦いでぎりぎり死なない状態を保とうが意味はない。
死ぬための時間がわずかに伸びただけ。
しかも激しい痛みが全身を駆け巡るとなれば、生きてる実感など感じれるわけもない。
今のアーサーは。痛みを感じるためだけに生かされてるようなものである。
「諦めてたまるかぁぁぁぁっっっっ!!!」
だが、アーサーは不運にも死ねず、激しい痛みを抱えさせられているわけではない。
業平を助ける為に必死に勝ち取ったのだ。この瞬間を。
だからこそ運よく五体満足で生き残り、激しい痛みを我慢する幸運に恵まれたのだ。
これを幸運と呼ばずして何と呼ぶのか。
世界の誰もが彼は不幸だと指を指そうが、アーサーは不敵に笑い続けるだろう。
「このまま地面にぶっ刺して動けなくさせてやるっ..!!」
地面に突き刺すため、浮かんだ体を下に下げようと膝を曲げるアーサーだが、業平の力も強いのか、剣は中々下に下がりそうにもなく、膠着状態に入ってしまう..
(それはダメだっ!!)
アーサーの顔が苦痛に歪む。五体は保とうが、元々ボロボロだった体で受け止めた為か、体のどこかの骨が折れ、痛みが全身を激しく震わせている。
対して業平は傷の一つも負ってなく、余裕の差は覆えそうにもなかった。
「ならっ..さらに無理して抑え込むしかないなぁっっ!!!」
吹けば死んでしまいそうな顔色をしたアーサーの体からまたもや魔力が溢れ出し軋んだ。
「パワーブーストッッ!!!」
抑え込む力を上げるため、全身の力を倍増させる魔法をかけたアーサーの体は膨れ上がった。
二倍の二倍、四倍だが..
「これでもっ..!!まだ足りないのかっ..!!!」
上げた力で剣の切っ先を地面に近づけることは出来たがそれだけだった。
アーサーの頭に最悪の二文字が浮かぶ..が、
「..はははっ、俺がかっこよく助けたかったんだけどな..」
業平を見て、アーサーは何か大事なことに気が付いたようにカラっと笑った。
今だ気絶した業平の顔に浮かぶものなどないが、最悪な想像は頭の中で霧散したようだ。
「何かを託すってのは辛くて寂しいな..なぁ、業平..」
申し訳なさそうな顔をしながらもアーサーは、はにかむように業平に笑いかけた。
「業平には生きてほしいから..だから、念には念をだ....パワーブースト」
三度目の魔法が唱えられた。
「がっああああああぁぁああ~~っっ!!!!!」
力を四倍上げるだけでも辛かったというのに今度は八倍も上げたのだ。
万全な状態でも、八倍も自身の力を上げたことがないというのに、無理して超えた限界はアーサーの体も精神も引き裂き、激痛を感じさせる。
それでも、剣身を掴む手だけは緩まなかった。
「これでっ..終わりだっっ!!!」
アーサーは遂に業平の手から剣を抜き取ることに成功し、地中深くに埋まるよう最後の力を振り絞って突き刺した。
すると業平の体を覆うように溢れていた魔力は消え去り、アーサーの胸元に倒れこんだ。
「はぁっ..はぁっ..はぁっ..」
「生きろよ..業平..」
............................
「....ふぁぁぁぁぁぁあぁぁぁっっっ!!!??」
おっっ、落ちるぅぅぅぅぅっっ!!!?
「..........あ、あれ?」
痛みが..ない..?
「どういうことだ?何で俺生きて..もしかして、夢だったのか?」
..この年になっても空を飛ぶ夢を見るなんて、は、恥ずかしいな..俺..
「......あいたぁぁっっ!!!?」
おっ、おでこが割れるぅぅぅっっ!!?何だ何だ一体っ!!?
「って..!!またお前かぁっっ!!」
おでこに当てていた手をどけ前を見れば、そこには、俺に謎の服を着せて、空の上に飛ばした後、散々痛めつけてきたくせに少し反撃されたらキレ散らかす、クソみたいな剣が浮きながらせせら笑うようにチカチカと光っていた。
「何度も言ってるだろ!!人に向かって暴力を振るうなって!!少しくらい、痛めつけられてる俺の気持ちを考えてみろよ!!この馬鹿剣がっっ!!」
人の頭に固いもの打ち付けてっ!もしおでこにあざが出来てたら折って川に捨ててやるからな!!
「全く、これだから無機物は....それにしても、ここはどこだよ」
樹林内にしては開放的すぎるというか、整備されつくしてるというか、辺り一帯見渡しても、広々とした心地いい自然の空間が日の出の光と共に、体に溜まった疲れをほぐしてくれる快適さを感じるんだけど、
ここ、本当にこの世か?
「ん?」
何だ..?血生臭い..?それに、右手がぬめぬめする..それに、どくどくと、何かが流れ出る音も..
「こ、これ、見て大丈夫な奴か?呪い殺されるとかないよな..?」
馬鹿な俺でも分かる。今、俺の右手を侵食するように染め上げている液体が何が..だからこそ、分かるからこそ見ようと思えなくなっていく。
「落ちた先にアーサーが言ってた魔獣でもいたのか?だけど、血で濡れてるのは手だけだし..」
..とりあえず、目瞑って逸れたアーサー探しに行くか。そして忘れよう。
「おわぁぁっっっ!!?」
だ、誰だっ!!?俺の背中を押したのはっ!!剣か?剣だったら許さねぇっっ!!!
「..........は?」
「アーサー..?」
次。