「疾風」
仄かな膨らみが肌を触るは膨張の予兆。
萌しすぎれば、攻撃範囲を円とした場合、そのすべての場面から突風が突貫し戦塵が湧き立つ。
「煩わしい」
怒りに震えながら仮面の男は、手も足も突き出せば真っ先に斬り落とされる事は承知の上で、地中に張った銀線も動員し、短縮出来ぬ時、踏み込んだ合間を狙い待つ。
確実にアーサーが、肉塊、肉片と成るまで手を緩めないつもりの、捕まえて串刺しにする事を第一とした決め手であった。
「ヴォル..」
ぼそりと零された無意識を、仮面の男は神経で捉えてしまう。
それが意識を向かせる為の罠でもあったと気づいた頃には、アーサーは目の前から飛び去っていて、翻って振られた剣が綺麗に仮面の男の後ろ首に差し迫っていた。
「それは見極めている」
仮面の一部が滴り、首周りに硬い保護として同洩していた事で血が噴き出るも骨までは侵食せず、首の皮一枚削るだけに留まる。
「クアンテ」
至近距離からの撃ち込みに合わせ、潜ませていた銀線を解き放ち、退路を断って捕えようとした仮面の男であったが、最小の動きで躱され、アーサーの、剣を持つ腕に力が張り込む。
「断ち....」
「....全く、どうしようもないな」
背から倒れ込み、遠くから伸ばした銀線を手繰り寄せて垂直に引っ張られていく仮面の男の後を追いながら、変化させたナイフでアーサーは何度も打ち付けかかるも一手及ばず、身を起こされて高さを取られてしまう。
「アクイラ」
すかさず眼前に並び立ち、アーサーは元に戻した中剣を振りかざすが、大きな羽の形をした銀水が仮面の男を包み込み、表面からは一斉に無数の尖針が突き出て守衛に働く。
「ぐっ..」
しかし、剣の持ち方を変え、アーサーは力を加えて、包み込む羽ごと仮面の男を断絶した。
「ベルドファーロっ..捕まえたぞ、虫ケラめ」
背中の肉を突き破って飛び出た銀線と、掴まれている腕から伝った水銀が、縄の様にアーサーの体を締め上げた。
「貴様の、その平然とした面構えが憎たらしくてしょうがない。だからこそ、その面が歪む様を貴様の死前に見たい訳だが、危機はもう十分だ。手放さなくては困る事になる。この距離でも貴様なら、ふんぞり返ったままだろうからな」
両足も締め上げられる前にアーサーは腰に蹴りを入れるも、反動で肉が潰れ吊り下がってしまう。
生え出た銀線の根元が、仮面の男の下服の裾を通って内側で防具の形に変化していた。
「俺によって壊される前に壊れる事を望ませもせん。だから、無駄はよせ....私の今回の誉れとして貴様は討ち倒されるのだ」
泡の様に体内内部の水銀が小粒に膨らみ、尖り始め、胴が切り離されていく。
「....や..こ....で」
「何だ?」
「い....い..や....ここで..終わりなのは....お前だ」
魔力量だけでなく、現時点での最大限を超える力が漲っているアーサーは、力んで強引に拘束を引き千切り、剣を振り上げた。
(まだこんな力が..)
斬り飛ばされた腕を意識から捨て置き、仮面の男は無数の銀を数に攻め、アーサーは死力を尽くして果敢に攻め入る。
(....こんな事が、数も押され..)
切断面から枝分かれに伸び出た触覚も斬り落とし、破裂して広がった棘の塊も滑らす様に振るい往なす。
破壊した体である筈なのに違いを見せない丈夫な図体に、仮面の男は注がれる様に先ほどの、アーサーの心境に思いを馳せる。
(この絶望をモノともしなかったというのか..)
脆くなった心を鼓舞して何とか踏ん張りを利かせていた仮面の男であったが、ゆったりとした足取りで近づいて来るアーサーの睨みつけられた片目に凄まれ物怖じし、二歩、引き下がってしまう。
(来る..真正面から攻めに....殺しに、刺し殺しに)
迎え撃とうと、冷静になる為に引き下がったというのも理由には有った。
実際は、何度も死地を敷き詰めても、それらを幽鬼と成って乗り越えられ、力を上回れたと御くびになってしまっている本心を隠す為の自身の心の気遣いであった。
「ギオっ....」
だからこそ、判断を誤る。
(....来な)
「がっっ..!!?」
冷静かつ迎え撃てるという思い込みが無用な安心感に浸らせ、アーサーが迫る刻を見誤る事になり、僅かに遅れて真正面から斬り伏せられてしまう。
「舐めるなっ..!!ベルドファーロ!!!」
圧して潰す銀柱が、空気をも押し込んで突き進む。
「なっ..」
銀柱が斬り裂かれ、仮面の男の、硬直した姿が現れていく。
「斬り」
刃を返してアーサーは剣を振り切る。
血飛沫が吹き上がるが手は止まらず、切っ先を平直に、仮面の男の胸元を貫いた。
「はぁはぁっ..はぁっ..」
剣が引き抜かれ、仰向けに仮面の男は倒れる。
勝利を得たアーサーであったが負担は大きく、無呼吸での攻撃は心身共に負担が掛かり、脳は硬直、痛みを伴った痺れが手足に湧く。
生きているからこその代償とはいえ、これ以上が続けば間違いなく、代償無く、あの世に振り越しも無く、命だけがほっぽり出されていたのであった。
「負け..たか....わた..し..は..」
擦れた声が発せられる。
「心臓を..抉..られ....これではどうしようも..な..し....死ぬ..のか」
その言葉を聞き、アーサーは訂正する。
「死ぬ事は無い。近くの肉を貫いただけだ。お前の銀で塞げば生きれるのは分かってる、今直ぐ塞げ」
「....何故、だ....何故....敵に..止めを..」
「初めに言った、殺しは許されていない。だから、塞げ」
「....ふっ..はは..は....何を言うか..と、思えば....貴様らが、この地に降り立った時点で..この国の誰かが死ぬのは絶対だというのに....許されていない、だと....その、命令を与えた者は....随分と..清廉として不快な奴の様だっ..」
喉笛に、刃が引っ提げられる。
「声を引き抜かれても、生きてはいける」
「それは....名前を呼べぬ苦しみを..知らぬ者の戯言だ..」
「なら、そう在れ」
掻っ切られるという間近、剣が持ち上げられた。
「..名前、か。それは、誰が付けた」
「何..を?」
「早くしろ、呼びたい名前があるなら早く」
「....私が信望する、掬い上げて下さった時からこの命を捧げている御方、ガブリエッラ様だ」
淀みがない様、仮面の男は無理をして言葉を続ける。
「何もかも持たぬ私に、何もかもを与えて下さった御心の神。その身には何があろうとも傷が有ってはいけない。だからこそ、私は盾として、そして、矛としてこの命を捧げようと誓っ..」
「理解出来た、もういい」
「....声は」
「名前というのは大事なんだろ?持ってて当然で、呼ばれないと辛い。そう言ってたのを思い出した。それを斬れば業平はきっと悲しむ。だから斬らない」
一人の世界の内に詰まった言葉を置いていく様に喋りながら、アーサーは剣を鞘に仕舞う。
「....最初に..知りたがっていたな、私の....俺の名前を..良いだろう。教えてやる。勝者へ送るささやかな祝福だ」
呆気に取られた仮面の男であったが、目を閉じると、穏やかな面目で名前を明かした。
「名はカルマ・ベックフォード。ガブリエッラ様の為に戦い、それ以外の為に生きれなかった男。貴様も、誰よりも大事だと思う者に身を傾けすぎると、いつか、絶望する時がくるぞ。この、私の様に」
魔力が途切れ始めた事で仮面に付着していた水銀も消え、年期を感じさせる、劣化による色落ちで白面となった薄い顔当てが滑り落ちる。
「執着を剥がせ、化けの皮を。晒される前に本心を明かせ、でなければ貴様は......」
己が地にアーサーは集いに向かう。
「..そうかもな」
イタリア語で穏やかとか静けさを意味するカルマの方です。真偽は不明です。後はお気づきどうりです。




