「強化」
追尾する銀線を、左右に俊敏に、悠然な土地を駆け抜ける様に追い抜き、踵を弾ませ高く飛び上がったアーサーは、眼下の存在目掛け双手の剣を振りかざす。
長く続いた攻防の末、それは、無駄と化し続けた同じ行為の連続であったが、重ねた自己強化により速さも鋭さも上昇した二撃は、余韻も無く仮面の下の首元に達そうとしていた。
「クアンテ」
しかし、それよりも速く、大量の水銀が宙を伝って流動し、斜線上から間に割り込む。
アーサーにとっては幸いにも、防がれた後、また剣の刃が絡められ引き寄せられるという事は無かったが、与えた衝撃そのままに跳ね返されてしまい、角度が悪く、陽の光が水銀の表面を反射して眼にちらつき、無防備になっている所に四方から銀の棒が撃ち込まれる。
「もういい加減にしたらどうだ、襲撃者よ。己の醜態が地に晒され、この眼には随分と情けなく映るぞ、今の貴様の姿は」
身を守る為、剣を横に突き出し、一見して傅む様な姿勢をとっていたアーサーの姿を舌に乗せ、恥を掻かせようと仮面の男は淡々と蔑み始める。
「撃ち抜かれ、絡め吊るされ貫かれ、幾度となく逃げ回り、無厚な機会を伺い尽くしてもがき苦しむ。それに何の意味がある?力の差というモノを身をもって知った筈だ、なのに何故諦めない?」
「......スピードブースト」
「言おうとも聞かずか」
変わらずの振る舞いに、仮面の男は溜息を吐き出した。
「で、あろうが終いだ」
きつく張った弦が切れた様な音がアーサーの頭の中で狂乱した。
「動けないだろう、それも当然だ。貴様は今、身の内から浸かっているのだからな」
踏みしめた筈の足跡は残像となって今も揺れ動き、せり上がった血が口から溢れ、足を崩したまま起き上がれない。
不規則に鳴る心臓を抑え、牽制目的も合わせて血走った目で戦意を掻き立てるアーサーであるが、異常をきたしている事は言外に認識していて、不明瞭な状態に陥っていた。
「身体内部で沈殿した水銀が、血の流れに乗って体内を巡回しているのだ。唯でさえ、水銀には毒性が有り、体内に僅かにでも入り込めばそれ以上に手を加えずとも決定打となり得るというのに、ましてやそれが巡るとなるともう狂気に駆られるしかない。正気でいられる筈が....そう、正気では」
ふらつきながらも、それでもアーサーは立ち上がり意気込みを見せる。
四肢に力を満足に込めれてはいないが、人形の様に、関節部に灯が点いていない訳で無く、意思を込めて補強していて、獅子の如くその様は気迫に満ちていた。
「見苦しいものだな..どれ、一発切り刻んでみろ。受けて立とうではないか。痛みを恐れぬというなら、己の手で自身の命を刈り取ればいい。そして現実を知れ」
命を魔力に、無色無透明の中に僅かに輝く銀光を覗かせてアーサーは剣を構える。
挑発を受けても怒りは無く、あるのは不気味な程に鎮静とした思考だけであった。
「..パワーブースト」
近づく動作が、一瞬仮面の男の眼に及んで通り去る。
「まさかな..」
僅かに明け透けになった表情を歪ませて、男の、仮面の奥に隠していた顔が強張る。
反射的に、銀の盾がまたも間に割り込んでいたが、守るべき主の頬ごと、刃が触れた箇所の一部が斬り裂かれていたのであった。
「..撤回だ、使命の為に貴様を今すぐに殺す」
斬り裂かれた部分に手を当て、素顔を完全に覆い、そのまま両手を前に突き出して唱える。
「ドレスアップ、ヴェスティート」
横に連なった数枚の壁がアーサーの周りに展開され、ドレスの様に嫋やかに、巻状に回りながら締め上がり、上から下に細くて太い塔となると、大小の針が外側にも内側にも突き出した。
「時間をとりすぎたな」
背を向けて、仮面の男は歩き出す。
塔は融解し、全身が抉れたアーサーが中心で寝そべっていると想像して。
「っ..!!?」
「スピード....ブーストっ..」
肩を斬り裂く音が通り過ぎる。
「耐えたというのかっ....ぐっっ..!!」
「..パワーブースト」
影すらその場に張り付けたまま置いていく速さだと見紛う動きに、遂には盾も自ら反応出来ず、命を受けて進路位置に配備されるが真っ二つに斬り裂かれ、仮面の男の、腰に近い右横腹が断裂した。
「私に届きうるまで強化したとはな..だが、どんな攻撃も、近づけなければ意味が無い」
際限無き迅速は、突き出た鋭利によって足底が貫かれた事で止まる。
「何故、地を通して攻撃を放っていたか分かるか?それは、分離した一部の銀を蜘蛛の巣の様に地中に張り巡らせ、何時でも貴様を刈り取れる様にする為」
型抜かれた箇所から蛆の様に細かい銀線が這い出て数本の綱となって巻き付き、その場から離れられない様、先端が路面に突き刺さって固定される。
「どんなに速かろうと、一歩踏み出さなくては人は前に進む事はできない。足掻いた所で初めから欠けているのだ。進む為の道筋は」
銀線は締める力を強めて、まるで処刑台にかけられた死刑囚の様にアーサーが屈む事を強要し始めた。
「無気力に散れ、自己の弱さに悔やんで悔め」
「......悔やむ?」
「そうだ、今度こそ確実に決める」
冷淡に、自身にも言い聞かせる様に、仮面の男は決心を込めて言い返す。
「建物が邪魔だな、ならばどかすまで」
二つの、銀の大玉が仮面の男の前に作り出される。
「ブレールファレンス」
左右の大玉は羽化して巨大な両翼となり、掬い上げる様に下から上に羽ばたきだして範囲内の建物を細切れにすると、閉じて、魔力と共鳴して脈動し、開けば端から銀の玉となって降り注ぎだした。
「..邪魔と言ったモノの、面目が立たないなこれでは」
翼が消える頃には雨の如く降り続けた玉も止み、一切の原形を留めていない様相だけが生活圏に跡として残る。
如何に破壊の規模が凄まじかったのかを、羽ばたきの跡が物語っていた。
「それよりも、先ずは一度引き返さなければ..戦況の確認....を..」
その歩みは、それを見た事で留まる。
「....貴様」
血と怪我に塗れた体は淀んで痛ましく、白の身なりは更に土で汚れて恥の上塗りである。
だが、どんなに恥辱で塗れていようともその雄姿に一切の綻びは無かった。
「何故その体で動ける....その前にあれをどう切り抜け」
「スピード....ブースト..」
動いた様子も感知させない速度でアーサーが踏み出し、仮面の男の胴体に横斜めから刃を斬り入れる。
即座に後退し、肩に刃先を組み込もうと近づいて剣を振るうが、三層の細長い銀線が手を横に振るって繰り出され、盾としての役割と共に押し出して二撃目を阻んだ。
「何度でも立ち上がるというなら、今度はお前の首に銀をかけ、へし折れる様を確認しよう」
地底から伸び出た幾重の銀線が、唸りを上げて襲い掛かる。
器用に逃げ回り続けるアーサーであったが、鞭を打って動かしている体は当然鈍くなっていき、裏で躍動していた地中の銀線が宙に飛んでいた足を掴み、流れに乗って他も集まり、覆い被さって飲み込んだ。
「がはぁっ!!?」
勝利を確信し、仮面の男が手を緩めた瞬間、心臓近く、胴体の真ん中に切っ先が刺しこまれ、内に引いて抜かれ内部が傷つけられる。
それは、奇跡の一撃でも神の一手でも無く、流れる様な速さの剣の一突きであった。
「貴様..その姿は....一体」
掴み取ったという言葉は適切でなく、本来の自身の規格と照準が合致した戦闘形態、その進化の先。
「スペリオーラ」
銀の輝きを纏い、静かに佇むアーサーはあるがままの答えを口にした。
強くなると形態変化や形態強化、性質変改に至ります(基本、自然魔法使いだけ)
成長幅はまだまだ大きく残っていますが、能力的には究極魔法みたいなもんです。




