「勇扇」灼吹の続き
「..どういう事だ?何故、錫獣が召喚される?」
子狐達の爆発により生じた火煙の中で、自身に魔法をかけ、傷を治し終えていたハバルは、目の前に現れたフルックヌーの存在に疑問を述べる。
「俺達人間やそれ以外も同様、この世に生まれ落ちた時に備わる能力は一つのモノにつき一つ、これは何があろうと揺るがない不動の理....だというのに、これじゃ辻褄が合わねぇ。どんな力が働いてんだ?反応からして、てめぇの能力でもなさそうだしよ」
この世界の基本的な認識が崩され、ハバルは業平が所有している王剣”ストラブルフ”についての情報も足らず、敵を前にしている事も忘れて、つい、思案し始めてしまう。
到底在り得る筈が無い、理解し難い事象が体を成してこの世に顕現している事実は、多くの力を知り、その多くをねじ伏せてきたハバルであっても簡単に受け入れられる事では無かった。
一方で、湧き上がった謎の力に操られ、扇を振るわされた業平は問われても心当たりは無く、何も言えずに口を噤むだけであった。
「....かっ、俺とやるってか、獣風情が」
熱気に包まれた空間に沈黙だけが差し込み始めようとしていたその時、現れてから一歩も動かないでいたフルックヌーが組んでいた腕を解き、両拳に紫色の炎を纏わせ、自身の戦いを望む際の基本の型となる構えをとった事でハバルの意識をそちらに赴く。
言葉無く、発せられた闘気を浴びせられ、相手が錫獣という事もありハバルの眼が狩人のそれに変わると、答える様に剣を持ち上げて呼応した。
「来い!!」
冷めゆく神経は、フルックヌーが走り出した事で再度燃え上がる。
「ぢっ..!!!」
縦に振られた大剣を振り抜かれる直前で横に飛び退いて躱し、立ち止まった片足で一歩踏み込んだフルックヌーは、左顔に向け拳を繰り出す。
しかし、フルックヌーの躱す動きに合わせ、対面を果たす形に振り向いたハバルは上半身を傾ける事で繰り出された拳を頬を掠める程度に流すと、刃を滑らす様に下斜めから大剣を振るった。
「ぐっ....おらぁっ!!!」
真上に飛ばれ、大剣は空振り、振り切った態勢を狙って回し蹴りが放たれる。
それをハバルは大剣の面で受け止め、押し込み、三メートルもある巨体のフルックヌーを筋力だけで吹き飛ばすと、着地される前に正面から詰め寄って斬り裂こうとした。
「くっ..」
が、手を地面に付け回転したフルックヌーに腹を蹴りつけられ、ハバルは距離を取らされてしまい、追撃で放たれた飛び蹴りを左手で受け止めるも今度は自身が力負けし、両者の天と地が逆さまに、背が反る程に圧されてしまう。
「....ぐうっ!!」
「きゅっ..!!」
跳ねるにはおあつらえ向きの足場と化した掌の上で一回転すると、フルックヌーはかかとを尖らせてハバルの顎を蹴り抜き、落下した状態のまま腕を前に突き出して、呼び出した子狐達を襲い掛からせた。
(種は分かっているっ....強化さえ解けばっっ..!!)
ぐらつく意識を気合で押さえ、片膝を付いた状態で傷を治し終えたハバルは、先の二回の攻撃から、このまま子狐達を斬り裂いても自身の炎を糧に大きく膨らみ、張り付いて爆発してくると考え、通わせていた炎を消してから大剣を振り上げた。
「ぎっ....ごぇっ!!?」
予想通り、まっ二つに斬り裂かれた子狐達は膨らむ事も張り付く事も無く風になびかれ宙を漂うも、一瞬、その紫の体躯が鮮やかに輝いたかと思えば爆発して、散った火花がハバルの眼を焼きつけた。
その間に駆け出していたフルックヌーはハバルの懐に素早く入り込むと、痛みで歪んでいる顔に拳を撃ち込んだ。
「ごっ!!?ぐっ!!?がっ!!?ぶおっ!!!?」
間髪入れず、よろめくハバルの左肩、右わき腹をと大振りで全身の至る箇所を殴り抜いていくフルックヌー。
拳の方が固いのか、ハバルの体が硬いのか、残像が見える程の速さで殴り抜かれていく度に、鉄の塊が悲鳴を上げて助けを求めている様な鈍い音が辺りに響いった。
「ぼげぁっ!!?」
腹に拳をねじ込まれ、白目を向いてハバルはえずく。
終わりに、前に倒れてきている動きも利用してフルックヌーは狙いを定めると、回し蹴りを放ち、ハバルの顎を蹴り抜いた。
「....す..すげぇっ..」
口を開いて、業平は唖然とした表情を浮かべる。
目の前で繰り広げられたぶつかり合いもそうだが、戦闘経験が浅い業平でも見て伝わる程に超然とした強さをフルックヌーは誇っていたのだった。
「俺。本当に倒したのか?あの強さを真正面から乗り切って..あの人を。というか、前見た時よりも何か大きくなっている様な....強くも......何であの人げんこつ振り上げてんだ。怖」
勝利の狼煙代わりに腕を突き上げたフルックヌーであったが想い伝わらず、威圧されていると勘違いした業平は冷や汗を流して慄いた。
「....」
「い、言っとくがな、お、お、俺は別に今の戦いを目の辺りにしたからってビビったりなんてしないんだからな!!!って、やめろよその顔!!俺は本当の事を言ったまででなぁ!!!」
手を横に、首を左右に振ってフルックヌーは呆れた様子を見せた。
顔を真っ赤にして激高している業平の振る舞いも、拍車をかけて滑稽に思えてしまったのであった。
「何だぁ、もう終わったつもりか、あれぐらいの拳で」
「きゅっ..」
「遅ぇなぁ!!!反応がよぉ!!!」
勝利を確信し、油断していたフルックヌーに大剣の刃が斬り入れられる。
「ちっ..獣が、腕は盾にもなるってか」
瞬時にその場から飛び退き、追撃は免れたフルックヌーであったが、左袖が縦に分かれ、肌には血のなぞりが深く線引かれていた。
「だがよぉ、そんな弱点抱えた状態で倒せる程、俺は弱くはねぇぞぉ!!!」
ハバルの全身から炎が勢いよく放出され、熱が一帯に燃え広がる。
余波を受け、目を開く事すらままららない状態に陥ったフルックヌーは、状況を立て直そうと更に後ろに飛び退いた。
「俺の炎の方がてめぇのよりも格段に燃える様だ!!!」
一点に炎を集中させ、噴射して飛び出したハバルに一拍手をもって呼び出された二匹の大狐が襲い掛かるも、片手を向けて放たれた火焔に逆に焼き尽くされてしまい、火の粉が円を描く様にまばらに宙を舞った。
「ふんっ!」
形成された火の空洞を通り、ハバルは掲げた大剣を横斜めに振るい落とす。
腕を鞭の様にしならせて、それを手で弾こうとしたフルックヌーであったが、受け流すよりも力強い一撃を叩きつけられ、手首があらぬ方向に折れ曲がってしまう。
「さっきとは正反対だなぁっ!!!」
片手だけで無く、折れ曲がった手も活用しながら急所を狙った攻撃を全て受け流し、守りに徹すると同時にフルックヌーは果敢に攻めに転じた。
だが、起死回生の一手は生まれず、膠着状態が続き、疲れによる気のゆるみが生じた所で地面を削りながら大剣を振るい上げられ、胸元に裂傷が刻み込まれる。
「終焉だっ!!!」
返す刃で心臓に剣が突き立てられる、
「ふっ!!!」
その前に、業平が飛び蹴りをかましハバルを遠くに吹き飛ばした。
「大丈夫か!!?フルッ....ヌクー!!!」
「....」
「や、やめてくれよ」
血ではなく、胸元から止めどなく魔力が溢れ苦しそうにしている姿に業平は思わず動揺し、慌てて傍に駆け寄った。
身体を構成する魔力が失われ、フルックヌーは今にも消えてしまいそうであったが、足音から業平が近づいて来た事を察すると手を借りて立ち上がり、お礼にと頭をがっしりと掴んで名一杯撫で上げた。
「また横槍かぁ、おい」
「そうだ、文句あっか!!!」
「かっかっか....あるわこの野郎!!!ぶっ潰してやる!!!」
言葉の苛烈さとは裏腹に、炎は楽しそうに猛け上がった。
「まだいけます?」
「....きゅー」
到底立ち上がる気力も無かったが、共闘の申し出に拳を突き出され断るに断れず、フルックヌーは拳を突き当てて応答した。
「ふっ!!!」
風の衣を速さに変えて走り出し、業平は剣を振り上げて斬りかかる。
連動して、逃れられない様フルックヌーも後を追い、追撃を仕掛けた。
「おげぇっ..!?」
腹に蹴りをめり込ませ、元居た方角に業平を押し返したハバルは、足を戻すのではなく更に伸ばして踵を立たすと、腰を回して、飛び上がって放たれたフルックヌーの蹴りを空振りに終わらせた。
「うぉぉぉぉぉっっ!!!」
左足だけで踏み込み、肘を固めて突き出したフルックヌーであったが、顎を引いて一歩後退されるだけで余力を残されたまま躱されてしまう。
真下から、悟られない様隠し握られていた大剣が振るい上げられるも、飛んできた業平がハバルを押し出して窮地を救った。
「甘いぃっ!!!」
刃を合わせる事で押し当てられた剣をハバルは受け止め、弾き返し、幾度に繰り出された連撃の嵐を捌ききると、隙間を通して挙動の合間に刺し込み、業平のみぞおちを殴り抜いた。
「....これは」
独り坐するハバルが軸と成り、無数の子狐達が周りを旋回して陣をとる。
「くー!」
端を駆け抜けるまま、フルックヌーは振り向きざまに腕を降ろすと共に命令を下す。
掛け声が響き渡り、子狐達は一斉に中心へ向かって密集した。
「ヴァルバドス!!!」
剣身一点に炎を集約し、地面に突き刺してハバルは魔法を唱える。
内から外に波長する破壊の大渦は球型に膨らみ、触れ合う前に全ての子狐達を飲み込むが、ハバル自身をも巻き込む。
自傷覚悟の最善であった。
「来るよなぁ、絶対に」
「..なっ..!!?」
焚きついた煙を潜り抜け、業平が飛び出してくる事を見越していたハバルは、開いた手を右に、大剣を反対に突き出して両腕を交わす。
「しまっ!!?」
「邪悪には火を」
火焔が放射され、業平の身が燃やされる。
「獣には切っ先をってな」
そして業平と同じように、反対側から拳を突き出して飛びかかっていたフルックヌーの胸が貫かれ、光と化して消えた。
「打ち取ったりぃぃぃぃっっっ!!!」
灼熱の地獄に覆われた大通りに、雄たけびが錯乱する。
「次はてめぇだ」
沈まる業平を見下ろして、ハバルは上機嫌に語りだす。
「俺を二人がかりでも倒せなかったてのによぉ、一人で倒せると慢心したつけだな、これは」
「く..くそぉ....」
「灰が散るぞ辺りに、神の業火が消滅を図る....だが、まだ足りねぇ。だから、注ぎ足さなきゃなぁ」
消えていた炎が再燃し、ハバルの身に熱が帯びる。
「風ではなく、俺は炎を纏えるわけだが、これが全開じゃねぇ。一撃必殺用の超火力形態がある。見せてやるよ....」
じりじりと表面で燃え上がっていた炎が宣告の後、沸々と湧き立ってハバルの身を焼き尽くす。
「がぁあああああああっっっ!!!」
熱は光と化し、身が僅かに激しく激しく白光に輝き、見る者の世界を白く染める。
光りが消えるとそこには、橙色を基色とした、青と白が混在した炎の衣に包まれたハバルがいた。
「火焔燃燿っ..!!特別な形態だっ....!!!そして、これこそが!!!完成された本当の一撃!!!」
剣が掲げられ、親元に波長して一帯の灼熱が燃え盛り、至る物体を芥に変えて貢物として重なって吸い込まれる。
「沁焔っっ....」
捧げられた聖なる灯は剣身を煌びやかせ、真の剣技を露わにする。
「熾天白霞!!!」
天使の羽と瓜二つな巨大な白斬撃が、天の下を遍いた。
「天挈っっ!!!」
対向し、掲げた剣を光らせて、業平は風の斬撃を持って相対する。
力の差はあれど、大きさも威力も絶大的な風と炎の斬撃はぶつかり合っているだけで爆風を引き起こし、離れた場所にある建物を凹ませ、際限なく灰と化し風化して、周囲を灰燼に帰した。
今になって最初のフルックヌー戦をしっかり書いておけば良かったと後悔しています。
だけど時すでに遅し、機会を逃し積もる心残り、書き上げたい欲は掻き消えず、臍を噛む思いが心に重く伸し掛かっています、が、書き逃したままにはしたくないので、いつか別の機会に煌めく星の力で公開します。




