「判別」
「いいのかなぁ、本当にいいのかなぁ..」
黄の国の首都であるサテナを目指して走っている馬車の中で、業平は顔に手を当てて唸る。
不本意とはいえ、短絡的にある事を決断してしまい、何も変えられずに今日という日を迎えてしまったからなのだが、今も強く感じている後悔とは別に、どんな都合があれ、一度、自らの意思で頷いてしまった手前、入り込んだ状況の中では四の五の言ってられないと、歪ながら前向きな心もあった。
元来の頭の悪さのせいで、ただ、頭が回ってないだけかもしれないが。
「ちょっと、さっきからなに下向いて唸ってるのよ。そんなにあたし達の隣が嫌ってわけ?」
「うん、それも大きな悩み事」
「何ですってぇぇっっ!!!」
「ぎぇぇぇぇっっっ!!!?」
「あまり強く絞めすぎちゃダメよ、ラックル。ほどほどに、ほどほどにね」
横長の同じ席に座り、その体格の良さで場の面積を埋めているデビアスの部下のラックルは、業平の無意識に溢れた本心を耳に入れると首を締め上げ、それを兄であるポールが手加減して行うようにと言いながらもっと力を強めるようにはやし立てる。
「おい、君たち、騒ぐのをやめなさい」
「はぁはぁっ..命拾いしたわね、業平」
「ぜぇぜぇっ..それはあんたもだろ、頭に剣突き刺さってんぞ」
業平を苦しめた事でアーサーの怒りを買い、剣を頭に斬り入れられ、突き刺さった個所からは血が流れ出ているというのに、ラックルは挑発的な笑みを浮かべて性懲りもなく煽り続ける。
それを業平は、痛みなど全くないように気丈に振舞いながら鼻で笑い飛ばすが、青白くなっている顔には脂汗が滲み、額には怒りによって血管が浮き出ていた。
「全く、どうしてこいつらも付いてくるのか、デビアスの考えは分からん」
「そんなの理由は一つに決まってんでしょ、あたし達の力が必要とされてるからよ。ね、主」
「少しだけだがね」
「......ひ、酷い」
「ちょっ、ちょっと、何てこと言うのデビアス!!貴方、それでも私達の雇い主なわけ!?」
「それ、関係あるのかい?」
馬車の上に腰かけ、上空に飛ばした片眼鏡と地上の光景を共有しながら、怪しい者が近づいていないか周りを警戒しているデビアスは、何を言われても興味が惹かれないのか、飄々とした態度で訴えを聞き流した。
「うるさい奴らだな」
「こ、個性がある人達だね」
「迷惑な奴らだって言うんだよ、ああいうのは」
三者三様とした反応をする中、業平はまたも顔を下に下げ、手を当てながらため息をつき、黄の国の首都である、サテナを目指すに至った経緯を思い返す。
「はぁっ..後悔先に立たずかぁ..」
時は一週間前と、それから四日後の深夜にまで遡る。
ハバル・アクストンが放った熾天白霞を、押し負けるぎりぎりまで受け止めていた業平達だったが、実は、生きていたデビアスが目の前に現れ(バッヂも忘れてはならない)、もう一人の敵であるリナを人質とした交渉をハバルと行い、取引が成功した事で、間一髪の所で助けられる。
しかし、戦いが終わった直後、蓄積した痛みと疲労で二人は気絶してしまい、ロウィンにあるデビアスの屋敷に運ばれ、ベッドに寝かしつけられると、三日三晩の間、魔法を併用した看病を施された。
そして、屋敷に運ばれて四日目の昼間には両方の意識は戻り、その頃には、アーサーはまだ手の肉が爛れているため治療は必要だったが、二人とも、火傷を含めた負った傷はある程度完治し、飯をたらふく食べれば、夜には話が出来る程に元気が溢れていた。
そう、ここまでは何の問題もなかった。
「そろそろ機嫌直してくれよ、業平」
「嫌だ」
深夜、ずっと顔を見せていなかったデビアスが業平達に貸している部屋に訪れ、自身が入室する前から、業平と仲睦まじく談笑していたバッヂを合わせた三人にある話を持ち掛けようとした事で、室内は淀んだ空気に包まれる。
「聞いて欲しい事があるんだ。だから、そう意固地にならず話をっ..」
「嘘つきは嫌いだ」
「そこをなんとか頼むよ」
「..俺があの時、どんな気持ちになったか分かるか?目の前で突然デビアスの腕が吹っ飛んで、体が破裂して..っ、悲しくなったのに、なのに生きてましたって....どんな理由があったって俺は知らない、絶対に許さないぞ」
「..困ったなぁ。バッヂ君、この前の業平に人攫いと勘違いされた時の様に、ちゃんと話を聞くよう言ってくれないかね」
「自業自得だと思います」
「アーサーくっ..」
「話しかけるな」
この場に居る全員からそっぽを向かれ、流石のデビアスも心に来たのか、俯いてしまう。
「そもそも、何でわざとやられる必要があったんだよ。一緒に戦っていれば、アーサーもバッヂも苦しむ必要なかったのに」
「言っただろう。ペロ・リノアの再現は常時発動型の魔法だから消費魔力量が多いと。唱えた後は、少し休まないと新たな魔法は使えないんだぜ」
「答えになってないしっ!!知らない人の名前出されても分かんねぇーよっ!!!」
「ペロ・リノアは灰の王国という国の騎士でね、いつも傍におじいさんがいるのだけれど、あれは彼のっ..」
「駄目だ、疲れた、俺もう寝る」
「待ってくれよ、業平」
「離せ!!!」
目覚めたばかりで疲れ果てている所に、会話にならない言葉のやり取りをされ嫌気がさした業平は、休んでしまおうと横になろうとするが、肩を掴まれて阻止されてしまう。
「....」
「直ぐに終わる話だ。最も、君次第ではあるがね」
「そういうのいいから、さっさと話せよ、嘘つきデビアス」
「心外だね。君に無理やり約束させられてからは嘘をついていないというのにっ..おっと」
苛立ちを露わにする業平に急かされ、デビアスは話を始める。
「何の因果か、錫獣退治に赴いていた僕達は、黄の国の騎士達に王剣を一本所有しているだけでなく、存在も知られてしまった。四日前は運よく退かせる事が出来たが、相手も万全な状態を期せば、今度も血眼になって探し出してくるだろう。それこそ、黄の王剣使いであるガブリエッラも出張ってくるかもしれない。そうなれば僕たちはお終いだ」
「で?この前みたいに襲われる可能性があるって言うなら、もう二度と黄の国の近くに近づかなきゃいいじゃん。そうしたら、狙おうにも見つけようがなくなるんだし」
「そうだね、だが、そんなに都合よくいかないよ、王剣使いの運命というのは。君が王剣使いになってしまった時点で、敵は黄の国の騎士達だけで収まるわけが無いんだからね」
「俺もそう思う」
「嘘だろ、アーサー..嘘つきのほら話かもしれないんだぞ。それでも信じるのか?」
「あんまりな物言いじゃないかい、それ」
珍しくアーサーがデビアスの考えに賛同したので、業平は信じられない気持ちとなり、目を丸くした。
「鉱山を出てから、デビアスを含め何人もの奴らが業平の王剣に反応を示していた。その事から、王剣というのは造形も含めて、俺達が思う以上に広く知れ渡っているんじゃないか?」
「..そうなの?」
「く、国とか立場によるんじゃないかな?僕は初めて業平の王剣を見て、王剣ってこんな形してるんだぁってなったし..うぉぉって」
「なるほどなぁ..あれ、そう言えばデビアス達が生まれた国ってどこなんだ?色んな国の名前出されたから気になってきちゃったぞ」
色んな情報が飛び交い、注意散漫になっている業平は、ふと、アーサーとデビアスの二人がどこの国の生まれなのか気になり、質問する。
「僕は青の国だよ、業平の王剣があった国」
「アーサーは?」
「....覚えてない、物心つく前から鉱山奴隷だったから」
「あぁ、そんな事言ってたな、出会った時に」
「なら、僕と同じ青の国生まれでいいんじゃないかい、君達がいた鉱山は青の国にあったんだし」
「黙れ」
(こ、この人達、どうして今の話聞いて何とも思わずにいられるんだろう..)
業平達の無遠慮な物言いに、バッヂは心の中でもドン引いてしまう。
「ま、アーサーの言う通り、王剣の造形?が思っている以上に広く知れ渡っているとして、剣のせいでまた目を付けられる事があるかもしれないなら、その前にどっかに捨てちゃえばいいんだよ。それこそ、湖の中とかにでも..」
「本当に捨てれるのか、業平」
「え?」
「あの小石が剣の中に入り込んだこと、覚えていないのか?」
「あっ......だ、大丈夫だろ。イキの良い時もあったけど、もうとっくのとうに溶け込んでるはずっ....あたたたたたっっっ!!?」
壁にたてかけてあった剣が情無い言葉に反応して、光り輝き浮き上がると、業平の前に現れて、おでこを連続で叩いた。
「こ、このクソ剣ぅぅぅっっっ!!!!」
「うーむ、不思議だ。王剣に、あんな自我が宿ったような動きをしたという話はないのに、何故、業平のだけ違うのか」
「今、アーサーも言ってたし前に教えただろっ!!変な石が入ってからこうなったって!!!」
「変な石ねぇ..」
聞いたことも見たこともない事例を目にし、デビアスは、心底不思議な物を見たような顔をした。
「話を戻すが業平も分かっただろう。君が思っている以上に王剣というのは価値が高いということだ。今は隠せられていられても、直ぐに狙われ始めるよ」
「..そうかもな」
「そこで僕から提案がある」
「提案?」
「狙われてしまうなら、先に全ての王剣を集めてしまえばいいんだよ」
提案が為される。
「バッヂ君の屋敷にお邪魔した時も説明したが、王剣というのは全部で四本あって、君の登場によりこの世界に全てが出揃った。それも、長年使い手がいなかった青の王剣が。その事を、同じ王剣使いであるガブリエッラも属する黄の国の騎士達に知られてしまい、君は今、執拗に追われ続ける立場となってしまっている。その対抗策として、君は黄の国に近づかなければいいと考えている訳だが、ここまではいいかね?」
「う、うん」
「だが、この地に留まるにしても、各地を転々とし、居場所を掴ませないにしても、王剣を見分けられる者というのは世界各地に一定数いる。それこそ、このロウィンにも。その者がどこの国出身なのかは不明だが、そうだな、僕と同じ青の国生まれだとしよう。君の王剣は元々青の国所有であったという以前に、王剣というのは唯一錫獣を退治できる武器であるから、君の腰に差してある剣が王剣だと分かればその者は直ぐに本国に戻って報告するだろう。君の素性も。そんな者達はこれからドンドンと増えていって、他の王剣所有国にも知れ渡れば、黄の国と同じように二本目の王剣を手にいれようと狙い始めるだろうし、他の国であれば、情報が少ないからこそ千載一遇の機会だと誤認して絶えず襲い掛かってくるはずだ。長くなってしまったがそこでだ、君が先に全ての王剣を集めてしまえば今よりも更に強大な力が手に入り、敵無しとなって襲われ続ける事を恐れなくて済むようになる。どうだい、良い提案だと思うのだが」
「......使い手になる方法、忘れたわけじゃないんだぞ」
表情を暗くした業平が口を開く。
「俺に人を殺せってか」
「うん、でないと、アーサー君達が殺されてしまう」
「..ならここでお別れするよ。誰かが犠牲になる必要があるって言うなら、それは俺の役目っ..」
「それはダメだ」
「..アーサー」
言い切ることを、アーサーは許さなかった。
「業平が殺しという行為を嫌悪している事も、俺達を巻き込みたくないと思ってくれている事も分かる。自分を犠牲にして済むなら、惜しみなく身を捧げる事もな」
「なら、分かってっ..」
「残される俺の気持ちも考えろよ」
「っ..」
「大事に思ってるんだ、誰よりも。だから、一人で抱え込もうとするな、どんな心情があっても」
「....し、知らねぇよっ、俺の選択なんだから、とやかく言われる筋合い無いわっ!!」
「あ?何だよ、その言い方」
一転して、室内は一触即発な空気に包まれる。
が、そこに、呆然とした様子のバッヂがふらついた足取りで業平に近寄ったことで、漂っていた剣呑な雰囲気は一気に沈静化していく。
「....な、業平、いなくなっちゃうの..?」
「えっ、まぁうん」
「......だ..や..だよ..いなくなっちゃ..」
「ば、バッヂ?」
「いなくなっちゃやだっ..よ..行かないでよっ..!!!なりひらぁっっ..!!!」
変わりようが無い決断を示され、心が悲しみで満ち満ちてしまったバッヂは、遂に我慢が出来なくなって泣き出してしまう。
「可哀想に、泣かされて、酷い奴だよ、業平は」
「ち、違っ、俺はっ..」
「自由にすればいいさ、君の人生なんだから、とやかく言うつもりはないよ」
「..ぐ、ぐぉぉぉっっ..心が痛むぅぅぅっっ..!..わ、分かったよ、離れないし、考え直すから。だから、頼むから泣き止んでくれっ、バッヂ..」
「うぅぅぅっっ..」
自身に非があるとは全く思えない業平だったが、泣かせてしまった事には負い目を感じているので傍に座ると、涙が止まり、安心して眠ってしまうまで、バッヂの事をあやし続けた。
「終わったかい」
「何が酷い奴だ..終わったよ」
「それで、君も同じ考えに変わったという事でいいのかな?」
「....」
「安心してくれ、今すぐ答えを出す必要はないんだ。それこそ、まだ伝えきれてない事は沢山あるのでね、ゆっくり考えればいい、それこそ、君もアーサー君も、今日、目覚めたばかりなんだから焦らずにね..ただ、もし、君も同じ考えに変わってくれたというのなら、最初はこのような事をするつもりだよ」
「このようなこと?」
「内密にね」
潜まされた声で明かされる計画の初動。
伝えられた業平は唖然としてしまい少し黙り込むと、まだ話は途中だというのに叫んでしまう。
「襲撃者じゃねーか!!!」
「テロ..?どういう意味だい、それはっ..」
「やっぱりやめだやめ!!!そんな多くの人の命が、いや、絶対に人の命が奪われてしまう計画に賛同なんか出来るかぁっっ!!!」
「おい、君、少し早とちりしてんじゃないかい、まだ話は始まったばかりなんだぜ」
「うるさいっ!!!俺は絶対に協力しないぞ!!何があってもな!!!はぁ、聞かなきゃよかったぁっ..」
今度こそ横になって業平は後悔をする。時間の無駄であったし、危うく、口にするのも憚れる行いに手を貸してしまう所であったと。
そうして業平は全てを忘れるように眠りについた。
「って、言ってたのになあ....俺の馬鹿ぁっ..」
長く思い返していた間にも進み続けていた馬車は、気が付けば目的地であるサテナの門前より少し離れた場所で止まっていた。
「では、事前に伝えた通り、僕が印を付けたら動くように」
「デビアスも一緒じゃないのか?」
「僕はやっておきたい事があるから、別の方法でね」
「あ、そう」
キャリッジの中を降り外に出た業平達は、馬車が止まる少し前に、デビアスが空飛ぶ片眼鏡を通して見つけた、サテナ都市内で一番警備が手薄になっている場所に近い壁の前まで向かい到着するも、見つけた当の本人は、その後、用事があるからと一人離れていった。
「さぁ、準備は出来たわね、貴方たち。行くわよ....ん」
「えぇ..嫌だぁ」
「手を繋がなきゃ意味をなさない魔法なの!!いいから、ほら、早く!」
「..ううぅぅっ、いっつも俺だけが不幸だ」
差し出され手を渋々といった様に手に取った業平を確認したポールは、空いている片手を壁に押し付けると、魔法を唱えた。
「シーク」
ポールと業平の二人は、魔法が唱えられた後、手を繋いだ状態で壁の奥に向かって歩き始める。
シークとは、指定した任意の物体に触れている間は体を透明にする事が出来る魔法なので、分厚い壁であっても簡単にすり抜ける事が出来るのであった。
「なるほどな、だからデビアスは二人を連れてくる事にしたんだな」
「わ、わ、す、凄い、あっという間に入れちゃった」
「いいでしょ、お兄様の魔法」
「....」
続いてアーサーとバッヂ、そしてラックルの三人が、壁の向こうから一人づつポールと一緒に通り抜けてきた。
「じゃっ、私達は仰せつかった役目があるからここで」
「あんた達、死ぬんじゃないわよ」
そう言い残すと、ポールとラックルは業平達の元から離れどこかに行ってしまった。
「どうする業平、デビアスの合図が降りるまで」
「どうするって........観光とか?」
「呑気だな」
「む、じゃあ他に何やれる事あるのか言ってみろよ!」
「け、喧嘩はダメだよ二人ともっ..!!」
三人はあてもなくサテナの中をただただ歩いていく。
久方ぶりの賑やかな時間であった。
「はぁ..外は私を置いて賑やか、こんなに明るいと気が滅入るわね」
対照的に、城の屋根に位置する塔の内部の檻の中で監禁されている女は、外の景色と今の自分の現状を比較して肩を落とした。
バッヂは健気で可愛い。




