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「延焼」

「......」


「..................?」


静寂が広がり、バッヂは当惑する。


訪れるはずの痛みと死を覚悟して、潔く、身を滅ぼされる事を受け入れようとしたが、どうしても感じてしまう恐怖は完全には誤魔かせず、思わず目を瞑ってしまい、四方八方に展開された魔法群に蹂躙(じゅうりん)されるその時を、怯えながら、ただただ待ち続けていた。


だが、いつまで経っても意識が落ち、暗闇に溶け込むことはなかった。


それだけでなく、今の自分は、誰かに持ち上げられているような気がした。


「な、な、な」


リナは混乱する。


バゼルを放つだけでなく、逃げられないよう、慎重に期してゼルデとディゼルも同時に仕向けたというのに、当たる直前に黒い影がサッと現れたように見えれば、その影はいつの間に地上に降り立ったのか、腕でバッヂを持ち上げながら近くに佇んでいた......いや、そうじゃない。


それも混乱の原因だが、その影の正体が、とにかく、リナの心をざわつかせた。


「何で、何で何で何で、何で生きてるの、あんたは、あんたはっ..」


「イファーセル」


「死んっ..ぎぁっ!!?」


膝下まで伸びきっているコートの裾を靡かせながら、影は、赤いカードを前に突き出すと、魔法を唱え、リナが立つ後ろの地面に数本の細長い岩を生やし、後頭部に向け発射した。


「デビアっ..」


「スリープ」


誤差なく、同じ部分に二度目の岩をぶつけられ今度こそ気絶しそうになるリナだが、刃を噛みしめて耐えると、憎き怨敵の名を怒り狂った声で叫びながら攻撃を仕掛けようとする。


しかし、岩がぶつかった衝撃で、リナの顔が下がっていた間に影は近づいていて、顔が上げられると、今度は間近でカードを突き出し、魔法を唱え、眠らせた。


「さて、行こうか」


空いた右腕でリナの体を持ち上げると影は、急ぐように歩き出そうとした..が、過呼吸に陥っているバッヂの様子に気が付くと、足を止め、声をかけた。


「大丈夫かね、息が荒れているが」


「でっ、ででっ、ででっでっでっでっ」


「もしかして、持ち上げていた時に強くお腹を押してしまったかな。それならば申し訳ない、次からは気を付けっ..」


「デビアスさんっ!!!!!???」


「響くねぇ..」


響く声は関係なしに酷く疲れた顔をしているデビアスは、両腕が塞がっているので、首を横に傾けて、少しでも耳から音を遠ざけようとした。


「それよりも、今の魔法は良いね。必要とする魔力量は少ないというのに、ここまで相手の裏をかける魔法は無いよ」


「へっ..そ、そうかなぁ?ひひひっ、そんな事ないと思うけどなぁ....って、そうじゃなくて!!ど、どうして生きてるの!!?死んじゃったはずなのにっ..」


「生きてたら不味いかね?」


「..い、意地悪しないでくださいっ!」


「悪いね..さて、何故生きてるか、か、答えてもいいが今は駄目だ、緊急を有する」


「き、緊急?」


「うん、業平達の事だがね、気概を持って戦ってるんだろうけど、残念ながら今の実力ではあの男を倒すことは出来ないんだよ。だから、直ぐに向かわないと..」


「..向かわないと?」


「灰と化してしまう」


.....................................


「くっ..くそぉ....」


「....」


片膝を折り曲げ、倒れないよう剣を地面に刺して支えにしている業平と、気力は尽きていないが、同じように体中から汗が流れ落ち、肩で息をするほどに疲労困憊になっているアーサーの二人は非常に困っていた。


「こんなもんか」


目の前で仁王立ちをし、こちらを見下ろす男の底知れない体力に、そして、一切の斬り傷も残ってない体に。


「斬っても斬っても傷一つ残らないなんて..卑怯だぞ!!」


「酷く傲慢だな」


「理由を教えろ!理由をっ!!」


「....いいぞ」


「えっ、ホントに!?」


「俺をその気にさせたらな」


「..ひ、引っかけたなぁぁっっっっ!!!」


甘言に乗せられていた事に気が付いた業平は怒りを露わにするが、男は意に介さずに言葉を続ける。


「再三言うがてめぇは弱くはねぇ、弱くは。だが、そんなのは初めから分かりきっている事。知りたければ強引に引き出してみせろ、俺の期待を超えろ、出来なければ、神のもとに送るだけだ」


「....酷く傲慢なのはお前だろ」


身勝手な要求をされた業平は却って呆れ返してしまう。


「期待を超えろって言われても、もう出来る事なんて何一つなっ..........ん?引き出せる力?」


思い悩む業平だが、手に持つ自身の剣を見て何かが切り替わる。


「....あっ、そうか、なら、あれ食らわせてやればいいのか」


「何をっ....!!?」


強大な魔力を感じて、男の表情が変わった。


天挈(てんけつ)


剣を横に構え、身に残った魔力の多くを内に凝縮させ暴風に変えると、業平は、男に向かって思いっきり解き放った。


「グゥゥゥゥッッッ!!?」


強大な魔力を感じ取っていた段階で大剣を構えていた男は、飛んできた斬撃に向かって振り落とし、霧散させようと力を込めるが、徐々に力負けしていき、足が地面を抉り、遂には剣が上に跳ね除けられると、上半身に横一線の大きな傷が走って多量の血が腹から噴出した。


「..っ、カハハハ..!まさか、こんな奥の手を隠していやがったとはなっ..!!」


「っ....」


何があっても迷わないという覚悟を固め戦っていた業平だが、男の口から、腹から流れ出る血等を見ると一瞬だが苦々しい表情となって、心の内に後悔が湧いてしまう。


「それも、天と地ほどの差はあるが俺と同じ飛ぶ斬撃と来たっ..!!これじゃあ俺も、死力を尽くすしかねぇじゃねぇかっ!!....その前に、答え合わせからだったな」


対して、気持ちが高ぶり、好戦的になっていた男は、少し前の自身の要求を思い出し途中で話を打ち止めると、握っていた剣を地面に突き刺し、傷の上に手を当て、魔力を溢れさせながら沿うようになぞった。


「あ」


「....」


「これがてめぇが知りたいと喚いていた答えだ」


すると、不思議な事に、なぞられた箇所の傷は綺麗さっぱりに塞がっていた。


「俺の能力は”回復”、どんな傷も、魔力さえあれば何度でも即座に直すことが出来る。もちろん、自身の傷だけでなく、仲間のもな......そして、ここからが俺の全貌だ」


業平達との戦いによって千切れかけている上着を無理やりに破り捨てると、男は、ある物を晒してみせた。


「あ..赤い玉...?」


浮き出た血管脈打つ男の胸の真ん中には、中心部が黒く濁って輝いている、赤い玉が埋め込まれていた。


「..フィリットの宝珠か」


「知ってるのか、アーサー」


「....デビアスから聞いた」


「..ちょっと違うな、確かにこれもフリィットの宝珠と言われている物だが、元は一つの玉だった。だが、ある時、備わった能力ごと、五つに分かれ世界に散らばり、それぞれの名を関するようになった。そして、そのうちの一つ、この”火焔の宝珠”が時を巡り、俺の胸に埋め込まれ、俺は、傷を治すだけでなく火を扱うことが出来るようになった..だが」


男の体から火が漏れ出る。


「ぐ、ぐぐぐがぐカカカっ..!ひ、久しぶりだからか、痛みが少しあるなっ..!!」


「何してっ..」


「本来、フリィットの宝珠とはっ、玉に備わった能力と同じ属性の魔法使いが身に付ける事で真価が発揮される強化武具っ..!!無縁な者が自己を強化させようと力を引き出せば、このように、身を灰に化させようとする呪いの品に変わる..だがな!俺の魔法はさっきも言ったように”回復”、魔力さえあればどんな傷も、何度でも即座に治すことが出来る!!この繋がりが分かるか!!!」


「っ..!!」


「今の俺は差し引きなく、火の魔法を扱えるということだっ!!!」


尋常ではない熱量を男の体から感じて、業平は、無意識のうちに一歩後ろに下がり、剣を構え、防御する姿勢をとってしまう。


「これはさっきのお礼だ..通え」


辺りに舞う残皮も媒体に燃え盛っている火の一部を大剣に通わせると、天高く掲げ、振り下ろした。


熾天白霞(アジェルバニパ)


放たれた炎刃は、高温の熱で空間を歪めながら業平の元に迫る。


「がぁぁぁぁっっ!!!」


持てる魔力を全て風に変え、風圧で威力を抑えようと炎刃にぶつけるだけでなく、剣に纏わせ振りかざし、斬り裂こうとする業平だが、剣と炎刃が接触すると、高熱のせいで手から煙が昇り、赤く腫れあがって痛みが押し寄せる。


それでも握る力だけは緩めず、腰を下げて、押し負けないよう踏ん張り続けようとするが、次に顔から流れ出た汗が目に入ると、視界が閉じ、足元がふらつき心が安定しなくなる。


そうすると、態勢を整えたくても前には進めないので、足が後ろに下がり、更に形勢は悪くなる。


「..っ!!」


すかさずアーサーも、一本の中剣に戻っていた剣を横に振りかざし助けに入るが、業平と違い、熱から身を守る手段がないので、手からは煙ではなく火が上がり、水滴の様に皮膚が垂れ流れ、骨が霞んで見え始めた。


「あぁあああああああああああぁ!!!!」


「終わりだな」


足掻く業平達に手のひらを向け、男は、火を放射する。


「「イファースブ」」


そこに、魔法を唱える声が二重に響いた。


「..これも良い魔法だが、ダメだね、放っても、彼の身から溢れる火が防護壁になっているから届く前に溶かされてしまう。決め手に欠ける魔法だ」


「....えっ?」


「てめぇは..」


「お初にお目にかかるよ、ハバル・アクストン君」


デビアスとバッヂの二人が現れた。


「ヴァルバドっ..」


「動いてはいけない」


「..」


「こういう事はあまりしたくないのだけれど、君は強いから、脅させてもらうよ」


眠っているリナの首に左腕を回し、親指を立てながら人差し指を頭に突き指して、デビアスは、魔法の詠唱を制止させる。


「..だから何だ、そんな事で俺が止まると思ってるのか?一人失うくらいで、勝利を払い下げるとでもっ..」


「思ってるよ」


「....ちっ、何が望みだ」


「即時撤退、見逃してくれたまえ」


交換条件を提示された男だが、裏に隠された本当の意図を察し、額に青筋が浮き出る。


「ムカつくな、黄の国の事情を全て看破しておいて交渉を持ちかけるか」


「万が一という時があるからね、むやみやたらと怒りを買って計画を破綻させたくはないんだよ」


「それがムカつくと言っているんだ」


怒り心頭な面持ちながらも、放った炎刃を霧散させる事で了承の意を汲み取らせた男は寝かせられているリナに近づき、状態を確認しながら、何があっても譲れない肝心な部分を尋ねた。


「洗脳は?」


「かけるわけがない、かけたら君、なりふり構わず業平とアーサー君を襲ってしまうだろう」


「確かにな......いいだろう」


確認をし終えた男は、背中に引っ提げた鞘に大剣を戻し、リナを両腕で抱き上げながら立ち上がった。


「これで勝ったと思うなよ」


そう言い残すと男は、黄の国がある方角に向かって歩き去っていった。


「二人とも大丈夫かい、彼ら、帰ったよ」


「....はぁはぁっ、」


「....」


「重症だね、特にアーサー君が」


デビアスの登場により、命を救われた二人は返事をする余力も残ってないので、ただただ地面に横たわりながら苦しそうに喘いでいた。


「よし。業平、君は少しの間待っていてくれたまえ。先にアーサー君を治してしまうからね。そうして我慢しているんだぜ」


「た、頼んだあっ......」


デビアスの言葉を最後に、業平も、アーサーに続いて気絶する。


戦いには負けたが勝負に勝ってしまった業平達は、辛勝ともいえない決着を果たした事で強く心に敗北感を宿すのだった。

デビアスの腕が!

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