「発気」
例えば今、目の前で落ちていく物が中身が沢山入ったコップだったとして、床に着くまでの過程がゆっくりと確認できたとしても俺ははりきって掴もうとはしないと思う。
何故ならば、どんなに床に液体が染み渡っていく光景が想像できても、散らばった破片を片付けなきゃいけない苦労を後で後悔することになろうとも、その時は、頑張るほどの事じゃないからと無意識に一番の楽を選んでしまうからだ。
だからこそ、突然斬り飛んだデビアスの腕を必死こいて掴もうとしている今の俺の姿は並べ立てた言葉と矛盾しすぎているし、中身が入ったコップと違って奇跡的に落とさずに済んだとしても、もう元には戻らない事もちゃんと分かっている。
それでもこの足が止まらなかったのは、現実を受け入れたくなかったからだ。
「っ....」
あともう少しで掴めそうだった腕は僅かで届かず目の前で転げ落ちた。
勢いよく飛び込んだので頭を強く打ってしまった。そのせいで額から血が流れて、少し前に破裂した、デビアスの体から飛び散った血と肉に交じっていく。
走り出す前、もがき苦しむように動いて見えた大小さまざまな肉片はただの無機物だった。触れていないが、見ているだけで異様な冷たさを感じた。
「ふん、警戒してた割に全然大したことなかったわね、デビアスとかいうやつは」
足音が二つ鳴り響く。見れば、知らない女と男がこちらに向かって歩いて来ていた。
「まぁいいわ、肩透かし感はあるけどソリッタの仇は討てたんだし、それに、楽に越したことは..」
「オッキオの”分”もだろ」
「うっさいわね!分かってるわよっ!!そんなことより、次はこいつらをっ..!!」
「ん?」
影が一つ、とてつもない速さで俺の横を通り過ぎたかと思えばそれはアーサーで、手にはナイフが握られていて、女に飛びかかると、頭を貫く勢いでそのナイフを振り降ろした。
「....ちっ」
だが、ナイフが女に刺さる前に、隣に立っていた男が腕を横にし振り抜いたことでアーサーは吹き飛び、攻撃は失敗に終わってしまった。
「一人、躊躇なく人を殺れる奴がいると思えば..あれが、アーサーって奴か」
「..悪いわね、庇って貰っちゃって」
「気にするな、あれくらいどうってことっ..あ?」
違和感を覚える事でもあったのか、男は言葉を途中で止め、振りかざした方の腕の内側をじっと見つめだしかと思えば、顔を上げてアーサーを睨みつけた。
「..斬ったのか、あの時に」
「....」
薄くだが、男が見ていた個所には切り傷が付いていて、血が少しだけ扇状に流れ出ていた。
「..カハハハハッ!!!面白い!!おい、リナっ!!!」
「何よ」
「決めたぞ、あいつとは俺が戦う。だからお前は、あの赤髪とやれ!!」
「はぁぁっっ?なにその言い方、偉そうに、誰に向かって口聞いてっ......まぁいいわ、言葉なんてどうでも、それくらいの事で一々怒ってたら疲れるだけだし..後、皆殺しは確定なんだから、誰がこいつらの死神となるのかなんかも..ねっ!!」
目の前にいたはずの女の姿が突如として消えた。
「かっ..!!?」
後ろからバッヂのうめき声が聞こえたので急いで振り返るとそこには、目の前から消えたはずの女が自身の手のひらをバッヂの顔に叩きこんでいた。
「うぉえぁっ..!!?」
「汚いわねっ」
叩かれたせいで脳が揺れ、意識が飛んでいるのか、バッヂの体が前に傾いていると、その隙を突くように女は回し蹴りを放ってみぞおちに足先を深々と埋め込ませた。
「場所、変えるわよ」
蹴りの衝撃で少し浮き上がっているバッヂの体を前にして女は、何かを呟きながら狙いを定めれば、今度は足を真っすぐにしてどこか遠くにまで蹴り飛ばした。
そして、先ほど俺の横を通り過ぎたアーサー以上の速さを出して追いかけに行ってしまった。
「......さて、そろそろやるか」
「来るぞ、業平、立ち上がれるか......業平?」
「....」
「剣圧解放を......」
近くで話しかけられているというのに、アーサーの声がとても遠くに感じる。
耳に入っても頭には何も入ってこなかった。
「放っておけアーサー、そいつは駄目だ、役立たずのゴミクズに過ぎん」
「..てめぇは黙ってろ」
「カハハハハッ......おい、分かってるんだろ、本当は。そいつの存在が、お前に死をもたらす悪魔となっている事くらい..情にかまけて目を反らすな」
「....」
「強いとは思う、特に、魔力量だけに限定すれば俺でも底が感じられん。だが、だからこそか、そいつは大きな欠点を一つ抱えている」
「..欠点?」
「奪われることに慣れていない」
「っ..!!?」
何故か息が詰まった。
「仲間の死を前にして、先ほどの動揺、くだらない」
「....」
「そして、いつまでも死んだ仲間に心囚われやがって、そのお前を守るために更に仲間が死ぬんだよ、分かってるのかてめえはよぉっっ!!!」
「..お、俺はっ......」
何て答えれば良いのか分からない。男の言葉は、今の俺にとってどんな言葉よりも正しかった。
「これでも神に仕える身、二度は言わん、慈悲を与える」
「消え失せろ」
「黙れと言ったろ」
俺の前に、アーサーが立った。
「聞いていれば自由に言葉選びやがって、業平が俺に死をもたらす悪魔だと?馬鹿にするのもいい加減にしろ」
[....なら、お前にとってそいつはどんな存在だ?希望か?絶望か?」
「救いだ」
「あぁっ?」
意味が分からないのか男は、答えを聞いて少し苛立った表情を浮かばせた。
「仲間の死を前に動揺した姿をお前は大きな欠点だと言った。だが、俺はそうは思わない。なぜなら、唯一俺の魂に触れ、救いをもたらしてくれたのはその優しさだけだったからだ」
「....」
「それ以前に、神に仕える身の者が人の心を否定するなどおかしな話。もし、この世に悪魔がいるとすればそれはお前だ、決して業平の事ではない」
心にかかったモヤが、どんどんとアーサーの言葉によって掻き消えていく。
それと同時に、全身から力が湧き上がり始めた。
「俺は信じてる、業平の人に寄り添える心を、だからいつまでも待つ、立ち上がるその時を」
「それが俺と業平の友情だ」
......俺は..俺は..!!
「うぉぉぉぉぉっっっ!!!」
心に残った不安や悲しみをを全て取っ払うために俺は叫ぶ。
もう、何があっても迷うわけにはいかない、そんな決意が固まった瞬間だった。
「業平」
「やるぞ!!アーサーっっ!!!背中は任せられても困るだけだからな!!自分で任せたぞ!!」
「....気合もほどほどにな」
申し訳ないけど、今だけはデビアスの死も何もかも全て後回しだ。絶対に勝つ!!!
「カッ..カハハハハッ!!なるほどな、奪われる事に慣れてないからこそ、守りたいモノの為なら立ち上がる奴もいるという事か....それは面白い」
「行くぞっっ!!!」
戦いが始まった。
例えも下手ですけど、独自ってのはあれですね、上手く表現するには天性”詩人”とかじゃないと駄目ですね。それくらい難しかった、というか全てが大変でっ..




