「浮石前夜」
「今日はこれで終わりだ!!全員道具持ってこい!!」
「これで終わりか、けっこう早かったな。いや、俺が過酷な奴隷生活に慣れちまっただけか...」
月日が過ぎるのは早いもので、毎日ツルハシ振るったり、坑道造りに勤しんだり、搬出作業に精を出したりと、この世界に来る前の自分は、いったい何をしていたか思い出せなくなるほどの重労働生活に浸かされてから今日でちょうど二年経つ。
アイツからは、半年も経てば毎日がいつの間にか終わってるようになると言われたがその通りで、奴隷生活に絶望し、筋肉痛に陥り、寝る前と起きた後、痛みでのたうち回っていた自分が今じゃ、今日の作業は早く終わったなと思ってしまうほどにはこの生活に慣れてしまった。
「人間の適応力って奴は末恐ろしいな」
「それは違うぞ、業平」
・・・こいつは
「業平も見ただろ、漏れ出たガスに苦しみ喉を搔きむしりながら死んだ奴、天井が崩れて瓦礫に押しつぶされて血の池作って死んだ奴、過酷な奴隷生活に耐えれず、壁に頭を何度も打ちつけて脳髄撒き散らして死んだ奴...皆が皆、業平と俺の様に心も体も強いわけじゃないってことだ」
「...あのさ、わざわざ言わなくてもいい詳細を用いて俺に考えを改めさせようとするのは構わないんだけど、その喋り方やめてもらっていいか?」
「アーサー」
二話「浮石前夜」
”適応力”
それは、生物が不自由な環境で生きていくために長い年月をかけて、何千、何万、下手したら何億の代を経て手にした力のこと。
アーサーには否定されたが、俺もこの鉱山奴隷という地獄のような生活に押しつぶされることなく、日々、怪我少なく生活できていられるのはこの適応力のおかげだと思ってる。
少し謙遜しすぎてる気もするが。
「おいお前ら早く入れ、たらたらしてると...」
「たらたらしてると何だ?」
「...入れ、早く」
だけど、そんな過酷な鉱山奴隷生活には適応できても一つだけ受け入れられないことがある。
それは..
「今日もお互いよく頑張ったな業平、監視役にも負けずに生き残って...」
「アーサー、その喋り方本当にやめてくれ。気になって頭がどうにかなりそうだから」
他の奴隷から見聞きして学んだと言っていた口調と元々の粗野で粗暴な性格はどこにいったのか、まだ少し名残は残ってる物の、いつの間にか整えられた話し言葉と落ち着きから醸し出される違和感は凄く、俺は吐き気と気持ち悪さを感じるだけでなく恐怖を覚えていた。
それほど、今のアーサーと二年前のアーサーは違うのだ。
「...まだ気にしてたのか、業平」
「怖いんだよ、急に話し方変えてきたのも、最初からその話し方で生きていたかの様な態度も..その口調でさっきみたいに言わなくてもいいこと言うのも怖いし、慣れる前に二年前のアーサーがちらついて引き戻されるんだよ」
「そうか」
「それも怖いんだよっ!!昔のアーサーなら俺の事ぶん殴って、うるせぇ!!殺されてぇのか!!って黙らせたのにっ..」
「うるせぇぞお前ら!!!ぶち殺されてぇのかっっ!!!」
「ほら!こんな感じで俺の事黙らせてたじゃっ..」
「アイツ、殺すか」
「逃げてぇぇっっ!!!監視役ぅぅぅっ!!!!」
「はぁっ..はぁっ..はぁっ..」
「業平、そろそろ離してくれ」
「....もうっ..掴みかかりに行こうとしないよな...?」
「..あぁ、多分」
「多分って..ふざけんなっ...」
檻を壊す勢いで向かっていこうとするアーサーを抑えてどれくらいの時間が経ったのか、気が付けば俺にそいつをどうにかしろと恐怖を声色に叫んでいた監視役は逃げていて、俺はそれに気づかないまま、ずっと動かないアーサーに覆いかぶさっていた。
「業平はよく我慢できるな、あんな奴らに怒鳴り散らかされて、助けて、本当にいい奴だ」
「...別に好きであんな奴助けたわけじゃねぇよ。俺はただ、とばっちりで入れられたこの狭い檻の中から抜け出して、早く誰の目も気にせずに寝たいだけだ・・・だからもう二度と暴れんなよ、マジで」
「おう」
「..信頼できねぇなぁ」
誰のせいでこんな狭い部屋に入れられ一緒に寝かせられてるというのか..迷惑ばっかかけやがって怒りたいけど、ここで更に騒ぎ起こせば収容期間伸びるからな。それに手痛いしっぺ返し食らうのは分かってるし、我慢、我慢だ俺。
「あーあ、俺もアーサーが教えてくれた奴らみたいに不思議な力が使えたらなぁ...そうしたら今頃、剣よ!来い!!なんて言って、呼び出した剣振り回してこんな場所脱獄してるのに...」
「そんな力があったらまず、業平こんな場所来てないだろ」
「分かってるわそんなことっ!だから使えたらなって言ってんだろ!!あぁもうほんっとイライラする
っっ!!俺もう寝るから話しかけんなよ!!」
「悪いな業平、怒らせて、お休み」
「... ふんっ」
「ぐぎゃ~あぐーすかぴー」
「...寝たか」
抑え込むのはそれほどまでに大変だったのか、あんなに騒いでいた業平は、横になると直ぐにいびきをかいて眠ってしまった。
「それにしても今日もすごいな、この化け物の様ないびき..どこからそんな音が出るか気になるが、この前調べてたらあの石が飛んできたからな。今もこっちに飛んできそうだ」
そう呟くとアーサーは、業平を守るように浮かんでいる石を見遣る。
その石は二年前、二人が出会った頃、業平の袖に張り付いていたのをアーサーが見つけたもので、指摘された業平は作業中、何かの拍子でくっついたんだなと考え、そこらへんに投げ捨てた。
だが、その石は投げられると物凄い勢いで飛びつくように跳ね返り、驚いた業平は身を守るように蹲ったが石は当たる前に宙で止まると下に落ちた。
それを薄眼で確認した業平は、びくびく震えながらも立ち上がり少し横にズレると、石も追いかけるように動いたので気味悪がり、次の日の作業中に掘った地面の中に石を埋め、穴を塞ぎ、飛び出してこないよう土を叩いて固め願ったりもしていたが、そんな努力は意味をなさず、土が抉れる音がした後、飛び出してきて袖に張り付いて止まったので気絶して倒れてしまった。
それ以来どうしようもないことを悟って諦めたのか、業平は一切気にするそぶりを見せなくなったが、たまに袖に目を向け、くっついている事を再確認させられると顔を青ざめさせたりしている。
「...少し思い返しすぎたな、俺もそろそろ寝るか」
少しでも遅く起きたらまた業平に迷惑が掛かってしまうと考えたアーサーは、怒られる自分を頭の中から消して眠りについた。
そのはずだった。
「何だ、今の音」
アーサーの耳に異音が走る。
それはか細く、本来なら誰もが聞こえない小さな風切り音。
しかし、アーサーは気付いた。いや、意識させられた。頭上に迫るその音にではなく、それが纏う強大な力の奔流に。
「業平、起きろ、早く、業平、業平っっっ!!!」
それは全てを押しつぶすように現れた。
「.........?」
業平を守るために覆いかぶさっていたアーサーは不思議に思う。
鉱山を飲み込むほどの衝撃も、破壊音も、痛みをいつまでも感じないことを。
疑問は絶えず湧くが、とりあえず周りの状況を知ろうとアーサーは目を開けた。
「......これは」
辺りを見てアーサーは倒れ込みたくなるほどの衝撃を食らう。
目を横に、また横に、また横にずらしても自分たちが先ほどまで収容されていた檻の中も、壁も、鉄格子も鉱山も何もかもがなくなり、辺り一帯殺風景な光景に変わっていたからだ。
「...何が、どうなってる...どうして鉱山が...この、俺たちを包む魔法はっ・・・」
動揺するアーサーだが、落ち着かない心とは裏腹に頭はいたって冷静で、鉱山が消滅した原因だけは分かっていた。
何故ならば、それは目を瞑っていても無理やりアーサーの意識を引き寄せるように、膨大な魔力の残り火を光に変えて爛々と輝いているからだ。
「剣..か..?」
その剣の剣身は異様なまでに透き通っていた。
地面に突き刺さり、纏ってるのは魔力の残り火、燃えカスだというのに、突き刺さってる部分も透過して幻視させられるほどの気迫があり、されど包み込む暗闇のごとく静かに佇んでいる。
「...もう、いっそのこと、業平みたいに眠ってしまおうか...そのほうが楽そうだ...」
平時であればアーサーもその透き通った刃に惹かれ、自分の手が傷つくことも厭わず近づいていたかもしれない。
だが、その剣に興味を示してられるほどの心の余白は今のアーサーにはなかった。
鉱山が消し飛び、自分と業平だけが生き残った、それだけが頭の中で蠢めいて仕方ないのだから。
(辛い現実など散々味わった、それこそさっきまで存在していた鉱山の中でも...)
アーサーの心が暗い底に沈んでいく..
「...俺がしっかりしないでどうするっ!業平に誓ったじゃねぇか!この名に恥じない生き方をするってっっ!!...絶対に諦めねぇぞっ...!!」
アーサーは思い出す。二年前、業平に出会ったときの事を。
(最初は、異世界から来たなんてくだらない嘘をつく頭がおかしいやつがいるもんだと思ったが、業平が俺に聞かせた異世界にまつわる話は全て聞いたことない話ばっかりで楽しくて、何より、疑われたままは嫌だと、熱意をもって話し続ける姿に俺は熱をともされて惹かれたんだ..)
「この二年間、色んなことを教えてくれたよな..それが俺の生きる活力になったというのに、貰ってばっかで、お前が困った時に助けないで諦めたら、俺は..本当の本当に最低だ」
深く息を吐いて気持ちを整えると、アーサーは自分を奮い立たせる。ここで折れて苦しむのは自分だけではないと。それに..
「はははっ...それにしても、さっきは冗談で言ったんだがな、まさか、崩れるどころか鉱山が消滅しても起きないなんて...やっぱすげぇよ、業平、お前は..」
もちろん、アーサーは業平がこんな時でも寝続けられるとは思っていない。
頭上に剣が迫ってきているので、起こそうと声をかけたときにはもう気絶していたことには気づいていた。酷いいびきが聞こえなくなったというのも理由の一つだが。
「......逃げるとしたらそうだな....ここからだと、赤の国の都市ロウィンか..だが」
アーサーは、監視役と他の奴隷から聞き出した情報を元に逃亡する場所を考える。
この鉱山がある場所は青の国の国境線沿いで、近くには鉱山都市があり、あと少しすれば、馬車を走らせ
様子を見に来た鉱山ギルドの者たちが来てしまう。
その者たちに見つかれば、最悪、腹いせで無実の罪を被せられ処刑されてしまうかもしれないので、青の国は安全地帯にならず、必然的にここから一番近い都市がある赤の国に向かうべきしかなかった。
「ここからロウィンに向かうには、アレを命がけで横断しなくてはいけないな...」
そう言ってアーサーは一呼吸置くと、奥の先に広がる水群緑色の景色に目を向ける。
(監視役から聞き出した情報によれば、あの広範囲に広がる樹林群はドラップ樹林と呼ばれていて、内部は、自然に詳しい者でも抜け出すのは至難の技と噂されるほど複雑に入り組んだ道が続き、迷えば、最後は自分が今、生きてるか死んでいるのかも分からないまま骨になるらしい..)
「後方も鬼門..前方も鬼門..右や左は意味なし・・・同じ茨道でも、一番生き残れそうな確率が高いのは、ドラップ樹林を横断し、ロウィンを目指す道だけ、か......決まりだな」
随分と曖昧で不確かな情報を教えられたもんだと心の内で零しながら、アーサーは業平を背負い上げ覚悟を決めた。
「死んでも横断してやる。それしか、俺たちが生き残れる道は残されてないんだから..なぁ、業平」
いまだ目覚めない業平に声をかけ、アーサーは歩き出す...前に、あれも持っていくかと、地に刺さる剣を地面から引き抜いた。
そうすると、剣身を隠すように鞘が無から現れ包み込んだがアーサーは気にしない。なぜなら..
「行くか」
いつ目覚めるか分からない業平を背負いながら、目の前の、永遠と広がるドラップ樹林を抜け出し、赤の国の地方都市"ロウィン″を目指さなくてはいけないからだ。
良いの考えたら他の誰かが似たようなもの思いついているという事実。
負けそうです…