「扇」
「立てるかい?」
「少しくらい横にならせてくれよ..」
全力出して疲れてるというのに、無理やり起き上がらせて歩かせやがって..まだ何かあるのかよ。
「というか、何でデビアスも戦わなかったんだよ。警戒してたのにいつまで経っても出てこないから怖くて仕方なかったぞ」
「おい君、僕、依頼主だぜ。依頼主が前線出たら依頼した意味がないじゃないか」
「..オルムニーヴァの時は一緒に戦ったじゃないすか」
「あれは特別だよ。お詫びも兼ねてる」
「..そうすか」
妙な所でしっかりしやがって..
「それよりもほら、二人が君の事心配してくれてるよ。見えるかい」
デビアスに言われて奥の方を見れば、アーサーとバッヂの二人が俺たちの事を見ていた。
「だ、大丈夫っ..なりひらっ..」
「怪我したか?」
「バッヂ..アーサー..」
ゆっくりとだが、二人が待ってくれている場所にたどり着けば、二人とも心配そうに駆け寄ってくれた。
「お、俺は大丈夫だよ..ただの魔力切れだし..そっちは大丈夫なのかよ、錫獣に殴られてだろ」
「あれくらいは平気だ。痛くもなんともない」
「う、うん..僕も大して痛くは..それよりも杖が折られてないかが心配で..無事でよかったぁ」
「余裕かよ..二人とも..」
派手に吹き飛ばされてたから気になって聞いてみれば、重症なのは俺だけかよ..恥ずかしいな..
「ふふふっ..」
「何笑ってんだよ、デビアス..気持ち悪いぞ」
「..いや、何、思いやりがあっていいねと思っただけさ」
「....?意味が分からなっ..」
「あああ、あのっ!!!いいですかっ!!?」
「な、何だよバッヂっ..びっくりするなぁ」
デビアスの言葉の意味が分からずにいると、顔を慌てさせたバッヂが声を張り上げて話に入ってきた。
「じ、実は、さっきの錫獣、なりひらに倒されたあと何かを残していって..!知らないものだから何ていうのか分からないけど、きっと、この前の、オルムニーヴァが残していった杖のように不思議な力が秘められてると思うんだっ..!!だ、だから、確認しよっ!!」
「お、おう..」
「これだよっ!!」
「..扇子?」
言われるままに近くに置いてある物を確認すると、それは何の変哲もないただの扇子だった。
「扇子というのかい、それ」
「うん」
「何に使うんだい?」
「..こうやって開いて、風を起こすため...あちゃぁぁっっっ!!!?」
使用用途を聞かれ、実演しながら説明を始めた業平は扇子を開いて縦に振るうと、裏面から一体の、燃えた薄紫色の狐が現れ業平の顔面に飛びかかった。
「水ぅっっ!!」
「ふんっ!!」
「あがぁっ!!?」
火が移り、少し顔が燃え始めた業平が助けを求めれば、少し前に近づいていたアーサーが真ん前に立ってビンタを振るった。
「何してくれてんだアーサーっっ!!!!」
「はたけば消えると思って」
「別の炎が燃え上がったわっ!!!」
言い争いから殴り合いを始めた業平達だが、他の二人、バッヂとデビアス達は横眼にも入れずに各々の興味に惹かれている。
「か、か、か、かわいいっ..!!」
キラキラとした目でバッヂが見ているのものは、先ほどまで業平の顔に張り付いていた子狐で、何故無事なのかといえば、アーサーのビンタを事前に察知し、滑り落ちるように回避したからなのだが、その後は周りの喧騒には興味がないようで体を丸めて眠っていた。
「..これは布ではなく....................表面には先ほどの錫獣が描かれていて、裏面には、業平の顔に飛びかかった狐が数匹..これにはどんな意味があるのか..」
紙が気になるのかデビアスは、投げ飛ばされた扇子を拾い上げて紙面部分を触ると、摘まんだり、擦ったりして何かを知ろうとしている。
だが、今は時間が足りないと途中で考えることを止め、扇子に備わった能力を解明するために、組み敷かれている業平の元に歩き出した。
「少しいいかな」
「..能力確認か」
「理解が早いね。離してやってくれ」
騒ぐ業平を他所に二人は短い言葉でやり取りをし、アーサーは立ち上がると傍らに佇んだ。
「立てるかい、業平」
「だから..横にならせてくれって..」
「はぁ..振るぞ....ふんっ!」
デビアスの指示のもと、今度は外側に向けて振ることになった業平は溜息を軽くつくと、少しの怒りを乗せて振り下ろす。
「うわっ..また出たっ」
すると、今度は一匹だけでなく、数匹の子狐たちが扇子の紙面から飛び出し、前方に着地して現れた。
「なるほど」
知りたかったことを確認出来たデビアスは、笑みを浮かべると次の指示を口にする。
「業平、今度は下に向けている面を上にして振ってみてくれ」
「俺、もう疲れたんだけど..」
「頼むよ」
「....これっきりだからなっ!!」
頼みは聞くまいと最初は意地を張った業平だが、デビアスが依頼主である手前、断わるわけにはいかないと考え、折れる形で従うことにした。
「ふぅぅぅんっっっ!!!」
それでも感じた怒りはどうしようもないようで、力に変えるように強く、足の先を天に突っ張るように上にあげれば、全身を使って草原に叩きつけるように扇子を振り下ろした。
「....はぁぁぁぁっっ!!?」
草や砂が吹き荒れ、数秒、目を開けられない状態が続くが、段々と視界も晴れてきて周りを確認できるようになると、扇子を振り下ろした先には見覚えのある存在が立っていた。
「な、何であんたがっ!!?」
倒したはずの錫獣が、姿、形、そのままに現れたので業平は驚き動きが止まってしまう。
それがよくなかった。
「ぐぼぉぉっっ!!!」
それを隙と捉えた錫獣は瞬時に業平の真ん前に近づくと、腰を曲げて拳を顔面に打ち込み、強すぎた力は業平の体を奥に吹き飛ばした。
「このぉぉぉっっ!!!」
「待ちたまえ、業平」
「な、何で止めるんだよデビアス!!?」
業平は、体が打ちつけられる前に右手の平を草地に押し当てると、勢いを削ぎ落として後ろに飛ぶように一回転し、腰に差している剣を抜き取って走り出そうとした。
しかし、何故かデビアスが攻撃をやめるよう命じるので、理解が出来ない業平は困惑の表情を浮かべてしまう。
「今のあれは敵じゃない」
「はぁ?何言って..」
「さっき僕が言った言葉覚えてるかい?」
「..下に向けている面の方を上にしろってやつか?」
「うん、それでね、裏面を見てみてくれないかな」
「..ちっ」
抱えた怒りをうやむやにされ、返事をしなければよかったと舌打ちする業平だが、一応、デビアスは依頼主だからと、裏面を見る為に扇子をひっくり返した。
「..絵、上手いな」
「そうだね、次にバッヂ君の方を見て欲しいんだけど..素早いね」
デビアスの指示に従って即座に首を横に向けた業平の目の先には驚きで目を丸くしているバッヂがいて、胸元にはいつの間に引き寄せたのか、一匹の子狐が大人しく抱きかかえられていた。
「見てるぞ」
「..簡単に言えば、初め、君は狐が数匹描かれている裏面を下にしながら扇子を振っただろう。そうしたら、一匹の狐が飛び出るように現れた。その時は特段気にもならなかったのだけれど、その後、君が投げ捨てた扇子を調べてたら、表面にはそこにいる錫獣と同じ姿をした者が描かれていて、もしかしたら、この扇子に備わっている能力は、呼び出したい方が描かれている面を下にして振るとそれらを呼び出せる召喚なのではないかと思ったんだよ。そして今、確信に至った。今のあれらは敵ではなく君に支配された下僕だと。分かってくれたかな」
「うん、了解」
「..興味がないようだ」
何も聞いてないなんてことはないだろうが、意識が別の方に向いている業平の耳は遠く、デビアスの考えは少しも届くことなく地に沈んだ。
「....ん?」
見られることに慣れてないので、段々と恥ずかしさを感じてきて、頬を赤く目をぐるぐるさせているバッヂを見続ける業平の視界が何かに覆われる。
「..あんたか」
邪魔だと感じ、誰のいたずらなのかと数歩後ろに下がって確認する業平の視界を覆っていたのは、召喚されたというのに、目も興味も向けられないので、注目を集めようと近づいてきた錫獣が着ている着物の布部分だった。
「まだやる気かよ。俺はもう興味ないんだ、あっちに行ってくれよ......下?」
何を言ってもいつまで経っても錫獣は動こうとしないので、流石にうっとおしく感じてきた業平は、自分がズレればいいかと横に回ろうとするが、その前に、少し後ろに下がって足元を指さしながら何かを見ろと錫獣が主張し始めたので、興味はないが、それで満足するならばと下を向いた。
「....ひらがな?」
いつ炭と化したのか、何故知っているのか、業平とフルックヌーの間の足元には、五つの文字と一本の横線が焼き付けられていた。
「..いや、何で回りに火が広がってないんだよ。煙も出てないし、焦げ臭いにおいもしなかったし、おかしいだっ..」
「ふるっくぬーと書かれているな」
「うわぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!?」
一人ぶつくさと唸っている業平の近くに音もなくアーサーが現れ、油断を付かれた業平は体を震わせて叫んだ。
「名前なんじゃないか?フルックヌーという」
「もっと存在感出してくれよ!!怖いから!!」
「あってるそうだ」
「聞けよっ!!」
「どうしたんだい君たち、言い争って」
二人の間に一触即発な空気が漂うが、少し離れたところで見ていたデビアスとバッヂの二人が近づいて来た事で、そちらに意識が移る。
「別に、言い争ってなんか..」
「け、喧嘩はダメだよっ..!なりひらっ..!」
「おうっっ!!!」
火を消すからとはたかれ、もみ合えば組み敷かれた恨みもあって、まだ感情を表に出し続けようとする業平だったが、バッヂの言葉で心変わりしたのか、鬱憤が解消されたように満面の笑みを浮かべた。
「お?」
だが、それも長くは続かない。蚊帳の外に二度も追い出されたフルックヌーが業平の服の端を掴んで引っ張るので、沈静化しようとしていた心の激情はまたもや熱を持って煮え滾った。
「だからっ!!もう興味ないって言ってるじゃん!!喧嘩したいなら俺以外の誰かに売ってくれって!..違う?」
怒りも通り越して呆れを感じてきた業平は、袖にするように酷い言葉を口にしていくが、伝えたい事が別にあるそうで少し聞く耳が出来る。
「文字を指さして、自身を指さして、文字を指さして、自身を指さして..だめだ、全く分からないぞ」
「名前を呼んで欲しいんじゃないかな」
「何で分かるんだよっ..」
自身と地面に書いた火文字を交互に指さして、フルックヌーは何かを主張し続けるものの、業平には何が何だか分からないのでいつまでも正解にたどり着くことはないように思えたが、助け舟を出すようにデビアスが考えを代弁したことで話は停滞することなく進展した..はずだった。
「やだね、名前なんて呼びたくないね」
「それはまたどうして?」
「だって..敵だろ?敵の名前なんて好き好んで呼びたくないわ」
「そう..金貨五枚上乗せして渡そうと思ったけど理由があるなら仕方ないか」
「フルックヌー!!!いくらでも名前呼ばせてくれぇぇぇっっ!!!!」
金に釣られ自分を曲げる業平を見てデビアス達は、卑しい欲の望者だなと呆れてしまう。
「..狐さん?」
同じく呆れた目で業平を見ていたバッヂだが、抱きかかえていた子狐が鳴き声を上げたので力が入ったのかと思い謝ろうとすると、子狐の体が光の粒となって消えていこうとしていることに気付いた。
「あっ..」
「....」
突然の事に頭が追い付かず、思考が少し鈍ってしまうも、助けを求める為バッヂは業平達の元に駆けようとする。
しかし、バッヂが駆けようとする前に、後に召喚された子狐たちを引き連れて近づいていたフルックヌーがバッヂの腕から子狐を取り上げ、同じように抱きかかえた。
「クー..」
「なるほど、戻るために名前呼ばれる必要があったのか、俺、全然気づかなかったぞ」
業平達の方に振り向き、ここで初めてフルックヌーは声を上げる。
「二度と呼び出すつもりはないけど、直ぐに気づけなかったのはごめんなさい..二度と呼び出すつもりはないけど」
「....」
「ぎゃああああああっっ!!!?」
言葉に出来ないが態度で感謝してるというのに消える今が機会とばかりに毒づかれたので、腹を立てたフルックヌーは両掌を叩く。
すると、熊ほどの大きさの狐が二匹現れ、業平に飛びかかり発火して霧散した。
「こいつぅぅぅっっ!!!!」
「落ち着け、今のは業平が悪い」
「何度も傷つけられたのに、一度のやり返しで燃やされるのは割に合わねぇだろうがよっっ!!」
「二度だろ」
興奮冷めやらぬ業平をアーサーが抑え言い合いを繰り広げているが、その間にフルックヌー達は光の粒と化して消えていった。
それを一筋の雫を流しながら見届けたバッヂは二人の前に立つと、暗くした顔を向けて言葉を漏らす。
「匹だけ..」
「え?」
「いっ...一匹だけ残してほしかったな....」
それだけ言うと、バッヂは背を向け肩を下げながら離れていった。
「おぉぉぉぉっっっ....!!!」
「業平にはどうしようもない話だろ」
業平は蹲って泣き続ける。夕日が昇っても涙を流せなくなっても泣き続ける。
それほどまでに心に打ち付けられた悲しみは大きくて耐えきれるものではなかった。
正直、前話の話ですがフルックヌーの戦いを書くつもりはなく、直ぐに扇の説明に移って簡単に能力紹介をして次の話に進めるつもりだったんですけど、今の自分には上手く話しをまとめ上げれる構成力が無く、続けてこんな感じの話になってしまいました。申し訳ねぇです。
後、扇子に貼ってある紙の読み方も分からず、紙面とか適当な読みで表記してるのも本当に申し訳ないです。
もう一つ、業平は扇子だと言ってますが、本当は扇です。読み方が違うだけで物の違いはありませんが、本当は扇です。ですが、分かりづらいので作中での読み方は統一してます。自身の拘りでしかないので。




