「錫獣」
「失礼します」
「....」
家主から直接的な入室許可を得たわけではないが、半壊した玄関の前で挨拶をし、屋敷の中に入っていく業平に放たれる攻撃は一つもなかった。
「失礼」
「..」
今だ影の奥に隠れ、警戒心をもって業平達を見ている家主は動きもしないが、手には長い杖が握られていて、いつでも魔法を唱えられるよう向けられている
「警戒されてるね」
「..当然だろ」
屋敷の中に入ることは出来たが、心の壁のせいで本題に入れないどころか近づくことも出来ないデビアスはどうしたものかと悩むが、そんな事はお構いなしに家主の近くに忍び寄っていく存在が一人だけいた。
「あのぉー?」
「っ!?」
「うわっ!?向けないで杖を!下に下にっ!!」
家主を驚かすために存在感を意図的に消していたとか、音もなく迅速に近づいたとかでもなく、ただ、話を聞いてもらいたくて、いつの間にか横に近づいていた業平が声をかけると驚かれ、杖を向けられてしまい、先ほどの、細長い岩を数個放つ魔法を思い出したのか、焦った顔で訴えかけるも、杖は下に下げられることもなく、警戒も解かない。
諦めた業平は、仕方なく元居た場所に戻り、アーサーの傍に立つと呆れた表情を向けられた。
「..何やってんだ業平」
「い、いや、誤解を解くためにも、こっちから近づくべきかなって..」
「俺と出会ったときはそんな行動しなかったのに..変わったな..」
「事情が違うだろ、事情が」
弁明にもならない言い訳を口にしていく業平だが、何故か、過去の自分と今の自分を比較され、却って呆れ返してしまう。
そんな、二人のやりとりを気にせずにデビアスは一歩前に出ると、入室する前に脱帽していたシルクハットを前に持って、家主に声をかける。
「突然の来訪、大変申し訳ない。僕たちは赤の国の都市、ロウィンに住む者で、一つ、お伺いしたい事があってこの地にやってきました」
「....」
「..正規のルートで」
「っ..」
よほど気に障る言葉だったのか、デビアスがボソッと呟いた意味に反応して家主は立ち上がると、いつでも魔法を放てるよう、杖先の照準を姿に重ねる。
向けられる警戒心には、少し、怒りが灯っていた。
「といっても、ある方法で知っただけで、想像されているような役目で来たのではないのです。本当にお話を伺いたくて来ただけなのです」
「....」
「それだけが望みなものですから、終われば壊してしまった玄関も元通りにしますし、必要な物があれば何でも持ってきましょう」
「....」
空しくも、デビアスの一人話が続くが興味は惹けた様で、家主は少しだけならいいかもと杖を下に下げ、影に潜ませていた体を業平達の前に晒すと、怯えているのか、震えながらも口を開いた。
「......は....はじめっ....まし...っ」
「えっ?」
「....」
「..業平」
「あっ、わ、悪い、聞こえなかったから..つい」
「......」
「......」
「..さ、下がってます..」
気まずくなって、穴があったら入りたいと外に飛び出す勢いで後ろに下がっていく業平を、デビアスは言わずもがなアーサーも止める気にはなれなかったが、何も言わずに傍に立とうと近づくと、そこには、いつ動いたのか、初めましてを遮られた家主が先に顔を塞いで立ち尽くす業平の真ん前に立っていて、一生懸命声をかけ続けていた。
「あ、の」
「は、恥ずかしぃ..出しゃばっちゃったぁ..」
「....あ、..のっ....!」
「お、怒ってないよな..?大丈夫だよな?」
「....お....お名前っ....」
「逃げてぇ~..」
「聞いてやれよ業平」
勇気を出して話しかけ続ける家主の声は、ブツブツと独り言を言い続ける業平の耳には一切入らず、可哀想に思えてきたアーサーが声をかけると、そこでやっと、目の前の存在に気が付く。
「ひゃあっ!?」
「....な....なまえ......おしえっ...」
「..お、俺の名前っ!?俺の名前はっ..」
「越されちゃった」
「....」
自己紹介し合う業平達を、少し離れた場所から見ているアーサーとデビアスは、ある程度経って仲良くなった二人の隙を見つけると、最初にデビアスが割って入り、次に、アーサーもそれとなく入り込んで、立ち話は何だからと、家主でもないのに、そこらに散らばった椅子を集めて、円になるよう置くことをデビアスが提案し、揃えて、バッヂは恥ずかしながらだが四人とも座ると、ここで初めての、顔を見合わせての会話が行われようとしていた。
「改めてご紹介にあずかっても..」
「無理させてやるなよ..」
再度名前を求められ、バッヂはぎょっとした顔をしてデビアスを凝視するも、最初よりは人慣れした様子で改めて自己紹介を行った。
「....チャ..チャールズ....バッヂ...ですっ」
細々とした声ながらも、しっかりと自身の名を告げる様相は、どの角度から見ても、どんな光の当たり方をしていても、隠れさす事が出来ない程に少女らしい、かと言えば少年の様な中性的な姿をしていた。
随分とあやふやで、言葉が多く矛盾を感じさせるような説明に思われるかもしれないが、実際に確認しなければ分からない美しさというものがこの世にはある。
それを己の姿でこの世に体現させているのがバッヂなのだが、あいにくと今のバッヂは、その、鮮やかな紫みががった品位ある赤髪を肩までだけでなく、眼がある位置までタランと伸ばしきっていて、一部分を除いた全身は、黒いフード付きのマントとズボンに覆われてしまっていた。
しかし、一部分の詳細ははっきりしているので詳しく解説すると、
袖からは少し、黄金の様に煌びやかな小麦色がほんの薄っすらと溶け込むように混じった白肌が覗かせていて、両の手の形というのは、見た目柔らかで肉厚そうであり、掴めば、どんな物も滑り落としてしまいそうなほどに感触がよさそうな指は全てが至高であり、美しかった。
文は業平達の会話に戻る。
「....そっ..それで...伺いたい事って..」
「単刀直入に言いますと..」
少しの沈黙を欲しているのか、勿体ぶるようにデビアスは続きの言葉を言わないので、業平達の心には、一体、どんな続きが待っているのかという緊張が浮かぶ。
「ある錫獣について」
”錫獣”、その言葉がデビアスの口から発せられると、業平以外の二人、アーサーとバッヂの顔色が変わった。
と、言っても、両者の反応の差は極端に違く、アーサーを少し目を開いただけで、バッヂの反応は、飛び上がるように立ち上がると、杖を向けながら、裏切られた悲しみと怒りでごった返しになった激情を叫ぶというものだったので、誰も、アーサーの僅かな変化には気づかなかった。
「....しっ..信じたのにっ..!!!」
「ばっ、バッヂ!!?」
「バッヂさん落ち着いて、言ったでしょう、僕たちは、ご想像されてるような役目で来たのではないと」
バッヂの突然の怒りに業平は驚いて立ち上がってしまうも、原因はデビアスにあると知っているので、直ぐに責めるような顔を向けた。
困ったデビアスは、自分でも、内心急ぎすぎたと思っているのかいないのか分からないが、落ち着かせようと立ち上がるが、それすらも、怯えてしまう要因の様で、バッヂは杖を更に強く握りしめてしまう。
「僕はこの地に錫獣が封印されていると聞いて来ただけで、苦しめたかったわけではっ..」
「っ..!!」
杖の先端に魔力が集まり、岩と化して、あと一息という所で発射されそうになる。
それを止めたのは業平であった。
「な、なぁっ..二人には悪いんだけど錫獣って何なんだ?さっきから俺もアーサーも何が何だかわからなくて..」
「..あぁ、そうだね。悪いね。気付かなくて。今、説明するよ」
いきなりの対立に驚いてしまい止めたというのもあるが、それ以上に、先ほどから飛び交う訳の分からない言葉の意味を知りたくて業平が間に割り込むと、この機会を逃さないようデビアスはにこやかな笑みを浮かべて、バッヂの方を見る。
「同時にはなりますが、錫獣の説明をしながらここに来た目的を伝えてもよろしいですかね」
「バッヂごめん。俺達分かんなくて..」
「......わ、分かりました..」
疑いは完全には晴れそうにはないが、少し悩んだ末にバッヂは頷いて席に座り直し、三人の目がデビアスに集中して、錫獣についての説明が始まった。
「まず最初に、錫獣とは何なのか。獣という言葉から分かるように生き物だけど、家畜や魔獣との大きな違いが複数あって、それは、錫獣と称される獣達は程度あれ、とてつもなく強く、不老で、倒されても少し時間が経てば蘇える不死でもあり、この世に同じ個体は存在しないということ。そして、どの錫獣も強力な能力を持っているということ。つまり、一言で表せば、恐ろしくて強力な獣をを人は錫獣と呼んでいるんだ」
「..嘘だろ?」
「因みに、これだけで驚く業平には更なる衝撃だと思うけど、錫獣と呼ばれる獣達はそこまで珍しい生き物ではなくて、結構な数が世界各地で生息してるんだよ」
最初の説明も驚きだというのに、それと同等な驚きを更に加えられ、恐怖と混乱で顔色を青ざめさせる業平の体からは玉粒のような冷や汗が流れ出るも、一つ、疑問が浮かんだのか、それを一筋の希望として、待ったをかけた。
「い、いや、やっぱりおかしいっ!!その説明には穴があるっ!!」
「例えば?」
だが、デビアスは動じない。初めから、業平が何を疑問に思い、何を問いただすのかを予測していたかのように態度を崩さない。
その態度だけで、業平はまだ何も言ってないというのに自信を崩され、たじろいでしまうが、それでもと気持ちを押しきって反論を示していく。
「そ、そんなに強い獣たちがこの世界に多くいるってんなら何で人間は滅ぼされてないんだよっ!!簡単だろっ!!」
頭に浮かんだ疑問、それは、何故、そんなに強くて不老な獣たちがこの世に沢山いるというのなら、魔獣や他の動物たちだけでなく、人間も滅ぼされていないのかという至極単純な一点張りであった。
「業平、君は、強い生物達は必ず弱い生物達を滅ぼすものだと思ってるんだね。随分と悲しい目で世界を見ているようだ」
「そ、そうじゃねぇよっ!!俺はっ..」
「まぁ、揚げ足取っても仕方ないから、ここからはバッヂさんに説明をお願いしようか」
「..へっ?」
「説明してくれるって言ったのはデビアスだろ」
「取って付けた様な知識で君に何かを語りたくない」
「..」
まだ疑い晴れない面持ちで二人のやりとりを見ていたというのに、急に橋渡しをされたバッヂは素っ頓狂な声を上げ、呆然としてしまう。
「あ..あの..」
「..バッヂ、俺に教えてくれ、続きを」
「..な、なりひら....わ、分かった..が、頑張って説明..する..よ..」
「..頼んでおいてあれだけど、喋るたびに顔色悪くなってるぞ、大丈夫か?」
「うんっ..!!」
意気込むバッヂを見て、業平は自責の念に駆られるが、頼んだ身、引くに引けないので礼儀はしっかりしようと姿勢を正して耳を傾けたのだった。
「デビアスさんの説明を引き継ぐと、錫獣というのはただ強くて不老不死なだけの生き物じゃなくて基本的には個体にもよるけど人よりも遥かに大きい生物達なんだ。確認されてる限り一番大きい錫獣はグラナトスと呼ばれる体長八千もある巨大な人型の錫獣で、黒の国の秘境、タン峠に住んでるらしいけど、実はグラナトスは一文献にしか記載されてなくて、「錫獣の起源を考える」という、あの預言者ジラークが自身の長い長い旅の過程で得られた膨大な調査記録を元にして世に出された本に登場するんだ。絵も描かれてて、グラナトスだけじゃなく他の錫獣の絵も沢山乗ってて..だけど、こんなに凄い本を書いた著者であるジラークは今から二千年前の人で、1200年前の大戦で調査記録を保存していたテメルの木も破壊されちゃったから何も残ってなくて、一部の懐疑派はジラークの存在を亡き者にしようとしてるんだけど本当に腹正しくて仕方ないんだっっ!!確かに調査記録はキロルクの咎人達に全て燃やされたけどっ!!本となって残ってる記録もちゃんとあって!!ジラークは初代青の国の国王であったカイルッド・レガン・アルスに仕えてたというのに、今の青の国の賢者達が一番の懐疑者だなんて本当に許せないっ!!特に許せないのはジラークの存在は無かった事にしようとしてるのに、カイルッドの存在も否定すると不敬罪になるからってゴマ擦ってっ!!国王とジラークの今も続く決別があったからジラークを否定することで国からの恩恵がっ..」
「バッヂ!!!」
「はっ..」
「分からないこと言われても困る。先に、錫獣が人を襲わない理由を教えてくれ」
「ご..ごめんなさい..ひ、人と知ってること共有するのは初めてで..う、嬉しくって....っ」
「ば、バッヂ?」
「..疲れちゃった....」
「バッヂぃぃぃっっ!!?」
話熱が高くなるたびに悪くなる顔色は止めても戻らず、バッヂは、一言残すと座ったまま気絶してしまった。
「知識もありすぎると困りもんだね」
「..長かったな」
「呑気にしてんじゃねーよ」
結局、業平は、デビアスから錫獣の生態を知る事となる。
「前置きなしに言うと、錫獣はこちらから危害を加えなければ人を襲わない生き物なんだよ」
「..うっそだぁー!!」
「君、それしか言わないね」
おかしな事を言われたと思ったのか、業平は、少し微笑みながら笑い飛ばした。
「そもそもね、錫獣は、肉食獣でも草食獣でもないんだ」
「じゃあ何を主食にしてるってんだよ、空気か?」
鼻で笑いながら皮肉る業平だが、デビアスは無視して話を続ける。
「錫だよ」
「え?」
「錫だよ、錫」
「す、錫って金属か?」
「そうだよ。と言っても能力の関係上ね、錫以外食す錫獣もいるけど、それは食事というよりくべるってほうが正しいと思うんだ。あくまで僕の持論だけどね」
「く、くべる..」
「因みに、聞かれる前にもう一つ答えておくと、能力というのは生まれたときに一つだけ備わるもので、その能力に関連する魔法しか使えないんだよ。人も錫獣も」
心の内を読まれたかのように、後で聞けばいいかと後回しにしていた疑問も見透かされ、答えを出された業平は途端にデビアスが恐ろしい存在の様に思えてきた。
加えて、その蛇のような瞳で見られると自分でも気づいていない心の悩みも言い当てられそうで、怪物が人に化けているのではないかと考えてしまうが、疑心暗鬼になってはいけないと己を叱咤する。
「デ、デビアスの能力は何なんだ?目の前に突然現れたり、さっきも何かの魔法唱えてたけど」
「馬車を馬なしで走らせてたりもしてたな」
「うーん、そうだね。それも話したいんだけど、バッヂさんが気絶してしまったから明日教えるよ」
「..嘘だぁ」
「根に持つねぇ」
ほんの少し自分を取り戻した業平だが、この後、今まで話された以上の衝撃的な内容を立て続けに聞かされ、頭が破裂寸前になる事を知らなかった。
「あぁ、後、錫獣は王剣と呼ばれる剣で倒すと力に変えることが出来るよ」
「なるほど、だから余裕そうなのか」
「王剣は長い歴史を見ても四つしか確認されてなくて、現時点でうち二本使い手がいて、もう一本はある国が所有しているよ」
「..少な..全部取られてるし」
言い間違える業平だが、
「そうだね。君が盗っちゃったもんね」
「......は?」
「その剣、最後の王剣だよ。ずっと使い手がいなかった青の国の王剣」
突然の事実に心が追い付かない業平を無視して、デビアスは話を続ける。
「昔、ある錫獣と相打ちになった青の国の王剣使いが、魔法で体を塵にされる前に仲間に剣を渡して死んだらしいけど、それからずっと使い手が現れなくて王城の地下奥深くに隠されてたんだ」
「..か、隠されてたって、何で使わないんだ?」
「王剣ってのは不思議なものでね、誰でも力を引き出せるってわけじゃないんだよ」
「..条件があるのか」
「うん。使い手になる方法が二つあるんだ」
「方法?」
色々と考えが浮かぶが、先ほど頭の内が読まれた事が効いて自信が持てなくなってしまっているのか、業平は、何か言おうとするたびに、自身で間違っていると否定してしまい、遂には、口をつぐんでだまりこんでしまう。
デビアスも内心察してか、何も言わずに方法を明かすのだが、それは、業平にとって何よりも受け入れがたい答えであった。
「使い手になる方法、それはね、前の使い手を殺すか、相打ちになって、所有権を持つ二人がどちらも死ぬと使い手を殺した方が住んでた国の住民から選ばれるんだ。つまり運だね」
後者は、デビアス自身もいうように方法とは言えず運でしかないのだが、業平にとって、今、そんなことは気にもならない。
それよりも前者だ、前者が問題なのだ。
座っていた椅子が後ろに吹き飛ぶほどの勢いで業平は立ち上がると、悲痛そうに怒鳴った。
「人殺しなんて俺はしてないっっ!!!!」
殺して奪ったんだろうと言われたわけではない。
が、二つしかない方法の中で一つしか当てはまらないのだから、それは断言されているのと変わりない。
「分かってるよ」
感情に揺さぶられたわけではない、だが、デビアスは否定した。己の推論を即座に。
「ふざけてるのかデビアス、デビアスが言ったんだろう。殺すしか使い手になる方法はないって」
「うん。そうだね」
「..矛盾してることに気付いてないのか?」
「気付いてないわけじゃないんだ。まぁ、いつか説明するよ」
チャールズはチャールズ・ダーウィンから取ってます。最初のセリフはごめんなさい..色々意識しました。




