表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

30/30

エピローグ ある日、悪役令嬢ではないとわかりました

リュミナ・ドウィッチが宴の場で“この世界はヒロインであるワタシのもの”発言をし、それを危険な思想と王太子が判断して捕らえられてから早やひと月が過ぎた。


断罪を警戒して学院を辞めたエリザベス心の友の会のメンバーは、その恐れが無くなっても復学するという選択を取らなかった。


エリザベスとロザリーは既に卒業資格に必要な単位を取得済みであったし、どうせ復学したところですぐに卒業を迎えるのだ。


それならばロザリーは来年度からの留学に向けての準備をしたいし、エリザベスは妃教育の総仕上げに専念したい。


まだ一年生であるプリムローズとフランシーヌは復学する事も考えたが、二人の婚約者が自分たちが卒業したらすぐにでも入籍したいと強く希望したのだ。


元々は婚姻はプリムローズとフランシーヌが卒業後に…という予定であったが今回の事もあり、エクトルとコラールが一日も早く側に置いておきたいと考え両家の親に頼み込んだのだという。


そうしてとりあえず先に入籍をしてプリムローズもフランシーヌも婚家に移り住み、挙式は落ち着いてからという事になったのであった。


従ってロザリー以外の令嬢は只今花嫁修業の真っ最中である。


そうやって忙しく過ごす中でも、エリザベス心の友の会は週に一度は皆で集まってお茶会(集会)を開いているのだ。


今日もレントン公爵家に集まった令嬢たちはお喋りに花を咲かせていた。


「ロザリー様、留学の準備は順調なの?」


フランシーヌがロザリーに訊ねると、彼女は笑みを浮かべて頷いた。


「ええおかげさまで。母方の祖母の祖国である国だから何度か行っているし、向こうの学園には従兄がいるから安心なの。彼は学園で教鞭を執っているのよ」


「確か七つ年上のお従兄様でしたわよね?」


エリザベスが言うとロザリーはまた頷いた。


「ええ。とても頭のいい人で昔から様々な事を教えて貰っていたの。でも従兄とはいえ異性である事から、オーブリー家と婚約を結んでからは少し疎遠になっていたのだけれど……」


「じゃあこれからはバンバン会えますわね!」


プリムローズが我が事のように嬉しそうに言うと、ロザリーは一瞬面食らったような顔をして答えた。


「……そうね、もう何も気にする事はないのよね……留学先(向こう)従兄(お兄さま)に自由に会っていいのよね……」


ひとり言のようにロザリーはそう言った。


──あら、ロザリー?


ロザリーのその様子を見て、聡いエリザベスは何かを察したようだ。

そして笑みを浮かべてロザリーに言う。


「元バカ婚約者に甘えられなかった分、充分に甘えさせて貰いなさい」


「え?エリザベスお姉様、それはどういうこと?」


きょとんとするプリムローズにエリザベスは彼女の柔らかな頬を指でつついた。


「もしかしたら、いずれ良い知らせが届くのかも?それを楽しみにしてらっしゃい」


「???」


そう言われるとますますわからない。

だけどロザリーが頬を染めて嬉しそうにしているのだから良い事なのだろうと思い、素直なプリムローズはエリザベスの言う通りいずれ訪れるかもしれない良い知らせとやらを待つことにした。


「それで?ドビッチ男爵令嬢はその後どうなったのです?」


フランシーヌが今日の集まりで一番訊きたかった事をエリザベスに訊ねた。


エリザベスはお茶をひと口飲んでそれに答える。


「彼女は今も変わらず危険な思想を口にしているようね。『この世界は小説の世界なのよ』『ワタシはその主人公で、あなたたちはモブにすぎないんだから!』『この世界の全てがワタシのものなんだからね!』と繰り返し言い続けているそうなの」


「ここが小説の世界だと彼女も知っているのですか?」


「エリザベスお姉様みたい」


ロザリーとプリムローズの言葉を受け、エリザベスは頷いた。


「ええ。宴の時の彼女の発言を聞いてもしやと思ったのだけれど、やはりリュミナ・トビッチもわたくしと同じく転生者のようだわ」


「ええっ?……だから自分はヒロインだとかこの世界が自分のものだと言ったのですね」


「そうよ。まぁ確かに自分が主人公だとわかっているなら、この世界が自分のためにあるものだと考えるわよね……でも、彼女はこの世界が必ずしも自分のためにある訳ではないという考えに至る事ができなかった」


「それは、どういう事ですの?」


フランシーヌがそう訊ねるとエリザベスは自身が宴で気付いた、並行世界についてを友の会の面々に語って聞かせた。


「並行する二つの世界……」


「同じ人間でありながら性格や言動が違い、それにより大きく筋書きも変わる……なるほど」


「では悪役令嬢プリムローズはもう一つの世界の方のわたしなのね。よかった!この世界のわたしが悪役令嬢じゃなくて!」


「ふふ。本当にそうね。ここにいる皆はどう見ても悪役令嬢などではないもの。ようやく合点がいったわ」


プリムローズの言葉に笑顔でそう返していたエリザベスにロザリーが訊く。


「ではドビッチ令嬢は今後は危険思想の持ち主として政治犯扱いを……?」


「普通ならそうでしょうね。最悪の場合処刑も有り得るわ。でも彼女の場合、特殊な能力を持っているからそうはならないと思うの……でも、もしかしたらある意味生きている方が不幸になるのかもしれない……」


「それはどういう意味ですの?」


「……暗部を預かる父は…わたくしはこれ以上知る必要はない、と教えては下さらなかったわ」


「………彼女の自業自得とはいえ、こんな事になるなんて……」


「でも、王太子殿下もルドヴィック王子殿下も正しくお優しい方ですもの。非道な事はならさないと思うわ。それに側近になるエクトルやコラール様もいるんですものね!」


そう言うプリムローズにエリザベスたちは優しく微笑んで「そうね、確かにそうだわ」と頷いた。


事実、リュミナ・ドウィッチの処遇は想定していたより酷いものにはならなかった。


国王は頭のおかしい特殊能力者の思想犯を生かしておいても仕方ないだろうと言い、リュミナに優秀な能力を持つ人間の子供を医療魔術受精(人工授精のようなもの)で二~三人産ませてから処分すればいいと言ったのだが、レントン公爵とロンブレア宰相がこれに反対をした。


リュミナ・ドウィッチは思想犯というより妄想癖のある精神異常者として判断した公爵と宰相は、リュミナを避妊魔法により妊娠できない体にした上で戒律の厳しい修道院に入れて更正を図らせるべきだと提案した。

処分、の決定は更生が見込めないと判断した時でよいと。


その措置案に王太子と第二王子も賛同し、既にリュミナについて興味を示さなくなっていた国王は「あっそ」と言って裁可を下した。


そして何を思ったのか急に生前退位をすると宣言し、王太子に全ての権限を与えそのまま山奥の離宮に隠居したのだ。


これにより今度は新王の即位の準備で家臣たちは大忙しとなってしまったのである。


ルドヴィックはもちろんの事、エクトルやコラールも即戦力として早めに学院を卒業し、すぐにルドヴィックを支え政務に追われる事となってしまった。


リュミナにうつつを抜かした事により人生を狂わせてしまったといえるイヴァン・オーブリー。

彼は物語のようにリュミナの夫の一人になるという道も絶たれ、不始末が重なった事によりオーブリー侯爵家を廃嫡された。

今は平民として母方の実家である辺境伯爵家の私設騎士団に入り、日々扱かれているという。

鍛えるのは筋肉だけでなく、是非頭の方も鍛えて真面な人間になって貰いたいものである。



こうして短期間で様々な事が起き、様々な事が変わり、様々な事が新しく始まった。


リュミナ・ドビッチは高度な避妊魔法を施され、男子禁制の厳しい修道院でパワフルシスター達に囲まれてビシバシ矯正指導をされているという。


毎日泣き言で「なんでヒロインのワタシがこんな目に~っ!」と叫んでいるそうだが、その度に剛腕シスターに「まだそのような世迷言を言うのですかっ!」とお尻を鞭で叩かれているという。


そのうち無駄なヒロイン思考を捨て、堅実な性格に矯正される日が……くるかもしれない。

幸せは他者から奪い、他者を犠牲にして得るものではなく、自ら懸命に生きる中で作り上げていくものだという事を彼女が知る日が来るのを願うばかりである。


避妊魔法は国が認めれば解術出来る。

剛腕敏腕辣腕パワフルシスター達が認めれば還俗(げんぞく)も可能だ。


リュミナ・ドウィッチ、彼女の幸福はまさに彼女の頑張り次第なのである。



そして急いで体裁を調え即位式を済ませた王太子が国王となり、同時に王妃となったメレンディーナは無事に第一子となる王子を出産した。


それにより今度は大々的に祝賀パーティーとなる夜会が開催される事になった。

国内外から賓客を招いての国全体を挙げた祝いの夜会である。


プリムローズにとっては、第二王子補佐官という肩書きを得たエクトルと夫婦として初めて出席する夜会だ。


二人は既に入籍を済ませ、プリムローズはワーグナー伯爵家の屋敷にて暮らしている。

再来月には挙式を執り行う予定だ。


互いの瞳の色をまとい、会場内を歩くプリムローズとエクトルにコラールが声を掛けてきた。


「やぁ、こんばんはワーグナー小伯爵ご夫妻」


「まぁご機嫌ようコラール様」


プリムローズが笑顔で挨拶すると、コラールが笑みを返しながら言った。


「フランシーヌが残念がっていたよ。久々に皆に会いたかったのにと」


「奥方の懐妊、おめでとう。……入籍した日と計算が合わなくないか?」


エクトルがそう言うとコラールは頭をかきながら「いやぁ」と笑った。

プリムローズがコラールにフランシーヌの様子を訊ねる。


「フランシーヌ様のお加減はいかがですか?」


「悪阻が酷くてね。枕と洗面器から離れられない生活が続いているよ。一時的なものとは聞くが、心配で堪らない……」


「フランシーヌ様……お気の毒に……でも赤ちゃんの誕生は楽しみですわね。おめでとうございます!」


プリムローズがそう言うとコラールは照れながらも嬉しそうに笑った。


「うん。ありがとう」


その時、エリザベスをエスコートしたルドヴィックが三人に声を掛けて来た。


「まさか我々の中でコラールが一番に父親になるとはな」


「殿下」


エクトルとコラールが胸に手を当て礼を執ろうとすると、ルドヴィックは軽く片手を上げてそれを制した。


「お前らとは毎日顔を合わせているんだ。公の場とはいえ堅苦しい挨拶は抜きだ。それよりもプリムローズ嬢…ではないな、プリムローズ夫人は近頃一段と美しくなられたな」


ルドヴィックがそう言うとプリムローズは嬉しそうにエクトルを見た。


「聞いた?わたし、大人っぽくて美しくなったんですって!」


「大人っぽくとは言われてないんじゃないかなプリム」


「人妻の色気が出てきたのかもしれないわね」


「……そうだね、プリム」


「ふふっ、相変わらずねプリムローズ」


「エリザベスお姉様!」


エリザベスに声を掛けられてプリムローズは彼女の元へと行った。


「エリザベスお姉様も相変わらずお綺麗だわ。あ、その髪飾りは殿下がバザールで買い求められたというカメリアの髪飾りですわね」


エリザベスの赤い髪を彩る白い椿(カメリア)の意匠が施された髪飾りを、エリザベスは殊の外気に入り大切にしている。

このような夜会の席の装飾品としても身につけるほどだ。


「お守りでもあるそうなの。だからいつも身につけていようと思って」


「素敵ですわ。そういえばマゼトラン海峡並の深さのシワも近頃お目に掛かりませんものね、お守りの効果かしら」


「お黙りなさいプリムローズ。……でももしかしたら本当にそうかもしれないわね。眉間にシワを寄せなくてもいいようにこの髪飾りが守ってくれているのかもしれないわ」


そう言って微笑むエリザベスの肩をルドヴィックが抱き寄せた。


「その髪飾りを気に入ってくれているのは嬉しいが、ベスを守る一番の存在は私である事を忘れないでくれよ?」


「まぁ、ご自分で買い求められた装飾品にまで悋気を起こすとは王弟ともあろうお方が随分狭量ですこと」


「キミの関心を攫うものに対しては全てに嫉妬する自信がある」


「まぁ、おバカさんですこと!」


相変わらずツンデレザベスを披露している彼女だが、幸せで満ち足りた表情をしている事にプリムローズは嬉しくてたまらない。


大好きなエリザベス。

遠い異国に留学中のロザリーや妊娠中のフランシーヌと同様に幸せになって貰いたいと心から願う存在だ。

すでにエリザベスとルドヴィックの挙式まであと半年をきった。



こうして皆、少しずつ歩みを進めて人生を歩んで行く。


時に急ぎ足になる時もあるだろう。

時に歩みを止めて立ち止まる時もあるだろう。


だけどプリムローズが信じているのは婚約者から今は夫となったエクトルと共に生きてゆくという事だ。


一時はその道を見失いかけた。

だけど迷子になったプリムローズをエクトルは探して追いかけてくれた。


だからプリムローズに出来るのは、そんな彼を信じて手を離さず共に歩き続ける事だ。


エリザベスが言う並行世界の自分には得られなかった幸せを、この世界で生きる自分が大切にして生きていく事なのだ。


「エクトル。わたし、立派なワーグナー伯爵夫人になれるよう頑張るわ!」


「そんなに意気込まなくても、プリムはプリムらしく俺の側にいてくれたらそれで充分だよ」


「いいえ!立派な伯爵夫人への道は一日にして成らずよ!それにはまずは体力作り!夜会の帰りは走ってお屋敷まで戻るから、エクトルは先に馬車で帰っていてね!」


「……その脳筋発想はいい加減にしようね、プリムローズ。キミはもう俺の妻なんだから」


「妻は走ってはいけないの?」


「だってほら、フランシーヌ夫人を見てみろ」


「?」


その言葉に要領を得ない様子のプリムローズに、エクトルはそっと耳打ちした。


「ぎゃん!」


その瞬間、プリムローズは顔を真っ赤に染め上げて小さく悲鳴を上げた。


あながち、エクトルの予想は外れていないのかもしれない。



プリムローズとエクトルの元にさらなる幸せが訪れるのは、

きっともうすぐ。





おしまい







───────────────────────






これにて完結です。


今作もお付き合い頂きありがとうございました。



補足になりますが、ロザリーはどうやら留学先で教鞭を執る従兄にプロポーズされ、婚約を結ぶようです。

そして留学を終え、そのままその国で従兄と結婚して幸せに暮らしたそうな。

ロザリーに関しては、婚約者がバカで良かったねと言いたいところですね。


そして転生前のエリザベスとリュミナが姉妹だったのかは、あえて白黒付けないでおこうと思います。

そうかしれないし?そうでないかもしれない。

もしそうだとしたのなから、姉妹一緒に命を落とす何かがあったのかなぁ?とそこは読者様のご想像にお任せしたいと思います。


では改めましてみなさま、プリムローズのお話にお付き合い頂きありがとうございました!



次回作ですが、少しだけお休みを頂こうと考えております。


次の作品のお話は考えているので、予定を考えてまた連載を始めたいと思っております。


でもお休み中でも時々読み切りを投稿すると思いますのでその際はよろしくお願い申し上げます!




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ