表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/30

ある日、わかってしまいました

エリザベス専用の個室サロンから出てきたプリムローズたちの目に、リュミナ・ドビッチと生徒会執行部の面々の姿が飛び込んできた。


まだ少し距離がある事とサロンの方が数段高い位置にあるため、こちらは気付いても向こうはまだ気付いていないようだ。

その様子をプリムローズたちエリザベス心の友の会メンバーが眺めていると、突然立ち止まり、リュミナは愛らしい声と仕草で執行部に在籍する令息たちに向けて話し出した。


「ワタシ、自分の魔力が特別なんて本当に知らなかったんです。それが明らかになった途端にこうやって憧れの生徒会のみんなのお側に居られるようになって嬉しいわ。でもワタシ、あまりきちんとマナーのお勉強をしていないから恥ずかしいの。早くみんなと一緒にいても後ろ指を指されないように頑張らないと!」


そう言ってリュミナは両手で拳をきゅっと握って頑張るぞポーズをした。


それを聞き、エリザベスの婚約者でありこの国の第二王子であるルドヴィックがリュミナに言う。


「リュミナは頑張ってるよ。それは側で見ている私たちが一番よく分かっているんだから、そんなに気負わなくても大丈夫だ。リュミナはリュミナらしくいてくれる方が私としては嬉しいな」


「まぁ……殿下……♡」


今のやり取りが聞こえていたプリムローズたち。

エリザベスが小さな声で「バカじゃないかしら」と言ったのがプリムローズの耳に届いた。


そんなプリムローズたちにまだ気付く事なく執行部一行は会話に夢中になっている。


今度はロザリーの婚約者であるイヴァン・オーブリー侯爵令息が力強く言った。


「誰かリュミナを責める人間がいるのかっ?それならばこの俺がとっちめてやる!」


「イヴァン様……♡」


そのやり取りを聞いていたロザリーがポツリと、

「すでにファーストネーム呼びとはね」と言った後すぐに、今度はプリムローズ自身の婚約者であるエクトル・ワーグナー伯爵令息の声が聞こえてきた。


「しかし特別な魔力があるからこそ、これからは国を支える者の一人として向上心を持って邁進するのは良い事だな。必要とあらばマナー講師を紹介するよ?」


「まぁぁ♡エクトル様ったらワタシのために……優しいのね♡」


───そうなの!エクトルは本当は優しい人なのよ!

エクトルが褒められるとプリムローズは昔から我が事のように嬉しくなってしまう。

さすがはエクトルだわ、っと思っていたプリムローズ。そんな彼女だが、ある光景を目にしてその嬉しい気持ちが一瞬で萎んだ。


───エクトルが……笑ってる……


今までプリムローズ以外の人間に向けてあまり笑みを見せる事のないエクトルが笑っていた。

その姿を見て、エクトルにとってリュミナが特別な存在である事がわかってしまった。


チクチクつきん、今まで感じた事のない痛みがプリムローズの胸に広がった。


「じゃあワタシ、やっぱり頑張ります♡コラール様もワタシが素敵なレディになったら嬉しい?」


フランシーヌの婚約者であるコラール・ミレ伯爵令息がリュミナにそう訊かれ、彼は優しく微笑みかけながら甘い声で答えた。


「そりゃあもちろん、素敵なレディが増えるのはこの国の男子として喜ばしい限りだよね。でもリュミナは今ままで充分素敵だよ」


「嬉しい♡コラール様大好き♡」


「ありがとう」


「っ……コラール様……」


そのやり取りを聞いていたフランシーヌが小さく息を呑み、やがて目に沢山の涙を浮かべ始めた。

それを見たエリザベスが小さな声でロザリーに、「フランシーを個室へ」と耳打ちした。

フランシーヌが泣き出す事により騒ぎになるのを避けたいという考えだろう。

ロザリーはそれを察して頷いた。そして静かにフランシーヌの手を引いて、今出てきたばかりの個室サロンへと入って行った。

後にはプリムローズとエリザベスだけが残された。


そこでようやく、エクトルがプリムローズたちの存在に気付いた。


「プリムじゃないか」


「エクトル……」


「おや、これはこれは」


ルドヴィックがそう言ってプリムローズとエリザベスの元へと悠然と歩いて来た。

当然他のメンバーやリュミナも後に続く。

自身の目の前にルドヴィックが立ち止まったのを見て、エリザベスは軽く膝を折り学院で主流の略式的な礼を執った。


「やぁエリザベス。顔を合わせるのは久しぶりだね」


「ご機嫌よう殿()()。本当ですわね。生徒会のお仕事にご政務と忙しくされておられるのは存じておりますわ。どうかお疲れが出ませようお気をつけくださいませ」


エリザベスがそう返すと、ルドヴィックは不思議そうな顔をして「……殿下?」とつぶやいた。

今までエリザベスはルドヴィック第二王子の事をルド様と呼んでいたのをプリムローズは知っている。

愛称から敬称に変わった事にルドヴィックも気付いたようだ。


そんな中でリュミナがあっけらかんとした声でプリムローズたちに告げた。

もちろん下位であるリュミナがエリザベスやプリムローズより先に声を掛けるのはマナー違反である。


「こんにちは!女同士で仲良くランチですか?羨ましいです~ワタシ、異性の()()()ばかりで同性のお友達がいないから寂しい~」


えーんと泣き真似風の素振りを見せるリュミナを見て、胸を痛めたようにルドヴィックが言った。


「寂しいだなんて可哀想に。そうだ、リュミナもエリザベスのサロンに入れてもらってはどうかな?エリザベスの友人たちは皆、一流のマナーを身につけた令嬢ばかりだ。一緒にすごすうちに自然と完璧なマナーを覚えるだろうし、何より同性の友人が出来るよ」


ルドヴィックよりもエリザベスとは長い付き合いであるプリムローズには手に取るようにわかる。

今、隣で涼しい顔で穏やかな笑みを浮かべながらそのやり取りを聞いているエリザベスが、心の中では“裏ザベス”に変身して「余計な事を言うんじゃねぇですわ」と言っている事を……。


しかしそれをおくびにも出さずにエリザベスは言う。


「それは光栄ですわ。ドビッチ男爵令嬢()()宜しければ是非いらしてくださいな」


表ザベスのその言葉を聞き、リュミナは口を尖らせてエリザベスに言った。


「ワタシの家名は“ドウィッチ”ですぅ~ドビッチじゃありませぇ~ん!」


「まぁ失礼いたしました、わたくしったら」


───え?そうなの?


エリザベスがドビッチというものだからてっきりドビッチ男爵令嬢なのだと思っていたらまさかドウィッチだったとは。

プリムローズが目を丸くしてエリザベスを見ると、彼女は一瞬プリムローズに向けて悪戯っぽい笑みを見せた。

どうやらこれもリュミナに腹を据えかねていた裏ザベスが付けたあだ名だったようだ……。


───ぷ、エリザベスお姉様ったら


プリムローズが心の中で吹き出すと、リュミナの甘ったるい声が聞こえた。


「でもワタシ、今は生徒会のお仕事を頑張りたいし、執行部役員(みんな)の側にいたんです~だから寂しいけどこのままでいいんです……!」


「リュミナ……いじらしいね」


「リュミナ!その意気だ!」


ルドヴィックとイヴァンがそう言ったのを、微笑みを貼り付けたままエリザベスは眺めている。


───あぁ……今絶対に裏ザベスが「勝手にやってろ」と思っているわ……!


と側で見ているプリムローズはなんだか可笑しくなってきた。


そしてそのやり取りを受け、エリザベスはさっさと切り上げる事にしたようだ。


「それは素晴らしい心意気ですこと。ぜひ頑張ってくださいませね。それでは殿下、皆さま、わたしく達はこれで失礼いたしますわ」


そう言って礼を執ってからプリムローズを連れて再びサロンに入ろうとするエリザベスに、エクトルが言った。


「レントン公爵令嬢、失礼ですがもうすぐ授業が始まりますよ?」


暗に何故またサロンに入るのだと告げるエクトルにエリザベスが答えた。


「わたくし達それぞれのクラスは丁度同じく午後からは自習ですの。図書室に行こうと思っておりましたが、サロンにて自習をする事にいたしますわ。それでは」


軽く会釈をしてサロンに入っていくエリザベス。

プリムローズもそれに従う。


なんだかエクトルの視線が気になったがプリムローズはそれに構わずにエリザベスの後へと続いた。


サロンの扉が閉まり、リュミナと婚約者たちから解放され、エリザベスは小さく嘆息する。

この様子がなんだか心配になって、プリムローズはエリザベスに声をかけた。


「エリザベスお姉様、大丈夫……?」


エリザベスはプリムローズを見て困ったように笑う。


「会うまい、接触しまいと思っても初っ端からこうして鉢合わせをしてしまう。これが物語の強制力というやつなのね……プリムローズ、わたくしとあなたは何もしないというだけでは身を守れないかもしれなくてよ」


「え?それではどうするのですか?」


「最悪の事態も想定しておきましょう。国外追放ならば国を出た後の、生き延びる方法を考えておく方がいいわ」


「エリザベスお姉様はどうされるの?」


「わたくしは……そうねぇ、得意な語学を活かして他国で翻訳家になるのもいいわね。実家から軍資金を調達しておいて商売を始めるのもいいし……」


「わ~エリザベスお姉様すごいわ!かっこいいわ」


「だからプリムローズ、あなたも何か考えるのよ?先程の彼らのやり取りを見てわかったでしょう?」


そう言われ、プリムローズはこくんと頷いた。


さっきのエクトルの優しげな笑みが忘れられない。

彼はいつもプリムローズの前ではもっと派手に笑ったり嘲笑するばかりである。


プリムローズは婚約解消の覚悟を決めた。


だってエクトルの事が大好きだから。


自分では彼をあんな風に笑わせてあげられない。


───わたしに出来るのは彼を自由にしてあげて本当に愛する人と結ばれるようにしてあげることだけ。


つきん、とまた刺すような痛みを感じる。

それを振り切るようプリムローズは心積りとしてそれから自分は何をするべきかを考えた。


───書類上はまだ彼は自分の婚約者だけど、気持ちとしてはもう婚約解消したものと思っておこう。


そうすればついうっかりエクトルに甘えてしまって迷惑をかけるような事もないだろう。


───呼び方も変えた方がいいのかしら?いつまでも呼び捨てなんてダメよね。なんとお呼びしたらいい?ワーグナー伯爵令息?それともワーグナー小伯爵?


しかしいきなりあからさまに呼び方を変えると周囲の要らぬ関心を寄せ付けてしまうのではないだろうか。

今はまだ国王から一妻多夫を認められていない時だがら、エクトルがただ不貞をしているクソ野郎として見られかねない。

ここは一つ、一応距離を置きつつ他人行儀過ぎない呼称……


───決めた!エクトル様と呼ぶようにしましょう。それに国外追放後の身の振り方ね……国外追放といえば荒野を彷徨い歩くのよね?それなら冒険者?冒険者になる?幸い体術や剣は得意だわ!

よし決めた!それならわたしは冒険者になって、ガッポガッポ他国で稼いで生きていってみせる!


プリムローズは拳をぐっと握りしめ

ガッツポーズをした。


───そうと決まればまずは体力作りね!近頃走る暇もなくて体力が落ちているだろうから、まずは基本の体力作りから始めなくちゃ!


「がんばるぞー!」


と、プリムローズはエリザベスの隣で拳を天高く突き上げたのだった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ