ある日、とうとう捕獲されました
今や逃げ回るのがちょっとしたスリリングを感じる遊びと化している薔薇之介は、山深い峠の茶屋で名物の青汁善哉を食していた。
そこに不意に魔力の波動を感じた……と同時にエクトルが転移魔法にて現れる。
「見つけたぞプリム……ってこれもう何回目だ。今度こそ逃がさないからな」
ジト目で睨めつけるエクトルに、薔薇之介は善哉が入ったお椀を手にしながら慌てて告げる。
「わっ、きゃっ!エクトル!今はお善哉を食べてるからタンマにして!」
「待たない。いつもいつも魔道具を駆使して巧みに逃げて……キミにこんな才能があるとはな。レントン公爵が知れば暗部にスカウトされそうだ」
「え?わたし暗部で働けるの?」
「働かさないプリムの永久就職先は俺の元だ」
何気にもの凄い言い方……いやこれはもはやプロポーズであろう発言をされて、薔薇之介は頬を薔薇色に染める。
「きゃっ!いやんエクトルったら……!」
「待てプリム。どさくさに紛れてまた転移して逃げようとするな」
「あらいやだバレちゃったわ」
もういい加減この追いかけっこを終わらせたいエクトルは、すぐさま懐から一枚の招待状を出す。
そして薔薇之介の前にヒラヒラと見せびらかすようにして告げた。
「プリム、王太子妃殿下がご懐妊あそばしたそうだ。そして来週末にそれを祝う宴が開催されるぞ」
「えっ!エレンディーナお姉様がご懐妊!なんて素晴らしいのっ!」
エリザベスと同じく、幼い頃から姉のように慕う王太子妃の慶事に薔薇之介は喜色満面でエクトルに向き直った。
「ほぅらプリムローズ、これがその宴の招待状だぞ。来週末ならもう帰国しないと準備が間に合わないよなぁ?東和の珍しい土産を買って帰ったら、きっと妃殿下は喜ばれるだろうなぁ?」
目の前で見せられる招待状に引き寄せられるように薔薇之介はエクトルの方へとフラフラと足を動かす。
「そうよね。お土産は何がいいかしら?鮭を咥えた熊の木彫りのオブジェ?それとも糸目におちょぼ口が可愛い木の直立不動人形?それとも……あ、食べ物はアズマ牛のしぐれ煮なんていいわね」
そう言いながら招待状に手を伸ばす薔薇之介の手首と腰を、エクトルはガッシリと掴んだ。
「捕まえたぞプリム。ようやくっ……やっと捕まえたぞっ……!」
「あらまぁ大変!うっかり捕まってしまったわ!ふふふ」
エクトルはころころと笑う薔薇之介の額に指を当て、自らの魔力を注ぎ込み強制的に変身魔法を解除した。
魔法が解かれ、薔薇之介の姿からみるみるうちにプリムローズの姿へと戻る。
(もう勘違いされたくないらしい)
潔く観念して微笑むプリムローズを、エクトル愛おしそうに見つめた。
「薔薇之介なプリムも可愛いが、俺はやっぱりいつものキミが好きだ」
「ぎゃん!エクトルったらそんな恥ずかしいセリフを……!」
「照れくさいからとそんな理由で本当に伝えたい言葉を飲み込むのはもうやめる事にしたんだ。これからはプリムにだけは素直に思った事を思うままに告げるよ」
「エクトル……」
「帰ろうプリムローズ。もう絶対に不安になんかさせないから」
その言葉に、エクトルの迷いのない強い意志を感じる。
その意志を裏付けるように真っ直ぐな瞳が向けられた。
その瞳の下は疲労による隈が色濃く現れているが。
プリムローズは気付けば頷いていた。
「………はい」
「良かった……ありがとう、プリム」
心の底から安堵の息を吐くエクトルにプリムローズは言う。
「エクトル。わたしを追いかけてくれて、一生懸命捕まえてくれてありがとう」
「プリムっ……大好きだ」
「わたしもエクトルが大好き!」
どちらからともなく、二人は互いを抱きしめた。
そうして薔薇之介の……プリムローズの東和旅行は幕を閉じたのであった。
◇◇◇
プリムローズを連れて東和から帰国したエクトルはすぐにルドヴィックの執務室へと向かった。
プリムローズ捕獲の報告と長く側を離れた事への謝礼と東和土産の巨大なしゃもじを渡すためだ。
しゃもじには“大願成就”と東和の文字で書かれている。
訪いの先触れを出しておいたのでルドヴィックやコラールやイヴァンが居るはずだ。
エクトルはノックをして執務室へと入った。
そして入室早々に彼の耳に甲高い声が届く。
「も~!殿下たちってばこの頃ちっとも構ってくれないから寂しいです!」
リュミナが頬をふくらませてルドヴィックたちに向かって文句を言っている。
それに対し、コラールがリュミナに説明をした。
「だから何度も言っているけど、キミの能力が特定されたんだ。それによりキミは国が保護すべき重要な人間である事がわかった。当然キミの身柄は国の預かりとなり、新たにキミの為のお付きの者が用意されたはずだ。それで僕たちの役目は終わったんだよ」
「でも!そのお付きの者たちって女ばっかりだし!前みたいに学院に行ったり自由に行動しちゃダメだって言われるし!皆とは会えなくなるし!ワタシ最高につまんないんです!」
コラールの説明を理解している様子もなくリュミナがそう言い放った。
ルドヴィックが嘆息し、彼女に告げる。
「特定結果が出て突然自由がなくなり混乱する気持ちはわかる。国を預かる者の一人として謝る、本当に申し訳ない。しかしキミの能力はとても稀有なものなんだ。それ故にキミの国に対する献身に見合うだけの豊かな生活は保証されよう。それだけは絶対に約束する」
「え!ワタシ、贅沢な暮らしが出来るんですか!やったあ!そこはシナリオ通りなのね!」
「シナリオ……?」
リュミナの発言に首を傾げるルドヴィック。
エクトルは間に割り入るようにしてリュミナに告げた。
「ドウィッチ男爵令嬢。キミの今後に関してはこれからは王太子殿下の預かりになると聞いている。待遇やその他の要求は我々ではなく王太子殿下の侍従を通してそこから上に上げて貰うように」
「え!王太子殿下がワタシのめんどうを見てくれるのっ?やったぁ!ワタシ、もしかして出世した?」
リュミナはそう言いながら嬉しそうに第二王子の執務室を後にした。
ぞろぞろと侍女や女性の護衛騎士を引き連れて。
執務室に残された三名が同時に嘆息する。
「はぁ……相変わらず元気な令嬢だな」
「殿下は相変わらずドウィッチ嬢の言動に対し寛容ですね」
エクトルの言葉にルドヴィックは肩を竦める。
「ほぼ平民に近い男爵家の者はあのような感じだと聞いていたし、能力云々で縛られた人生を生きる彼女が可哀想だと思うからな」
「それが婚約者の誤解を招いた事をご理解下さいよ。我々が変わらねば、令嬢たちは絶対に戻ってくれません……そういえばイヴァン、アイツはどうしたんです?すでにロンブレア家との縁談が破談になったと聞きましたが」
「あぁ……アイツは今、療養中でな……」
「療養中?あの頑丈な男に何かあったんですか?」
「聞いたらヒュンとなるからやめておけ。しかもその技を教えたのが自分の婚約者だと知ると余計にヒュンとなるだろうしな」
「どういう意味です?プリムが何を教えたと?」
「まぁそんな事より宴の事だ、お前たちに聞きたいと思っていたのだが……その、あれだな……」
「なんですか?」
コラールが言い淀むルドヴィックの続きを促す。
「……宴の衣装に、婚約者の色を纏ってもいいのだろうか……?」
「はっ……!」
ルドヴィックのその言葉にコラールがハッとする。
今までその事に考えが至らなかったようだ。
ルドヴィックが力なく言う。
「今、婚約者たちを怒らせてしまっているこの状況でこれ見よがしに無神経に彼女の色を纏って不快にさせないだろうか……?」
「そ、そうです、よね……」
相槌を打つコラールの語尾が所在なさげに消え入る。
エクトルが呆れ顔で二人に告げた。
「何を言っているんです。こんな拗れた状況だからこそ、婚約者の色を纏って変わらぬ忠誠をわかりやすく示すんですよ。心変わりなどしていない事をまずは視覚から理解して貰うのです」
エクトルの発言を受け、ルドヴィックが奮い立つ。
「な、なるほど!確かにその通りだな!よし!私は宴当日はいつも以上にベスの色を纏うぞ!もう全身真っ緑だ!」
「殿下……そんな事したらカメムシみたいになってしまいますよ」
「カメムシ上等!」
「本気ですか?オシャレで流行に聡いレントン公爵令嬢に呆れられても知りませんよ」
「くっ……自分はいち早く婚約者と和解したからと余裕ぶりおって……!」
悔しそうにするルドヴィックにコラールが言う。
「殿下!僕は当日全身レモンカラーを臨みます!」
「そうか、まるでレモンケーキみたいになりそうだな」
「なぜ髪色をチョイス……」
「フランシーだけを想っている事をわかって貰うためです……!」
「そうかっ……男子たるもの思いきりが肝心だからな」
「いやどちらかというと我々は非常に女々しいと思うのですが……」
そんな会話が繰り広げられている頃、
プリムローズは家族に東和の土産を披露し、エリザベスとフランシーヌは王都へと到着した。
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ロザリーはどーした?
次回、リュミナsideです。