ある日、気づいてしまいました
幼馴染であり、親戚であり、貴族院学院の先輩であり、姉のような友人のような存在であるエリザベスからこの世界が小説の中の世界で自分たちは物語の主人公を虐める悪役令嬢なのだと言われたプリムローズ。
もちろんプリムローズもその悪役令嬢の一人で、いずれは婚約者のエクトル・ワーグナー伯爵令息から婚約破棄を告げられ、エリザベスの婚約者である第二王子ルドヴィックから国外追放させられる身の上なのだそうだ。
───なんてことなの……エクトルがわたしをポイっと?
まさかそんな……確かに一歳年上のエクトルが一年早く貴族院学院に入学してからというもの、いやプリムローズが入学してからも、彼との交流が激減しているけれど。
───執行部のお仕事が忙しいからだと思っていたけれど、まさかそれはリュミナとかいう男爵令嬢と逢瀬を繰り返しているから……?
その由々しき事態に気付いてしまったプリムローズにエリザベスは告げる。
「物語の主人公リュミナは特にわたくしの婚約者であるルドヴィック殿下とプリムローズの婚約者であるワーグナー伯爵令息がお気に入りなの。そして嫉妬に駆られたわたくしたちそれぞれがリュミナ・ドビッチに執拗な虐めを繰り返して、その罪により国外追放を言い渡されるのよ」
「そ、そんな……わたし、人を虐めたりなんかしないわ」
プリムローズがふるふると首を振って否定するとエリザベスが頷きながら言う。
「そうよね、あなたはそんな性格じゃないし、わたくしもそんなくだらない事のために労力は使わない主義だもの。そこは物語の悪役令嬢とは大いに違うところだわ。でもね、物語には強制力というものがあって、何故かその通りに物事が展開してゆく場合があるのよ」
「まぁ……」
「なんて恐ろしい……」
ロザリーとフランシーヌが手を取り合って怯えている。
皆、正真正銘の深窓の令嬢なのだ。
当然自身の身の上に暗雲など立ち込めた事など一度もない、この世の害悪全てから守られて育ってきたのだから怯えるのも致し方ない。
そんな令嬢たち(計三名)にエリザベスが告げた。
「けれど断罪される前にわたくしが前世の記憶を取り戻せたのもこれも何かの思し召し。これを好機と捉えて、何としても断罪を阻止するのですわ!」
「エリザベスお姉様、何をすればいいのですか?」
プリムローズがエリザベスに訊ねるとエリザベスは優雅な所作でお茶を口に含む。
さすがは我が国の筆頭公爵家の令嬢で第二王子ルドヴィックの婚約者である。
エリザベスはカップをソーサーに置く音を最小限にとどめた完璧なマナーで答えた。
「何も」
「え?何も?」
「ええ。何もしないという最善策を取るのですわ」
エリザベスがそう言うとロザリーが頷いた。
「なるほど。私たちはドヴッチ男爵令嬢を虐めた事により断罪されるのですから、何もしなければその罪に問われる事はありませんわよね。でも先程エリザベス様ご自身が仰っていた物語の強制力という奴はどうされるおつもりなのですか?」
「それに対しても何も。何もしないを徹底して断罪を回避するのです。どうせ何をしても強制力が働くのであれば、何もしていないという事実を積み重ねていくしかありませんわ。そしてその何もしない、という中には婚約者たちとの交流も含まれる」
「えっ……婚約者に近付くなという事ですか……?」
フランシーヌが不安げにそう言うとエリザベスは少し表情を曇らせて答えた。
「……どうせ近付きたくても、あなたもすでに婚約者と過ごす時間が減っているのではなくて?」
「た、たしかにそうですけれど……それは生徒会執行部のお仕事がお忙しいからで……」
「その生徒会室で、婚約者たちはリュミナ・ドヴッチを取り囲んで親交を深めているのですわ」
「っ……!」
「いいこと?幼い頃よりいずれはこの方と、と思い続けてきた婚約者との別れは辛いけれど、それはきっと新たな婚約者が悲しみを癒してくれるはず。だけど、修道院送りや国外追放なんて事になれば、貴族としての誇りも女性としての喜びも全て奪われてしまうのよ……残念だけど悲しいけれど、諦めなくてはならない事があるのよ…きっと……」
「エリザベスお姉様……」
プリムローズたち“エリザベス心の友の会”のメンバーたちはその場に立ち尽くし、ただ清く透明のままの真実の瞳を見つめていた。
そうしてランチ休憩も終わり、エリザベス専用の個室サロンから出てきたプリムローズたちに先程から突きつけられる現実を直視する機会が訪れた。
一人の女性を囲むように楽しげに談話しながらこちらに向かってくる一団。
プリムローズたちの婚約者が籍を置く生徒会執行部の面々と物語のヒロインとされるリュミナ・ドヴッチの姿が目に飛び込んできたのであった。
その中の一人である自身の婚約者をプリムローズは見つめた。
「………エクトル……」
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今日、短めでごめんなさい(ꈨຶ˙̫̮ꈨຶ)スマヌ…