ある日、やはり悪役令嬢になってしまいました
バザールでリュミナが突然急変したその次の日の朝。
ランニング登校してきたプリムローズは停車場で待ち構えていたエクトルに捕獲された。
何度もランニング登校は止めるように言っても毎日元気に「おはよう!」と言って笑顔で登校して来るプリムローズにエクトルはもはや苦笑いしか出来ない。
キャスパー伯爵家の馭者にくれぐれもプリムローズを見失わないようにと毎回念を押す。
そして今日も今日とて颯爽と走って登校して来たプリムローズにタオルを渡し、馭者から鞄を受け取ったエクトルがプリムローズを教室まで送った。
その途中、歩きながらエクトルが言った。
「昨日は送れなくてすまなかった」
「いいえ。リュミナ様はあれから大丈夫だったのですか?」
「……ドウィッチ嬢は特殊な体質なんだ。訳あって詳しくは話せないのだが、あれから王宮の医療魔術師が対応してすぐに落ち着いたよ。でもまたいつ急変するかわからない不安定な体調なんだ。だからドウィッチ嬢が学院にいる時は我々執行部の誰かが必ず付き添う事になった」
エリザベスから稀有な魔力の持ち主だと聞かされていたプリムローズはエクトルの説明に対し、「そう……良かった」と言うだけに留めておいた。
エクトルがそう言った通り、その日から必ずリュミナの側にはエクトルたち生徒会執行部のメンバーがいた。
「べつに今にはじまった事じゃないですわよ」
エリザベスがそう言っていたが確かにそうか。
「そんなに魔力が不安定な状態なら登校して来なきゃいいのに」
とロザリーも言ったが、物語の中ではちゃんと学業を積んで卒業したいというリュミナの志を周りの人間が応援している様子が描かれていたとエリザベスが言った。
「偉いわリュミナ様、学生の鑑!」
とプリムローズが称賛すると、エリザベスに「騙されてはダメよチョローズ」と言われた。
チョローズとはなんぞや。
◇◇◇
ある日、プリムローズがクラスメイトでもあるフランシーヌと学院内を歩いていると、廊下にノートが落ちている事に気付いた。
「あら、こんなところにノートが」
フランシーヌが拾い上げ、持ち主の名前が書かれてあるかを確かめる。
「まぁリュミナ様のノートだわ」
フランシーヌが手に持つノートの端には、まるっこい可愛らしい文字でリュミナ・ドウィッチと書かれていた。
「ノートを落としてさぞ困ってらっしゃるでしょうね」
「すぐにでもお届けした方がいいのかしら?」
プリムローズとフランシーヌとでノートを見ながらそんな事を話していたら、ふいにそのノートの持ち主の声がした。
「あ!失くしたと思っていたワタシのノートが!」
「「え?」」
その声がした方に視線を向けると、そこには何やら怒った顔をしてこちらを指差すリュミナの姿があった。
その側にはフランシーヌの婚約者であるコラールもいる。
「ヒドイです!やっぱりあなた達の仕業だったんですね!」
そう言ってリュミナはぷんぷん怒りながらプリムローズたちの元へとやって来た。
その後ろをコラールも慌ててついてくる。
「仕業とはどういう事ですの?」
プリムローズがきょとんとしてリュミナに訊くと彼女は早口で答えた。
「プリムローズ様たちがワタシのノートを盗んだという事ですっ!」
「「え?」」
思いがけない言葉に、プリムローズとフランシーヌは呆気に取られる。
「いくらワタシのことが気に入らないからって、持ち物を盗むなんて卑怯です!」
大きな声でリュミナがそう言うと周りに居た生徒たちの視線が一斉にこちらに向いた。
フランシーヌが慌てて告げる。
「盗むだなんてとんでもないですわっ……私たちはたった今廊下に落ちていたノートを拾っただけなのです……!」
「たった今なんて嘘です!だってワタシはそのノートをずーっと探してたんですから!ノートが失くなったって、ワタシずっと前から執行部のみんなに言ってましたよねっ?ねぇコラール様っ!」
リュミナは側にいたコラールの方を向いて同意を求めた。
一瞬コラールはたじろくも、リュミナの話は本当らしく気まずそうに答える。
「う、うん……確かに言っていたね……」
「ホラぁ!」
「でもだからといって、それでフランシーたちが盗ったとは言えないんじゃないかな……」
コラールがそう言うとフランシーヌは自身の婚約者をじっと見つめた。
「コラール様……」
しかしリュミナはもはやプリムローズとフランシーヌがノートを盗んだ犯人だと決めつけていて、一段と声を荒らげて言い放つ。
「プリムローズ様たちは前々からワタシのことを目の敵にしていました!だからノートを盗んだに決まってます!」
「リュ、リュミナ嬢……」
コラールが困り果てた顔をする。
フランシーヌが青ざめた顔をして震える声で言った。
「そ、そんな……私たち、そんなことはしませんわ……」
「嘘です!現にその手にワタシのノートを持っているのが証拠です!それなのにどうしてそんな見え透いた嘘を言うんですかっ?爵位が高いお家だからってそんなにエラいんですかっ?」
「リュミナ嬢、声が大きいよ。落ち着いて、ね?これは何かの間違いだよ。ね?そうだよね、フランシーヌ」
リュミナを宥め、フランシーヌに同意を求めるコラールの言葉にリュミナはヒステリックに返した。
「絶対に間違いなんかじゃありません!」
そんな中、そのやり取りをずっと首を傾げて見ていたプリムローズがリュミナに訊ねた。
「どうして絶対に間違いではありませんの?」
「へ?」
「わたし達がノートを盗んだのが間違いないと、絶対にそうだと言えるのはどうしてなのかしら?」
プリムローズは純粋に不思議で仕方なかった。
ノートを盗るところを現行犯で見られたわけでもなく、たった今手にしているだけで盗んだと断言するリュミナのその自身満々な態度が不思議に感じたのだ。
「そ、それはっ……ワタシが執行部のみんなと仲良しなのが気に入らないからでしょっ……!」
「気に入らないとノートを盗るの?どうして?」
「そんなのっ、ワタシに仕返しをしたいと思ったからに決まってますよっ」
リュミナのもの言いにプリムローズはますます分からなくなる。
更に首を傾げてリュミナに訊いた。
「どうして仕返しをしなくてはいけないの?リュミナ様、わたし達に何か悪いことをしたのですか?」
「えっ、し、してない、けど……」
「わたし達がリュミナ様に仕返ししたくなるような事が何か悪い事ことをしたのですか?」
「してないわっ……でも、あ、あなた達の婚約者がみんないつもワタシと一緒だからっ……」
「でもそれは生徒会のお仕事だからでしょう?他に何かあるのですか?」
「ほ、他にって…………?」
「他に無いのなら、わたしたちがリュミナ様に仕返しする必要も、ましてやノートを盗んだりする必要も無いですわよね?」
プリムローズがそう言うとリュミナは悔しそうに唇を噛んだ。
「っ~~~……」
その様子を見ていたコラールが間に割り入ってリュミナに告げた。
「リュミナ嬢、フランシー達は廊下でノートを拾っただけと言っているんだ。それは本当だと僕も思う。第一フランシーはそんな事をする子じゃないし、エクトルの話だとプリムローズ嬢は仕返しをする時は正々堂々と剣を手に挑んでくると聞いてるよ?だからこれは君の早とちりだよ」
「コラール様ぁっ……」
コラールに優しく諌められ、リュミナは泣きべそをかいて彼の腕に縋った。
「リュミナ嬢、とりあえず教室に戻ろう。それじゃあフランシー、プリムローズ嬢、驚かせて悪かったね……」
コラールはそう言って腕に絡むリュミナを宥めながら二年生の校舎の方へと去って行った。
その姿をぼんやりと見つめながらフランシーヌがつぶやく。
「……あれではまるであの二人が婚約者同士みたいですわね……」
「フランシーヌ様……」
そして今のこの騒ぎは、側で見物していた生徒たちにより瞬く間に学院内に広がった。
その話をする生徒の家の爵位によりその見解は別れて話は尾をつけて広がってゆく。
「高位令嬢が男爵家の令嬢を虐めている」
「伯爵令嬢たちは誇り高く自身の矜恃をを守っただけだ」
「婚約者を取られたとヤキモチを焼いての愚行」
「下位令嬢の癖に身の程を弁えないからだ」
もはや学院内でエリザベスたち高位令嬢とリュミナが対立している事は、不当正当関係なく周知の事実とされるようになってしまった。
それに対し執行部はそのような事は事実無根と声明を出すも、リュミナが執行部のメンバーと常に行動を共にしている事から形だけの否定と誰もがそう捉えていた。
近頃では下位貴族の家の生徒たちは王子の婚約者とその取り巻きは悪役令嬢だと罵る声もある。
「……どうしても物語の筋書きからは逃れられませんのね」
エリザベスが半ば呆れたようにそうつぶやいた。
そしてプリムローズたちに告げる。
「もはや手の打ちようがありませんわ。何もしなくてもこうなるならせめて最悪の状況に陥らないようにするしかないですわね。皆さま、自分の人生は自分で守るのです!」
「では予てより決めていた通りに動くのですね?」
ロザリーがエリザベスに確認する。
エリザベスは力強く頷いて皆に向けて答えた。
「皆さま、必ずや自由に生きる権利を勝ち取りましょう!」
その日を境に、学院からプリムローズたちの姿が消えた。