ある日、鉢合わせしてしまいました ③
「もーー!なんなんですかっさっきから!ワタシたちの邪魔をしないでくれますっ?」
奇しくもバザールにて鉢合わせをしてしまったエリザベス心の友の会メンバーと生徒会執行部の面々。
連れて帰ろうとするルドヴィックとそれに反発するエリザベスの間を裂くようにそう言ったリュミナの声が響いた。
「……邪魔をしてるのはどちらかしら」
ロザリーがぽつりとつぶやく。
しかしリュミナの眼前の敵はプリムローズとエリザベスであるらしくそのつぶやきは耳に届いていないようだ。
ぷんぷんと怒るその様子を見てプリムローズは思った。
───やっぱり子リスが怒っているみたい!
プリムローズが一人だけ場違いな事を考えている最中、エリザベスは前世で読んだ小説にこんなシーンがあったかどうか記憶を手繰り寄せていた。
確かにヒロインのリュミナが王子たちと街に出かけるシーンはあった。
でもそれはバザールではなくただの市場であったはずだし悪役令嬢と鉢合わせをするシーンなど無かったはずだ。
原作とシナリオが変わっているのだろうかと考えながらもエリザベスはリュミナに言葉を返した。
「邪魔立てする気がないから失礼すると言っているのです。文句があるならそれを認めて下さらない殿下に仰ってくださいな」
「そもそもエリザベス様たちが勝手にバザールに来なければこんな事にはならなかったんです!せっかくワタシ達だけで楽しんでいたのに!」
「まぁそれは申し訳ない事をいたしましたわ。殿下、大切な執行部のお仲間がこう仰っておられますわ。邪魔者は退散いたしますのでどうぞ皆さんでお楽しみになってくださいませ」
エリザベスはそう言ってプリムローズの方へと視線を移す。
「プリムローズ、やはり貴女はこちらへ。ワーグナー様の楽しい時間の邪魔をしてはいけないわ」
「はいお姉様……」
そうだ。エクトルはバザールにリュミナたちと来たのだ。
それを邪魔しては国外追放まっしぐらだ。
プリムローズは素直にエリザベスに従い、彼女の方へと足を踏み出した。
が、エクトルと繋いでいた手が離される事はなく、逆にくいっと引き寄せられてしまう。
「エク……「レントン公爵令嬢。我々はバザールへは学院祭の視察に訪れていただけです。大方見回りましたのでお気遣いは一切不要です」
エクトルのその言葉にエリザベスはにっこりと笑みを貼り付ける。
「ならもうお帰りになられては如何です?わたくし達はもう少しこちらにおりますので」
そう言ってグスタフやプリムローズたちを促してその場を去ろうとするエリザベスを、今度はルドヴィックがガッシリと腰に手を回し引き止めた。
「行かせるわけがないだろう。共に帰るのだ」
「な、何をなさいますっ……離して下さいましっ、わたくしの事など捨て置いてどうぞドビッチ男爵令嬢とお楽しみになればよいのです!」
「大切な婚約者を捨て置けるわけがないだろう」
「え……?」
エリザベスはルドヴィックの言葉に耳を疑った。
ルドヴィックがリュミナと出会ってかなりの時が経つ。
今はもう彼女に夢中で政略で決められた婚約者の事を疎ましく思っているはずなのだ。
それなのにその言葉。
エリザベスは理解出来ずにただルドヴィックを見つめた。
そんなエリザベスを尻目にルドヴィックは皆に指示を出す。
「コラール、その辺にいる護衛に馬車を回すように伝えてくれ。それからイヴァン、すまないがキミも婚約者と帰る時に一緒にリュミナも滞在先の家まで送り届けて欲しい」
「了解です!」
イヴァンがデカい声で返事をしたのと同時にロザリーは「え……嫌…それなんの拷問?」と言う。
コラールとイヴァンが動き出そうとすると、それをやめさせようとリュミナが食い下がった。
「イヤです!まだ帰りたくありません!せっかくみんなとキャッキャウフウフだったのに!どうして?どうして邪魔ばかりするのっ!?」
大きな声でそう言った瞬間、リュミナが胸を押さえて苦しみ出した。
小刻みに震え、その場に蹲る。
「リュミナ?」
「ドビッチ男爵令嬢?」
その異変に気付き、一番近くにいたプリムローズがリュミナの様子を見ようと顔を近付けた。
が、その瞬間、
「近づくなっ!」
エクトルがプリムローズの両肩をぐいっと掴み、強い力でリュミナから引き離した。
「えっ、あっ、ごめんなさいっ……」
エクトルの勢いにプリムローズは思わず怯んでしまう。
プリムローズをリュミナから遠ざけ、エクトルが蹲るリュミナに近付き、顔を覗き込んだ。
そして焦りを顕にした様子でルドヴィックに告げる。
「殿下っ、ドウィッチ嬢の魔力の状態がっ……」
「なにっ?な、なぜ突然……!?とにかく急ぎ城へっ」
「俺がリュミナを運ぶっ!!」
イヴァンがそう言ってガバりとリュミナを抱き上げた。
執行部の中でも体格の良い彼が運ぶのは至極当然であると思うが、自ら進んで動いているようにも見え、これではあまりに婚約者であるロザリーが……
「ウエッ……キモチワルイ」
別の意味で気の毒であった。
イヴァンとコラールが慌てて馬車へと向かう姿を背後に、エクトルが言った。
「プリム、緊急事態だ。屋敷まで送れなくなってしまったが必ず直ぐに帰るんだぞ。くれぐれもここからランニングして帰るなんてダメだからな」
「(どうしてバレたのかしら)……はい」
「ベスもだ。護衛を数名残してゆくから、彼らと今すぐ帰るんだ。いいな?」
「……わかりましたわ……」
「キミに……渡したいものがあるんだ。今度また王宮で」
そう言い残し、エクトルとルドヴィックはイヴァンたちの後を追って行った。
その後ろ姿をプリムローズただ眺めていた。
───さっきのエクトル……なんだか怖かった……わたしがリュミナ様に触れようとしたから?わたしが彼女に危害を加えると思ったのかしら……そんな事、絶対にしないのに……。
そんな事を考えるプリムローズに、同じように去って行く婚約者の背中を見ながらエリザベスが言う。
「……プリムローズ、見たでしょう。今のが物語の強制力というやつですわ」
「強制力?」
「どういうわけか今日は物語では起こりえない事が起きた。殿下やエクトル様の発言も予想外のものだったし、何やらシナリオが変わっているのかと思ったの。だけど結局はリュミナ・ドビッチが婚約者たちを独り占めする形となるように事が起きた……つまりはそういう事ですわ」
「それじゃぁ……何をどうしても……」
「どうしようもないのでしょうね」
エリザベスが寂しげな笑みを浮かべた。
「どうしようも、ない……」
プリムローズのそのつぶやきは、バザールの喧騒の中に埋もれていった。