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戎橋勇者1万人

二階堂でめてる

作者: 鴉野 兄貴

 デメテルは王国宮廷召喚士である。

 年齢は十四歳くらいに見える。


 実際の年齢は誰も知らない。その経歴も先先代王が王家の末子であったころスカウトしてきた以上の記録がない。


 少なくとも三代の王に仕え、異界の神話や生き物の不思議な語りを王族に行い、時としてそのような存在を王国のために役立てるべく危険な召喚魔法を使ってきた。



『国家安全に関する特別任意出頭書』 二階堂でめてる殿

 日本国政府は以下の法的権限を以ってあなたに速やかなる出頭を要請します。』(以下略)



 とはいえ、自分がその『危険な異界の生き物』となる可能性に至らなかったのは浅慮と言えようか。

 いや、想定できるはずがない。



 白髪と金髪の間くらいの髪。柔らかそうな小さな耳の先は少し尖っている。


 彫りは浅いが幼さと共に整った顔立ち。愛らしさと共に美しさを兼ね揃えた体型。

 実は出るべきところはほどほどに、引っ込むべきところはとことん細い。


 実は経産婦である。

 先日結婚し、今は京セラドーム近くの酒屋兼せんべろ『にかいどう』に住んでいる。



 二階堂家は九州大分県から先代である悟が出稼ぎにきてのちの地縁に恵まれ息子巌と共に小さな酒屋を開いてからというものバファローズと共に生きてきた。


 バファローズの売却には心を痛めたが徒歩圏内に本拠地が移ってきた時は知り合いの建設会社に訴えて現場作業員に潜り込ませてもらい建築に従事した。


 孫である守にも恵まれ、孫はサラリーマンになってしまったが、悟も巌も現役であり、巌の妻である信代は実質店主兼看板娘として今日も店に立つ。


 何故か?

 バファローズと阪神が11月23日にパレード決定との報が出た。


 悟も巌もご近所の皆様と飲むしかない。

 前祝いと称したサボタージュである!



「お義父さんもパパも朝から飲み過ぎですよ」

「あ、あの、おとうさまおじいさま、少し控えたほうが」


「なんでえ! こんなめでたいことがあるか!」

「そーだそーだ。おんなっけねえ孫がこんな可愛い子を孕ませたっていうんだぞ! 孫の顔がみてえ!」


 一応、電気をデメテルが召喚して充電したスマホで、守が世話する双子の動画を見せることで頑なな巌と悟の態度も軟化した経緯がある。


「あいつ熟女AVとネタAVしか見ねえ童貞だぞ! 中学生を、それも外人さんを孕ませられるワケがねえ!」

「そーだそーだ『にかいどう』も俺らの代で終わりだバファローズキチ過ぎて女と遊びに行かねえ! 俺のせいだがな!」


  そんな二人もスマホの動画に映る自分のひ孫や孫に悩殺された。双子なんて反則だろうと彼らは述べており。



「とうちゃーん。かあちゃーん。じいちゃーん。みてっか。この二人がデメテルとの子供でカストルとポルクスだー。


 カストルがお兄ちゃんでポルクスが女の子だ。なんかポルクスは本来男性名らしいけどこっちの風習で双子名ってのが……あーもうポルクスおちつけカストルなくな。


 俺はこっちで元気だー。バファローズ優勝したんだって。俺は可愛い嫁はできるわ。いででっ!? ポルクス引っ張るな。


 こんな可愛い双子に恵まれて幸せだ。とりあえず退職届を代わりに出して、俺の代わりに年金は納めておいてくれぇ」



 後半とんでもないことを抜かしていたが、動画で見せられたら仕方ない。


 前にこの娘が来た時は『守さんのお友達です』としか聞かなかったし二人とも酒が入っていて深く考えずに歓迎して二階にあげてしまった経緯がある。


 というかバファローズ優勝争いに夢中でそれどころじゃなかった。

 朝になって守の布団の上で恐縮している少女を見てびっくりしたレベルだし。


 対応は全て嫁の信代がやってくれた。



「で、どうしよう」


 再び戎橋から京セラドームまで約2.6キロメートルをてくてく歩いてきたというデメテルを迎えて流石にシラフになった二人は悩む。


 異世界の基準では『ひとつ参る、あるいはこまった距離は近場です』らしいが。


「F国の大使館にカネ積んだらなんとかなるだろ」

「父ちゃん、ぜってぇこの子アジア系に見えねえよ。それに最近厳しいらしいぜ」


 この間は妻と名乗るわけにもいかずお友達と説明したけれども先日子供が産まれました。


 これだけでも大騒動なのに。


 向こうとこっちじゃ時間の流れが違う。

 などと説明されても昔気質の九州男児、悟の理解の外にある。


 たまたま好きになった娘、若子の父が地主で、その縁で小さなせんべろを出すに至っただけでも幸運な人生だった。


 さらに。



「こんな美少女をあんなクソ童貞の孫が孕ませるなんてありえない」

「お義父さま。私の息子でもありますからね」


 逆ギレする悟にチクリとやる実質店主。


「えっと、わたし確か今年で128歳のはずなので……」

「ひゃくにしゅうがなんだって!?」


 微妙に耳が遠くなってきた。



「百二十八歳です。でもこちらの世界では一年が365日らしいので微妙にずれがありますが」

「……マジか。死んだじいちゃんより年上かあ」



 信代が何を考えたのか今なお細い腰に座布団を入れて戻ってきて曰く。


「うーん。最悪私たちが産んだことには」

「できねえよ! 13年近くも届け出忘れてましたっていう気かよ信代ちゃん!」


「というより、なんかデメテルちゃんの言葉が洋画の二重音声ぽいぞ」

「翻訳魔法のおかげですね……異世界から来た人が先祖にいる方は二重の音声に聞こえるそうです」


 二階堂家、まさかの異世界発祥発覚!



「そういえば死んだじいちゃんが『先祖と平田篤胤が仲良かった』って言ってたな。意外とホンマかも」

「父ちゃんそれ初耳だぞ」


「先祖が出島にいてな。いまでいうペンフレンド、ぺんぱるって奴だ」

「すまねえ。俺はかろうじてわかるが守の歳じゃわかんねえ」


「記憶喪失の外国人を保護したってことにして」

「後々厄介だぞ! だいたい子供があっちにいるのもいけねえ! DNA鑑定で守の子供って立証できるならまだ道はあるけど生まれたのもあっちだろ!」

「まぁお義父さん、日本は出生主義じゃなく血統主義だからなんとかなるかも。でも子供たちが向こうは不便ね」


 耳は遠いが頭はしっかりしている悟。

 そもそも証拠となる動画も人に見せることが難しい。異世界とか色々他人に話すと厄介な話題ばかり孫は述べている。



「困ったなぁ」

「なんか色々ご迷惑を」


 三人は一斉に否定する。


「いや、デメテルちゃんは悪くねえ!」



 下手に出てとくとく語る三人。思うところが多すぎるらしい。


「むしろバカ孫が旅のあちこちでお世話になったようで」

「こんな可愛い嫁を連れてくるなんて交換した……いででで!」

「ほんとしっかり者だし守には出来すぎた嫁やね」


「孫義娘ができて嬉しい」

「義娘っていいよなあ。うんうん」

「私も女の子が欲しかったけどこの人ってきたら」


 基本、大歓迎の意思を示す三人である。


「まあ、親父。九州の親戚筋ってことで、面倒見ようぜ」

「……いいけどあなた。うち上は狭いよ。四人雑魚寝でいつも二人はお店の床で酔い潰れて寝てるじゃない。女の子が着替える場所がないよ。お風呂とかどうするのよ」


「銭湯があらあ!」


 啖呵を切る悟に呆れる信代。


「洋介さん、ジロジロ見るって評判悪いわよあそこ」

「うちの義娘をジロジロみるってんなら、当面出入り禁止だあのバカ」


 デメテルは出るべきところは控えめながら出ている。特に腰骨あたりは骨格そのものが九十度角に近い。


「エルフって美人って言うけどまじやねんなー」

「えるふがなんかはしらんが、孫にしちゃ上出来だわ。何より気立てがいい。死んだ若子さんには負けるけどな!」



 妻が早くに亡くなってなおラブラブっぷりを見せる悟に呆れる息子夫婦にデメテルが問いかける。



「若子さんってどのような方ですか」


 黙っていたデメテルにとくとくと惚気る悟。

 うんうんと聴いていたデメテル。すっと立ち上がり。



「会いたいですか」

「そりゃまあ。でもよぉ、俺は当面あっちには」


「イメージできれば物語から召喚できます。若子さんいらっしゃーい」

「そんな新婚さんいらっしゃいじゃあらへんし……ってばあちゃん?!」



 親子の前に亡くなったはずの若子が立っていた!



「若子!」


 抱きつこうとする悟を蹴る若子!


「なんよこの人、きっしょいわ! だいたい仕事はしないし酒ばかり飲んでるし、九州男子とかなんだか知らんけど偉そうだし生前はまじ苦労したのよほんま!」

「あ、本物のお義母様だ」


 ブチギレ気味の義母が本物と確信する信代。



「あたし地主の娘だし、もう少し金持ちのいい男と結婚できたのにこの人ったらしつこいしほんま無理やったわ!


 ……でもまあおもろかったわ。孫も可愛かったし……で、どうなんよ。 


 悟は結婚できたみたいやな。デメテルちゃんが呼んでくれる時に経緯はだいたいわかったけど」



「バファローズが阪神とダブルで優勝や」

「嘘つくにしてもたいがいにせえ!」


「あ、まじでおかんや」

「あなた、デメテルちゃんが嘘つくようにみえまっか」



 巌と信代の夫婦が呆れる中、生前できなかった夫婦喧嘩にいっぱいいっぱいの悟。


 呼んではみたけど悟の言動と不一致の若子に戸惑いを隠せないデメテル。



 夫婦喧嘩がひと段落して親子再会に泣く巌。

 面倒くさそうに振る舞いつつ母の表情の若子。


 相変わらずツンデレが過ぎるとうんうん頷く信代。

 新婚時は距離感が掴めなかったので苦労した。



「じゃ、名残惜しいけど時間や」

「ちょ、待ってや若子」「おかん楽しかったで」「お義母様ご機嫌よう」


 光に包まれニコっと笑って消えて行く若子。



「……うちの嫁はイタコやった」

「あほ! 召喚士や!」


 夫の膝の裏を膝カックンで蹴る信代。

 とりあえずとんでもないことになった。

 魔法なんてはじめてみた。



「いやあ、セーラームーンには憧れたけど、魔法ははじめてみたわ」

「ムーンクリスタルパワーメイクアープ! やな。俺もみてたわ」


「プリキュアはまぁまあ面白かったわ。ゲンさんとこの子が好きやし。あの子大学行っとるんやったっけ」



 こっちの世界でも魔法が使える。

 いくら能天気な三人でもこれは深刻とわかった。



「ケルベロスとか呼べる?」

「呼べます。Graeciaという神話体系召喚魔法にあります。もう少し遡って彼らの源となる……」


「……異世界人の方が俺らの歴史に詳しいのなんでや」


 頭を抱える悟。学校の勉強は寝ていたクチだし。



「親父。とりあえずこの子は民俗学とか人類史とか言語学的にすごい証人になりそうやで」


 その前に解剖されかねない。



「異界というより異なる物語を具現化する魔法ですので、例えば翻訳魔法もコダイアッシリアの『文字禍』を呼ぶことで」


「まさかの中島敦ってどうやの。あたし店のあれこれに埋まりとぉないで。阪神大震災の時はたまたまみんな外で酔い潰れてたから大丈夫やったらしいけど!」



「つまり、この子にラノベ読ませたらどえらいことに」

「説明せぇや。お父さん」


「あんな美少女もこんな美少女も……ぶばぁ!」



 妻、夫にパンチ!


「あ、でもわたし月⚪︎うさぎちゃんに会ってみたい」


「俺も鞍馬天狗に会ってみたいわ」



 少し悟の動きが止まる。


「まて、歴代のバファローズの……」

「俺もそれ考えたわ……」



「あれや、例えば巨人の沢村栄治とかも呼べるんか」

「伝説になるほどの人物ならば英霊召喚できますね。

 英霊召喚は聖杯を必要とする特別な召喚になりますが」


 大阪が灰になる程度には。聖杯だけに。



 歴代のバファローズ名選手を連呼する二人に『⚪︎⚪︎さんはまだ生きとる!』と叫ぶ信代。しばし騒然。



 そんなこんなでデメテルはせんべろ屋の三代目看板娘に落ち着いた。

 セクハラするとどことなくケルベロスが立っていて恐ろしいことになる。



 そんな日々が続き、なんとか守が双子を連れて帰ってきた頃。



 皆を巻き込んで召喚された川上くんが府知事に立候補するというのでその縁で二階堂家でも彼を応援することになった。


 勇者たちの尽力(※なんせ1万人もいる)により無事デメテルが『二階堂でめてる』として日本国籍を得たのはその後になる。



 一虎かすとるとぽるくすが三歳になり、デメテルだけ見た目が変わらないのは割と目立つが大阪人は割と寛容であった。



 で。

 冒頭の書面である。



「どうしよう」

「まぁあっさり日本国籍取れたのおかしいと思ったけどなあ」


 勇者一万人が所属するDiscordでは対策会議が開かれている。



「しょうちゃんを守らなあかん」

「やるか」


 しょうちゃんは召喚士からついたデメテルのあだ名である。


『国政にうってでるでぇー!? 売られた喧嘩はうたるわぁ!』



 こうして、勇者たちは世界平和の戦いにうってでたのである。


 とりあえずラッキーセブンで風船飛ばしていた方が平和だったわ!

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