パンドラの匣
土曜の夜中のことである。
お盆から始まった二階と三階のレイアウト替えも大詰めを迎えていた。
二階のテレビ周りに在った白い組立棚を解体し、三階の衣裳部屋に持っていき、引戸の上に長い板を吊って、その上に棚を組み上げて、茶道具の整理場所を作ろう!という計画である。
考えたのは母。
理数系で幾何学が得意で、ファッションデザイナー兼パターンナーでもあった母は、この手のことが得意なのだ。
ちなみに私は理数系が得意な割に、幾何ーー特に図形が苦手で、この手のことを考えるのは放棄している。
三階に白い組立棚を持っていくということは、二階のテレビの置き場がなくなるので、食器戸棚を一箇所に集め、ひとつだけ背の低い戸棚の上に今度は黒い組立棚を母の言う通りに組み上げて行った。
だが、私はこうしたDIYが苦手で、特に計測というのが大嫌いである。図ったはずなのに、寸法が合わないことが多いからだ。
また、素人仕事なのだから、ある程度の誤差は仕方ないものを、母は「お前は莫迦だ」の何だのと罵るものだから、喧嘩になってしまう。正直、母の思いつきは素晴らしいものの、私にとっては「感謝半分、迷惑半分」なのだ。
出来上がれば、恩恵に預かるのは確かに私であるのだが、正直、あまり歓迎していない。
そして、大体テレビ周りの棚がなんとか組み上がり、壁付けも終え、階段横の本棚の設置に際して、ネジが足らなくなった。コーススレッドという、釘とネジが一つになったようなドリルヘッドで、この組立棚のシリーズでよく使われているものである。足りなくなって最寄りのドンキに買いに行ってみたが、ホームセンターでもなければ、売っていないようだった。
母の機嫌が悪くなった。
かなり酔ってるな……と注意していたつもりだったが、時すでに遅し。最早、こうなっては虎である。
「酔っぱらいの話は聞かないよ」
私は酔ってわかりにくい説明をする母の話を聞く気は無くなっていた。というのは、母は元々指示代名詞が多く、話の理解をするのに多大な負荷がある。その指示代名詞が、酔うと増大して、なんのことを言っているのかわからなくなってしまうのだ。
ところが、酔ってる方は「なんでわからないのよ!」と怒り出す。何度も繰り返されるこのやりとり、いい加減にしてもらいたいものである。
ちなみに、私が酔っ払いが嫌いなのはここに原因があることは間違いない。二十歳のときに肝臓を悪くして、医者に晩酌を辞めるように言われたなどというのは事実ではあるが「方便」でしかない。
酒は軽く酔ったら止めるべきもので、正体なくなるまで呑めば、普段蓋ができているパンドラの匣が簡単に空いてしまうものだ。
三階の自室に戻った私を、苛立ち紛れに階段を駆け上がり、母が追いかけてきて喚く。全く相手にしないでいると、余計に腹立たしかったのだろう、さらに喚き散らしていた。
ひとしきり喚いては降りていき、また呑んで、駆け上がり喚き散らす。幾度か繰り返すうち、静まった。おそらく眠ったのだろう。
普段は理知的で物事の道理をわきまえている母の弱点というか、欠点だ。仕方ない、明日の朝になったら、「知らんぷり」しかないな。
今度結婚するなら、酒を浴びるほど飲まぬ女性が良いと思った。
さて、匣の底に残っていたのは希望か絶望か。