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着物

「全くもう! 嫌ンなっちゃうわ!」


 母は仕事が好きだ。


 おそらく仕事をしないでは居られないだろう。ボランティアは好きではなく、労働の対価が得られることが好きなのだ。金を稼ぐことが好きなのではなく、自分が認められるということなのだろう。


 毎日のように仕事の愚痴、客の愚痴。


 客というのも少し違うかもしれない。客というのは、買い物をする人のことで、買わない人は客ではない。母が愚痴を言うのはそういう人のことが多い。


「着るだけ何着も宛てといて…」


 リサイクルショップは新品のお店と違い、何があるか分からない。だから、足繁く通うことになるのだが、いつも好いものに巡り合える訳ではないから、買わないことだってあるだろう。そういうものだと思うし、ウインドウショッピングを娯しむ人だっているのだから、買わないこともあるだろう。


 かといって、限度はあるだろう。


 和服というのは洋服とは違い、長着に帯、帯揚げに帯締めなど様々なものが要る。長着はワンピースみたいなものだが、ベルト必ず必要なのに別売りで、バックルも別売りのようなものである。


 それを取っ替え引っ替え、何着も着ておいて、結局買わない…というのは店員にすれば、辛い。が、それも仕事だと私は思うのだが、黙っておく。何か言えば、倍返しだ。


「で、こないだの件はどうだったのよ」


 反応が鈍いからか、一頻り話したからスッキリしたのか、話題が変わった。


 こないだの件とは、私の知人が、呉服屋から反物が当たりました!という葉書を貰って出掛けて行き、小紋を仕立てることにしてきたことだ。しかもそこの店員に小紋ならお茶会にも着られますと勧められたのである。


「全く非常識な店員さんよね!」


 この点については、私も同感だ。


 茶道には数多くの流派があり、流派によっても仕来りが変わる。道具の扱いすら変わるのである。着物なども師匠に確認するのが常識なのだ。母の勤めるリサイクル呉服の店では必ず「先生に確認なさった方が良いかと思いますよ」と付け加える。


 そもそもいつから小紋でお茶会に行かれるようになったのだろうか。私には甚だ疑問だった。


 小紋は反物全体に細かい模様が入っていることが名称の由来で、訪問着や附下が肩の方が上になるように模様付けされているのに対し、小紋は上下の方向に関係なく模様が入っている。このため、礼装にも、準礼装にもならない。小紋の中で礼装に用いられるのは江戸小紋の五役だけなのだ。


「笠井先生に言わせれば、お稽古にだって最低訪問着なのに」


 我が師匠たる笠井宗匠は、若い頃、稽古に行くのに訪問着を着て行ったと常々仰る。これは自慢ではなく、宗匠にとって当たり前のことだからそういうのだ。時代が変わり、「着物を着てくるだけでも偉い」といいながらではあるが。


「キャンセルしたって言ってたよ」


 全く困ったもんである。


 茶道の場は正式とは言わぬまでも、きちんとした身なりを求められる。つまり、着物で言えば平服を求められる。江戸小紋は武家の裃の柄から派生したもので、これの定め小紋であれば、無紋でも礼装として用いられるという慣習があるので、良いとして、江戸小紋でもいわれ小紋は平服にならない。江戸小紋の特例を除けば、無紋の訪問着が最低ラインで、次いで色無地の一つ紋、江戸小紋の一つ紋、訪問着の一つ紋、色留袖の三つ紋、黒留袖の三つ紋となる。武家なら色留袖の五つ紋、黒留袖の五つ紋が加わる。


 附下は、訪問着風の普段着であり、お洒落着の扱いであるから、当然お茶会では着ることなどできないのだが……


「最近は附下も訪問着って売るのよ」


 それはおかしい。


 安くするために絵羽(柄を繋げて仮縫いすること)にしないのだろうが、そんなものは訪問着ではない。


 日本文化をもっと大切にしてもらいたいもんである。

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