小鳥と王様と
◇◇◇
「小鳥」
彼はわたしをそう呼びます。
彼がわたしの歌を初めて聞きにきたのは、もうずいぶんと前のことでした。
わたしは城下の小さな劇場で歌うのを“なりわい”としていました。
古びた小さな劇場です。それでもここはわたしの城でした。
そこに現れたひとりの男性。
毎月決まった時間、
決まった場所にお座りになるその方は、
いつもじっとわたしの歌を聞き入ってくれていました。
ある日歌が終わったあと、
彼がわたしに声をかけてきたのです。
「君の歌はとても素敵で、私を癒してくれる」
彼のやさしい瞳、やさしい声色に、わたしの心が打たれました。
その日からその男性は、訪れるたびわたしに声をかけてくれるようになりました。
それだけではなく、男はわたしに贈り物をしてくれるようになりました。
花束や、綺麗な石がついたアクセサリー。
わたしは、それがとても気に入りました。
いつしか、わたしの全身は彼が贈ってくれたもので包まれていました。
その頃にはわたしたちは、劇場の外でも会うようになりました。
劇場の近くの、小さなモーテルです。
わたしと彼は、はだかで抱き合いました。
最初はなんだかわからなかったけれど、彼の肌がとてもあたたかくて、きもちよくて、なんだか幸せだったので、それから彼が訪れた時は、毎回こうして抱き合うようになりました。
それは「おとなの関係」で、ようやくおぼこのわたしに「客」がついたのだと、姉さんたちは笑いました。
彼はいつも、どこからかやってきます。
彼は、わたしのためにやってきます。
「私の小鳥、歌っておくれ」
彼はわたしの膝に頭を乗せ、目を瞑ります。
わたしは彼の頭をなでながら歌を歌います。
しあわせでした。とてもしあわせでした。
「愛しています」
ある日、思わずそんな言葉がわたしの口からこぼれました。
「……私もだ。私もだ小鳥。君を愛している」
それからわたしたちは、劇場やモーテル以外のところでも会うようになりました。
街はずれの丘の上の、ちいさな公園です。
城下を手をつないで歩いて、食べ物を買って、その公園に向かいます。
丘の上はとても高くて、街全部が見渡せます。
「きれいね」
その中で、一際大きくて立派な建物がありました。
「あんなきれいなお城には、どんな人が住んでいるのかしら」
お城はとてもおおきくて、高い塔があります。
白い壁はいつもキラキラと輝いていて、とてもとてもきれいです。
「どうせつまらない奴ばかりさ」
彼は遠い目をして、お城を眺めます。
「あそこには何もない」
彼は寂しそうな目をして、お城を眺めます。
「何もないんだ」
名前も知らない彼が、何を思ってそう答えるのか、わたしには知る由もありません。
二人だけの静かな丘に、小鳥の囀りだけが聞こえていました。
◇◆◇
ある日、彼はわたしに告げました。
「結婚することになったんだ」
悲しい目をした彼が言います。
「だからもう、君とは会えない」
彼はそう言いました。
わたしは告げました。
「また寂しくなったら、いつでも歌を聞きにきてくださいね」
それからしばらくすると、この国の王様の結婚を祝う盛大な祭りが行われました。
街は花であふれ、音楽であふれました。
王様は、隣の国のお姫様をお嫁さんにしたそうです。
私は祝いの歌を歌いました。
王様に届くか分かりませんが祝いの歌を歌いました。
寂しい目をした王様が、幸せになれますように。
◆◆◆
「王妃、なぜ歌姫を殺した……?」
私の夫がそう言いました。
どうやら夫は、夫のお気に入りの小鳥を殺してしまった私がお気に召さない様子です。
「なぜ……? 下手だったからよ。せっかく評判を耳にして呼び寄せたのに、とても下手だったから、ガッカリしてしまって」
夫は私が嫁ぐ前から下町の娘と逢瀬を交わしていました。
最初は婚姻前のことだからと目を瞑っていました。
ですが婚姻後も、彼はいつも城下を見下ろしていました。
調べれば、娘は娼館の歌姫でした。
最初は許そうと思っていました。
商売女なら仕方ない。しょせん政略結婚だもの……と。
でも彼は時折、その劇場に忍んで足を運んでいたのです。
私は、許せませんでした。
私が国に一人で嫁いできたと言うのに、
この男は私の孤独も、
私の矜持も、
何一つ省みることはなく、
一人の女に入れ上げていたのです。
「だって、とっても耳障り……」
私の声は掠れていました。
「とても、耳障りな声で鳴くんですもの……」
汚い声だと自分でも思いました。
「だから、その喉を掻き切ってやりましたの」
悲しい目をした男は、私を刺しました。
何度も何度も、私を刺しました。
私も、そんなふうにあなたに愛されたかった。
私の思いは、何一つ彼には届きませんでした。
嗚呼。今日も小鳥の囀りが、空に響いています。
これは、小鳥と王様と王妃様の物語