高校生編
episode 13
sideあかり
季節が巡って、私たちは高校生になった。
新しい制服のブレザーを着だ私は、
バス停で宙くんを待っていた。
「あかり」
「おはよう!宙くん」
「制服似合ってるね」
「ありがとう!」
私たちは数本早いバスに乗り込んだ。
私はまたカナエさんを追って、進学校のH公立高校に進学することにした。
「宙くん、私のためにH高一緒に受けてくれてありがとう」
宙くんは私を追って同じ高校を受けてくれた。
「いや……俺の家は裕福じゃないし、公立の高校行こうと思ってたよ」
すると金髪の男の子がバスに乗ってきた。
H高校のブレザーを着ている。
先輩、かな?
「風雅」宙くんは言った。
「おはよ」と、風雅くん。
「え!?風雅くん?」
風雅くんも同じ高校だと聞かされていたけど……髪を染めたんだ。
「風雅くんあの頭先生に目をつけられないかな」私は尋ねた。
「自由な校風だから、大丈夫」
「そうなんだ?」
「うん」
「でもどうして?」
「かっこいいから、だって」
入学式を終えて、クラス発表があった。
私と宙くん、風雅くんは、一緒のクラスだ。
入学して数ヶ月が経ち、もう後期になっていた。
「カナエさん、おかげさまで、詩のランキング2位をとりました」
昼休みに私は、3年生の教室にお邪魔して、カナエさんと話していた。
「やったね!次は一位だね」
「一位は難しいんです。
2位と一位の壁は分厚いです」
「そっか。
まあ自分の詩を書いていくんだよ!
あのね、私、T芸術大学の音楽科を受けることにしたよ!」
「え!それって、日本一のエリート大学の……」
「うん。声楽のレッスンにも通ってるんだ」
「すごいです!頑張ってください!」
「うん。同級生とはどう?」
「はい。友達もそこそこいて、彼氏の宙くんもいるし、風雅くんとも仲良いし……」
「え!?風雅?!あかりをいじめた風雅ってやつでしょ?あいつ噂やばいよ」
カナエさんは言った。
「え?どういうことですか?」
「女子生徒をとっかえひっかえしてるらしいよ〜」
「え、でも……」
「学校の外ではご主人様と呼ばせて、言うことを聞かないと怖いらしいよ!束縛激しくて、他の男子と喋ったらお仕置きされたりとか、危ないことばかりさせられていて、エッチなこととか、エグいみたいだよ!」
「うそでしょ?気づきませんでした」
「え?あかりって鈍い。全校生徒みんな避けてるじゃん。風雅って子のこと」
「そうなんですね……」
でも、噂は噂だと思う。
チャイムが鳴って、わたしは教室を後にした。
episode 13-2
side 風雅
「俺何してんだよ……」
俺は自分の言ってることとやってることが違うことに嫌気がさしていた。
髪を染めたのも衝動的な行動だった。
入学してすぐ、俺はほぼ全員のクラスメイトの女子から告白された。
先輩からも声がかかった。
女の子たちはみんな、キスしてとかドキドキさせてとか言ってくるのでそうしてあげた。
でも……
俺は元々暴力的な人間だから、
それがバレたのか?
女子同士が結束したのか?
あることないこと噂されて、校内でまともに話ができるのは、あかりと宙くらいだった。
俺は窓から夕日を眺めていた。
日が短くなったな……
ガラッ
あかりが教室に入ってきた。
「ふ、風雅くん。何してるの?」
「……ちょっと忘れ物」
「風雅くん、噂って本当なの?」
「ははは……みんなから避けられるのって、こんな気持ちなんだな」
「……」
「俺、変わるって決めたのに、人のこと傷つけちまう」
「そんな、風雅くんを好きな人は多分いっぱいいるよ……」
「そういうんじゃないんだ」
「そんなこと、ないよ……きっと……みんな風雅くんのこと……」
俺はそのとき、純粋で、綺麗な言葉を並べ立てるこの子を壊したくなった。
「ねえ、教えてあげようか?女の子はみんな、俺にしてほしいことがあるらしい。だからしてあげる。でも……」
魔がさした。
俺はあかりを掃除用具が入ったロッカーに押しつける。
「みんな俺のこと怖いって言うんだ
そう低い声で囁いて、
あかりの顔に手を引っ掛けた。
パシッ
「だめ。風雅くん」
「………」
「人は変われるよ。風雅くんも人をちゃんと愛せるようになるよ」
「………」
「風雅くんは不器用だけど、きっと大丈夫。きっと変われる。誤解も解けるよ!」
ガラッ
その時、タイミング悪く宙が入ってきた。
「風雅……何してんだよ」
宙は言った。
「見たらわかるだろ」
「大丈夫、宙、私何もされてない」
あかりがそう言うと、
「どうして嘘つくんだ、あかり」と宙。
「ううん。わたし、大丈夫。風雅くんにちょっと、壁ドンされたけど、びっくりしただけ」
「…………」
宙は黙っている。
「宙、殴れよ。前みたいに」
「殴らねえよ」
「ははは、はははは……」
俺は気がおかしくなったように笑った。
「おい、大丈夫かよ、風雅」
「俺は最初から壊れてるよ……」
「……そんなの関係ない。
風雅、今度ばかりは許さないからな」
「待って。
私のせいで、小学生のときも、中学生の時も宙くんと風雅くんが仲を悪くした。
私は……2人に仲良くしてほしいよ」
あかりが言った。
「くそ……3人で話すか」
宙がそう言い、俺たちは一緒に帰ることになった。
「人の愛し方をわからない、か」
帰り道、宙は言った。
「大事なものを俺は、壊したくなるんだ」
そう言ったものの、自分のことがほんとにやばいやつだと思った。
「うーん、気持ちを抑えずに、いい方向に持っていければいいんだけど……私も詩を書いてるし。風雅くんも、何かアウトプットすればいいんじゃないかなぁ?」
あかりは言った。おいおい、俺お前のこといじめて襲おうとしたんだぞ?
「そうだよな。スポーツとか、芸術とか……
風雅は見かけによらずなんでもできるからなぁ。
ピアノ弾けるし、スポーツもできるじゃん。
そういえば作曲の方は破門されたのか?」
「された。とっくに」
「え?風雅くん曲作れるの?私の詩に曲、書いてほしいなぁ」
「……やだよ、それに小学生の時から作ってない」
「俺も聞きたいよ。ダメ元でやってみてよ」
「うんうん」あかりはキラキラした期待の眼差しを俺に向けた。
「……チッ……わかったよ。やってみる」
「じゃあ私、風雅くんになりきって、詩を書いてみるね!」
「風雅」
「なに?」
「お前があかりにしたこと、
許したわけじゃないからな」
「ああ」
数日後、あかりは宙と俺を呼んで、
俺にルーズリーフを渡してこう言った。
「風雅くん、できたよ!宙くんも読んでくれる?」
「おお、いいね」
「3遍書いたの!」
「ふうん」俺は言った。
「実はね、カナエさんに言ったらね、
ちょっと怒ってたけど、曲書いてもらうこと言ったら、文化祭のときに、カナエさんが歌ってくれることになって……」
カナエ。3年生の先輩で、
俺に告白してこなかった数少ない女子。
なんでよりにもよって……
「なんだか、どえらいことになってきたなぁ」
宙は言った。
作曲の作業は、途中までは案外簡単だった。
作曲というのはパターンだと教えられた。
和音を構成している音は3つから9つしかない。そのどれかを当てはめてメロディーにすればいいだけだ。
ここまで熱中できるとは思ってもみなかった。
よし。だいたい完成。
でも、ここのところ、なんだか変なんだよなぁ。ここはもっと熱い感じにしたいし、ここはもっと懐かしい感じにしたい……
「くそっ」
俺は五線紙をビリビリに破いて放り投げた。
俺は次の土曜日、懐かしい邸宅に来ていた。
「坊っちゃま、帰るときに連絡してください。また車で迎えにあがりますから」
「いいよ、自分で帰れる」俺は手伝いの男に言った。
「ごめんください」
インターホンを鳴らした。
「どちらさん?」
「昔教わってた、華谷風雅です。急にすみません」
「まあ。あんたは破門したはずやけど?まあええ。ちょっと待っとき」
そうして出てきたのは、着物を着た70歳くらいの女性だった。
「先生……久しぶりです」
「大きくなったねぇ。まあ、入り〜」
先生は俺を通してくれた。
俺は先生に、また作曲したいことを伝えた。
作曲したいと決めたわけではなかった。
でも、そうまで言わないと教えてくれない雰囲気だったから。
「あんたこんなんはあかんわ。いちから教えたげるから、ついてきー」
俺は先生に作曲を1から習った。
俺に厳しくしてくれる大人は新鮮で、身が清められるような思いだった。
episode 14
「カナエ先輩、これ、合唱の楽譜です」
俺は完成した日本歌曲3曲を、
カナエ先輩に渡した。
俺の黒髪と謙虚な態度に、カナエ先輩は少し驚いたが、すぐに険しい顔になった。
「確かに受け取ったわ。
あなたのことは個人的に嫌いだけど、
あかりのお願いだもの。
ちゃんと歌わせてもらうわ」
「先輩、お願いします」
俺はカナエ先輩の手をとった。
すごくすべすべだ。って……
しまった。いつもの癖が出てしまった。
「何?そんなことしてもドキドキしないわよ!」あかり先輩は言った。
顔が少し赤いような……
「あ……ハイ……」
カナエ先輩はきびすを返してスタスタと言ってしまった。
ふわっとシャンプーの香りがする。
カーディガンからもいい香りがする。
案外女の子なんだな……
あれ?俺……なんだか不思議な気持ちだ。
クリスマスの合唱祭当日になった。
「続きまして、作曲、ピアノ華谷風雅くん。作詞三芳あかりさん、歌は羽鳥カナエさんで、『3つの若き日の歌』です」
アナウンスを聞いて、
俺とカナエ先輩は舞台にあがった。
俺は伴奏を弾き始めた。
1曲目は、熱くて、赤い感じだ。
そこにカナエ先輩の瑞々しい声が乗る。
素晴らしい表現力だ。
『焦がれる日』
望まれて
わたしはあなたを
愛したのです
望まれて
わたしはあなたを
壊したのです
愛しているから
壊れてしまう
私にはそれが怖いのです
……いいぞ。客席が静かに集中しているのがわかる。次は、2曲目だ。
『小さい頃』
わたしは小さな
過ちをおかした
それは幼い頃だった
線香花火が落ちるとき
あっけない恋の記憶に
それでもわたしは
どこかに愛を
探している
……うん。これもいい感じ。
あとは3曲目だな。
『数えて』
わたしは掴みたい
幸せを数え
それでもなお
あなたを求めている
しかしあなたが誰だったか
私は忘れてしまった
この曲は、解釈がわからなくて
あかりに何度も聞いたっけ。
あかりもわからないって言ったときには
本当に驚いた。
もう少しで曲が終わる
カナエ先輩の声……俺好きだな。
大きな拍手が聞こえる。
客席で見てるあかり、宙、
どんなふうに思ったかな。
俺すごく楽しいよ……
「カナエ先輩!
俺の曲を歌ってくれてありがとう。
俺ドキドキして」
本来なら俺は女の木を気を引くために都合の良いことを言うが、いつもとは違った。
本心からの言葉だ。
「わあぁぁぁ!こちらこそありがとう〜!
!!!
なによ!あかりに言われたから歌ったのよ」
「カナエ先輩……あの、カナエ先輩って、
来年T芸大受けるんですよね。歌で」
「そうだけど、何?」
「俺も作曲科受けたいです!」
「はぁ?なによ!ば、ばか。
私も受かったわけじゃないし、
そんな簡単じゃないわよ。
何年も浪人してる人がいるし、
第一、一緒になる確率なんて」
「俺、カナエ先輩と一緒になりたいからじゃないですよ?」俺はニヤリとした。
「ば、ばか!なによ!わかってるわよ」
あれ?なんだか俺、
この人と一緒になる気がする……
俺たちは、宙とあかりのところへと向かった。
なんて言われたかっていうと………
ふふ、秘密。
episode 15
おかしな日だった。
桜が咲いたというのに、今日はとても冷え込んでちらちらと雪が降った。
俺たちは大学生になっていた。
あかりは私立の女子大、俺は県立の大学。
奨学金の返済でバイトに追われる中、
俺はやっとのことで、
あかりと花見の約束をした。
「あかり」
「宙くん」
俺たちは、雪の積もった不思議な桜並木を、静かに歩いて行った。
桜に積もりはじめた雪が、落ちて小さな音を立てる。
「あのときはすごかったね。風雅くんとカナエさん」あかりは言った。
「ほんとだね」
「まさか、2人ともT芸大行っちゃうなんて」
っていうか、それよりカナエさんと風雅くんが学生結婚するなんて思ってなかったよ」
「そう?俺何となく思ってたけど」
「え!まあいいや。それに、風雅くん、テレビ局に自分の曲持ち込んだのって、すごい行動力だよね!」
「ほんとだよな。そもそも破門された先生のところ行くあたりすごいよな」
「うんうん。来年の大河ドラマ、風雅くんが曲作るんだよね!期待の若手らしいよ!」
「まじでやばいよな。やばいところまで上り詰めるやつだと思ってたよ」
俺たちは話しながら歩みを進めていく。
「……あの、ね、風雅くんが私に壁ドンしたの、まだ気にしてる……?」
「気にしてる、っていうか。もう時効だろ。
でも、自分が情けないよ。あんな風に俺はできないし……俺はあかりにドキドキさせられてない気がして」
「……じゃあ、今度宙くんも壁ドンしてくれる?」あかりは屈託のない笑みを浮かべた。
「え……」
俺はドキドキする。
「うそうそ。手つなご」
「うん」
「わたし、ずっとこうしていたい」
「あかり」
「なに?宙くん」
「ずっと一緒にいてくれる?」
「うんっ!」
ふわふわの髪を揺らしながら、
あかりのまつ毛にかかる雪を見ていた。
雪はまつ毛に落ちるとすぐに溶けてゆく。
「俺たち、いろいろあったよね」
「そうだね」
「この時がずっと続けばいいのに」
「そうだね」
不思議な景色の中、俺たちは大事な時を過ごした。