中学生編
Episode 6
side あかり
「あかりはバイキンなんかじゃないよ」
私は宙の言葉を何度も何度も思い返していた。
宙くんが私の部屋に来てくれた。きれいにしていてよかった。
でも……学校に戻ればまたみんなからバイキン姫だと言われる。
私が悪いんだ……みんながいる教室で、詩なんか書くから。
私の見た目が汚いから……
私には生きている価値がないんだ……
「おはよう、お母さん」私は昼過ぎに目を覚まして、リビングに降りてきた。
「おはよう。あかりー!お買い物行ってきて」お母さんはそう言って、私にメモを渡した。
麦茶のパック、みりん、はちみつ、パン
「お母さん。私、外出たくない。今日は土曜日だし、クラスの子に見つかるかもしれないし」
「えー。ちゃんと買ってきたら、明日美味しいトースト食べれるよ。はちみつチーズよ?それにお母さんあかりが言ってくれたらすごく助かるなぁ。ささ、行ってらっしゃい」と言ってお母さんは私に買い物カバンとお金も渡した。
「自転車気をつけてね」
私は渋々、買い物に行くことにした。
私が住んでるところは、まあまあ田舎だと思う。自転車で数分走らないと、スーパーがなかった。
「(えーと、はちみつ、はちみつ……クラスの人、いないよね……うん、大丈夫」私は怯えながら周りを見回して、クラスの人がいないか確認する。
言われた物を買い物かごに入れていく。麦茶のパック、みりん、はちみつ、パン。
レジでお金を払って、スーパーを出た。
もう初夏といってもいいくらいの時期だった。ちょっと暑い。早く帰りたい。
帰りはゆるやかな下り坂だ。こがなくてもスピードが出ていく。坂を下ると、突き当たりの生垣が見える。
私は自転車に乗りながら、考え事の続きをしていた。学校から逃げてしまったけど、私の肌がボロボロなことは変わらない。これから学校に戻ることも考えられないし、中学校、高校と進学していったらどうなんんだろう……
私は生きていける自信がない……
そう思っていると、スピードが思ったより出ていて、とっさに急ブレーキをかける。そのときだった。
バサバサバサ!と言う音がして、私の体は生垣の中に飛んでいった。
一瞬何が起きたかわからなかった。
「痛っ………」
え、血……?痛むこめかみに手を当てたら、手が血だらけになっていた。
私、事故ったんだ……生垣にぶつかった。
「ちょ、ちょっと大丈夫?!」道を歩いていたお姉さんが私に声をかけてくれた。ポニーテールの、凛とした感じのお姉さんだ。
「ひどい怪我じゃん!病院まで連れて行ってあげる」
そのままお姉さんが近くの病院に連れて行ってくれた。
何が何だかわからぬまま私は処置を受けた。
「左のこめかみが深く切れていたので10針縫いました。左半身の打撲もあります。塗り薬を出すので安静にしてください」お医者さんが言った。聞いたらなんだか余計にこめかみと身体のぶつけたとろが痛い。
「わかりました」私はいきなりの出来事と結果に、目が点になっていたと思う。
病院の待合室で、お姉さんは一緒に座って、塗り薬を出してもらうのを待ってくれた。
「大丈夫?家の人に電話する?」
「はい」
「……あの、お母さん?」私はお母さんに電話をかけた。
「あかり、遅いけど大丈夫?何かあったの?」
「自転車で事故ってしまって……顔を10針塗ったの」
「え!大変!迎えに行くわ。どこなの?」
「奥原医院ってとこ」
「わかったわ」
「あの、親切なお姉さんに病院まで来てもらって」
「そうなのね。支払いはお母さんするから、そのまま待ってて」
「助けてくださって、ありがとうございます」私はお姉さんに言った。
「ううん?いいよ。でも前ちゃんと見て?」とお姉さん。
「すみません。あの、お姉さん、連絡先教えてもらってもいいですか?お礼、とか、しなきゃいけないし……」
「いいよいいよ!それより、痛いでしょ!自分の怪我の心配しな!」
「でも、お世話になってるし……」
「まあ、いいわ。連絡先教えるのは大丈夫だけど?私カナエ!中学1年生だよ」
「えっ!もっと大人かと思ってました」
「よく言われる」
「そうなんですね」
「もう!かわいい女の子なんだから顔に傷つけちゃダメだよ!跡になったらどうするの!」
「いいです。私の顔、この通り汚いですし、傷ぐらいついてもどうってことないです」
「そんなことないでしょ!」カナエさんの喋り方は怒ったように聞こえるが、これがカナエさんの普通らしかった。
「あのね!自分のこと大事にするの!女の子は顔に怪我しちゃダメ!わかった?」
「は、はい……」
お母さんがやってきた。
お母さんはカナエにお礼を言って、私を車に乗せた。
「お大事に!メッセージ送るね!」カナエは言った。
episode 7
もうすっかり暑くなってきた7月。
「カナエさん!」今日私はカナエさんと待ち合わせをしていた。
「あかり!元気にしてた?傷治ったじゃん。よかったね!」じゃあ行こっか、とカナエさんが言って、私たちは有名な喫茶店、囲炉裏茶屋へ行った。
「へえ、あかりは小学校5年生なんだ」
「はい……でも今学校行ってないんです」
「え?なんで?」
「ちょっといじめられてて……アトピーのせいでバイキンとか言われたり」
「うん」
「詩を書いてるんですけど、それを冷やかされたりして……」
「そっかー。大変だったんだね」カナエさんは言った。
「私も小さい頃からアトピー持ちでさ。あかりのこと見て、私みたいって、思ったんだ」
「え?カナエさんが?」
「うん。そうだ!私が飲んでるサプリ、すごく効果あったんだ。回し者じゃないよ〜」と言って、カナエさんはサプリの名前をレシートに書いて渡してくれた。
「サプリ飲んで、良くなっていったんだよね。それで自信持って、大好きな歌を勉強したくて、合唱部に入ったんだ!」そう言ってカナエさんは、スマホで合唱の動画を見せてくれた。
「これ、私!」とカナエさん。
「え、すごいです!」
「でしょ?あかりも好きなことは好きだって自信持って、極めていくといいよ。詩が好きなら、書かなきゃ」
「わかりました」
「うん。そうだ、ネットとかにあげてみればいいんじゃないかなぁ」
「なるほど……思いつかなかったです。ありがとうございます」
喫茶店をあとにして、カナエさんと別れた。夕方だけどまだまだ明るい。私はやりたいことがあって、急いで家に帰った。
「作品 投稿サイト……っと」
私は家に帰って、家のパソコンで調べ物していた。詩を投稿できるサイトがないかな……
おすすめ作品投稿サイトトップ10というサイトを見つけて、読んでみた。
『オレンジカフェ』
詩から携帯小説までアップできるサイト。ランキング機能や感想をつけられる機能もある。
ここにしてみよう!
私は自分のアカウントを作って詩を投稿してみた。
『憧れ』
わたしは自分のことばかり
考えていた
自分の嫌なとこばかり
考えていた
けれどあなたに会って変わった
あなたは素敵
わたしはあなたみたいになりたい
だからわたしは自分のことを
気にしなくてもいいかもしれない
「こ……公開っと」
私は自分の書いた詩をアップした。
その日はドキドキして眠れなかった。
「(6ページ書いて、読まれたページが20ページ。これって、多いの?少ないの?)」
私はよくわからないまま、ランキングのページを見た。
私の詩はランクインしていなかった。あんなに自分の気持ちを絞り出して書いたのに……
残念だな。
私は自分の詩がいい詩だと思っていたので、落ち込んでしまった。
「そんなに簡単にうまくいかないよ!」私はその夜、カナエさんと電話していた。
「それに合唱部でも、コンクールで他の中学と競ってるように見えて1番の敵は自分自身なんだ。あかりも自分と戦わなきゃダメだよ」
「そうですよね、頑張ります」カナエさんと話していると、なんだか元気が出る。なんでだろう。
私はもっと詩を書いて書いて、書きまくることにした。
「お母さん、アトピーのサプリでね、試したいのがあるんだけど……」私はパソコンで、教えてもらったサプリのページを開いてお母さんに見せた。
「うん。わかったわ。でもちゃんと飲むのよ?」
「はい、お母さん」
これを飲めば私はきれいになれる。そう信じて毎日サプリを飲んだ。
そのサプリが体質に合っていたみたいで、
私のアトピーは、少しずつ落ち着いてきた。
8月。
起きたら夕方で、すごくびっくりした。
昨日の夜は
書いて、書いて、書いて……
遅くまで詩を書きまくっていた。
気づけば夜の3時。
うわぁ。もうこんな時間。
早く寝ないと……と思い、私は布団に入ったんだった。
ピンポーン
チャイムがなって、お母さんが出る音が聞こえる。そしてしばらくしてお母さんが上がってきた。
「あかり、今起きたの?宙くん来てるけど……」
そうは言ったものの、今出れる状況じゃなかった。
「お母さんごめんなさい。こんな格好だし髪もボサボサだし、出れないかも……宙くんにはよろしく伝えておいて」
お母さんは、ため息をついて言った。
「わかったわ。言っておく」
15分後くらいだっただろうか。
1階の扉から、ガチャっという音が聞こえる。
宙くん、帰ったのかな……
お母さんがまた上がってくる。
「あかりは大丈夫ですか?だって」お母さんは言った。
「何て答えたの」
「いまはゆっくりさせてるって言ったわ。
これ、宙くんの家の電話番号だそうよ。
何かあったら、電話してほしいって」
お母さんは宙くんの電話番号を私にくれた。
その電話番号を私は、いつも机の上の見える場所に置いていた。
毎日、宙くんのことを考えていたけど、宙くんに電話することができなかった。
なんでだろう。宙くんのことが好きだったけどなんだか、気まずかったし、学校に来てほしいと言われたら困ると思っていたから……
episode 8
秋。今日も私はカナエさんと電話していた。
「カナエさん、サプリ効いてきました。肌がこんなに綺麗なのは初めてです」
「そっかぁ〜!よかったね!」
「あかり、今度うちの中学の文化祭があって、合唱やるんだけど、聞きにこない?」
「是非行きたいです!」
文化祭当日、私はT私立中学校のホールに来ていた。とっても綺麗な校舎。大きなホール。私は目をキラキラさせて、客席に座っていた。
合唱部の人たちが舞台に上がった。白くて刺繍のほどこされた、聖歌隊みたいな衣装は、とても素敵だった。
古い作曲家の、レクイエムという曲を歌っていた。
途中、カナエさんのソロがあって、カナエさんの声は天使みたいな声だった。
その夜、私はカナエさんと電話をしていた。
「カナエさん、とっても素敵でした!あの……私カナエさんの中学校、受けてもいいですか?」
「え!……なんだか、変な気持ちだね。
私立で受験難しいけど、頑張って!」
「はい!」
「お母さん、私T私立中学受けたい!」
「まあ、本当?大変じゃない。
何からすればいいかしら、塾に行く?」
お母さんはびっくりして言った。
「お母さん大丈夫。私過去問と参考書買って自分で勉強するから」
「わかったわ」
私は来る日も来る日も勉強に明け暮れた。
学校に行っていなかったけど、かえってよかった。自分の勉強時間がとれたから。
息抜きに詩も書いていた。
もし受験に失敗したら、今の小学校のクラスメイトと同じ中学校になる。それを避けたくて、私は必死で勉強した。
私はもっとカナエさんに近づきたくて、カナエさんみたいなポニーテールにしようと思って髪を伸ばした。
気づけば6年生の1月になっていた。
「あかり、毎日偉かったねえ。明日は試験。今日は早く寝なさい。
そう言ってお母さんは私のお風呂上がりの髪をとかしはじめた。
私の髪はカナエさんの髪と違って緩くウェーブがかかっている。
「あかり、きれいになったわね〜
年頃の女の子はすごいわぁ。中学デビューできるといいわね!」
「ありがとうお母さん。明日頑張るね!」
合格発表の日になった。
「14番、14番……あった。
あったよ!お母さん!」
「よかったわね!あかりのセーラー服姿見るの楽しみだわ。今日はすき焼きにしましょう」
私は少しずつ自分が変わっていることに、気がつき始めていた。
episode 9
T私立中学校に入学して、私の生活はガラッと変わった。
大好きなセーラー服に着替えて、ウェーブのかかった長い髪を、きれにいポニーテールにする。
部屋に降りたら、いつものようにお父さんとお母さんがいる。
「おはよう、あかり。トーストはいつものチーズとはちみつか?」
お父さんは尋ねた。
「ううん。ちょっと……ダイエット」
私は答える。
「パンは食べなさいよ」
と、お母さん。
「うん。食べていくね」
幸せな家族の時間が戻っていた。
不登校の間も、温かく見守ってくれた、両親のおかげだ。
「おはよう!あかり」いつものバスに乗ると、もっと大人になったカナエさんが後ろの座席に座っている。
「おはようございます!」
カナエさんと登校して、下駄箱のところを見ると……手紙があった。
「あかり、それ、ラブレター?!」
カナエさんは面白そうに言った。
「え……なんだろう」
その手紙はあんり喋ったことのない谷口くんというクラスメイトからで、内容は、昼休みに校舎裏に来てほしいという内容だった。
「なんだか、やり方が古いねぇ」
カナエさんは言った。
「どうしよう……」
「行くしかないよ!頑張れ」
昼休み。私は校舎裏に来ていた。
そこに谷口くんがやってきた。
短い黒髪に、黒縁メガネ。谷口くんは、この進学校でもクラス1成績が良くて、頭がいい男の子だった。
「あの、あかりちゃん……」
「谷口、くん?」
「あの、三芳さん、僕と、付き合ってください!」
「………え、谷口くん?……私のどういうところが好きなの?」
「すべすべの肌も、ふわふわの髪も、香りも、全部好きなんです!」
「そっか……ごめんなさい!」
「あ……」
「私、自分の容姿に自信がなくて。だから見た目がいいって言ってくれて、嬉しかった。でも……」
私はそこまで行って、はっとした。
「わたし……他に好きな人がいるから」
そうだ、私には好きな人がいる。なんで忘れていたんだろう。
新しい生活、新しい友達。それでも、私は……宙くんに会いたい。
家が近くなのに、スケッチブックをくれたあの日以来会っていない、宙くんに会いたい……
「そっか、ごめんね」
「こちらこそごめんね」
谷口くんのことは振ってしまったけど、なんだか自分に自信を持っていいのかな、とか思った。
episode 10
「みなさん、これまでの授業では様々な詩を取り上げ、朗読を楽しんできましたね。最後の課題として、皆さんには自分で詩を書いてもらいます。お題は……『入学してからの思い出』です」
国語の先生が授業の最後で言った。
私は部屋の机に向かって、課題の詩を考えていた。
入学からの思い出かぁ。カナエさんとの通学路。優しい友達。楽しい授業。
でも谷口くんのことが衝撃的だったなぁ。
「前回はみなさんが書いてくれた詩をプリントで渡し、好きな詩を推薦して感想を書いてもらいましたね。今日はそれを発表します。第5位の人からいきますよ」
先生は言った。私はドキドキする。
『扇風機』
扇風機
春だけど暑いので
扇風機
あたしの毎日も
扇風機
ペンネーム:ケイ・エイ・オー
「第5位は扇風機の詩を書いたケイ・エイ・オーさんでした。扇風機という言葉が繰り返され、日常のひとコマが描けていましたね。それでは、ケイ・エイ・オーさん、出てきてください」
先生がそう言うと、かずこちゃんが席を立ち、先生のところまで紙を取りに行った。先生はみんなからの感想を渡した紙を、かずこちゃんに渡した。
このような感じで、先生の発表は4位から2位まで続いた。
2位まで発表されたけど、私の詩は読まれなかった。
これまで続けてきた『オレンジカフェ』での投稿でも私は上位にランクインできず、8位止まりだった。だから私は自信がなくて、すでに気落ちしていた。
「それでは1位の発表です」
『嘘』
嘘をつけばよかった
君を喜ばせる小さな嘘
綺麗な人だと言ってくれた
嘘じゃないと思った
葉桜のにおいがした
ペンネーム:桜姫
「青春って感じがしてとても良かったです。葉桜のにおいという描写がすばらしかった。全てが良かった。小さな嘘というのが切なくてきゅんとしました。とのこと。では、桜姫さん、出てきてください」
私はびっくりして、ドキドキして席を立った。
みんなからの温かい拍手が、くすぐったい。誰も桜姫というペンネームをからかったりはしなかった。みんな優しかった。
ホームルームの時間になった。
担任の先生は言った。
「まだ5月なんだけどねぇ、文化祭のことを考えていくよぉ」
担任の先生はふわふわと言った。
「はい!私メイド喫茶やりたい!」
「たこ焼き屋とかどう?」
「演劇やりたい!!」
「お化け屋敷作ろう!」
いくつかの案が出た。多数決で決めていき、先生が黒板に正の字を書いていく。
「ということで、演劇することになったねぇ」
と、先生。
「先生、演劇部の顧問だから手伝うよん。演目は何にする?」
「ロミオとジュリエット!」
「走れメロス!」
「白雪姫!」
「オリジナルがいいです!」
多数決でオリジナルの劇をすることになった。
「はい!脚本はあかりちゃんがいいと思います」かずこちゃんが言った。
「え!私?!」
私はそう言ったがわくわくが止まらなかった。
「うんー。他に脚本やりたい人は?」
誰も手を上げなかった。
「三芳さんでいい人は拍手〜」
すると大きな拍手が聞こえた。
6月。私はみんなの前でプレゼンテーションをしていた。
みんなの前でこうやって話せるようになるなんて、昔の私ならできなかったと思う。
「みなさん、脚本が書けたので台本を渡します」
私は台本を配った。
「桜姫?」誰かが言った。
「タイトルは『桜姫』です。童話なんですけど……」
あらすじはこういうものだった。
桜の国のお姫さまは、絶世の美少女。
色んな男の子から声をかけられていたけれど、何か物足りなくて、冒険の旅に出る準備をしてきた。
桜の国のお姫さまは、桜の森に迷い込んだ氷の王子様を見つけて、恋に落ちる。
氷の国は、太陽の国の支配下にあって、
氷の王子様は太陽の王子様の召使いをしていた。
氷の王子様のお母さんである氷の女王様は
牢屋に入れられていた。
氷の王子様は、氷の国を助ける方法を
探して旅をしている。
予言の赤い鳥さんと出会って
鳥さんの道案内で一緒に旅をする。
色々な試練を乗り越えて
たどり着いたところは、
太陽の国だった。
強くなった氷の王子様は、
太陽の王子様に決闘を挑む。
相打ちになる氷の王子様と
太陽の王子様。
すると桜姫の涙が氷の王子様の傷にぽたんと落ちる。
すると氷の王子様は生き返って
氷の女王様も助けて、氷の国は救われる。
「いいねぇ。配役はどうしますか〜」
先生は言った。
「はい!お、俺、脚本も書いてもらったけど、主役の桜姫はあかりちゃんがいいと思う」
「僕も!そう思います」
男子2人が言った。
「あかりちゃんかわいいもんね。絶世の美少女、桜姫って、あかりちゃんしかいないもん」
そう言ったのは、私からしてみれば自分よりずっと可愛いと思う女子だった。
「え……私ですか?」
私は恥ずかしくなって言った。
「三芳さん、どうするぅ?」
先生は言った。
でも……でも……
カナエさんならきっと、挑戦してごらんって、私に言うよね……
「やってみます……」
すると大きな拍手が起こった。
「あたし、氷の王子様やりたいでーす!」
かずこちゃんが言った。
「いいと思う!かずこちゃん、髪短いし、背高いし」
こうやって配役が決まっていった。
6月の終わりに、クラスで演劇の練習が始まった。
「なんで綺麗な桜姫。僕の手を取ってください」桜の子1の役の男子が言った。
「ありがとう。私が美しいことは分かっています。あなたのような方はたくさんいます」
私はガチガチになって言った。セリフが棒読みだ。第1、こんな自信満々のセリフ、自信満々に言えるわけがなかった。
「ストーップ!ちょっと、きゅうけーい!」
監督の先生が、そう言って、助監督の谷口くんにアドバイスをした。
「三芳さん」谷口くんは言った。
「は、はい!」
谷口くんと話すのは、あの告白ぶりだった。でも、普通だ、良かった。
「桜姫は自分の綺麗な容姿を自分でも分かってるんだ。だからもっと自信あるように言わないと」
「うん。わかった。頑張るね!」
「うん。頑張って」
そのまま夏休みに入り、家でセリフを覚えてくることになった。
episode 11
「あかり、明日から夏休みだね!」
帰りのバスで、カナエさんは嬉しそうに言った。
「そうですね。何にも予定なくて。カナエさんは、合唱部の練習ですか?」
「そう!コンクールの夏だからね!
あかりは、デートとか行かないの?ほら、好きな子に連絡とらないの?宙くんだっけ」
「もうずっと連絡してないし……私のこと忘れてるかも」
「もう!人生は1度きりしかないんだよ!冒険しなきゃ」
「そ、そうですよね。連絡とってみます」
「家も近いんだし、ね!」
私はその夜、中学にあがったときに買ってもらったスマホを使って、
勇気を出して宙くんに電話をかけた。
小学生の頃貰った電話番号は、大事にとっていた。
プルルルル……
「はい、影山です」
宙くんのお母さんの優しい声が聞こえる。
「あ、あの、お久しぶりです。三芳あかりです」私は緊張していた。
「まあ、あかりちゃん!ちょっと待ってね」
数秒経ち……
「はい。……あかり?」
低い男の人の声がした。え?宙くん?
「宙くん……?」
「そうだよ」
「宙くん、声低くなったね」
「うん。あかり、久しぶり。どうしたの?」
「あ、あの、急にごめんね」
「ううん?」
「あの」
「あの」
声が重なってしまった。
「あ、宙くん、先にどうぞ」
「いや、あかり先に言って?」
「いやいや、宙くんどうぞ」
「……あかり、T私立中に通ってるんだよね」
「うん。宙くんはK中だよね。公立の」
「うん。あかり、夏休みはいつから?」
「明日からだよ!」
「俺も。あの、あかり……夏休みどっか遊びに行かない?」それを聞いて私はドキドキして幸せな気持ちになった。
「行く!」
「どこに行きたい?」
「す」
「す?……す……水族館?」
「うん、水族館!」
「わかった。今週の日曜の1時に、K駅の西口でいい?」
「うん」
「うん。じゃ、西口の鐘の広場で、1時にね」
電話を切り、私は夢見心地でお母さんに報告した。
デートまでの日はあっという間だった。
デート前日の土曜日はお母さんと買い物に行って、ふわふわのワンピースと小さなポシェットを買ってもらった。
「あかり」
その夜お母さんが2階の私の部屋にやってきた。
「なに?お母さん」
「このダイヤのネックレス、貸してあげる」
そう言ってお母さんは、私にネックレスをつけた。
「うん。いいわね。
私が若い頃、おばあちゃんに買ってもらったものよ」
ハート型のモチーフの中に、小さなダイヤがついている。
「これ、かわいい……!ありがとうお母さん」
「うん。ほら、早く寝なさい」
「わかった」
私は幸せな気持ちで、ぐっすりと眠りに落ちた。
私は20分早く鐘の広場についた。
「……あかり?」
「はい。え!そ、宙くん?」
「あかり?わからなかった。すごく……綺麗になったね」
「宙くんこそ、すごく背が伸びたね」
「うん。行こっか」
私たちは水族館行きのバスに乗る。
「宙くん、くらげ、かわいいね!すっごく綺麗」
「うん」
「宙くん、いわしの大群ってすごいねぇ!」
「うん」
「宙くん、イルカかわいかったね!調教師さんのいうこと聞いて、えらいね!」
「……うん」
宙くんはなぜか「うん」しか言わなかった。
集中できてなさそう……
私たちはひと通り水族館の中を見て、イルカショーも見て、水族館の前の公園でジュースを飲みながらのんびりしていた。
「宙くん、水族館楽しかったね」
「うん」
「ふふふ」
「あかり、ずっと言えなかったんだけど」
「え?宙くんどうしたの?」
「あかりのことが、ずっと好きだった。
付き合ってほしい」
私は嬉しくて笑顔になった。
「はい!お願いします」
私たちは家まで一緒に帰った。
「今日は楽しかった。ありがとう」
宙くんは私の家の前で言った。
「うん!あ、そうだ、あのね……文化祭でお芝居やるんだけど、見に来てくれない、かな?」
「行く」
「……ありがとう!また電話するね!」
「わかった」
今日はとってもいい日だった。
人生って、こんなに楽しいんだ……
「私が美しいことはわかっています。あなたのような方はたくさんいます」
夏休み明け、クラスでまたお芝居の練習をしていた。
私は役に入り込めるようになってきた。
「よくなったね三芳さん。自信を持って演技できるようになってきたねぇ」
先生は言った。
すると、別の部屋で作業をしていた、衣装係の子達が、衣装を持って入ってきた。
「みんな、この衣装をつけてみて」
私は言われるがまま、衣装のドレスをつけた。
「これ……」私は言った。
「やっぱり可愛いね!ティアラもあるよ!」
「あかりちゃんかわいー」
「ほんとだ。かわいい♡」
クラスの女子たちが言った。
「あ……ありがとう」
私は可愛いという言葉に、素直にありがとうが言えるようになっていた。
文化祭は明後日だ。
「太陽の王子、国をかけて勝負だ!」
「ふふ。奴隷のお前に何ができる」
舞台の上で、氷の王子役のかずこちゃんと、太陽の王子役の男子が剣で戦う。
照明が変わり、2人は相打ちになる。
「氷の王子!」
わたしはそう言って、王子役のかずこちゃんに駆け寄った。
「姫……わたしは君に会えて……幸せ……だった……」
「王子!」わたしは薔薇姫になりきっていた。涙が流れる。それは、本当の涙だった。
すると、照明がまた変わり、音楽が変わり、
ダンスの子達が薄い大きな細い布を持って綺麗に踊る。
私は布に隠れて、かずこちゃんの着替えを手伝う。
踊りの子たちがはけていく。
「薔薇の姫君!」
「王子様」
私とかずこちゃんは抱擁する演技をした。
劇が終わり、ホールのロビーで私は、宙くんとお話をしている。
「あかり」
「宙くん、今日はありがとう!」
「あかり、すごかった……可愛かった」
「えへへ……」
「脚本も主役もあかりだったんだ」
「うん……あの、推薦されて」
「中学にあがって、楽しそうにしてるみたいで良かった」
「うん!ありがとう!」
「うん。あの……これ」
宙くんがそう言って渡してくれたのは、紙袋に入った、小さな花束だった。
「ありがとう!!」
「うん」
「あ、私、片付けとかあるから、これで」
「うん」
私は手を振って、宙くんを見送った。
episode 12
side ???
ここはT公立中学校でござる。
地元の普通の中学校で、殆どのT公立小学校の子はこの中学に上がるのでござる。
「美ゐ子殿、今日も宙ぽんと風雅たまはゆっくり登校してくるのでござるな」
「英子殿、そうでごじゃる。あの2人はいつも一緒に登校してくるでごじゃる。カップリングが捗るでごじゃるなぁ」
あっし英子と、親友の美ゐ子はボーイズラブが好きなオタク女子でござる。
あっしたちは、男子を観察してBL漫画を描いて毎日ニタニタするのが日課である。
学校1のモテモテの2人、白王子の宙ぽんと黒王子の風雅たまは最高のカップリングで、あっしたちは追っかけをしているのでござる。
「あ、宙ぽん来たでごじゃる。あれ?宙ぽん殴られたみたいな顔……それに風雅たまいないでごじゃる」
「これは事件でござるな、美ゐ子」
「これは何があったでごじゃる。ドキドキが止まらないでごじゃる」
「聞こえてるんだけど」
宙ぽんは言った。
「あ、宙ぽん。風雅たまとはどうしたでござりますか?もしや喧嘩?」
「……そんなんじゃない」
「じゃあ何があったでじゃりまするか?」
「…………ちょっと彼女のことで揉めた」
「萌えるでござる!萌えるでござるなぁ!」
「1人の女を取り合って殴り合いでごじゃるか?」
「いや、俺、風雅のこと信じてるから」
「萌え〜!これはネタ帳に書かなければ!」
「新連載のネタでごじゃる!」
「……俺たちのこと漫画に書いてるの?
風雅に見られたらいじめられるよ」
「いじめられるのもおつでございますなぁ!」
「萌える展開でごじゃる!」
「バカ。いじめねえよ」
後ろから声をかけたのは、風雅たまだった!
「あ、風雅」
「宙、俺変わりたい」
「風雅……」
「キュン死するでござる!目の前で男子ののいちゃこらがみれたでござるぅー!」
「やめてくれ」
風雅たまは困って言った。
「風雅殿!ダメだろ、エイコって小さい低い声で言ってほしいでござるぅ」
「………」
side 風雅
クリスマスも近いこの時期に、俺は宙と殴り合いの喧嘩をした。
このことは学校中の噂になるだろう。
俺は急に気が向いて、ピアノのレッスンに行っていた。
その帰りだった。
「宙。何してるの」
宙が女と歩いていた。
女ができたなんて、俺聞いてないし。
女は恐怖におののく表情をした。
はぁ?俺そんなに怖い?
「風雅は何してるの?」
「いっちょまえに女連れて気になるだろ。先言えよ。
……ピアノの帰りだ。一応続けてんの。俺偉いだろ?
ってよく見たらバイキン姫じゃねえか。
子綺麗になったけどバイキンに変わりねえな。こんなバイキンと歩いてたら菌がうつるだろ。なにやってんだよ宙」
俺は宙が俺に何も言ってくれなかったことになんだか寂しくなって、バイキン姫をいびった。
「風雅……俺、これかは間違ってることは間違ってると言うよ」
宙が俺に刃向かった。
いつも言うことはなんでも聞くのに。
なんだよ。
俺バイキン姫に負けてんじゃん。
「は?俺の言うこと聞けよ。そんな女と歩いてたらお前のお前腐るだろ」
「風雅、中学上がって落ち着いたと思ったけど、お前、やっぱりサイテーだな」
風雅は宙を殴る。
「俺のことずっとサイテーだと思ってたのか?」
「……」
「なんだよその顔、やり返すならやり返せよ」
「や……やめて2人とも」
バイキン姫は言った。
駅前がざわつき始めた。
「やり返さねえよ。お前おかしいよ」
「……うるさい」
俺は宙をまた殴った。
俺は気がついていた。昔からいじめっ子で、俺はすぐに人に暴力を振るったりいじめたりする。
中学にあがったころ、そのことに気がついて自分を懸命に抑えようとしてきた。
けどあの女は俺の癪に触る。
「……風雅、目を覚ませよ」
「……うるさい……いいからそのバイキンと離れろ」俺ははバイキン姫の手を掴んだ。
宙がその手を払いのけようとする。
その拍子に俺の手が切れた。
「……いってー」
切れた手から血が吹き出した。
「風雅」
「なんだよ」
「血が」
「お前が殴ったんだろ」
「風雅ごめん、俺」
「お前の方がボコボコじゃねえかよ」
「うん」
「2人とももうやめて?ほら、かがんで?」
そう言ってバイキン姫は持っていた絆創膏で俺たちの手当てをした。
「通報があったので来ました。喧嘩ですか?」
警察官がやってきて言った。
「あ……」と俺。
「あー……」と宙。
俺たち3人は署に連行された。
「あらら〜大丈夫?」
「もう!宙なにしてるの!」
「坊っちゃま、大丈夫ですか?」
あかりのお母さん、宙のお母さん、そして俺のお手伝いさんが署にやってきた。
俺と宙は、警察官にこっぴどく叱られた。
帰りの電車で、俺は言った。
「なあ、宙……バイキン姫」
「なに?風雅」
「イルミネーション行くつもりだったんだろ。なんとなくわかるよ。台無しにして、ごめん」
「いいよ」
「大丈夫」
俺たちは一緒に帰った。
小学校の頃が懐かしかった。