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きみは桜姫。  作者: 冬咲しをり
1/4

小学生編

Episode 1



今年から5年生になった。クラス替えがあって、ちょっと気になることといえば、席が1番前で授業中緊張しちゃいそうなことだった。


あ、でも、やっぱりこの席いやだ。片思いしてるそらくんが見えない場所だもん。


私の席は窓側の1番前、宙くんは廊下側の真ん中あたりだから。


でも私は誰と一緒のクラスでも平気。今まで上手く馴染めて来たから。

影を薄くするっていうのかなぁ?あんまり目立たないようにしていれば、クラスでも浮かないし……


中庭の桜の木が綺麗だったから、新しい詩を書いて、お気に入りのピンクのスケッチブックに書き込んだ。おこづかいを貯めて買ったんだよね。


私、詩を書くのが好きで、いつも詩を書いていた。悲しいことがあった時も、嬉しいことがあった時も、私、書いてたよ。意味なんて特になくて、思いついたことを書けばなんだか素敵に書ける事が多いけど……


素敵だなんて自分で言っちゃうけど、他の人に見せたことはないんだよね……


いつも適当な紙に書いてたけど、ちゃんとスケッチブックで形にしたのは、初めてだなぁ。


「かゆい……」私はなんとなく痒くて、自分の顔をかいた。アトピーがひどくて、身体じゅう、ボロボロだった。

私のアトピーは頭の皮まであって、髪の毛もポロポロと抜けて、はげているところができてしまった。女子としてはきつい。


でもいいもん。自分の世界があるから……


私の詩の世界は美しさそのものだった。桜のお姫さまに冬の女王さま、古い本の香りや優しい音楽……私が憧れているものとか、作る世界が全部綺麗だったから、自分の容姿のことはどうでもよかった。


それに私の世界には、そらくんがいた。

宙くんのことは幼なじみだから知ってる。とても優しくて私の世界を褒めてくれた。幼稚園の時の話だけどね。


今は宙くんと全然話せてないんだぁ。小学校に入ってから、ほとんど話す機会がなくなっちゃったよ……はーあ。宙くんと話すチャンスがあればいいのになぁ。


宙くんは静かだけど、スポーツの上手い男子だ。でもいつも風雅ふうがくんと一緒にいて、風雅くんの言うことはなんでも聞いている。でも、宙くんは、嫌そうにしていない。2人にしかわからない関係って、あるのかなぁ、って思ったり。


私がぼーっとしていると、


「くすくす……」

「………ねー…………ん…………」

「………………くすくす」

という小さな声が聞こえてきた。


後ろの女子2人が……笑ってる?

何に笑っているんだろう?


そう思っていると、その女子2人がこちらへやって来た。


こっち?どういうこと?


え、私?私はキョトンとした。


「ねぇ、あかりちゃん?何書いてるの?

ちょっと見せてよ」と、女の子のうちの、気の強そうな方の子が、気の強そうな声でそう言った。


その子はそのまま私のスケッチブックを取り上げてしまった。


「待って!」私はびっくりしたのと焦りで、思わず大きな声でそう言った。


しかし私の待ったの甲斐はなかった。


「ねぇねぇ見て?!風雅ふうが!」とその女子は風雅くんにスケッチブックを渡してしまった。


「え?なにこれ?」風雅くんはスケッチブックを受け取り、中身を見た。


「何これ?ポエム?きゃ!あかりちゃんキモーい」クラスで1番モテる男男子、風雅くんに冷やかされ、私は恥ずかしくて泣きそうになった。


「か……返して……」涙をこらえながら言った。


「やだよ!ほら!そらも見ろよ!乙女ポエム」


それだけはやめて!という心の声は届かず、スケッチブックは宙くんの手に渡る。


宙くんは黙っていた。


「宙!読めよ!」風雅くんは言った。




「………….桜がきれいだから


桜のお姫さまになれたらいいのに


………君が窓から遠いから


桜の香りを届けに行きたいのに…………



これでいい?風雅?」宙くんは小さな声で尋ねた。



「おー!その見た目でお姫さまかよ!バイキン姫の間違いじゃねえの?」風雅くんは冷やかした。


「ふ……いえてる。バイキン姫」とさっきの女子が笑っている。


「宙?宙もそう思うよな?ほら言ってみろ。《バイキン姫》って」風雅くんは言った。


「……………バイキン………姫」



その宙くんの一言を聞いたが最後、私は身体のあちこちがきゅうっと痛くなって、トイレに駆け込んだ。


トイレの個室で、私はぐしょぐしょになって泣いた。お腹が痛い。頭も痛い。吐きそう………涙止まらない……


(どうしよう……スケッチブック、取られたままだ……)



そしてスケッチブックは、取り返せなかった。







気づいたら私は、クラスのみんなから避けられるようになっていた。


社会の授業で、班で調べ物をして発表しないといけない時も、無視されて何もできなかった。


声をかけられたかと思えば、

「バイキン姫、菌撒き散らすな」とか、そんなに仲良くない子にも言われる。


私の心はぼろぼろだった。



あ……私バイキンなんだ………



私は自分の心に、蓋をすることにした。







episode2




いい夢を見ていた。私の書いた詩が、曲になって、ピアノで演奏される。雪の女王さまの詩だ。ピアニストは大人になった宙くんだった。とても幸せな夢。


でも目覚めは最悪だった。お母さんの声が聞こえる。


「あかり?朝よ?学校行きなさい」お母さんは言った。私は布団にくるまりながら、

「行きたくない……」と言った。

「何言ってるの、学校で何かあったの?」

お母さんにそう尋ねられたけど、私はみんなからバイキン姫と呼ばれていることも、無視されていることも、話せなかった。惨めで話しているうちにどうにかなってしまいそうだったから。


「頭が痛い……」


「熱でもあるの?」お母さんは体温計を持ってきて私の熱を測った。


熱はなかった。学校に行かなきゃ……


「お母さん、私学校行く」

「えらいわ。ロキソニンあげるから降りてきなさい」お母さんは言った。お母さんはごく普通のお母さんだ。


パンの焼けるいい香りと、大人が飲むコーヒーの香りがする。なんて平和で、安心感があるんだろう。温かい家で、温かい両親がいて。その中で1人平穏でない私は、余計に孤独を感じてしまう。


「あかり、おはよう」お父さんが優しく私に挨拶をした。

お父さんは四角いメガネをかけた、物腰の柔らかいお父さんで、会社員をしている。


「おはよう、お父さん」


この穏やかな家族の毎日を壊すことなんてできない。いじめのことを、家族に打ち明けることができない……


「行ってきます」


「行ってらっしゃい。まっすぐ帰るのよ」お母さんは言った。





朝のホームルームまでの時間、風雅くんは宙くんと冷ややかに笑いながら私のスケッチブックを見ていた。



「宙、もうポエム飽きちゃったよ。

破っちゃえよ」


「…………」


「宙?宙は俺の子分だろ?ご主人様の言うことを聞かないのか?」


「……風雅、俺は風雅のことが大事だよ」


そういって、宙くんは、わたしのスケッチブックをめくりながら、1ページずつ破いていく。






あぁ……さよなら……



私の作品たち……



みんなが笑ってる。



私は涙をこらえていた。




「いい子分だ。じゃ、それ片付けとけよ」と風雅くんは言った。






1限目は国語。私は置いている国語の教科書とノートを取り出そうとした。


あれ……ない……


国語の教科書とノートがなかった。

………誰かが、隠したんだ。


「くすくす」

「くすくす」


どこからか笑い声や、ひそひそ話が聞こえる。

私はもう、自分を責めることしかできなかった。


私バイキン姫だもんね……

ごめんね、お父さんお母さん……

せっかく育ててくれたのに、私こんなことになっちゃった……


今朝の幸せな時間が、頭をよぎる。


「あかり、パンに何塗る?いつもみたいにはちみつとチーズか?」お父さんは尋ねた。


「ふふふ。クリームチーズもはちみつも買ってあるわよ。あかりのこだわりね」と、お母さん。


笑いの絶えない家族だった。


私は一層悲しくなって泣きそうになった。



中間休みも、私はいじめられる。

いじめられていない時なんてなかった。


「あー、バイキンが一緒の空間にいるなんて気分悪くなるわ!そうだろ?宙?」風雅くんは言った。


「そうだね、風雅」宙くんも同意する。


「除菌しねえとな。宙、これバイキン姫にふってこいよ」風雅くんが、除菌スプレーを宙くんに渡した。


「風雅、やりすぎ」宙くんは言った。


「宙、俺のこと嫌いなのか?大事じゃないのか?」


「………」宙くんがやってきて、私の頭に除菌スプレーを振りかけた。


小さな笑い声がいくつも聞こえる。

ああ、惨めだ……

私はバイキンだから、こんなことされても仕方ないんだ………



4限目は体育だった。体操服も隠されていた。


私は先生のところに行って、こう言った。


「先生、体操服を忘れてしまいました」

「ダメじゃないか。保健室に行って、借りるように」


そして私は保健室に行って、体操服を借りた。



体育の時間だ。

今日はバレーボールだった。


「では、各自好きにチームを作って」と先生は言った。


そんなの、無理に決まっていた。私がハブられていると、


「ん?チームに入らないのか?それじゃ、点数係をしなさい」と先生は言った。


その時間はずっと点数係をしていた。


ボールが私のお腹に飛んでくる。


「ごっめーん!わざとじゃないの!」ある子ががそういうと、女子たちがけらけらと笑う。


もう私は、死んでしまいたかった。






「あかり、命を大切にしなさい」小さい頃からお母さんに言われてきた。だから私は、自分の命を大切にしようと思った。だけど………もう、できそうにない。



体育のあと、私はみんなから後片付けを押し付けられて、道具を片付けていた。


ボールを体育倉庫に片付けようと、体育倉庫に入った時……


ガチャッ


音がして、体育倉庫の鍵が閉まってしまった。

外から鍵をかけられたみたいだった。


「待って!開けてください!開けてください!」私は大慌てでそう叫んだが、その声は無視された。





何時間経っただろうか、誰も助けに来ない。トイレに行きたかった。


「開けてください……」声は誰にも届かなかった。


私は限界だった。

おしっこが脚を伝って落ちていく。

11歳にもなっておもらししてしまうなんて……


涙が止まらなかった。泣かないようにがんばってきたけど、もう限界。


私はこの悪夢から逃げ出そうと思った。



「三芳さん!大丈夫か?!」担任の先生が体育倉庫を見つけてくれた。そして私を保健室に連れて行った。




1日に2度も保健室に行くなんて、不思議な気持ちだ。私は体をきれいに拭いて、着替えを借りた。手入れされた服で着心地がいい。


泣き腫らした私を見て、保健室の先生は言った。


「大変だったねぇ。もう大丈夫だよ」その優しい声を聞いて私は、全てを話してしまった。


詩を書いていたスケッチブックや、教科書、ノートをとられたこと。除菌スプレーをかけられたこと。バイキン姫と呼ばれていること。ボールをぶつけられたこと……


「つらかったねぇ」保健室の先生は、優しく私の頭を撫でてくれた。


もうこれで終わりだ……担任の先生にも話がいくし、きっとお母さんにも連絡がいく。お父さんも知ることになる……


私にはなにより、申し訳ないと言う気持ちが大きかった。





Episode3




side 宙


俺が住んでいるアパートは古くてボロボロだ。エレベーターは一応あるけど、こんなボタン他のエレベーターで見たことがない。壁は剥がれ落ちて気持ち悪い模様みたいになっている。このアパートは今にも壊れそうだ。

俺はエレベーターで5階に上がり、自分の住んでいる部屋に入った。


小さな部屋に、小さなキッチンがあるだけの部屋。ここが俺と母さんが住んでいる家だった。

いつもながら独特のにおいがする。


「また工事か……」

隣の部屋が水道管の工事をしていて、においがこっちの部屋まで伝わってくる。



脇に布団が畳んであり、真ん中にちゃぶ台があって、母さんが座って縫い物をしている。


「ただいま、母さん。体調はどう?」俺は母さんに尋ねた。


「宙、おかえり。今日はとっても調子がいいわ。宙の靴下、また穴開けたみたいだから塗ってるの。これが終わったら夏のシャツも塗ってしまおうかしら」母さんは言った。



「母さん、無理しないで」俺は本心から母さんを心配する。


「大丈夫よ、宙。ミシンはどこだったかしら……宙、あそこにあるわ。とってくれる?」そして母さんは空咳をした。


俺はタンスの上のミシンをとって、ちゃぶ台に置く。


うちは母子家庭だった。

父親は俺が幼い頃に亡くなった。

それに母さんは体が弱くて、喘息持ちだった。母さんは働けない。うちは貧乏だった。


「そういえばあかりちゃんは元気?」


「今日休んでた」


「そう?大丈夫かしら。懐かしいわね〜幼稚園の頃仲良くしていたから。……あら?その封筒は何?」


「あかりに渡すプリント……家近いから」俺はバツが悪かった。


「今から持っていくんでしょう?宙は優しい子ね。気をつけて行ってくるんだよ」


「うん……あ、そのあと風雅と公園でサッカーする」


「わかったわ。5時までには帰ってくるのよ」


俺は家をを出て、またエレベーターに乗って降りて行った。



(どうしようかな……)







俺は幼稚園の頃、ずっとあかりと一緒にいた。

家族ぐるみの付き合いで、遠足や運動会では、あかりのお父さんとお母さんによくしてもらっていた。


それなのに、今俺はあかりをいじめている。

しかし自分がしてきたことへの気持ちよりも、親がつながってこのことを知られて、母さんに失望されるのがもっと怖かった。


風雅。



俺は風雅の言いなりだ。


これまでもそうだったし、これからもそうだと思う。 


小学1年生の春、俺は風雅と出会った。


「宙って言うの?しけた顔してんなぁ!俺、風雅。よろしくな!」


明るくて、強くて、なんでも知っている風雅。

風雅は毎日、放課後俺を家に呼んだ。

風雅の家は広くて、たくさんのゲームソフトがあった。

女子にもモテる風雅が俺の憧れだった。


風雅は人をいじめるのが好きだ。

そんな風雅のことが、かっこいいと低学年までは思っていたけど、今は……


いや、今だってそうだ。

俺は風雅に逆らえない。

風雅の言うことは絶対だ。


風雅のことは俺にとって大事だ。




「それ、バイキン姫のプリント?」今日の帰り、風雅は俺に尋ねた。


「そうだよ、風雅」俺は答えた。


「それ、捨ててしまえよ。これは俺からの命令だ」風雅は言った。


「……わかった、風雅」


俺は支配されることに安心を求めてしまう人間だった。風雅に支配され、忠実に言うことを聞く。それは俺にとって快感だった。


しかし人として正しくあらなければという気持ちと葛藤していた。



俺はあかりの家の前まで行き、インターホンを押そうとした。


考えがぐるぐる回っている。


これを渡したら、俺は正しい人間になれる。

けれど……風雅を裏切るのか?




捨てちまえよ



俺の心が言った。


え?


捨てちまえよ



どっちが怖いんだよ


風雅に捨てられるのか


母さんにちょっとどやされるのか



俺は……



俺はそのまま、近くの公園へ行った。



そこでサッカーをしている男子たちがいる。

風雅だ。


「おーい!宙!」


「風雅!」


俺はベンチに封筒を置いて、サッカーに参加した。





5時前になった。

風雅はベンチに置いてあった封筒を見て、


「おいお前、まだこんなもの持ってるのかよ」

と言った。



そのまま公園のゴミ箱にプリントの入った封筒を捨ててしまった。



俺はそれをただただ見ていた。



本当はあかりを助けたい。でも俺がしていることは、その真逆で、いじめに加担しているだけだ。



俺は……馬鹿野郎だ…………



俺は……大馬鹿野郎だ………




あかりをバイキン姫だなんて思ったことはない。泣かせるつもりもない。だが、だが……


俺には風雅がいなければならなかった。



俺はぐるぐると考えて自分を責めた。



「じゃあな、宙」


「風雅、またな」俺たちは手を振ってさよならをした。


また明日、俺はあかりをいじめさせられる。





あかり、休んでくれねぇかな……








俺はまたボロボロのアパートに帰ってきた。


「宙、渡せたの?」母さんは俺に尋ねた。


「……うん」おれは悲しみをこらえて、言った。


「そう、じゃあ銭湯に行きましょう」母さんは言った。俺の着替えやタオル、シャンプーにボディーソープ、全部揃っていた。


母さん。ごめん。


俺、こんなふうになってしまった。





Episode4




side あかり


「ただいま……」私は家の扉を開けた。


「おかえり。今日は大変だったわね」お母さんが優しく迎えてくれる。


「え……」


「担任の先生から電話あったわよ。服も借りたのね。着替えなさい。洗って返さないといけないから」


「うん」





お母さんは、おやつとお茶を出してくれた。


「ほら、あかりの大好きな手作りプリンよ」


「うわぁ、ありがとう!」私はお気に入りの木のスプーンでプリンを掬った。


すると、涙が出てきて、止まらない……


お母さんはびっくりして言った。


「あかり、大丈夫?!大変だったね」



私は意を決して、お母さんに言った。


「お母さん、あのね……私、いじめられてるの」


「どういうこと?」お母さんは言った。



「あのね、バイキン姫、って呼ばれたり、……スケッチブック破られたり……除菌スプレーかけられたり……ボール当てられたり……」


お母さんは私の話を聞いて、私を抱きしめた。



「言ってくれてありがとう。わかった。お母さん、なんとかするからね……」


「お母さん……」私はお母さんの胸で泣いた。



次の日、私は泣き腫らした目で

窓の外を見ていた。


桜が散っている。


桜の妖精、桜姫は短命だなぁ……


そこで先生が入ってくる。


「みんな、顔を伏せてくれ。今からいうことに答えてほしい。


ある生徒のことを悪いあだ名で呼んだり、

持ち物を壊したり、

ボールをぶつけたりしてる人を見たことがある人、実際にやってる人は手を上げなさい。


体育倉庫に閉じ込めた人はもう見つかりました」


それって、私のこと……


お母さんが連絡したんだ。


私はサーっと血の気が引いた。


「わかった。顔を上げて」


先生はそこまで言って、1限目の授業を始めた。


授業が終わって、同級生の話が聞こえてくる。


「なぁ、お前手挙げた?」

「あげてねぇよ」誰かが言っている。


「なぁ宙、この辺空気悪くね?臭いなぁ……バイキンが舞ってるっていうか……」

風雅くんは言った。


「風雅……」宙くんは言った。


「あのヘボ教師が怖いのか?俺の言うことに刃向かうのか?」


「そうだね、風雅……」




昼休み、先生が私を呼んだ。


「三芳さん、体調はどうだ?」先生は言った。


「大丈夫、です」私は答えた。


「プリント、葉山さんに頼んだけど、受け取ったか?」


え?宙くんが?


「はい、でも……」私は宙くんを庇った。


あんなに酷いことをされているのにどうして?私は……


「私はプリントをなくしてしまいました」


私は……宙くんが、まだ好きだ。


好きで好きでたまらない……


「そうか、じゃあ後で職員室まで取りに来てくれ」先生は言った。




episode 5




side 宙


今日も代わり映えしない、ボロボロの家に帰ってきた。


俺は今日も、風雅に言われて、

あかりのことをいじめた。


「母さん、ただいま……」


母さんは珍しく化粧をしている。

嫌な予感がした。


「宙、ちょっと聞きたいことがあるわ」母さんは言った。



来た……ついに俺の悪事が、母さんにも伝わってしまった……



「担任の先生から電話があったわ。全部聞いたわ。あなた、あかりちゃんをいじめているの?」


「………」


「そうなのね?」


俺は何を言おうか考えた。


たしかにそうだけど、それは風雅に言われて……考えているうちに母さんは言った。


「歯を食いしばりなさい」




パシッ



と言う音がして、頬がヒリヒリと痛み出した。



え?


俺、母さんに叩かれた……?



ああ、悲しい……

こんなに悲しいんだ、母さんを裏切るのって……




「あかりちゃんのお家まで、謝りにいくわよ」母さんは言った。



母さんは、あかりの家のインターホンを鳴らした。


「ごめんください」


「あら……宙くんのお母さん?……来てくださってありがとう」


そして俺と母さんは客間に通された。

あかりとあかりのお母さんと、客間に腰掛けて、話をしている。


「うちの子が大変ご迷惑をおかけしました」母さんは言った。


「宙くん、あかりのこといじめてるって、本当?」あかりのお母さんは聞いた。


「はい……ごめんなさい」俺は言った。


「本当に申し訳ありません。なんとお詫びをすれば良いのか……」母さんは言った。


「いえ……なんと言えば良いのか……宙くん、どうしてあかりをいじめたの?」


「それ……は………風雅に言われて……」俺は答えた。


「風雅くんね」あかりのお母さんは続けた。


「あかりを1番いじめてる男の子よね」あかりのお母さんがそう言うと、あかりはうなづいた。


「担任の先生から聞いているのですが、風雅くんの親御さんは、放任主義らしく、子供のすることだからと介入されないんです」あかりのお母さんは言った。


風雅のお父さんは会ったことがない。お母さんはとても綺麗で、爪も髪もお化粧もキラキラしている。お手伝いさんもいる。風雅は、オンゾーシというやつらしかった。


「そうですか……」母さんは言った。


「あかり、ちょっと今から大人の話するから、あかりの部屋かリビングで2人で話してなさい」あかりのお母さんは言った。


あかりはこくん、とうなづいた。





可愛い部屋だ。

マーメイド風の雑貨が沢山ある。

貝殻のフォトフレームは、手作りかな?

そこには、家族の幸せな写真が飾ってあった。


「可愛い、部屋だな」俺はそう言って、違うだろ俺、と思った。


「ありがとう」あかりは言った。


「ちゃんと話すの久しぶりだな」


「そうだね……」あかりは屈託のない笑みを浮かべた。


おいおい、おれお前をいじめたんだぞ。何笑ってるんだよ……


「いじめて悪かった。ごめんな……」俺は言った。


あかりはまたニコッと笑った。


「あの、これ……」

俺はカバンの中から紙袋を出した。


「なに?」あかりはそう言って紙袋を受け取る。


「開けてみて」俺は言った。


「うん」そう言って紙袋をあけた。どんどんあかりの顔が明るくなり、花が咲いたようになる。


「これ……」あかりは嬉しそうに言った。


「そうだよ。破ってごめんな」


中身はピンクのスケッチブックだった。


同じものを見つけて買ったので、ずっと持っていた。


渡せるわけなんてないと思っていた。


「渡せてよかった……あかり?あの」


「なに?」


「あかりの詩は、素敵だよ」


「え?」


「あかりの詩は素敵だよ。


書くのやめないで?」俺は言った。


「わかった」

その女の子の顔は、桜姫そのものだった。




帰りに母さんから聞かされた。


「あかりちゃん、転校するって」

母さんは言った。


「え……」

俺は驚きを隠せない。


「自分のしたことを、悔い改めなさい」母さんはこれまでにみたことのない厳しさで言った。


「ごめんなさい」



夕焼けのもと、後悔とともに、心がぐるぐると動いて、変わろうとしていた。


桜は散り、もうすぐ新緑の5月が来る。


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