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暁光より来る継承者  作者: 伊上友哉
9/11

マナの形

「本当にごめん…」

 ジェシカに背負われて神殿に戻り、昼食を挟んで今はアートの部屋にいた。昨日と同じく、自分のマナを感じる訓練の為だ。

「気にしなくていいさ。だがまあ、無理はしない事だね」

気にする様子も無くアートは言い切る。

「さて、今日も黙想を始めようか。ほら、転換転換!」

「――うん」

 一度深呼吸をして、目を閉じる。思考は流れるままに、自分の体の内側へ意識を向ける。外界に向けられた感覚は徐々に離れて行き、やがて体の音だけが耳に届くようになった。


 息を吸って肺が膨らみ、息を吐いて肺が萎む。その感覚と音を横に、更に体の奥へ沈んで行く。


 命は重い。今までの僕は、どうやら言葉尻だけ捉えて、その本質に目を向けていなかったらしい。


 血が流れ、心臓が脈を打つ。その感覚と音を横に、更に体の奥へ沈んで行く。


 ずっと病室にいたから、なんて言うのは言い訳に過ぎないだろう。結局、僕は自分の命にしか目を向けず、自分の為に犠牲になった命を軽視していた。


 胃袋の活動する様子を感じる。その感覚を横に、更に体の奥へ沈んで行く。


 だけどこうして気付けたのだから、今度こそ直視して、命、生と死について考えるべきだ。しかも人がいつ死んでも可笑しくは無い世の中だと言う。なら、ならばこそ。僕なりの答えを見付けなくてはいけない。


 深く、深く、思考の川の底へ沈む。もう完全に外界との接続は遮断された。この時の僕は完全に自分の内側のみを意識し、それ以外は無意識の領域に置いていた。そんな集中された意識の中、いつしか僕は底に到達しようとしていたらしい。完全な闇。そこに何かが見え始めて――


ぐるるるぅぅぅ!


お腹の音が鳴り響いた。

「なんで今鳴るのさ!」

その音で集中を切らしてしまい、あと少しの所で何かを掴み損ねた。気付けば辺りは暗くなっていて、いつの間にかアートが魔法の光を灯している。

「おかえり。その様子を見るに、君のマナの形を掴み損ねたのかな?」

少し笑いを堪えるような声色で尋ねる。

「その通り。せっかくいい感じだったのに。僕の馬鹿!」

なんて僕が大声で悪態を吐いたせいか、アートは吹き出してしまった。

「あはははは!ざ、残念だったね、ひひひ…」

「わ、笑わなくてもいいじゃないか!本当に悔しいんだから!」

「うん、うん、心中は察するよ。でもまあ、ひひ、腹の虫に邪魔されてるのが何だか、お、可笑しくってねっ、ははは!」

「酷いなあもう…」

凄く恥ずかしい。ただでさえ盛大にお腹が鳴った上に、こんな笑われるなんて。顔から火が出そうだ…。

「はあ…。ま、掴みかけたのなら、きっと次は掴めるさ。今日みたいに腹の虫が邪魔しなければね?ぷふっ」

「辞めてよ!」

なんてからかわれながら、少しずつ冷静になって来た僕は、脳裏でさっきの感覚を反芻する。意識の底、闇の中に見えた物。あれは――。




 ジェシカが作った夕飯を食べた後、自室に戻って明日に備えて早めに眠ろうとする。しかしあの感覚が体の中に残り、なかなか寝付けずにいた。

 何度か寝返りを打ったのち、ふと思い立ってベッドから出る。今夜は月が明るいから灯りが無くてもある程度夜目が効くようだ。窓際に火口箱とランタンを持って行き、ジェシカに教えて貰った通りに火を付ける。灯りを確保して、僕は部屋を出た。

 昨日通った道を辿り、礼拝堂の端にある地下への扉を開ける。礼拝堂よりもひんやりとした空気が流れ込み、少し身を引き締められた。そうして、先代の墓所、リヴィルフィングの下へ歩を進める。

 階段を下り切った辺りから、何か聞こえ始めた。どうやら人の声らしい。少し警戒しつつ、更に進む。少しして、それが女性の声の歌である事に気付く。少し低めの、艶のある、しかし何処か悲し気な歌声。その歌声に聞き入りながら更に進む。やがて、歌詞が聞き取れるようになった。


 涙 風に揺れ落ちる

 濃藍の空隔て 遠く 遠く

 月 見守りし今宵の夢に

 どうか どうか 君よ


 愛し君の声遥か

 私の声 響かず

 ただ手に出来ぬ望み 掻き抱き

 風に涙を流すだけ


 いつまで泣こう 枯れ果てぬ

 いつまで歌おう 夜は明けぬ

 いつまで眠ろう 夢無き夢を


 涙 風に揺れ落ちる

 濃藍の空隔て 遠く 遠く

 星よ どうか届け給う 君の下へ

 命果てる その前に


 歌が終わり、静寂が支配する。僕は扉の前で歌の余韻に浸っていた。扉をそっと開ける。その中には、ジェシカが立っていた。天井の窓から入る月光が、部屋の中央、先代とその周囲を明るく、神秘的に照らしている。ランタンに照らされたジェシカの背中も、同様に神秘的だった。

「どうしたの、こんな時間に」

不意に彼女が話し掛けて来る。完全にこの光景に見惚れていた僕は、咄嗟に言葉が出てこなかった。

「え、あ、えっと」

ふわりと、ジェシカが振り返る。銀灰色の目を細めて微笑むその顔は、いつ見ても小さな花を思わせた。

「眠れないの?」

彼女が首を傾げる。何だろう、何か凄くドキドキする。

「うん、ちょっとね」

「もしかして、釣りをしてた時に話した事、気にしてる?」

それはどっちの事だろう。近隣国の情勢か、彼女の過去か。…いや、どちらにしても返答は変わらない。

「まあ、少しね。でも眠れないのはそれが理由じゃないよ」

「じゃあどうしたの?」

「アートと僕のマナを感じる為に黙想してたんだけど、あと少しって所で集中が切れちゃってさ。それでやきもきしちゃって、眠れなかったんだ」

「成程。それでここに来たのね」

「別に何か考えてた訳じゃなくて、ふと思い立っただけだけど」

ジェシカはクスっと笑った。

「じゃあ、ここで黙想してみる?」

「いいの?」

「勿論。かく言う私も落ち着く為に来たんだし」

「…やっぱり、過去について話すのは辛かったのかな。だとしたら、その、ごめん」

「え、ああ。午前の話ね。ふふふ、別にいいよ。確かに辛いけど、もう過ぎた事だから。むしろ、私の方こそ吐き出させてくれてありがとう」

そう言って、彼女は横にずれて、僕に並ぶように促し、床に座った。僕も促されるままに横に座り、黙想を始める。

「…」

「…」

しかし何だか集中できない僕は、ちらりとジェシカの横顔を覗き見る。彼女も黙想をしているのか、背筋を伸ばし、少し俯き、目を閉じていた。

(睫毛長いなあ…)

とてもどうでもいい感想が頭に湧き上がり、僕はいつの間にか彼女の横顔を凝視していた。唐突に目を開いた彼女の視線とかち合う。僕は慌てて前を向いたが、まあ、当然バレていた。

「…。黙想するんじゃなかったの?」

彼女のじとっとした視線を感じる。

「うん、うん、まあその通りなんだけど、何か集中できなくてさ」

「それで私の顔を凝視してたの?」

「いや、うん、まあ、結果的に…?」

顔から火が出そうな程に熱いのに、頬を伝う溢れる汗はやたら冷たい。

「へえ~…」

「――」

息が詰まる。僕の視線が彼女のいる方向とは逆の方向へ流れる。

「………」

彼女も黙って僕の顔を凝視する。頼むから何か行って欲しい。

「………」

も、もうダメ…。

「………やらしい」

ついに彼女が放った言葉は、僕の胸を穿った。

「ううう、ごめん…」

項垂れながら謝ると、彼女の笑い声が聞こえて来た。

「ふふふ、お返し」

何て言ってにっこりと笑う。

「意地の悪い事をしてごめんね。さ、黙想しないのならもう眠った方がいいわ」

「ううん。僕が失礼な事をしたのが悪いんだし。それにもう少しで掴めそうなのも事実なんだ」

「じゃあ、次は真面目にやってね」

「はい。努力します」

信用ならない言葉を使ってしまったが、本心だ。

 さて、心を入れ替えて真面目に黙想しよう。一度、深く息を吸い込み、少し止めてから吐き出す。集中だ、集中。


 意識を思考の川に沈める。

 体の音に耳を傾け、思考を流れるままにする。

 やがて深みに到達し、周囲の音は途絶する。

 底に至るまで沈ませる。そこにはもはや思考すらも存在しない。

 やがて、何かが見え始めた。

 それは。

 

(アートからは、マナの形は光である場合が多いって聞いてたけど、これは…)

 そこにあったのは、無数の腕だ。それが絡み合い、絶えず形を変えていた。どこかで見たような気もするが、どうにも思い出せない。

 僕がそれに近付くと、瞬間、無数の腕は水面に向けて伸び始めた。僕もその勢いに飲まれ、思考の水面に押し上げられる。


「だあは!」

 あまりの勢いに思わず声を上げてしまった。あれが僕のマナの形なのか。もっと綺麗な物とは言わないけど、流石に気持ち悪くないか、あれは。

「大丈夫?悪夢でも見た?」

ジェシカが話し掛けて来た。まあ、急に大声を上げられたらびっくりするよね。

「いや、大丈夫。て言うか、僕が真面目にやってないと思ったって事、それ」

「冗談よ」

「…まあいい、や?」

そこで違和感に気付く。何と言うか、視界に移っている物に何かが纏わり付いているような感じがするのだ。いや、目には見えないんだけど、そんな気配がすると言うか。

 きょろきょろと周囲を見渡して、それが気のせいではない事を確信する。

「その様子だと、自分のマナを自覚できたのね?」

「うん、多分。この、物の周りに纏わり付いてるような気配がマナ?」

「その通り。魔法使いとしての第一歩を踏み出せたわね。おめでとう」

「ありがとう。これって視界に映っている物しか分からないの?」

「基本的にはそうね。もっと正しく言えば、視界に映っている事、存在を認識している物、ある程度近くに存在している物のマナを感知できる、って感じね。視界の外や、映っていても気付いていない物のマナは感知できないわ」

「成程。じゃあ、あんまり索敵とかには使えないんだ」

「そう言う事ね。索敵や不意打ちの警戒をしたいならそれ用の訓練を積まないと」

まあ、そんな都合よくはないか。

「さて、もう大分遅い時間だし、そろそろ寝ましょう」

ジェシカはすっと立ち上がり、僕もそれに倣って立ち上がった。

 礼拝堂を出て、お休み、と挨拶をしてそれぞれの部屋に戻った。僕はと言えば、ガラッと変わった世界の感じ方に慣れず、結局殆ど眠る事は出来なかった。

 再び約1ヶ月振りの投稿です。ご無沙汰しております。伊上友哉です。今回も読んで頂き誠に有難うございます。

 最近生活環境が大きく変化しまして、中々慣れず疲れていた為小説を書く余裕がありませんでした。…はい、すみません言い訳です。

 そう言う訳で、恐らくこれからもこんな投稿ペースになると思いますが、どうぞよろしくお願い致します。

 それではまた。

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