呼ばれた理由と世界の話
「さて、昨日のお話の続きをしましょうか」
アートのお皿洗いが終わった後、昨日ジェシカと話をした談話室に移った。ジェシカが薬草茶――ムンカと言う、聞いた事の無い薬草だ――を全員分淹れ、一口啜ってから切り出した。
「昨日の話って言うと、僕が呼ばれた理由?」
「そう。その前提となる千年前のお話からね」
「お前達、まだそこだったのか。ならば!俺が話そうではないか!」
アートがポーズをキメつつ立候補する。この人、昨日の法術の話をしていた時と全然テンションが違くないか?いや、最初はこんな感じだったか。
「兄さんがそのテンションで話すと無駄に長くなるから止めてちょうだい」
ジェシカがドライに一蹴する。
「…」
彼は無言で固まった。どうやらショックだったらしい。そんな彼を無視してジェシカは話を始めた。
神々に誓いを立てた青年、初代の継承者は最初、単独で魔族たちと戦いました。孤立無援の戦いを続ける彼に、人々は言いました。
「たかが一人の基幹種に何ができる。今は戦えていても、いずれ負ける。そうなれば、奴らの怒りの矛先は我々に向くではないか」
人々は彼に協力しようとはしませんでした。しかし、ある時一人の長命種の男性が彼に声を掛けました。
「例え一人でも魔族共に立ち向かうその勇気、見事。君が望むのならば、私も討伐の道に力を貸そう」
彼は男性の提案を受け入れ、以降は二人で旅をしました。
魔族の被害を受けたと聞けばそこへ赴いて戦い、やがて彼の周囲には人が集まっていました。
彼らは魔皇と対峙しました。しかし魔皇は無限とも思える命を持ち、殺す事は叶いませんでした。次善の策として、彼らはその地に魔皇を封印し、誰もそこに足を踏み入れられないように結界で閉じ込めたのでした。
「その初代継承者が生まれ育った国が、私たちが暮らす、マディーナ王国です」
ジェシカは千年前の話を終え、一息つく。
「だがその封印は約二百年毎に破られるんだ。その度に、継承剣リヴィルフィングを継承した者が魔皇を討伐に向かう。まあ、今まで誰も奴を殺し得た者はいないのだが、ね」
いつの間にか立ち直っていたアートが説明を継いだ。
「そしてこの度で五度目の目覚めを迎えようとしている。事実、王国内外、周辺諸国にて魔族の活動が活発化、個体数の増加が見られるようになった」
「だから、私たちは“門”を使い、貴方を呼んだのです」
…昨日、部屋で一人になった時に抱いた嫌な予想が、当たってしまった。
「…なんで、僕なの?僕が選ばれたの?」
「毎回、継承者は先導神ルーゼ様の啓示を受けて選ばれるんです。しかし、今回降りた啓示は『先代継承者の眠る地にて、“門”を開け』と言う物だったんです」
「そこで、魔法の大家である、我らが実家のプリムローズ家から俺たちが指名されたのさ。“門”は未完成の危険な魔法だし、半ば勘当されている俺たちは使い捨てるには丁度いいからね」
「…そして、僕が呼ばれた、と」
つまり、彼らの願いは。
「僕に、継承者になれ、って事だね」
「――ああ、話が早くて助かるよ」
アートは抑揚を殺した声で、その言葉を言った。その顔は、無表情だった。
「勿論、貴方には拒絶する権利があります。その後の生活を保障する準備も。これは本来私たちの問題であり、遠くに暮らしていた貴方には関りの無い話ですから」
ジェシカもまた、無表情で言葉を紡ぐ。しかし、彼女の目には、罪悪感の色が見えた。それを見てしまった僕は、昨日決心した拒絶の意思が揺らいでしまった。彼女の、彼の、取り繕った無感情が、余計に僕の心を揺るがし、彼らの顔を直視できず、俯いた。
「…少し、考えさせて、欲しい」
結局そんな日和った事しか、僕には言えなかった。
「ああ、構わないよ。ただ、出来るだけ早く決心してくれると嬉しい。いつ魔皇が目覚めるか分からないからね」
ちらっと、ジェシカの様子を伺う。彼女も僕と同様に、俯き、膝の上の両手を固く、固く握り締めていた。
「…さて、固い話はここまでだ!ジェシカ、確かキッチンにドライフルーツがあったろう?兄さん、急に食べたくなっちゃったなぁ!」
彼はジェシカの背を軽く叩きつつ、わざとらしく大きな声を出した。
「え、ええ。今取って来るから、待ってて」
当のジェシカは慌てて立ち上がり、早足でキッチンに向かって行った。
「…まあ、重く考えなくていいよ。そもそも国の命運を、たった一人の、しかもまだ経験の浅い、若人に任せようって言うのが狂っているのだから」
アートは諭すように、僕に語り掛ける。
「でも…」
「なに、戦わない事を選んだのなら、俺とジェシカで君を遠く、この国の手が及ばない所に連れて行くさ。安心してくれ」
「…そう言えば、僕は元の場所に帰れるの?」
「あ~、まあ絶対帰れない、と言う訳ではないが。如何せん“門”の魔法は今の所呼ぶ事しか出来ない上、危険性が未知だからね。何年後になるかはとんと検討が付かないが、“門”が完成するか、何年も掛けて歩けば或いは」
…歩くのは絶対に無理だ。つまり、少なくとも現状は元の世界に帰れない、と言う訳だ。
「――そっか。分かったよ」
「本当に申し訳ないね」
「ううん、昨日も話したけど、僕はきっともう死んでるから。気にしないで」
「…ああ」
それだけ言って、僕たちはお茶に口を付けた。お茶はぬるく、香りも薄くなっていた。
ジェシカが持って来てくれたドライフルーツを茶菓子に、淹れ直したお茶を啜りつつ他愛のない会話を挟んでアートが提案した。
「せっかくだから、リヴィルフィングを見てみるかい?」
継承剣リヴィルフィング。その名の通り、それを継いだ者が継承者となる魔剣。確かに、かなり気になった。
「いいの?」
「いいも何も、君が継ぐ事を決意したら手にする事になるのだし。剣の能力とかも知りたいだろう?」
「ん?何か特殊な力でもあるの?」
「ああ。魔皇と戦う為に必要な力がある」
何だろう。アーサー王伝説のエクスカリバーみたいに、鞘から抜くと光を放つのかな。いや、それだけじゃ魔皇と戦えないか。ケルト神話のゲイ・ボルグみたいに、投げたり刺したりすると分裂するとか、かな。
「どうする?」
「見に行く」
「よし、じゃあ行こうか。付いておいで」
アートはよいせ、と呟きながら立ち上がり、僕とジェシカもそれに続く。
「ジェシカも来るの?」
「ええ。私、あそこ好きなの。心と体を引き締めて貰える気がして」
「へえ、そうなんだ。ちょっと楽しみだな」
「きっと、貴方も気に入るわ」
彼女はとても軽い足取りで僕の隣を歩く。今にもスキップをしそうだ。釣られて、僕の足も軽くなるのだった。
神殿の、元の世界で言う礼拝堂?のような所の隅に地下へ向かう階段があった。当然だけど灯りは灯っておらず、真っ暗だ。
「《灯る》《光》」
アートが昨日聞いた魔導言語を唱えて、階段を下りて行く。僕とジェシカもそれに続く。階段を下り切ると、真っ直ぐな廊下があり、その最奥に荘厳な造りの扉が待っていた。
「ここだよ」
アートは静かに呟き、ゆっくりと開いた。そこには。
ドーム状の広い部屋。
天井から木漏れ日のような光が差し込み、全体を柔らかく照らしている。
奥には五人の石像。
中央の男性は優しげな表情を浮かべ、右手に槍を、左手に輪を持っている。
その右隣の女性は柔らかな微笑みを称え、右手に何かの穂を持ち、左手は中央の男性の腕に絡めている。
更にその隣の人物は、目深に被ったフードと全身を覆う衣で性別が分からないが、両手で鐘のついた杖を持ち、腰にランタンを提げている。
逆側、中央の男性の左隣の男性は厳かな表情を浮かべ、両手に様々な道具を持り、背に大剣を背負っている。
その隣の女性は凛々しい表情で、身に纏う衣は風や水のように滑らかだ。その手には弓を持ち、腰には矢筒が提げている。
そして彼らが囲う部屋の中心。
実用本位で無骨な造りをした剣が、台座に突き立ち。
それを、慈悲深くも、勇ましくも感じる笑みを浮かべる美しい女性が、目を閉ざし、剣を抱え、両膝を付いていた。
一瞬石像と思ったが、周囲の石像とは違い、有機的な質感を持っていた。
彼女の全身を認識した時、はっきりと、声が蘇る。
僕の体をあげる。
頑張れ。
古びてくすんでしまっているが、元は僕と同じ髪の色だったのだろう。
きっと、その瞼の下の瞳は薄紫色だ。
ああ、貴女なんですね。あの闇の中、僕に体をくれたのは。
僕を励まし、光へ導いてくれたのは。
胸の内側が、熱く、熱くなって行く。
心臓が、これまでに無い程高鳴っている。
「まずここの説明を…、え、だ、大丈夫?」
「え?」
ジェシカの声で我に返る。
「何が?」
「ユイト、貴方、泣いてるわ」
「え」
僕の目からは、滂沱の涙が流れていた。
「え、あ、何でだろう。と、止まらないや」
涙に気付いたら、余計に溢れて来た。我慢できず、しゃくり上げまで起きる。止まる気配は少しも無く、涙は流れ続けていた。
十分程泣き続けて、やっと落ち着いてきた。まだ若干しゃくり上げてて呼吸が不規則だが、話は聞けそうだ。
「ごめ、っん。話のっうっ。続ぅっきを、うっ聞かせてひっく!」
「…うん。えっと、あの真ん中の剣が件の継承剣リヴィルフィング。その刃は決して欠けず、折れず、錆びる事が無いと言われているわ。実際、一度も研がれていないのに切れ味は相当に鋭く、傷も錆も見当たらないわ。そしてこの魔剣の真の力は、今までの継承者たちの戦術や思考、意志を蓄え、現在の継承者にそれを還元する力よ」
光を放つとか分裂するとか、僕が想像していた物とは全然違かった。少しがっかりもするが、充分過ぎる程ファンタジーな能力だ。
「だが、その力には代償がある」
「っひっく、それは?」
「自我の消滅」
…つまり、どう言う事だろう。いや、全く想像が付かない訳では無いけれど。唖然としている僕の顔を見て、アートは続けて説明する。
「この力は継承者が望んだ時に還元させる事が出来る。他者の戦術、思考、意志。それは即ち、他者の心や経験を自分に取り込むと言う事だ。やがて自分と、自分の内に存在する他者との境界線が曖昧になり、いつか自我は消滅する」
僕の想像と大まかに一致している。本当に嫌な事に。
「実際、三代目の継承者は魔皇と戦った後、自我を失ってしまったらしい」
恐ろしい事をさらっと言うな…。
「――ねえ、この剣を絶対に使わなきゃなんないの?正直、能力とリスクが釣り合ってないと思うんだけど」
「それはそうかもね。でも、継承者はルーゼ様の啓示で選ぶから、碌に剣を握った事の無い人を選ぶ事も考えられるの。だから戦術や思考を還元できるこの剣が、魔皇討伐に選ばれた人に与えられるのよ」
「確かに、僕みたいなのが選ばれて、何の経験も無く武器だけ与えられて戦え、なんて言っても魔皇に勝てる可能性なんてほぼ無いもんね」
「まあ、そう言う事さ」
「けれど、こんな力に頼ってたらいつ自我を失うか分かった物じゃないし、それに、他者から与えられた力って言うのはね、大抵良い結果を導かない物なのよ」
ジェシカは険しい表情で、リヴィルフィングを見詰める。
「どう言う事?」
「本来自分の物ではない力を与えられると、人はそれを振りかざして鼻高々になるわ。勿論それで戦えるのだから、余計図に乗り始める。やがて与えられた力を振り回すだけで、何の技術も、信念も無いいい加減な戦い方に変わって行く。後は、油断している所に毒を盛られるなり力の及ばない所から弓矢なり魔法なりで射殺してお終い」
「…成程」
「だから、正直私はこの剣が好きじゃないわ」
きっぱりと彼女は言い切った。なんだか、空気がピリピリしていて居心地が悪い。僕はこの空気から脱却する為、アートに質問を投げかけた。
「アート、あの周りの五体の石像は誰?」
「ああ、その説明もした方が良かったね。ついでに、神話の天地開闢から神々の戦争までの大まかな流れも教えておこう」
彼は静かに、言葉を紡ぎ始めた。
世界は最初、何もない闇が広がっていた。ある時、そこに一筋の光が生まれる。光は闇を縦横無尽に走り回り、やがて闇を二つに切り裂いた。
闇が払われ、やがて世界に空と海が生まれた。光は太陽となって世界を照らし、切り裂かれた闇は光の当たらぬ、世界の裏側に潜んでいた。
そうして幾年の時が過ぎた頃、太陽は思った。
「退屈だ」
太陽は一度海に飛び込み、空と海とを激しく掻き回した。激しく、激しく。数多の泡が海面に生まれ、泡は海の深くにも潜って行く。いつしか泡が硬く、丈夫に固まり。陸となった。それを見て、太陽は思った。
「そうだ。ここに、私以外の命を生み出そう。そして私がそれを育もう」
太陽が陸に一度ぶつかると、砕けた細かな破片から様々な命が生まれた。それを見て、太陽は満足げに頷き、再び空へと戻って行った。
命たちは少しずつその数を増やしたが、太陽に願いを捧げる。
「闇の中、私たちを見守る存在を下さい」
太陽は命たちが闇の中にいる間、命たちは恐怖に怯えている事を知ると、自らの体を切り分け、一番大きい物を月に、残りの細かな光を星にして闇の空へ散りばめた。闇の領域は夜へ、光の領域は昼へと呼び名を変えた。こうして、今に続く世界の基本的な形が出来た。
また幾許かの月日が過ぎ、命たちはその形を変え、人、木々、ドラゴン、多岐に渡る命が陸、海、空に住んでいた。
しかし、夜は少しずつ昼を蝕んでいた。闇は自らの体の一部を影に姿を変え、太陽がかつてそうしたように、昼の世界に散りばめたのだ。
それに気付いた太陽は闇を完全に祓う為、星々の光を幾らか束ね、何柱かの神を生み出した。これが後に調和神ゼシリオを始めとする、善神の陣営となる。
対し、闇もそれに対抗し、影から戦乱神ガズルを始めとする、後に悪神の陣営となる神々を生み出し、両陣営は戦争を始めた。
この後、善神陣営は人族に加護を与え共に戦い、悪神陣営は何処からか魔族を呼び出してこれを自分たちの尖兵とした。
「結局善神たちも悪神たちも大いに傷を負い、何処かへ姿を隠してしまうんだ。ある人は天上に、ある人は地下に隠れたと考えている。はたまたその両方に、と言う人もいるけれどね」
語り終え、アートはふぅ、と息を吐き、中央に立つ男性の像を指した。
「で、この中央の神が調和神ゼシリオ。人々の調和、平穏を守護し、また安寧を脅かす存在に判決と裁きを下す神だ。その裁きは大抵の場合、雷として描かれているね」
そう言えば、ギリシャ神話のゼウスも雷の象徴として槍を持っていたっけ。左手の輪は、人々の和を表しているのだろう。
「その右隣の女性はゼシリオの妻であり、豊穣神であるノスファリア。豊かな実り、人々が暮らす大地を守護し、人々の生活を司る神だ」
だから穂を手に持っているのか。ゼシリオに絡めた腕は、夫婦円満とか、家族の良好な関係を表しているのかもしれない。
「更にその隣。あの神様は先導神ルーゼ。ゼシリオとノスファリアの息子とも娘ともされる神様だね。人々を良い方向へ導き、闇を分けて道を示す役割を担っている。歴代の継承者の選定もルーゼが行っていた。闇を分ける事から、月の神としても信仰されている」
あの鐘の付いた杖は、よく絵本等で羊飼いが持っていた事を思い出す。腰のランタンも言わずもがな、人々も導くのに使うのだろう。
「反対側、ゼシリオの隣。技巧神アグナシスだ。彼は様々な技術、及びその発展、上達を支え、また武器を手に真っ先に敵陣に切り込む勇気を讃える神だ」
まとまりのない様々な道具は、あらゆる技術を表しているのか。背中の大剣は言わずもがな戦う意思の象徴だろう。
「最後。あの女性の神は自然神レプセティア。緑と水を司り、様々な命を守り、また自然の均衡を支える神だ。一説では、ノスファリアの姉と言われているね」
風のようにも、水のようにも感じあの衣はそのまま風と水を表していて、弓矢は自然の均衡を保つ事から、狩りに繋がっているのだろう。
「他にも色々な神々がいるけど、主に信仰されているのはこの五柱だね」
神話や神々の役割にも元の世界との共通点がある事に少し驚きを感じるが、世界の法則の根幹が似ているなら別に不思議では無いな、と思い至る。実際、ケルト神話、北欧神話、日本神話その他諸々の神話でも、共通点なんて漁ればいくらでも出るし。そんな事より。
「そしてこの部屋の中心でリヴィルフィングを抱えているのが、先代の継承者である、サラ・ミオソティス。歴代で唯一の女性の継承者だ」
サラ・ミオソティス。その名前を聞いた時、全身に痺れが走った。
「僕の、恩人」
ぽつりと呟く。自分の胸に刻むように、忘れないように。
「彼女は素晴らしい人だったそうよ。リヴィルフィングの力に頼らずとも卓越した剣の腕を持ち、魔法に精通していて、アグナシス様の奇跡を扱えたとか。人柄も良かったと聞いてるわ。陽気で常に明るく、困っている人には進んで手を差し伸べた。欠点と言えば、何でも一人で背負い込もうとする事くらいだったとか」
語るジェシカの目は、彼女…先代を真っ直ぐに見詰めている。ジェシカは多分、彼女に憧れを抱いているのかもしれない。
「さて、ここの説明はこのくらいだね。上に戻ろう」
アートは踵を返し、部屋を後にした。彼女もそれに倣い部屋を出るが、僕だけは扉が閉まり切るまで、先代の姿を見ていた。
お久しぶりです。少し書き溜めていたので二話連続で投稿しました。
出来る限りオリジナルで神話を考えたのですが、それっぽいかどうか、かなり心配な所があり、正直ドキドキしています。それでも楽しんで頂けたのであれば、幸いであります。
まだまだ話は起承転結の承の序盤に過ぎませんが、どうか気長にお待ち頂けるとありがたいです。
それでは、またいずれ。伊上友哉でした。