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暁光より来る継承者  作者: 伊上友哉
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序文

 何も見えない空間を漂っている。


 体は霧か煙にでもなってしまったかのようで、輪郭が朧気で動かせない。


 そもそも僕に体があるのかも、最早分からない。


 何故ここにいるのか。


 記憶をたどる。


 かつての記憶を。



 僕は生前、心臓に重い病を抱えていた。医師が言うには、心臓の弁膜が上手く動かない病気だったらしい。細菌やウイルス性の物ではなく、遺伝性の病気だ。それでも小学四年生までは周りの子供たちと同じように生活できていた。しかし、ある日友達数人と遊んでいたら、突然胸が苦しくなって、そのまま気を失った。目を覚ますとそこは地元の大きな病院で、ベッドの隣で母が泣いていた。その顔を今でも鮮明に思い出す事ができる。僕が目を覚ました事に気付いた母は、泣きながら僕の手をぎゅうっと握り締めて、ごめんなさい、ごめんなさい、と繰り返し呟いていた。僕は何が起きているか分からず、ただ茫然と母の姿を眺めていた。数分そのままでいると、暗い顔をした父が病室に入って来た。僕の顔を見ると、一瞬歩みを止め、すぐ後ろめたそうな笑みを浮かべ、ベッドの隣の空いている椅子に座って母の背を撫で始めた。父もしばらく母の背中を撫で続けていたが、やがて重い口を開いた。

「いいかい、結人(ゆいと)。落ち着いて聞いて欲しい」

「うん」

父はいつも、重要な話をする時は、決まって深呼吸をから話をする。今回のそれは、いつもよりも長く、その後の溜めも長かった。きっと、覚悟の入る話なんだろうと、母や父の態度から予想ができた。

「――結人、お前は長生きできない」

すっぱりと、父の声は重く、鋭く響いた。

「お前の心臓は壊れ掛かってるんだ。心臓には弁膜って言う物があって、それが心臓の中の血の流れを整えてるんだ。でもお前のそれは、ちゃんと動いてない」

「――うん」

「もちろん手術をする事はできる。でも、それで助かる可能性は低い。成功したとしても、またいつか壊れてしまうかもしれない」

「うん」

「――祖父ちゃん、お前のひいお祖父ちゃんと同じだ。俺の父さんも俺もその症状が無かったから、きっとお前も大丈夫だと思ってた。信じてたんだ。ああ、クソっ…」

そこまで口にして父もまた口を閉ざし、嗚咽を漏らし始めてしまった。どうやら僕は早死にするらしい。その突き付けられた事実だけが僕の頭の中をぐるぐると巡って、しかし平穏に生きて来た十歳そこらの子供には死ぬ、なんてことは良く分からなくて、ただ両親の泣いている姿を眺める事しかできなかった。


 それから僕は病院で生活をせざるを得なくなった。少し走っただけでも心臓は破裂しそうな程に脈を打ち、気絶してしまいそうになる。調子の悪い日はまともに食べ物に口を付ける事すらできない。僕が食べ切れなくて回収されて行く病院食を見る度、あれはこの後捨てられるんだろうか、と思い、申し訳無さに苦しくなった事を覚えている。

 入院生活が始まってから数か月後に、僕はもっと大きな病院へ移動する事になった。どうやらあまりいい状態では無かったらしい。両親も僕と一緒に引っ越すことにしたらしい。僕が心細くないように、何かあったらすぐに駆け付けられるようにと。その優しさが嬉しくて、同時に酷く申し訳無かった。

小学校も転校する事になったが、クラスメイトの殆どは顔どころか名前すら知らなかった。係りだからと、プリントや宿題を持って来てくれる男の子だけが唯一顔見知りになったが、学年が上がりクラスが変わると、病室に来る事は無くなり、また別の子が来るようになった。

結局小学校ではまともに知り合いすらできず、卒業する事となった。病室の窓から見えた卒業生たちの団欒。それを脇目に担任と校長に渡された卒業証書。涙を流す母と、どこか申し訳無さそうな担任の顔。そして何の感慨も湧く事の無い、冷め切った僕の心。

「どうせ死ぬのだから、こんな物には何の意味も無い」

その頃には死ぬと言う事がどんな事か、多少なりと理解し始めていた。病室の前の通り過ぎた看護師が話していた内容を思い出す。いい人だったのにね、寂しくなるな、そんな言葉は病院内ではたまに聞く物だった。そんな言葉が脳裏を過り、離れなくなる。余計に卒業証書に意味を見出せなくなり、僕の卒業式は酷く億劫で冷たい物になってしまった。


 中学校に上がり、プリントなどは担任が持って来てくれた。多分、僕はこの人がいなければ、きっともっと酷く歪んだ性格になっていたと思う。僕の、大切な恩師だ。

最初の頃は五月蠅いオッサンだな、とか、暑苦しいな、とか顔に出さないように失礼な事を思っていた。しかし、彼はとても面白い人で、ある時僕の名前で占いをしようなんて言い出して、僕は思わず、

「ハア?」

と明らかに失礼な反応をしてしまった。しかし先生は特に怒る事も無く、

「おお、意外そうだな。実は先生な、占いが大好きなんだよ」

その顔で?と言うのはこう言う時にに使うべきだろう。なんたってその先生は、顔はヤクザかゴリラかと言うぐらいに厳つく、体つきもずっしりしていて、なんと言うか、強そうな人だった。そんな人が占い、と来た。それはもう呆気にとられる。

「ええ、何か、意外ですね」

「ははは、良く言われるよ」

先生はやっぱり特に気にした様子も無く、僕の名前を解析していた。

 占いの結果は何とも言えない結果で、先生は話の着地点を失ったらしく、しばらくしどろもどろになっていた。その様子を見て、僕は思わず、久しぶりに大声で笑ってしまった。

 これが切っ掛けとなって、僕は先生に心を開くようになった。

 中学二年生に上がった後、ある時、僕は先生にずっと考えていた事を打ち明けた。どうせ早死にするのだから、何をしたって無駄なんだ、と考えている事を。先生は口を挟まず、ただ静かに僕の話を聞いてくれた。話が終わって、先生はゆっくりと口を開く。

「椎名、確かにお前の言う事はある意味では正しいかもしれない」

僕の予想では否定されると思っていたから、その切り出しに少し驚いてしまった。

「人間誰だっていつかは死ぬ。どんな素晴らしい人も最悪な人も、必ず。そう思えば、生きている事なんて大して素晴らしい事でも特別な事でもないんだろう。まして、お前はそれが周りよりもずっと早く訪れてしまう」

 先生は変な気遣いや言葉選びをせず、真っ直ぐに言葉を使ってくれた。これが僕には嬉しくて、この時点で少し泣きそうになっていた。

「でもな、椎名。お前の中では無駄になってしまうかもしれないが、お前の後に残された人たちにとってはどうだろう。望まれて死ぬのと、惜しまれて死ぬのと、どっちがいい?」

「それも死ぬ側からしたらどうでもいい事じゃないんですか?」

「そうでもないさ。生きている間も、人に良く思われた方が居心地がいい物だし、死ぬ時の事は分からないが、後ろ向きにやっと死ねるって思うより、前向きにまだ死にたくないって思う方がきっと気持ちがいい。その為に、生きている内にできる事はやっておくんだよ」

「でも、惜しまれて死んだら、残された人たちは悲しむでしょう。だったら、恨まれて死んだ方がいいんじゃないですか」

「確かにそれはそうかもしれないが、恨みってのはな、その相手が死んだくらいじゃ消えないんだよ」

「…」

「恨みは似たような物を見る度に再び湧いて出るし、ふとした拍子に鎌首をもたげるんだ。悲しみも恨み消える事は無い。だったら、やっぱり惜しまれたくないか?なあ、椎名。俺は、いつかお前が死んでしまうなら、お前の事を惜しみながら失いたい」

その言葉に、僕は泣いてしまった。惜しみながら失いたい。その言葉は、僕の胸の奥深くに突き刺さった。

「まあ勿論、お前が俺よりも長生きしてくれる事が一番いいけどな!」

そう言って先生は、僕の頭を撫でてくれた。

 その後も先生は僕の病室に訪れてくれた。僕が勉強で分からない事があれば丁寧に教えてくれたし、自分も分からなければその教科の先生に聞いてくれた。驚きなのは、僕が中学校を卒業してからも、頻度こそ落ちてしまったものの、頻繁に来てくれた事だった。僕の最期の日すらも。


 僕が十七歳の誕生日を迎えてから、僕は弁膜の移植手術を受けた。しかし、術後も容体は変わる事無く、心臓は悲鳴を上げたままだった。もう一度手術を受けるには再び手術を受けられるだけの体力を付ける必要があって、次が何時になるか分からないままだった。この頃、僕はある事に悩んでいた。それは、僕は誰かの役に立てているんだろうか、と言う事だった。誰かに惜しまれて死ぬには、誰かの役に立たなければならないんじゃないか、僕は、両親のお金を喰らい、しかも手術も上手く行かなかった。両親に恨まれてるんじゃないか。看護師や担当医師も、僕を煙たがってるんじゃないか、そんな考えが頭の中で渦を巻いていた。先生に相談しようかと考えた事もあったが、あの言葉が呪いになってしまったなんて思って欲しくなくて、ついに口にする事は無かった。

 そんな日々を送る中で、その時がやって来る。いつものように勉強を先生に教わりながらしていたら、急に胸が苦しくなって、上体を起こしていられなくなった。動悸も酷く、意識は徐々に薄れていく。先生が僕の名前を呼ぶ声が聞こえるが、それも遠ざかってしまう。最期に見たのは、先生の涙だった。


 この度は本作をお読み頂き、誠に有難うございます。非常に拙く読みづらい文章であったとは思いますが、何分碌に文章を書いた事の無い者の初の小説ですので、何卒ご容赦を頂けたらと存じます。

 重ねて申し訳の無い事なのですが、私は飽くまで趣味でこれを投稿するに至り、その執筆の頻度は私の生活の忙しさとモチベーションに大きく依存している次第です。故に、不定期かつ長期間に渡り投稿されない期間や、投稿を止めてしまう可能性も大きく存在しています。もし楽しみにして頂ける方がおられるのであれば、それを念頭に、期待薄でお待ち頂けると、私としてはとても喜ばしい限りでございます。

 非常に失礼な後書きになってしまいましたが、再度のお礼を持ちまして後書きをしめさせて頂きます。この度は誠に有難うございました。

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