アフガニスタン異聞9
それは一目で分かった。中は清潔に整えられていた。暖炉は赤々と燃え、湯はぐらぐらと沸いている。そして、部屋の隅の寝台では妊婦が苦しんでいた。
「娘は夜中からずっとこの調子だ。産婆を待っとるのに霧が深くて一向に来る気配がない。だから、勝手にやってくれ。向こうは台所だ。火も飲み物も食べ物もある」
「はあ・・・」
言われるがままに奥の台所へ入った。そこでも湯は煮えたぎっていて、低い机には果物やパンが並んでいる。小鉢に乾燥したお茶の葉も入っていた。
カサビは棚の中の布を借り、子どもの全身を拭いてやった。さらにもう1枚借りてくるみこんで、長いすの上に寝かせた。まだぐっすり眠っている。
いきなりカサビは大きなくしゃみをして、自分も濡れていたことを思い出した。身体は拭けても着るものがない。裸でいるわけにもいかず棚の奥を探っていた所、一揃いの男物の衣が出てきた。自分には少し大きいから、あの小柄な老人のもののはずはない。
(あの妊婦の夫のものかもしれないな)
申し訳ないが借りることにした。そこへ、
「おい、あんた」
老人が台所の入り口に顔を覗かせた。
「ああ、すみません。衣をお借りしました」
カサビがそう言っても反応がない。
「あのう・・・」
戸惑うカサビに、やっと老人は我に返ったようで口を開いた。
「わしは今から産婆を呼んでくる。あの子についてやっててくれ」
「ええっ!」
思わず声が裏返った。
「生まれたらどうするんですか?」
「まだ生まれるな、と言ってくれ。娘にもまだ産むなとは言ってあるがな」
冗談のようにそう言うと、老人は戸の外へ出ていった。
カサビは途方にくれたまま、寝台の脇の座布団に胡座を組んだ。
黒い長い髪は汗で湿っている。息づかいは荒い。もうすぐ夜明けだというのに、どれだけの間苦しんでいるんだろう。娘は妻より若く見えた。妻のことを思うと胸の痛みが蘇ったが、大商人の娘である妻の出産には、多くの女どもが立ち会った。自分は婿として、ただ生まれてきた子を抱けば良かった。一人で子を産もうとするこの娘が、神々しく見えた。
「がんばれ!もう少しで手伝いが来るからな」
その声が聞こえたのか、娘の手が何かを求めるように宙をさまよう。思わずその手を握った時、娘は目を開けた。涙で潤んだ目でカサビを見上げて呟いた。
「ジリーム、来てくれたのね・・・」
(ジリーム?夫の名だろうか?)
カサビが首を捻る最中、産婆を連れた老人が戻ってきてすぐさま台所へ追いやられた。