アフガニスタン異聞7
だが、眠りは突然破られた。暗闇の中、カサビは外の気配で目を覚ました。嵐は相変わらずだが、それに混じって人の叫び声がする。
そっと入り口に這い寄って、入り口の布をわずかに開けた。ビュッと入り込んでくる風雨と共に、バシャバシャと泥を蹴立てて人の走る音。
「金目のものは置いていけ!」
「そっちにも逃げたぞ!」
野太い男達の声。
「逃げろ!」
「助けてくれ!」
泣きわめく声。
(盗賊だ!襲撃を受けたんだ!)
「起きろ!」
カサビは妻を揺り起こして、まだ目をこすって分けの分からぬその両肩をつかんだ。
「夜襲を受けた。ゼファを頼む。馬を連れてくる!」
そう言い置くと、雨の中へ飛び出した。辺りは真っ暗で人声と嵐の音に満ちている。馬の興奮したいななきが聞こえ、カサビはそっちへ走った。
木に結わえたロープが雨と暴れる馬の力で固く締まっている。仕方なくナイフで切った。手綱を持ちにくくなるのは分かっているが、早くここを離れなければ。
「行くぞ!」
テントの布をはね上げると、妻が眠っている子どもを抱いて立っていた。
「すぐに馬に乗れ!」
そう言うカサビの腕に何を思ったか子どもを押しつけ、妻はテントに引き返した。
「何をしている?」
連れ戻したくても片手に子ども、片手に二頭の馬の手綱を引いていては身動きが取れない。妻はすぐに戻って来たが、胸に反物を抱えていた。
「あなた、さあ、これもお願い」
「駄目だ!」
カサビはとっさに叫んだ。
「まあ、なぜ?」
妻の髪は雨でべったり額に張り付き、目だけが大きく見開かれている。
「荷は邪魔になる。余計な物は置いていく」
「でも、父が持たせてくれた、最高級の反物よ!いや!!置いていけない」
あろうことか、反物を抱いたままテントの中へ後ずさっていく。カサビは焦った。妻を強引に抱えて馬に乗せたいが、眠っている息子と嫌がる妻を乗せて馬を駆るのは無理だ。
(どうする?)
一瞬、迷った時
「いたぞ!待て!!」
背後の声に、カサビは馬を引いて振り向いた。その鼻先を半月刀が飛んでいく。それは反物と妻を貫き、妻はそのままテントの中へ声もなく倒れこんだ。
カサビは自分が叫んだのかどうかも分からなかった。ただ腕の中の息子が不意に動き、
「父さん?」
と呼ぶ声が耳に届いた時、馬に飛び乗りその腹を蹴った。
「逃げたぞ!」
そんな声が聞こえたが、風雨のすさまじさに間もなく追っ手の気配は消えた。カサビは身体も心も麻痺したような感覚の中、
(この子だけは、守らなければ)
と繰り返し考えていた。馬に行く手を任せて子どもが濡れないように覆い被さったまま、ひたすら馬を走らせた。