アフガニスタン異聞5
1ー1 出会い
今から七十年ほど前のこと、小さな商隊が草原を横切っていた。
「ほら、急げ」
「今夜のねぐらにゃ、まだ着かんぞ」
重そうな荷車を引く馬やロバを、男達はようしゃなく急かす。常の時なら、まだ急がせる時間ではない。しかし、日の光はとうに陰り、隊の頭上は黒雲に覆われていた。このまま雨に捕まっては、せっかくの行商の荷が濡れてしまう。
「おい、カサビ。もっと急げ!」
最後尾の遅れがちな馬車に、苛立たしげな声を飛ぶ。
その馬車は他の旅慣れた、言い換えればくたびれたものと違い、立派な幌に覆われて車輪も真新しい。しかも、二頭引きの若駒だ。その気になれば、この隊のどの馬車よりも速く走れるだろう。
御しているひげ面のがっしりした男は頷いて、自分の後ろの幌に振り向いた。
「少し飛ばすぞ。我慢してくれ」
そうして軽く手綱を揺すると、隊のスピードに合わせて付いていった。
急いだ甲斐があって、隊は小さな林にたどり着いた。ほっとした空気も束の間、皆素早くテントを張るのによさげな木を見つけ、そのそばに馬を繋いだ。次いで、テントの用意をしたり、雨に備えて荷を厳重にくるんだりした。
一番最後に着いたカサビには、選べる木があまりなかった。林の中央部はテントが張りやすいし、風雨や侵入者を防げる。
カサビは林の入り口のいじけたような木を使うしかなかった。
一人で幌を下ろしてテントを張る頃には、重たげな雲のため、辺りはすでに夜のように暗かった。強い風と共に降り出した雨が、できたばかりのテントを叩いた。
「早く中へ入れ!」
カサビはそばの妻子にそう叫ぶと、馬車から手早く荷を下ろした。手土産とは言え最高級の反物だ。濡れては困る。靴を脱ぐ間も惜しんで膝立ちになり、素早く中へ運び入れた。
「あなたも早く、濡れるわよ」
「いや、まだだ。それより中を整えてくれ」
妻の顔も見ずにそう言い置くと、馬を手近な木につないだ。雷は鳴りそうにない。大丈夫だろう。