アフガニスタン異聞2
「俺は役人じゃない。気楽な一人旅さ」
若者はそこまで言って、はっとした。老人が自分をじっと見ている。白い髪の間からこちらを見る青い目に、射すくめられて動けない。しんとした空気を砂嵐の唸うなりが振るわせる。馬が不安そうに鼻を鳴らした。
「その馬も疲れておるようだ。あんたのような砂漠に慣れておらん人間は、砂嵐から逃げおおせまい。こっちだ」
「ありがたい。助かるよ」
若者は手綱を引くと、その後に従った。
砂丘の反対の中腹に、入り口があった。丘の腹に空いたようなその住まいは、軒が大きく突き出ている上、板戸は二重だった。間に馬を入れて内戸を閉めれば、砂や風の音は多少抑えられる。中はほの明るく、どこかに明かり取りの窓があるのだろう。
「そこに座れ」
老人は壁のでっぱりを指すと、自分はさらに奥へと入っていった。若者は腰を下ろして、その座り心地の良さに驚いた。
(初めから座るために設えたみたいだ)
そのまま興味深げに室内を眺めた。火をおこす炉は黒ずみ、床土が向き出しにならないように敷かれた絨毯は、すり切れてはいるが凝った文様が織り込んである。
ふと、周りの壁と様子の違う箇所に気づいた。立ち上がってじっくりと眺める。やがて、軽く口笛を吹いた。
(こりゃあ、地図じゃないか!)
壁の色とほぼ同化していたが、かすれた文字に境界線、ぼろぼろになった縁から羊皮紙に描かれた地図と知れた。
触れれば崩れそうだ。若者は慎重に指先を浮かせたまま、たどたどしく読み上げる。
「一番広いのは、っとフの国?海沿いにあるのはコウの国か。この小さいのはギの国、山に挟まれているのはセンの国・・・この山の中にあるのは・・・」
「神々の峰の村。もうそうとは読めんがな」
不意に老人の声が割って入った。振り向いた若者は照れ笑いを浮かべた。
「どれも大昔にあった国々だろ?じいさん」
老人も笑ったが、
「ほんの五十年ほど前のことだ。まあ、あんたにとっちゃ、生まれる前のことは大昔だろうがな」
と皮肉っぽい。
「ほら、夕食だ」
手には色のはげた壺と食べ物の入った腕。ゴトリとテーブルに並べ、また奥へと戻る。
「わし一人の時にはそれだけでいいんだが、今日は客人がいるからな」
そんな声の後、戻って来た老人の手には2つの見事なゴブレットがあった。壺から注がれる液体は、香からして酒だ。老人は若者に片方を手渡して、自分は向かいに座った。
「大したものはないが遠慮なく食べてくれ」
「ありがたく、いただくよ」
若者は盃を乾し、干し肉に手を伸ばした。