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2話 勧誘も本気でやるから! その2

 「お茶しよ!」


 お昼に一緒に昼食を取れなかったことへの埋め合わせなのか再びの誘いを断る理由もない。それに周囲が学生だらけの中、少しでも精神年齢の近い人と話すのは良い気晴らしにもなる。


 なにより自分を慕ってくれる新入社員と話してるようでこそばゆいような、嬉しい気分にもなるものだ。もちろん立場は生徒と教師、わきまえた言動を鑑みるとさしずめ取引先の新入社員といったところかな。それにしても、深川先生、俺のこと好きすぎでしょ。


 保健室に来ると並木先生が「よっ」と片手をあげて迎え入れてくれる。会釈をして保健室に入る。見かけが少女なだけにこの包容力とのギャップにやられてしまう生徒は少なくないことだろう。


 先生達の近くに椅子を寄せ、腰掛けると近くの薬品テーブルに深川先生が入れてくれたお茶を置く。それをずずっと一口飲み一息入れる。


 「どうかな?」


 「あぁ、美味しいですよ。」


 「そうじゃなくて!」


 深川先生が入れてくれたお茶の感想を求められたのかと思いきや外してしまったようだ。服装でも変えたのかなと先生に視線をやると並木先生がちょんちょんと肩をつついて小声で教えてくれる。


「昨日のことよ。」


 なるほど。合点がいった。


 「想像以上にうまくやれてると思いますよ。授業の時のギャップの作り方も見事でした。なにより朝の点呼の時の合いの手なんか絶妙でしたね。生徒のことをよく観察されているのがよく伝わってきました。人って頑張って結果を出す以前に、頑張っている自分を見てくれている人がいると感じることが一番やる気につながりますから。生徒たちの励みにもなります。」


 そう言いながら深川先生を見る。つられて俺もそちらを見ると深川先生は顔を両手で覆う。


 「ト、トイレ!」


 そのままの状態で足早に出て行ってしまった。


 「他に生徒もいないし友達と話す感じでいいよー。お互い固いと疲れるし。」


 並木先生と顔を見合わせお互いやれやれと肩を竦める。すると並木先生は立ち上がり窓側へ行く。


 ちょいちょいと手招きをされ窓に近づくと並木先生は窓の外を指さす。そこは今日お昼に俺と姫川さんが話をしていたベンチがあった。


 「見てたんですか?」


 尋ねると並木先生はクスっと笑いながら昼の様子を語る。


 「いやー、大胆だよねぇ。手なんか握り合っちゃってキスしてなかった?」


 「いやいや、誤解ですよ。話してたらお互い盛り上がっちゃって手以外は触れてませんから。」


 並木先生は納得したのかまた椅子に腰かけ「キミもモテるねぇ」と冷やかしてくる。


 「誤解ですよ。確かに深川先生は俺のこと好きすぎだとは思いますけど。」


 「あら、私もキミのこと好きだよ。」


 茶化したつもりが並木先生が攻勢に出てくる。並木先生は言いながらずいっと体をこちらに突き出してくる。小柄な体格に似合わない巨乳が主張を始める。しかし、熟練のおっさんにこんな小娘の色仕掛けは通用しない。


 「先生、俺本気にしますよ?」


 そう言って並木先生の方に手を添える。まさか反撃に合うとは思っても見なかったのか並木先生が一瞬目線を逸らし、意を決したように囁く。


「理子って呼んで。」


 そう言って俺に顔を近づける。ここまでくれば根競べだ。先に逃げた方が負け。絶対に負けられない戦いがここにある。


 「理子。」


 声のトーンを落として名前を呼ぶ。ジッと並木先生の目を見つめ顔を近づける。


「あー!!なにやってるのよー!!」


 互いの唇までもう少しというところで深川先生が戻ってきた。この勝負引き分けのようだ。ふぅ、危ない勝負だった。


 「プッ!あはははは」


 二人同時に笑いを堪えきれずに吹き出してしまう。深川先生は泣きそうな顔をしている。


 「七海ー。私、誠君に理子って呼んでもらっちゃったー」


 並木先生は自慢げにとんでもないカミングアウトをしている。


 「呼べと言われたから呼んだだけです。何もやましいことはしてません!」


 一応釘を刺しておく。しかし深川先生は納得できてない様子で、でもでもと連呼している。


 「七海も呼んでもらえばいいじゃん。誠君ノリ良いし呼んでくれるよ。」


 まぁ、それくらいお安い御用ではあるけれど深川先生には刺激が強すぎるような気がする。そんなことしたらこの人死んじゃうんじゃない。


 「そ、それじゃ、私のこともななって呼んでみてよ。」


 拗ねたようにおねだりをしてくる可愛らしいその姿に嗜虐心が掻き立てられる。


 「遠慮なくいっていいんですか?」


 「う、うん」


 よし、殺してみよう。そう決意して深川先生に近づく。深川先生の手を取り目をじっと見つめ先生の肘までを抱え込むお互いの体の距離もグッと近くなる。


 「なな」


 先ほど同様声のトーンを落として名前を呼ぶ。そしてお互いの顔を近づけようとしたとき。


 「きゅぅー」


 奇妙な鳴き声をあげて深川先生は気絶してしまった。なにこの人初心過ぎない?ほんとに二十歳超えてるの?中身中学生とかじゃないの?


 気絶してしまった深川先生をベッドに寝かせると並木先生が笑いながら言う。


 「誠君、女性慣れしすぎ!もう既婚者の域だよね。」


 この二人と話しているとついつい気が緩んで余計なことを口走ってしまう。


 「いやむしろバツイチ子持ちの域までありますよ。」


 「そうかー。誠君はバツイチ子持ちかー。」


 うんうんと並木先生は納得する素振りをする。そうだこの人何気に鋭いから下手なことを言うと危ないのだ。


 「冗談ですよー。男子は18まで結婚できませんからー。」


 笑いながら念を押しておく。時刻は下校するには程よいくらいの時間になっていた。と言っても深川先生を気絶させた手前放置して帰るのも気が引けたので起こしにかかる。


 「先生朝ですよー。起きてくださーい。」


 体を軽く揺さぶり声をかける。深川先生はうーんとうなりながら目が覚めたのか眠そうに眼をこする。


 「おはようございます」


 寝ぼけ眼の深川先生に声をかける。すると深川先生はビクッと肩を震わせると今度は一転、ギギギとロボットのような動きに変わる。まったく飽きの来させない人だな。


 そうこうしているとコンコンと保健室の扉がノックされる。


 「すみません、お姉ちゃん来てますか?職員室にはいないみたいで…」


 入ってきた人物を見て驚いた。自習室であった深川さんだ。ふと気付く。お姉ちゃん。深川。なるほど、二人は姉妹だったのか。


 俺がそんなことを考えていると向こうも俺の姿を見つけ、あっ、と気まずそうな顔をする。その様子を見て入部届の件を思い出したので鞄を漁って入部届を取り出す。


 深川さんに「これ」と入部届を差し出すと彼女はすっと俯いてしまった。


 はてと彼女を覗き込むとぽろぽろぽろと涙を零し始めた。


 ギョッとして彼女に近寄ろうとすると俺よりも早く深川先生が彼女に駆け寄り、キッとこちらを睨む。その瞳には「妹に何をした!」と言わんばかりの迫力があった。


 膠着していても埒が明かないので持っていた入部届を彼女に握らせる。


 入部届にはもちろん俺の名前が書いてある。彼女は涙に濡れた瞳で入部届を確認すると、なんと今度はうっうっと声をあげながら泣き出した。


 その様子を見ていた深川先生は恐る恐る入部届に目をやると状況を察したのか見る見るうちに顔を赤くする。


 美海は俺の渡した入部届をぎゅっと持ちいまだに涙を零し続けている。あーあ、入部届しわしわのブヨブヨになってるよ。まぁ、何回でも書くけどさ。


 「これからよろしくな。いい部活にしような。」


 「うん。よろしく…お願いします。」


 昨日よりも確かな声でそう言うと美海は元気に首を上下に振った。


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