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40話 修学旅行だから! その3

 暗い闇の中をひたすら歩く。その道が正しいのか、誤っているのか、それすらもわからず、ただ歩く。


 その道の先に何があるのか。それすらもわからず歩く。


 不安に耐え切れず、後ろを振り返る。自分の歩んだ道筋には僅かな光。そちらに向かえばきっと救われるだろう。きっと楽になれるだろう。


 しかし、踵だけは返さない。ひたすら闇の中へ歩き続ける。後ろに差し込む光の誘惑はより強くなっていく。


 この感情はきっと俺を殺す。


 頭を振り誘惑を断ちながら、さらに闇へと歩き出す。


 人は問うだろうか。


なぜそちらに歩むのか。


 俺の中の答えはすでにある。今度こそ離したくない。失いたくないものがあるから。


 何度も確かめてきた。何度も伝えあってきた。間違いなくある俺の中の明確な答え。


 しかし、心の奥底からじわりと這い寄ってくる。


 「本当にこれでいいのか。」


 「本当に正しい道なのか。」


 気が付けば足元には大きな亀裂が及んでいる。この亀裂はいつしか大きな穴になるだろう。そのとき俺は…


 「…と。」


 体が揺さぶられている。


 「誠!朝だよ!ご飯行こうよ!」


 目を開けると志信が俺の顔を覗き込んでいた。


 「今何時?」


 「もう7時だよ!8時までに朝食って言われてたじゃない。」


 志信は頬を膨らませる。その頬を指でつつく。


 志信は空気をぷすーっと出して俺の傍から離れ身構える。


 「指折るよー?」


 それは怖い。俺は慌てて布団から出ると顔を洗いに洗面台へと行く。


 「誠が寝坊なんて珍しいね。汗もかいたみたいだし、軽くシャワー浴びたら?」


 「いいのか?時間。」


 「ささっと浴びるくらいなら大丈夫だよ。待ってるから早く。」


 確かに変な夢を見たせいか、体がジッと汗ばんでいる。俺は志信の好意に甘え、軽くシャワーを浴びる。


 「真一はどうしたんだ?」


 シャワーから出て頭を拭きながら志信に尋ねる。


 「天文部のみんなが呼びに来て、先に行ったよ。僕が誠のこと起こすって言っといたから。」


 「なんか、その、ありがとな。」


 「いいから、早く服着て行こうよ!」


 素直に礼を言うと、志信は照れ隠しか、一層俺を急かす。


 レストランはホテルの二階にあり、俺たちの部屋からはエレベーターで降りていく事になる。


 天文部の面々もレストランに向かうエレベーターを降りたところで入れ違い、その時に美海がした愛嬌のある悪戯っぽい笑みは、俺の心を軽くした。


 朝食を採りにレストランに行くともうすでに大半の生徒は食べ終わったのか、その人影は疎らだった。


 よく見ると、奥の机で七海と理子が一緒に朝食を採るところだったので、俺達も一緒することにした。


 「あら、えらく遅いご起床だったのね。」


 理子は意地悪く俺の肩をつつく。


 「ちょっと寝坊しましてね。」


 俺は眉がぴくぴくと引きつっているのを自覚しながら理子に答える。


 志信と七海は、どうやら俺の昔話で盛り上がり始めたようだ。しかし志信、俺の昔話好きすぎないか。


 「お姫様とお話はしたの?」


 理子は少し声のトーンを落として言う。


 「昨日、少し話しましたよ。理子先生も昨日話したんですよね。」


 「まあね。あなたにも心当たりはあるんでしょ?」


 その質問の意図はわかっているが、俺は答えることを躊躇してしまう。


 「…理子にも、あるのか。」


 俺の声は微かに震えていたと思う。


 「私には、ないよ。彼女にもそう正直に言ったわ。」


 理子は朝食のサラダを弄りながらつまらなさそうに言う。


 「何故だ。今まで一度もそういう事はなかったのか?」


 俺は思わず理子に詰め寄る。


 「ないわよ。今までだって一度もない。そして、わかるわ。これからだってないわ。」


 理子は俺を鬱陶しいと目で非難しながら言い切る。


 「なぜ俺と美海だけがこうなるんだ!理子!お前も時を越えたんだろう!なぜお前には…」


 思わず我を忘れた。やはり、気にしないようにしていても、心は追い詰められていたのだろう。そんな俺を引き戻したのは隣で俺の袖を引く七海だった。


 「誠君、先生にお前はダメだよ。」


 そう咎める七海。見ると志信も俺を心配そうに見つめている。


 「すみませんでした。」


 誰に向かうでもなく、そう呟いて俺は席に座る。その後食べた朝食は何とも味のしないものだった。


 朝食を終えてレストランを出ようとした時、背後から理子が俺の肩をそっと叩き耳打ちする。


 「今を全力で生きるんでしょ。今のあなたに、それが出来てるの?今はヒントはここまで。」


 そう言い残し、理子は一足先にエレベーターへと消えていった。


 「ねぇ、誠、いつまでそうしているの?シャワーならもう浴びたじゃない。」


 さっきからもうかれこれ体感にして十分以上俺は顔を洗っていた。冷たい水で頭の火照りをとり続ける。


 志信は痺れを切らしたみたいに準備を勧めるが、真一は何も言わない。


 そしてもう数分、ようやく俺はタオルで顔を拭く。


 「さぁ、せっかくの沖縄観光!楽しもうぜ!」


 俺は自分自身に言い聞かせるようにそう言った。


 さて、本日の行程は全体行動での沖縄観光であり、まず俺たちは首里城へと向かった。


 城へ続く坂道を登り団体入場の手続きを待つ。その間、みんなは奉神門をバックに写真を撮ったり、御庭をぐるぐると散策したり、思い思いの過ごし方をしていた。


 「みんな。写真撮ろう。」


 真一はお気に入りのカメラを持って俺たちに提案する。


 「いいね。みんなで撮ろう!やっぱりあの門の所がいいよね!」


 琴美はそう言うと門のところまで走って行く。俺達もすぐさまその後を追いかける。


 奉神門をバックに志信、俺、美海、琴美、優子、遠藤さんと並んで写真を撮る。カメラマンは真一がしていたが、何枚か撮った後、遠藤さんは不意に前へ出る。


 「貸しなさいよ。細田君も入ったらいいじゃない。」


 そう言い、真一からカメラを取る。真一はすぐさまこちらに来るかと思いきや、カメラの使い方を懇切丁寧に説明してから、志信の隣に入る。


 「もっと寄って!もっと楽しそうに!」


 黙々と撮る真一と違って遠藤さんは事細かに俺たちに指示を飛ばす。


 結果、俺と美海は両脇から押されに押され、自然に頬と頬がくっつきそうなほど接近する形となり、それを見たみんなが大笑いしているという、結果としてベストショットが撮れた。


 赤と金に装飾された華美な外観の奉神門、その前で満面の笑みで笑い合う俺達天文部、きっと、すみれさんが見たら頬を膨らませて拗ねるに違いない。そんな最高の一枚だった。


 その後、ようやく入場の手続きが終わり、いよいよ首里城の中へ入ることとなった。


 それはまさに圧巻で、全体に赤を基調としながらも随所に色とりどりの装飾を施されいたるところに黄金の竜の姿が描かれている。


 広大と言ってもいい御庭“うなー”をみんなでゆったりと歩く。赤と白を基調としたそこを歩くと、気分はまるで三国志の世界に飛び込んだような錯覚に陥る。


 豪華で華麗な正殿を抜け東“あがり”のアザナを目指して歩を進めると、次第に風景の豪華さは影を潜め、次第に城塞としての側面が見え始める。


 「さっきまでの豪華さとは正反対だね。」


 優子が残念そうに呟く。


 「そうだな。ここは防衛の基地でもあったんだろうな。」


 きっと、人も同じだ。華やかな外見だけじゃない、醜い部分も全て含めて人間なんだ。


 そんなことを思いながら巡っていると、あっという間に見学時間は終わってしまい、俺たちは再びバスへと乗り込んだ。


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