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39話 修学旅行だから! その2

 空港からバスで揺られること約半時、俺たちの泊まるホテルに着いた。そこは大きめのリゾートホテルで部屋も綺麗な南国の雰囲気のあるホテルだった。


 荷物を部屋に置き、フロントに集合する。これから校外学習があるのだ。


 ホテルからまたバスに乗って平和祈念資料館に行き、戦争体験者の方の話を聞く。


 おそらく二度目になるのであろう話だったが、改めて聞くとこれがなかなか興味深いものがあり、しっかりと聞き入ってしまった。しかし、周りの同級生たちはやや退屈がちにあくびをしたり、背伸びをしたり、退屈そうな印象を受けた。


 以前の俺は、この話をどんなふうに聞いていたのだろうか。


 ここにきても、話を聞いても、やはり以前の修学旅行の事は思い出せずにいる。落ち込みそうな気分を無理矢理上げてまたバスに乗り込む。


 その後もいくつか資料館などを回り、レポートを作成する。実に学生然として、

おおよそリゾートという風情ではなかったが、提出課題の制作に関しては、みな真面目に取り組んでるようだった。その後はまたホテルに戻り、あとは夕食をとって本日の全体の行程は終了となる。


 「思ってたより沖縄って広いんだね。」


 夕食時、隣に座っていた志信が言う。


 「本島の大きさは東京23区の約二倍もあるからな。もう疲れたのか?」


 本日、行き先こそ少なかったものの、バスでの移動距離はそこそこあり、行程の半分は移動に費やされていた。


 「乗り物に弱いの、意外。」


 志信の向こうに座る真一がぼそりと言う。


 「昔から酔いやすいんだ。これでもだいぶマシになったんだよ。」


 志信は苦笑いを浮かべながら答える。確かに志信は小学校の頃から乗り物に弱く、遠足や修学旅行のバスの座席は常に窓側。そして吐きはしないものの常にエチケット袋を握りしめていた印象がある。


 俺の指定席も大体志信の隣だったので、彼の介抱は俺の役目だった。


 「誠にはいつも迷惑かけてたよね。」


 「そんなことないぞ。それはそれで楽しかったしな。」


 俺が言うと志信は嬉しそうに顔を綻ばせる。


 「昔から誠と太田君って仲良しだったのねぇ。」


 いつの間に来ていたのか、優子と琴美が脇から顔を出す。


 「すごいんだよ。僕と誠、小学校も中学校も一度も別のクラスになったことないんだよ。」


 志信は胸を張って言う。そんなに自慢するようなことでもないと思うが、確かに偶然にしてはすごいことではある。


 「ねぇ、小さい時の誠ってどんな子供だったの?」


 優子が興味津々に志信に尋ねる。志信は、その質問ににわかに瞳を輝かせ始める。


 「小さい時の誠はね、一言で言うと皆のヒーローだったよ。」


 志信は昔を愛おしむ様に語りだす。


 「自分の決めたことは絶対曲げないし、正義感が強くて、相手が体の大きい上級生でも怯まず向かっていくんだ。それでも誠、強くてさ、負けなしだったんだよ。」


 志信の語りに優子と琴美は口を半開きにして聞き入っている。


 「ずっと憧れてたからね。中学の半ばくらいから大人しくなっちゃったけど、最近はまた昔に戻ったみたいな感じがして僕、本当に嬉しいんだ。」


 「昔に戻ったみたいねぇ。不思議だねぇ。」


 そう言い琴美は意地悪な笑みを俺に向ける。


 俺はというと、志信の想いが照れ臭いやら嬉しいやらで、赤くなった頬を隠すのに必死になる。


 「そんなことを言ったら志信もよっぽどだぞ。昔から体も気も弱かったくせに俺の後ろにばっかりついてきて、道場も、ずっと師範に向いてないって言われ続けても、負けずに今も続けてるんだからな。」


 俺の照れ隠しの言葉に、志信は頭を掻きながら頬を赤く染める。


 「盛り上がってるみたいだけど、もうあなたたちだけよ。」


 七海がいつまでも食事を終えない俺たちを諫めに来た。


 俺たちはしぶしぶ食卓を後にする。


 「そういえば、美海はもう部屋に戻りました?」


 部屋に戻る前に、先ほどから美海の姿が見えなかったので、七海に尋ねる。


 「美海ちゃんなら、理子と戻っていったわよ。」


 美海と理子が。意外な組み合わせに少し驚く。


 「なんだか真剣な顔しながら話してたわよね。誠君、なんか聞いてない?」


 七海は顎に手を当てながら問いかける。


 「いや、俺も聞いてないな。真剣な話なのかな。」


 俺と七海は顔を見合わせる。


 「やっぱり、過去に戻ったことの話をしてるのかな。」


 七海は心配そうに呟く。その瞳は不安げに揺れていた。


 「なにか心当たりでも。」


 七海は少し考えてからゆっくりと話し出す。


 「最近ね。美海ちゃん、よく鏡見てるの。」


 「鏡は誰でも見るでしょう。」


 俺の茶化したような言葉に七海は焦りを露にする。


 「そんなんじゃないよ。ずっと見てるんだよ。思いつめたような顔をして。何もないとは思えないよ。」


 驚いた。今まで美海からそんな話を聞いたことはなかった。


 「俺には特に何も言ってなかったですね。俺からも聞いておきます。」


 そういうと、七海は安心したように顔を綻ばせ、俺に笑顔を向ける。


 「誠君、お願いね。」


 その言葉の重みを感じながら、俺は部屋へと戻っていった。


 「誠、僕たちお風呂行くけど、どうする?」


 部屋に戻ると志信と真一が着替えを持ち、尋ねる。


 俺は一瞬考えたが了承の返事を返し、一緒に行くこととなった。


 このホテルには部屋ごとの個室シャワーの他に、大浴場があり、自由に利用することができる。


 「誠とお風呂入るの久しぶりだね。」


 脱衣所で服を脱いでいると、志信が話しかけてくる。


 「そういえば、誠、随分筋肉落ちたよね。」


 志信は感慨深く俺の体をぺたぺたと触っていく。その目にもの哀し気な色を浮かべて。


 大浴場は内湯と露天風呂に分かれており、最初は内湯に浸かり身体を温めていたのだが、真一が露天風呂の方に行きたいと言ったので、そちらに向かうことにした。


 露天風呂は石造りと檜の二種類のお風呂があり、俺たちは石造りのお風呂に入る。


 露天への扉を開けると肌にじわりと纏わりつく南国の風が俺たちを包み込む。


 真っ黒な水平線が夜空の濃藍とのコントラストを放っており、夜空には満天の星空が瞬き、いつもと違う夜空を演出していた。


 湯船の中から夜空を眺めていると隣に真一がやってくる。


 「望遠鏡、持ってくればよかった。」


 口惜しそうに真一が呟く。


 「本当に綺麗だな。やっぱり、灯りが少ないのかな。」


 六月ももう下旬ではあったが、夜空には夏の星座に天の川もはっきり見えている。


 その幻想的な瞬きを、俺たちはそれ以上の言葉を発することなく、見入っていた。


 入浴後、俺たちが大浴場を出るとちょうど入浴を終えたであろう美海と鉢合わせる。志信と真一は何かを悟ったのか、単純に気を遣ったのか掌をひらひらさせながら自室へと戻っていく。


 彼女の髪は未だにしっとりと艶を含み、肌からは仄かに湯気が立ち上るようだった。


 俺たちは近くの長椅子に腰掛ける。


 「七海さんが心配してたぞ。最近、鏡ばっかり見てるんだって?」


 美海は俯きながら物思いに更け、ゆっくりと話し始める。


 「最近、違和感があるの。なんだか、以前の自分と今の自分が別になるというか、うまく説明できないんだけど、高校生であることを忘れそうになったり、以前の記憶がすっぽり抜け落ちたり。うまく説明できないんだけど、なんだか怖くて。」


 驚いた。美海も俺と同じ不安を抱えながら、今を必死に繋ぎ止めていたのだ。誰にも相談できずに。


 「今がなくなってしまいそうで、怖くて毎日鏡で確認するの。本当に今の自分のままなのかって。」


 「理子と話してたのはそのことだったのか?」


 俺はストレートに疑問をぶつける。


 美海は静かに頷く。


 「同じようなことが理子さんにもあるのかなって、確認したくて。」


 「それで、どうだった?」


 「ないみたい。だから、本当は誠にも言うの、怖かった。私だけが居なくなるんじゃないかって。」


 その言葉を聞き、俺はそっと美海の手を握る。


 「俺もだ。少し前から似たような思いをずっと抱えていた。突然以前の俺に戻るんじゃないかって、ずっと不安だった。」


 美海は俺の顔を見上げ、俺の手を握り返す。


 「約束だ。俺は美海を離さない。たとえこの手が離れてどんなに遠くへ行こうとも、絶対探し出す。たとえ元の俺達に戻ってしまったとしても、今度は躊躇わない。逃げない。お前を見つける。」


 美海の瞳から涙が頬を伝い、俺たちの手に落ちる。それに気付いた彼女は、それを拭うため俺から手を放そうとするが、俺は離さない。いや、離せないでいた。


 「誠、せっかくお風呂入ったのに痕になっちゃうよ。」


 美海は戸惑いながら言う。


 その少しはにかんだ笑顔、大きく見開かれた瞳から頬に線引く涙の痕。潤んだ唇。その全てが愛おしい。


 俺たちは次第に互いの距離を埋めてゆく。繋がれた手が解け、彼女の肩に手を添える。


 「はぁーい! そこまで!」


 気付くと俺たちの横に七海が立っていた。彼女は頬を膨らませ、仁王立ちしている。


 「美海ちゃん、お姉ちゃんね、二人が仲良しなのはとっても嬉しいのよ。でも、場所は考えようね。」


 確かにここは廊下の一角だ。こんな場所で危うく情熱に身を委ねるところだった。


 美海も涙の痕をそっと拭き取る。


 「不安な事はあるけど、せっかくの旅行だ。楽しもうぜ。」


 俺は美海に笑いかける。


 「うん!」


 そう答えた美海は、今日見た中で一番の笑顔を浮かべていた。


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