33話 ポスターで勧誘だから!
放課後、すみれさんを伴って生徒会室までやってきた。
一呼吸おいてから扉をノックする。
「どうぞ。」
中からは無機質に男子生徒の応じる声が聞こえる。
「失礼します。二年4組の結城と申します。天文部の新入部員募集の為の張り紙がしたいのですが、掲示箇所のお願いに参りました。」
「同じく天文部三年の霧崎です。」
入室しながら要件を述べる。
「校内張り紙の申請ね。悪いんだけど、今はどこも張り紙の申請でいっぱいなんだよね。」
生徒会長と思しき男子生徒は、こちらを見ることもなく、机の上の書類に目を通しながら言う。
「まだ校内掲示は始まっていないと思うのですが?」
俺の質問に男子生徒はやっと顔を上げ、ため息交じりに言う。
「だーかーらー、それを今確認してるの。掲示物なんだから何でもかんでも張って良い訳ないんだからさー。」
そう言いながら再び男子生徒は書類に目を落とす。
正直、この男子生徒の態度は頭に来た。しかし、こちらはお願いをする立場。こんなところで揉めるわけにもいかない。
「では、掲示箇所の空きはもう全くないのでしょうか?」
これでないと言われたらもう帰ろう。なんだか、この男と話していると、冷静ではいられなくなりそうだ。
「いや、別にー。例えば屋上前とか、階段の三階と四階の間の踊り場なら好きに張ってもいいよ。どうせ誰も見ないしー。」
ダメだ。キレそうだ。自分はこんなにも短気な人間だったのだろうか。
そう思った矢先、俺は俺よりも遥かに短気で恐ろしい人物の事を忘れていた。
「あのね。藪君。さっきからなんなの?こっちは入室時に自己紹介してるんだから、名前くらい名乗りなよ。」
それは普段の間延びした声とは全く違う、すみれさんが本気で怒った時に出す、暗い、低い声だった。
藪と呼ばれた先輩も驚きこちらを再び見る。
「なに黙ってるんだよ。言えよ。名前。」
「せ、生徒会長の、や、藪です。」
すみれさんの気迫に圧され藪はたじろぎながら自己紹介を済ませる。
「で、場所がなに?何が誰も見てないとこだって?舐めてるの?」
やはり普段大人しい人がキレると凄みが違う。思わず仲間のはずのこちらまで怒られているような気分になる。
「いや、でも、もう申請がいっぱい来てるし、これ以上増えても…」
「あ?まだ場所振りしてないんだろ?じゃ、天文部だってエントリーする権利くらいあるだろ?」
まるでヤンキーだ。すみれさん、チャ〇〇ロードでも愛読しているのだろうか。
「そりゃ、今週末までに掲示予定のポスターを提出さえしてくれたら、場所の抽選はするけども。」
「だったら最初からそう言えよ。文化部だと思って舐めんなよ。」
そう吐き残し、すみれさんは早々に生徒会室を出て行ってしまった。
生徒会室に取り残された俺は生徒会長の藪と目が合い、出来る限りの愛想笑いを振りまく。
「き、キミ、彼女はいったい何なんだ。なんだ天文部って。あんな脅しみたいな言い方して、どういうつもりなんだ。」
藪はすみれさんの圧から解放された反動なのか、俺に食って掛かる。
俺は愛想笑いそのままに穏やかな口調で答える。
「さぁ。多分きっと、ムカついたんでしょうね。舐めた態度に。では僕も失礼いたします。」
俺も感情のまま、笑顔で暴言を残し、生徒会室を出てしまった。
生徒会室を出ると、その扉のすぐそばですみれさんは膝を抱えてうずくまっていた。
「どうしたんです?」
そのどんよりとした背中に声を掛ける。
「うぅ、みんなから頼まれてきたのに、滅茶苦茶にしちゃった。」
今にも地面にのめり込みそうなほど項垂れている。
「大丈夫ですよ。俺もキレそうだったし。寧ろ、言いたいこと言ってくれて感謝してますよ。」
そういうと、すみれさんは顔をパァっと上げ、いつもの笑顔で「そうだよね!」と元気に言った。
「で、なんでそうなるのかなぁ!?」
二人で意気揚々と部室に戻った俺とすみれさんだったが、部室にいた美海と琴美に簡単に事情を話すと、怒った二人に正座をさせられていた。
「先ほども言った通り、全然話にならなくてですね。」
「そうじゃないでしょ!」
俺の言い訳は、怒った美海にぴしゃりと封じられる。
「相手が交渉を嫌がったら、どうすれば交渉に持っていけるかぐらい、わかるでしょ。相手に乗せられて、売り言葉に買い言葉でどうするのよ。」
「いや、でも…」
「でもじゃない!」
言いかけた俺の言い訳も全く聞いてもらえない。
「まったく。すみれさんも、どうしてそんなキレちゃうんですか。先輩のほんわかオーラで場を取り持ってもらえるかなってサポートに付けたのに。」
怒られたすみれさんも人差し指同士を胸の前でつんつんしながら項垂れている。先ほどの迫力が嘘のようだ。
「今琴美とポスターの文章作ってたところだから、真一の写真が上がったら、もう私と琴美で生徒会に持っていくから。二人はしっかり反省して。」
美海にそう言い切られ、俺とすみれさんは遂にポスター作りから、窓際に追いやられてしまった。
そして木曜日、提出期限は明日だが、俺たちは予定よりも早く掲示予定のポスターを完成することができた。
ポスターには大きな、天体望遠鏡で撮った月の写真に、文章が添えられている。
「一番近くて遠い星」
明朝体で風情を演出している。
そして大きな写真の下の余白に丁寧な手書きで、天文部部員募集と書かれ、その下に要項が書かれている。
ひいき目に見てもセンスのいい出来に仕上がっていると思えた。
それをA4サイズに縮小コピーし、美海、そして琴美と優子が生徒会室に持っていく運びとなった。
見送って十五分も経たないうちに、彼女たちは帰ってきた。
ものすごい剣幕で。
「あの生徒会長ホント良い度胸してるわ。なんなの。ポスター見もしないでさ。」
「まったく取り付く島もなかったよね。完全に門前払いだったよ。」
「あれじゃ、誠とすみれさんがキレたのも納得。ごめんね。二人とも、酷いこと言って。」
美海もそう言いながら俺たちに頭を下げる。しかし、俺たちが以前キレたので藪氏が態度を硬化させてしまった可能性も大いにあった。
彼女たちからさらに詳しく事情を聞く。
どうやら、美海たちが天文部を名乗ったところ、もうポスターの掲示箇所は割り振り済みだったようでもうスペースはないの一点張り。
そして結局、制作したポスターを見てもらうことも出来ず、そのまま追い出される形になってしまったようだ。
俺たちの新入部員勧誘作戦は思わぬところで暗礁に乗り上げてしまった。
「ねえ、太田君に言って、空手部の枠を分けてもらうわけにはいかないかな。」
優子は静かに手を挙げて提案する。
「志信か。一度聞いてみるか。」
「うん。誠、悪いけどお願いね。」
天文部の望みは志信に託される形となった。
翌日、志信に事情を話し、ポスターの掲示箇所を分けてもらえるように交渉をする。
しかし、交渉というほどのこともなく、志信は即決でOKを出してくれる。
「全然いいよ。空手部にくる子なんて、もともと興味のある子ばっかりだしね。」
そう笑いながら言う志信の姿はまるで天使のように見えたものだ。
こうして、職員室横の掲示板という一等地にスペースを確保できた俺達は、そこにみんなで作ったポスターを掲示した。
しかし、数日も経たないうちに、俺たちのポスターは掲示板から剥がされてしまった。




