1話 やり直しってんなら本気でやるから! その3
午前の授業が終わり昼休みになるととりあえず購買に向かいパンを物色し中庭を通って図書室の横にある特別教室へ行く。そこは自習室になっており試験勉強や受験勉強、自習などのために開放されてはいるが、専ら誰も利用しないのだ。
以前から俺はお昼をそこで過ごしていたのはよく覚えてる。昼食を取るだけにしても寝るにしても人がいなく一人になれるいい場所である。
カララとドアを開けると珍しいことに先客がいた。
地味な感じの女生徒だ。長めの前髪にえりあしが肩にかかるかというところで切りそろえられ小顔に対して大きめの眼鏡。
目が合ったので一応会釈し「お邪魔じゃないですか?」と軽く声をかけておく。
「大丈夫です。」
ぽそりと女の子が返事をしたのを確認するとあまり邪魔にならぬよう離れた席を確保して購買のパンをほうばる。
パンを食べ終えどこを見るでもなくぼーっとしていると視界の端にB4サイズの紙を差し出された。
驚いて視線を向けると先客の女の子がなにか言いたげにその紙を差し出している。が、何を言うわけでもないので困惑してしまう。
「えっと、なにかな?」
沈黙に耐えかねて尋ねると女の子はびくと軽く肩を震わせ視線はちらちらとこちらにそちらに泳ぎ、顔は見る見るうちに赤くなっていく。小動物のような雰囲気を可愛らしく思って眺めていたくなる衝動を抑えその子の差し出す紙を受け取ってみる。
入部届
女の子の持つ紙にはそう書かれていた。こんなところで部活勧誘とは驚いた。まさかこんなところで勧誘されるとは。そうか、教室に居場所がないボッチと思われてるのかな。否定できないのが悔しい。
「部活?何部かな?」紙には「天文部」と書かれているが言葉にして問いかける。
「天文部。ここに来たから…興味…あるのかと思って。」
ここに?自習室でしょ?久しぶりで部屋間違ったかな。
部屋をいったん出て表札を確認する。「多目的教室1」うん。あってるね。
「ここ…一応天文部の部室…だから。」
女の子はぽそりというが俺にそんな記憶はない。
「ここって何かの部活の部室だったっけ?ごめん。覚えがなくてさ。俺ここで飯食ったのマズかったかな?」
そう考えると非常にばつが悪い。この子からしたら見知らぬ男子が急にきて部室でもしゃもしゃパン食ってるんだからシュールすぎて怖い。
「大丈夫…です。まだ正式な部活じゃないし…一応自習室にも…なってるから。」
「ほかの部員さんは?確認とかしなくてもいいの?」
「今、新部申請出してて…部員も…5月までに3人以上集まらないと正式な部活にならなくって…だから、あの…まだ決めてないなら、入ってもらえると…あの…」
なるほど合点がいった。きっと以前は部員が集まらなかったので俺がこの教室を見つけるまでに部の申請が却下されてしまっていたのだ。 女の子は言いながら顔を赤面させている。初々しい雰囲気が非常に可愛らしい。
「他も色々見たいからさ、一応入部届もらっといてもいいかな?」
そう言いながら差し出された紙を受け取ると女の子はますます赤面し、コクっと頷いた。
「そうだ、名前。教えておいてもらっていいかな?俺、結城誠って言います。よろしく。」
「あ、えっと…”深川 美海”です。あの…こ、こちらこそ。」
赤面した深川さんはバッとお辞儀する。そこまで畏まられるとむず痒く居心地が悪い。
「それじゃ、俺、そろそろ教室戻るね。ありがとう。」
居心地悪さを悟られまいとその場を去ろうとすると、深川さんに少し大きめの声で声を掛けられる。
「また!…来てください。」
声に出さずににこりと会釈で返事を返し自習室を後にした。
***
午後の授業の予鈴が鳴り、少し足早に教室に戻ると、教室には誰もいなった。ところどころの机の上には女子の制服が脱ぎ掛けられている。
なるほど、このクラスの人間はみな宇宙人にアブダクションされてしまったのか。など、心の中でボケをかましつつ俺は教室の扉をそっと閉めた。その時無情にも授業の本鈴が鳴り響いたのだった。
着替えもなく教室に居るわけにもいかなくなると普通なら行き場を求めて学校中をウロウロとさ迷うことになるのだろうが、あいにく俺はこんな時どこに行けばいいのか知っている。
足取りはよどみなく目的地の保健室を目指す。時が経ってはいても伊達に三年間通ってないぜ。以前バイトが深夜にまで及んだ時には睡眠場所としてよくお世話になったものだ。
コンコンと、軽くノックをしてから相手の返事を待つ。
「どうぞー」と軽い口調の返事を聞くや、保健室のドアを開ける。
「どうぞ。体調不良かな?」
養護教諭の先生は優しい口調で訪ねてくる。優しい母親のような雰囲気とは裏腹に外見は生徒と見間違うほどに若く見える。
はて、保険の先生はこんなに若かったかな。
ふとみると隣に担任の女性教諭の姿が見える。
「いえ、体操服を忘れてしまって、五限目はここで休ませていただけないかと…」
正直に答えると養護教諭は「替え用の体操服貸そうか?」と優しく訪ねてくる。
「いえ、もう授業も始まってますし、あまり目立つのも…先生方はお取込み中でしたか?」
「大丈夫よ。どうぞ座って。」言いながら椅子を勧めてくれる。
腰掛けながら「1-4の結城です。」と軽く自己紹介をする。
「保健の”並木理子”です。4組なら七海のクラスね。」
七海?と言われてもクラスの誰指しているのかわからない。血縁者でもいるのだろうかと「七海さんですか…?」と尋ねると隣からゴホンゴホンと咳払いが聞こえる。
「結城君。担任の”深川 七海”です。先日自己紹介したばっかりじゃない。結城君、サボりは感心しないなぁ。」
呆れたような口調で担任の深川先生がたしなめるが。並木先生が茶々を入れる。
「サボってるのは七海もじゃない。それにしても結城君。まだ一年生なのに随分礼儀正しいのね。ご両親の教育が良かったのね。」
「いえ、そんな、恐縮です。」
そこまで上等なものでなくとも礼儀作法ができなくてはサラリーマンなどしていられないが、改めて褒められると照れ臭い。一応畏まって返すと深川先生がポツリとつぶやく。
「みんな結城君のような子ばっかりだといいんだけどなぁ。」
「なにかありましたか?」要領を得ず問うとため息交じりに深川先生がボヤキ出す。
「ほら、私、みんなと歳も近いからさ、舐められちゃうというか。普段からななちゃんとか呼ばれちゃうしさ。慕ってくれることはうれしいんだけど、やっぱり私だって教師だし、真剣に向き合いたい場面もあるわけじゃない?そこで友達感覚で来られても困ると言うか…ほら、教師としての威厳っていうかさ…」
聞いていて思ったが、これは並木先生に話しているのだろう。口を挟むべきかどうか思いあぐねて並木先生を見る。並木先生は肩を竦めて目で「いつものことよ」と訴えてくる。
確かに深川先生の言っていることには思い当てがある。サラリーマンをしている時も取引先と仲良くなることは良い事なのだが、どうもそこからの距離感を作ることが苦手な人というのは一定数居るのだ。
もちろん取引などが順調に行っている時は良いのだが、時には厳しいことを言わなければいけない時もある。そんな時距離感がよくわかってない担当者に当たってしまうとナァナァで終わらせようとしたり、時には逆切れをされるなんて言うこともあるからだ。
もしかしたら余計なお世話なのかもしれないと思いながらつい思ったことを口にしてしまう。
「あの、それでしたら、先生の方からキチンとした壁を作ってあげるのはどうでしょう?朝のHRの時もそうでしたが、先生基本的には僕達生徒の前ではキリっとした話し方を心掛けていらっしゃるようですが、普段はあえてそれを崩してあげるんです。
そして真面目なシーンなんかでは話し方を真面目にし、先生のほうからななちゃん先生でいる時と深川先生とで使い分けてあげるんです。そうすれば大体の生徒は空気でおちゃらけても許されるか、真剣に先生の話を聞かなければいけないのか感じ取ると思うんです。
もちろん、中にはそういう空気を読むのが下手な生徒もいるとは思うのですが、その時は先生がその生徒のために真面目に話しているということを優しく教えてあげればその生徒のためにもなります。…っと偉そうにすみませんでした。」
ついつい偉そうな講釈を垂れてしまったと、焦りつつ先生たちの様子を伺うと二人とも目を真ん丸にして口をあんぐりと空けこちらを見ていた。バツが悪くなり俯くと「プッ」と並木先生が笑い出す。
「結城君って何歳なのー?しっかりしすぎて怖いんだけどー。」
冗談だとわかっていても年齢の話をされるとヒヤッとする。バツが悪くなり深川先生の方を見るとなにかブツブツつぶやいていたかと思えば、ウンと何か納得するように立ち上がる。
「結城君!ありがとう!先生、結城君と話せてよかった!また、先生とお話ししてね!」
深川先生は俺の手を両手で握りブンブンと上下させお礼を言うとニコニコしながら「じゃ、またね」と保健室を後にした。
呆気にとられながら深川先生の後ろ姿を見送ると並木先生が優しい笑みを浮かべながら話しかけてくる。
「七海ね、教師になってからずっと悩んでたんだ。私はね、見た目が幼いし、真剣な雰囲気も自分に合ってないってわかってるから気にしてないし気にしないほうがいいよ。ってそう思ってたんだけど…結城君…キミ、すごいね。」
そんな風に言われてしまうと買い被りすぎ以外の言葉が浮かばない。こんなこと、実は誰でもやっていることだ。それに実際、そのやり方が深川先生に合っているかはやってみないとわからない。そう考えていることも並木先生の優しい瞳に覗かれているかのような気がして、ふぃと視線を逸らす。
「結城君、…キミほんと何歳?」
今度はいたずらっ子のような瞳で覗き込んでくる。
「そんなジジ臭いですか?自分なんてまだまだですよ。まだ高1の16歳です。」
ごまかす様に視線を外しながら答える。
「結城君、4月生まれなの?高校1年生はこの時期大体15歳だよ♪」
並木先生はからかう様に言うが正直冷や汗が止まらない。慌てて「今年16って意味ですよ」と訂正する。しどもどをどう取り繕えばいいかわからなくなり開き直って並木先生の目を見つめる。まさに窮鼠猫を噛むである。
並木先生はまさか俺が攻勢に出るとは思ってなかったようで見る見る顔が赤くなり、あぅとかうぅとか唸っている。
そんな言外の攻防に火花を散らしていると授業の終わりを知らせるチャイムが鳴り響く。
「そろそろ行きます。休憩させていただいてありがとうございました。」
「またきてよー。誠君、今度一緒に飲みに行こうよ♪」
軽くお辞儀をして退室を告げると明るく並木先生が飲みに誘う。確かに以前の俺は飲みにケーションは苦手ではなかったし、なんなら飲みの席で本音をぶつけ合うのは好きなほうだった。が、しっかり釘を刺す。
「未成年はお酒飲めませんから。純情青年をからかわないでください。」
そう言いながら保健室を後にした。
***
その後の授業は特に変わったこともなく昼休みにもらった入部届を眺めつつどうしたものかと考える。
本音はもう少し色々部活を見て回ってから返答しようかと思っていたのだが…
以前にはなかった部活。今日自習室に行かなければなくなっていたはずの部活…
そのことが自分の興味を引くには十分すぎる理由に思えた。しかし、問題はまだ残っている。
部申請を通すためには部員が最低3人必要とのことだった。誰か誘える人がいたかなと考えていると、ふと思い当たることがあった。
懐をごそごそして生徒手帳を取り出す。ペラペラとページをめくって校則のページを確認する。
「これだ。」
目的の項目を確認して笑みがこぼれる。これで天文部が立ち消えになるということは回避できそうだった。入部届に氏名を書いて鞄にしまう。
授業が終わり姫川さんにノートを返す。
「いろいろ、落書きしちゃっててごめん。」
謝ると姫川さんはにこっとしながら「いーよ、いーよ。落書き帳だし」とにこやかに応対してくれた。
帰りのHRが始まり深川先生が入ってくる。が、明らかにテンションがおかしい。ニッコニコである。そして話し方が非常にフランクだ。
どうやらさっきの話を実践しているようだがもっと自然体でいいのに、これじゃただの機嫌のいい人だ。そしてやたらチラチラとこちらに視線を送って来る。なんなら軽くウィンクまで飛ばしている。やめて!誤解されちゃう!一応ニコッと営業スマイルで受け流す。
HRが終わると志信がやってきた。今朝言っていた部活の件らしい。
「まことー。部活決めたー?」
「おぅ、一応な。志信はどうすんの?」
「一応気になってるところあってね。今から見に行こうかと思ってるんだけど、誠はどこにしたの?」
「天文部だよ。志信の気になってる部活、当ててやろうか?空手部だろ」
「さすが誠だね!当たりだよ!でも誠が天文部ってなんか意外!」
もちろん志信が空手部に入ることは知っていたし覚えていた。もっと言えば小学校と中学2年までは志信と俺は同じ空手道場に通っていた。俺が道場に行かなくなっても志信はしっかり道場に通っていたようだった。「待ってようか」と提案したが「遅くなると悪いから」というので先に帰宅することにした。
志信と別れ教室を出ると深川先生が生徒たちに囲まれ未だ談笑していた。
確かに生徒たちと楽しそうに笑う深川先生は俺の知っている担任の先生のどの記憶とも違うまぶしい笑顔だった。
深川先生は俺を見つけると満面の笑みで「結城君!また明日ね!」と手を振った。周りの生徒が不思議そうな顔を浮かべていたが俺はニコッと営業スマイルを返し帰路に着いた。
***
帰宅し、母親と夕飯を取っていると「部活どうするの?」と聞いてくるので「天文部に入ろうと思う」と簡潔に返す。
「天文部って何するの?」
「知らない。これから何するのか考える。」
そんなやり取りをし、夕飯を済ませ自室に戻る。学習机に座って翌日の準備をし、ふと今日のことを思い返す。
目を覚ますと高校1年の自分に戻っていた。しかし、昔のことで忘れていることも少なくはないが、高校生活とはこんなにもキラキラしたものだっただろうか。また、自分が何かをすることで以前自分が歩んだ道と別の道が開けていくような感覚はすごく輝いて見えた。
ならばこの体験を、この第二の高校生活を、そこから続く自分自身の人生を精一杯謳歌しよう。
よりよい明日をつかむために。