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19話 小さな恋の物語 その5

 放課後になり、空手部の活動している武道場に行く。そこでは空手部をはじめ、柔道部、剣道部、合気道部が各々固まって練習をしていた。


 今度の練武展はこれらの格闘技系の部活が型の披露や組手、試合など要するにオリエンテーションの意味合いが強い。


 俺自身は誠との勝負という名目ではあるが、試合というわけではないので今回のような無茶がまかり通ったのかもしれない。


 俺の姿を見つけた太田君が駆け寄ってくる。


 「お疲れ様!真一君!誠からも話は聞いてるよ。練武展まで頑張ろうね。」


 太田君はにこやかに挨拶してくれる。はっきり言うと、俺は運動が苦手だ。格闘技なんて、今までしたこともなければ、何ならテレビでやっているK-1なんかも見ることもない。


 「お!太田の言ってた子か。主将の有馬だ。押忍!」


 「お、押忍!」


 俺よりも体格のガッシリした空手部の有馬主将が俺の肩を叩きながら挨拶をしてくれる。俺も見様見真似で挨拶を返す。


 この人滅茶苦茶強そうだ。誠とだったらどっちが強いのだろう。


 「主将、僕と真一君は別メニューでやりますから。組手の時は人手貸してください。」


 「お、おう、そうか。あまり無茶して怪我だけはさせないでくれよ。」


 空手部の中で太田君がどれほどの地位かはわからないがこんなに強そうな人なのにえらく腰が低く感じる。


 「キミ、どんな事情かは知らないけど、本当に怪我だけはしないでくれよ。太田の通ってる道場、かなり厳しいことで有名なんだ。」


 有馬主将が小さな声で俺に耳打ちする。その鬼気迫る物言いに少したじろいでしまう。


 「主将、変な事吹き込まないでください。彼はあの結城君と勝負するんですから、普通のメニューのわけないじゃないですか。」


 太田君の言葉に有馬主将は俺の肩をポンポンと叩き、行ってしまった。


 「誠って有名なの?大会出たとか、そういうの聞いたことないんだけど。」


 俺は少し怖くなり誠について聞いておく。


 「あ、ウチの道場ね、大会とか出場できないんだ。先生が昔大暴れしたみたいでさ。その代わり、地域の道場との練習組手みたいなのがあるんだけど、誠は中学時代でも負けなしだったよ。文字通りね。」


 太田君はあっさり言うが、大変な相手と勝負することになっていたようだ。


 でも、これは俺自身が望んだことなんだ。今更後には引けない。


 「押忍!これからお願いします!」


 俺は気合を入れて太田君の指導を請うた。


***


 あれからもう三週間、はっきり言って地獄だった。太田君はまるで悪魔が乗り移ったか、天性のドSなのではないかと思うほどだった。


 まず気付いたことがある。俺は体が硬い。いや、硬かった。


 準備運動の際の柔軟体操、俺は全然出来なかった。


 股割は最初90度くらいしか開かなかった。


 すると太田君は俺の開いた足を蹴るのだ。自然と体重で足は大きく開く。激痛を伴いながら。


 前屈はまず、足がしっかり伸びないし、体も90度くらいから前に行かなかった。


 すると太田君は空手部の面々を呼び二人に俺の足を押さえさせ、もう二人に俺の背中を押す様に命じるのだ。当然、俺の体は強制的に前のめる。激痛を伴いながら。


 しかし、そうこうしているうちに俺の体は最初に比べるとかなり柔軟になった。


 前屈はなんとか顎が膝に着くようになってきたし、股割もほぼ180度に近く開くようになった。


 主将さん曰く、柔軟体操はリハビリするのと同じで、すればするほど、怪我しない程度にハードであればあるほど柔らかくなっていくのだそうだ。


 ただ、その痛みに普通は耐えられないらしい。


 俺もこの2週間、泣きに泣いた。叫びに叫んだ。


 しかし、空手部どころか武道場にいる誰も俺の事を助けてはくれなかった。


 それどころか太田君が要請すれば、皆で俺の足や体を一緒になって押さえるのだ。


 周囲から見れば完全に虐めだ。しかしこれは俺が望んだことだ。


 次に俺は持久力がなかった。


 朝と練習後、太田君と走り込みをするようになった。しかし、俺は彼に全然付いていけなかった。バテバテでいつも置いて行かれた。


 「こればっかりはどうにもならないから、ごめんだけど、自分で頑張って。」


 太田君は笑顔でそう言った。俺は少しほっとした。これは自分のペースでできる。そう思った。


 甘かった。太田君は俺の横で俺の状態を見ながら細かく指示を出すのだ。


 呼吸が浅い、足が上がってない、腕の振りが小さい、顎を引く、ペースが落ちてる、やる気あるの、云々。


 これが登校前と練習後の二回あるのだ。これは本当に辛かった。サボりたかったし、家に帰りたかった。でも俺が決めたことなんだと自分に言い聞かせた。


 そして俺は体幹が弱かった。


 柔軟を終え、やっと練習に入れたと思いきや、正拳の型をする俺を見て太田君が言う。


 「正拳の度に身体がフラフラしてる。ダメだよ。今日は体幹トレーニングね。」


 そう言い、まずプランクをさせられた。両肘を着いて体をまっすぐに停止。ただこれだけなのだが、かなりきつい。最初は30秒も持たなかった。


 「目標三分は持たせて。出来ないならもう練習には付き合わない。」


 そういい、太田君は俺がプランクするのを見て体の曲がり、膝の折れ、視線の向きなど事細かく指示するのだ。


 何度かの失敗を経てやっとのことで三分が経過する。


 「毎日一分ずつ追加していくからね。絶対できるはずだから。」


 そう言い、次にワニ歩きをさせられる。これは一見匍匐前進のようだが全然違った。腹ばいになり、掌を地面につけお腹を浮かせる。その体制で武道場の中を手足を交互に出しながらグルグルまわるのだ。


 俺の不格好なワニ歩きを見て笑った部員はみな同じようにさせられた。最後にはワニの列ができ後ろのワニに噛み付かれないよう急かされながらすることとなった。


 そしてようやく空手らしい練習をさせてもらえるのだ。


 太田君曰く、空手部の空手とは少し違い、なんでも実践格闘技拳法というらしいが、何が違うのか俺にはわからない。


 しかし、防御の型を練習している時、よくわかった。この拳法、金的がある。さらに上段突きの防御はまさしく相手の骨を折るような防御の型だ。


 「勝負の時、誠が油断してるようだったら遠慮なく折って。向こうが折ってくることはまずないと思うから。こっちは遠慮なくいこう。」


 太田君は冷たく言う。二人、実は仲が悪いのかと思うくらいだ。


 そして二人で受け合う。太田君は分厚いグラブに脛当て。対して俺は同じくグラブに脛当て、そして分厚い胴当てに一応とヘッドギア。


 最初に太田君の拳打をミットで受ける。


 重い。一発一発がミットを突き抜けて来ているような錯覚に陥るほどに。


 思わずミットが開いてくると太田君は容赦なく怒鳴る。そして、顔面に軽めの拳打を見舞われるのだ。


 さらに受け合いの時、太田君から一瞬でも目を逸らすとこれまた怒号を浴びせられ、拳打を打ち込まれた。


 こちらの攻撃の時も構えが下がったり拳の戻りが遅いと容赦なくミットで殴られた。


 蹴りの練習時はもっとハードだった。


 太田君の前蹴りを跳び箱の上の部分のように分厚いミットをガッシリ持ち受ける。


 太田君の蹴りを受けた俺は武道場の端まで転がり跳ぶことになった。華奢で小柄な太田君のどこにこんな力があるのかつくづく疑問だ。


 回し蹴りを受けた時は前蹴りほどではないが、痛みはそれほどではないのに足が立たなくなった。こんな経験は生まれて初めてだ。


 「自分が受けてみて初めて攻撃の意味も価値もわかるでしょ。」


 太田君は心底楽しそうに言った。


 そして、一日の練習の最後にやっと組手をさせてもらえるのだ。


 俺はこの練習の中で組手が一番楽しく感じた。相手が太田君の時を除いて。


 空手部の人が相手の時は相手も遠慮があるのか自分でもそこそこ楽しく立ち回ることができた。


 しかし、太田君が相手の時は別だ。俺の攻撃は今まで一度も入れたことがない。


 まさに太田君用のサンドバッグだ。攻撃すると受けられ、防御に回ると一方的に崩される。俺の体の痣は日に日に増えていった。


 練習が終わり、走り込みの準備をしようと鞄を持つと太田君がやってきた。


 「もう、練習後の走り込みは良いよ。そのかわり、居残り練習するから。」


 もう練武展まで一週間ほどだ。最後の調整でもするのだろうかと太田君を見る。すると隣に有馬主将がやってくる。


 「太田、本当にやるのか?」


 やけに神妙な面持ちで有馬主将は太田君に問う。


 「やりますよ。真一君、悪いんだけど、キミは絶対に誠には勝てないよ。」


 そんなことは言われなくてもわかっている。でも俺は、俺は、俺は…誠に甘えっぱなしの自分を変えたい。みんなを守れる男になりたい。…好きな人に好きって言える自分になりたい!


 「それでも、やる。」


 言葉にならない思いを眼差しに込めて太田君を見る。


 「そう、じゃ、勝てなくても、誠に痛い目合わせるための練習、しよっか。」


 太田君はニッコリと笑いながらそう言った。


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