17話 小さな恋の物語 その3
その日アタシと優子、真一、霧崎先輩の四人は真一のバイト先のファミレスへ来ていた。
正直、この展開も含めて、遊び半分の気持ちを持っていたことは確かだ。後々になって考えると人の恋心で遊ぶなんて、アタシたちは最低なのかもしれない。
でも、この時のアタシたちに罪の意識などなく。友達の恋の成就に執念を燃やしていたことも事実なのだ。
「で、どの人が真一の意中の人なの?」
席に着いたアタシはイの一番で真一の想い人を探す。
「いらっしゃいませ。あら、真一君。今日はお友達と食事?」
きょろきょろ視線を泳がせているとウエイトレスさんが水を持ってきてくれる。すると真一の視線が固まる。なるほど、この人か。
その人は気さくな感じのお姉さんで、確かに引っ込み思案な真一にはよく合いそうというか、グイグイ引っ張ってくれそうな雰囲気のお姉さんだった。
「この前話してた、天文部の友達。」
真一が答えるとウエイトレスさんはアタシたちの顔を楽しそうに眺める。
「へぇー。お話は真一君から聞いてるよ。じゃ、注文決まったら呼んでね。ごゆっくりー。」
アタシたちは適当に注文を済ませ、優子と二人でドリンクバーに来た。
「さっきの人だよね。」
短く優子に確認すると優子は意外そうな顔をする。気付いてなかったのね。
「え、あの人?なんか意外!」
優子はアタシとは別な印象を持っていたようで目を丸くさせている。
「もっとなんかザ・お姉さん!って人かと思ってた。バブみあるというかさ。」
たまに、いや、結構な頻度で優子の言う事は、訳が分からないよ。
「わからないよ。例えばどういう人のこと?」
優子のオタク癖は放っておくと悪化するので説明を求める。
「例えばさ、そう!霧崎先輩とかさ、並木先生とか。」
優子の言う二人。
霧崎先輩は落ち着いた雰囲気の先輩で、話もゆっくり聞いてくれる。かといって真一の様に話下手という事もなく、絶妙なタイミングで話の合いの手も入れたりする。おまけにおっぱいがすごく大きい。ちっ。
並木先生は普段は落ち着いた大人の女性という雰囲気なのに、遊ぶとなるとその幼い見た目通りに、はしゃぎまわる子供に変身できる。ある意味理想の大人の姿なのかもしれない。おまけにおっぱいがすごく大きい。ちっ。
「結局おっぱいの話じゃんか!」
アタシは優子にツッコミながら肩で体当たりする。彼女はいたずらっ子の様に笑いながら逃げていく。
「ねえ、楽しそうにしてたね。なんの話してたの?」
ジュースを入れて戻ってきたアタシたちに霧崎先輩はニコニコしながら問いかける。内容がないようなだけにアタシからは言い辛い。優子を見ると彼女は意気揚々と先輩に質問を返す。
「霧崎先輩のおっぱいってなんでそんなに大きいんですか?ちょっと触ってもいいです?」
そう言いながら先輩の胸をつつく優子。真一は赤くなって俯いてしまった。
「おお!やわかい。もうちょっと大胆に…」
優子は調子に乗って先輩の胸を鷲掴みする。
「おほぉー!これはこれは!先輩ホント良いものお持ちですなぁー!」
まるでエロジジイのようなことを言いながら先輩の胸を弄ぶ優子。
意外なのはこの状況に霧崎先輩が声も出さずに優子のなすがままになっていたことだ。アタシも揉んでもいいのかしら。
そう思いながら先輩の顔を見たアタシは思わず固まってしまう。
先輩、目が笑ってない。というより、かなり怒ってる。この間誠と美海に説教した時以上に怒っているかもしれない。
「ヒッ!」
優子も事態を察したのか小さく悲鳴を上げる。
「もうそろそろやめとこうかな…」
優子の声は見る見る小さくなっていく。自分のしでかしたことを理解したのだろう。
「優子ちゃん。もういいの?満足?」
ニコニコした表情は一切崩さず霧崎先輩が優子に問いかける。しかし、その背後からどす黒いオーラが出ているのを感じる。
「も、もう十分かなー。いやー、本当に羨ましいなー。」
優子は目を泳がせながらあからさまな棒読みでなにかブツブツ言っている。
「そう。私、ジュースおかわりしてくるわ。」
そう言い、席を立つ霧崎先輩。しかし、アタシたちが先ほど入れてきたジュースはまだ並々と残っている。
「わ、私、入れてきますよぉー。」
優子が小さく手を挙げる。
「いい。」
霧崎先輩の短く言ったその言葉がアタシたちの恐怖を増幅させた。
しばらくして霧崎先輩が帰ってくる。手に得体のしれない黒い飲み物を持って。
「あの、霧崎先輩、それは?」
恐る恐る優子が霧崎先輩にお伺いを立てる。
「優子ちゃんの飲み物。」
霧崎先輩は満面の笑みで答える。
「いや、私、オレンジジュース飲んでるし…」
「飲めよ。」
霧崎先輩からどす黒いオーラが噴き出してくる。
「…はい。」
優子は恐る恐るその黒い飲み物に口を付ける。
「ぶはっ!げほ!なんですか?これ?」
口を付けた途端、優子がむせ返る。
「ちゃんと飲めるもののはずだから残しちゃだめだよ。」
先輩は心底嬉しそうな顔をしながら言い放つ。怖い。
それもそうだ。霧崎先輩は夏合宿の時も三年生の先輩二人がケンカしているとそれを一喝して鎮めてしまうような人なのだ。いつもはニコニコしていてもこの人が怖くないわけがない。
「霧崎先輩、怖い。」
真一も俯きながら震えている。
「ご注文お待たせしましたー。って、ドリンクバーで遊んでるー!」
料理を運んできた真一の想い人であろうウエイトレスさんが咽ながら青い顔をして黒い飲み物を飲む優子を見て言う。
「この子の好物なんです。」
霧崎先輩はまたしても満面の笑みで言う。
「あら、変わった子なのね…。真一君、私もうすぐ上がりだから。」
ウエイトレスさんはそう言うと真一は意外という顔をする。どうやら本来のシフトではまだ勤務は終わらない予定らしい。
「なにか、用事、ですか?」
真一が尋ねるとどうやら店の込み具合から店長から上がっていいと言われたらしい。アタシはここぞとばかりに切り込む。
「じゃ、アタシたちと夕ご飯一緒にしませんか?」
あたしの誘いにウエイトレスさんは少し考えた後言う。
「そうね。せっかくだから、ご一緒しようかな。」
そういい、残りの勤務を終わらせるべく戻っていくウエイトレスさん。アタシは真一にウインクして自らの功績を誇る。
「そういえば、今日結城君と深川さんは?デートかな?」
そういえばこういう時、付き合いたての二人はなにをしているのだろうか。二人とも中身はもう大人の男性と女性のはずだ。色々な妄想がアタシの脳裏を過ぎる。
「誠と美海は今日、うち来てる。」
真一が言う。
「え!?二人で?なんで?真一の家でまさか…」
優子の青ざめていた顔が見る見る赤くなっていく。
「違う。妹と弟の面倒と夜ご飯作ってくれてる。夏休みも誠、結構面倒見てくれてた。」
真一は慌てて訂正する。
「そっかぁ。でも二人はどこまで進んだんだろうね。」
先ほどまでの邪な妄想が油断したアタシの口から零れてしまう。
「そりゃあもう大人な二人の事だから、もうきっと色々しちゃってるよねぇ。」
アタシの言葉に優子が嬉しそうに眼を細めながら言う。
「そういえば二人とも大人だったときはどこまでしたのかな?もう色々大人の時にしちゃってるのかな?」
霧崎先輩の言葉にアタシの妄想はますます膨らんでいく。自分でも顔が赤くなっていくのがわかるくらいに頬が熱い。
真一も普段あまり感情を表に出さないのに顔を真っ赤にしている。
「今頃も二人キスくらいはしてるのかもよ。」
霧崎先輩はどんどん妄想を掘り下げていく。
「おまたせー!あれ?みんなで顔真っ赤にしてなんの話してたのかな?」
勤務を終えたのであろうウエイトレスさんが私服に着替えアタシたちのテーブルにやってくる。真一の隣に座っていた霧崎先輩はあたしたちの隣に詰めて真一の隣にウエイトレスさんが座る。
「道田です。よろしくね。それで、何の話してたのかな?」
アタシ達は道田さんにそれぞれ自己紹介をする。
「いや、なんでもないです。ちょっといろいろ想像を…」
先ほどの妄想を思い出しまた頬が熱くなる。
「んー?…わかった!この間来てた二人の話してたんでしょ?」
道田さんが言っているのはズバリ誠と美海の事だろう。この人、意外に鋭い。
「今日みんなで来たってことは真一君の恋愛相談かな?」
今日の本題を当てられアタシたちは凍ったように固まってしまう。この人、本当に鋭い。
「真一の好きな人に想いを伝えるためにどうしたらいいかの相談だったんです。」
優子は取り繕いながら言う。その相手は目の前に居るわけなのだが。
「うーん、やっぱりさ、男同士が好きな子を取り合う時と言ったら、勝負じゃない?」
道田さんは目を輝かせて言う。
「それだ!いいですね!私も賛成。そういう展開アニメみたい!」
優子は前のめりになって賛成する。それにしても、真一と誠が勝負か。
「勝負って何するの?結城君と細田君がケンカでもするの?」
霧崎先輩が心配そうに言う。しかし、誠にケンカを吹っ掛けたところで真一に勝てるわけがない。誠は上級生の不良を一方的にやっつけた過去があるのだ。
それはここにいるみんなもよく知っている。アタシと優子は難しい顔をする。
勉強は地味だし。スポーツ、って言っても誠はスポーツも何気に万能だ。真一は体格の割にスポーツは苦手と来ている。
「やっぱりさ、ケンカじゃなくても拳を交えるのはロマンじゃないの?」
何も知らない道田さんは暢気に言う。
「いやですね、相手の誠は…」
「やる。誠と勝負する。」
言いかけたアタシを珍しく真一が制止して言う。
「やる。勝てなくても、じゃないと誠はまた無理をする。」
真一も文化祭での出来事を意識しているようだ。
「それに、俺も強くならないと、みんなを守れない。」
そういう真一の瞳の奥には決意の炎が揺らめいていた。
「なにかあったの?そんな重い話なの?」
ここにきて置いてきぼりを喰らった道田さんは不審な声でアタシたちに尋ねる。
「実は…」
アタシたちは文化祭の経緯をかいつまんで説明する。
「あの子、そんなに危ない子だったの?」
道田さんは驚きを隠すことなくいう。
「いや、普段はそんな雰囲気全くないんです。あの時は非常時事態だったというか。」
誠が拳を挙げているところはあれ以降、全く見ていない。
「結城君、噂では聞いていたけど無茶するんだねぇ。」
霧崎先輩も驚いている。
「空手部の太田君いるじゃないですか。その子と幼馴染で同じ道場だったみたいで、実力も太田君より強かったみたいです。」
優子が神妙な面持ちで言う。
「でも、そんな相手じゃ、流石に…」
道田さんも自分の軽率な発言に反省したのか申し訳なさそうに言う。
「そうだ!ケンカは反対だけど、スポーツならいいんだよ。空手部の練武展が十月末にあるじゃない。それに出させてもらったらどうかな?」
霧崎先輩は手を叩いて言う。練武展がどういったものかはわからないがちゃんとしたスポーツの枠でなら事故もないだろう。
「それなら太田君に頼めばどうにかなりそうだね!」
優子も乗り気のようだ。
「でも急に素人が参加させてほしいなんて大丈夫かな?」
アタシの言葉に優子は目を輝かせ始める。
「だから、特訓だよ!太田君に練武展までに真一の特訓を付けてもらうの!」
なるほど、それならば真一が練武展に出ることも反対されにくいかもしれない。
「それに、練武展だったら一般観覧も大丈夫だから道田さんも見に来れますよ。」
霧崎先輩が提案する。
「そうなの?なら、私も見に行こうかな。」
道田さんも観戦の意思を示す。
しかし、練武展がなければこの人はどうするつもりだったのだろうか。
「じゃ、早速明日から頑張ろう!真一は練武展まで天文部には来なくていいからね。」
優子は拳を突き上げて言う。
その後、みんなであれこれ作戦?を考えては却下の他愛もない時間を過ごして各々帰路に着いた。
帰り道、アタシは文化祭の時のことを思い出していた。
またあの怖い誠を見ることになるのだろうか…。
そんな思いが引き寄せてしまったのかも知れない。
「おい!お前!」
なんてタイミングなの。しかも今はアタシしかいない。
アタシに声を掛けた人物を見て肌が粟立つ。この人は…。




