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1話 やり直しってんなら本気でやるから! その2

***


 目を覚ますと見覚えのある天井。しかし、覚えがあるにはあるが…実家だ。


 さらにベッドは俺が昔使っていた物。昔、結婚した時に廃品業者に処分したはずなんだけど。


 どのくらい意識がなかったのか、気になって手探りでスマホを探す。しかし枕元には目当ての物はなく。


 「なっつ・・・」


 ガラケー。昔使っていたブルーのガラケーがあった。パカパカ開くまさに”携帯”だ。


 パカっと開くと大きく時刻、少し小さめの表示で日付。しかしおかしい。


 「200X年。4月8日。…は?」


 よくわからないけど疲れてるんだね。会社休ませてもらおう。そう思いまたスマホを探す。


「あれぇー。ないー。」


 ベッドの周辺にはない。スーツの中に入れっぱなしなのかと部屋を見渡してみる。


 スーツもない。というか、部屋が全体的におかしい。


 ベッドは昔捨てた物。学習机がある。これも昔処分した。そういえば記憶にある実家の部屋よりも微妙に部屋が大きい。壁にはご丁寧に高校時代の制服が飾ってある。正直俺は高校時代にそこまでアオハルしてたリア充って訳ではない。寧ろボッチとまでは言わないが友達は少なかった覚えがある。こんな後生大事に「思い出の品」とやらを取っておくような甲斐性もない。


 「もう起きて学校いきなよー!」


 部屋の調度品を眺めうんうん唸っているとリビングのほうから母親が呼ぶ声がした。学校?何言ってんだ?ウチの母親にもついに認知症の症状が現れてしまったのか。もういい歳だもんなぁ。前に実家寄った時にはピンピンしてたのになぁ。現実の問題として考えると少しも笑えない。重大な問題である。


 このままリビングに顔を出すのは非常に億劫に感じられたが、現状を理解しないままにしておくほうがよほど怖い。仕方がないのでリビングに顔を出す。


 「おはよう!」


 …母親が、若い。40そこら、いや、下手したら30代に見える。あれか?仙人みたいのが歳取りまくって逆に見た目が若返るとか最終的には8歳くらいの幼女になるまであるって…いや普通に母親だしキモイわ。


 「朝の挨拶くらいちゃんとしなさい。」


 「あぁ、おはよう。っていうか何?学校て何?」


 「あんた高校入学したばっかりでしょ。もう登校拒否?」


 「いや、ちょっと待って。なに?なんで?」


 ちょっと理解できない。まず、何から確認すべきだろう。


 「今っていつ?」


 我ながら意味不明な質問だ。どうやら母親の認知症を心配するよりも自分の頭がどうにかなってることのほうを心配するべきみたいだ。


 「もう7時10分よ。7時半には家出ないと間に合わないんでしょう」


 「じゃなくて、えーっと、今って何年?」


 「?平成?平成1X年よ。」


 平成って言ったか。どうやら令和は光の速さを超えてついに平成に回帰して…いや、意味わかんね。


 「平成1X年て西暦いつよ?」


 「200X年。なに?どしたのって時間!顔洗って服着替えて準備しなさい!」


 時計はもうすぐ7時20分になろうというところだった。確かに高校に向かうとすればもうそろそろ家を出なくてはならない。


 いろいろな意味で顔を洗ってさっぱりする必要があったので洗面台に向かって驚いた。


 「おぉ、若い。っていうかガキじゃん。」


 もういろいろあきらめ半分の心境ではあるが実際に自分の顔を見ると改めて異常事態であることを痛感させられる。鏡にはよく見覚えのあるまだ幼さの残った高校生の顔がある。顔を洗いながら髭剃りに煩わされない若さを堪能し、自室に飾ってあった制服に袖を通していくと自然と笑みがこぼれた。それは懐かしさというよりも、高校生に扮して悪戯をするようなそんな笑みだった。学習机のそばにある鞄をひっつかむ。


 さて、行ってきますと玄関を出たものの、俺が通っているのは制服と鞄から市立山手西高等学校であることのおおよその察しはついている。なにを隠そう俺の母校だしな。駅まで徒歩でそこからたしか3駅だったかな?


 駅に着き、鞄をごそごそと探り財布を探す。開いて所持金を確認する。1万4千と小銭が786円。おぉ、結構持ってる。券売機に行き目的駅への金額を確認していてふと思い当たる。たしかどこかに定期なかったっけかな?


 鞄を再びごそごそと漁ってみると、あった。鞄の外ポケットに定期入れと定期。目的地もばっちり書いてある。俺偉い!


 定期を改札に差し込み出てきた定期を受け取る。懐かしい。定期の裏には時刻と入ったことを表す文字が印字されている。「俺昨日もちゃんと学校行ってるな。」こんな心の声誰かに聞かれたら即カウンセリング行きだよ。


 「誠!おはよー」


 電車を待っていると後ろから同級生だと思われる男の子から声を掛けられる。というかよく知ってる人だわ。若返ろうが見間違うこともない。同級生で幼馴染の”太田 志信”だ。志信は大人になっても度々一緒に飲みに行っていたし、間違いなく俺の人生で一番仲のいい男友達と言えるだろう。


 「あぁ、おはよ」と軽めの返事をしながら確認しておいたほうがいいことが数点あることに気づく。


 「教室一緒に行こうぜ。」我ながら完璧な誘い文句である。なぜなら俺と志信は高校で三年間同じクラスだったことを覚えている。これならごく自然に教室まで案内してもらえる。


 「いいよー。誠部活はもう考えてるの?」


 問われて思い返す…までもない。高校では3年間ずっと帰宅部だった。それどころか早く社会に出ることを憧れていた俺は狂ったようにアルバイトに励んでいたのだ。


 「まだわかんないなぁ。」


 実際今自分が置かれている状況ですらイマイチよくわからないのだ。部活とか考える余裕など今はない。


 そうこうしているうちに電車がホームに付き志信と電車に乗り込む。電車の中は満員とは言わなくてもそこそこに人が乗っており志信とは電車を降りるまで会話もなく、車窓から流れる景色に目をやる。そこにはやはり、懐かしさよりも新鮮さといったほうがしっくりくるような、見慣れていたはずの景色が流れていた。


 学校に着き、志信と下駄箱に来たもののまた問題発生である。クラスの出席番号がわからない俺は自分の上履きがわからない。


 「俺のどれ?」志信に聞いてみたが志信も首をかしげてしまった。そして、しばし間をおいてから何かを思い出したように鞄を探り、クラス名簿表を取り出した。さすが我が親友!手際の良さが一流です!


 名簿を確認し無事上履きに履き替えクラスの確認も済ませた俺は志信と教室に向かった。


 それとなく自身の席を志信に教えてもらい窓側後方二番目の席に着く。良い位置だと思うだろ?これがなかなか夏場には開け放たれた窓に吹き込む風にたなびくカーテンのせいで授業どころではなくなるのである。


 朝のHRが終わり、授業の確認をして机の中をごそごそと探る。ない。鞄も一応見てみる。ない。うーん、なんということでしょう。教科書一式をお忘れになっているではありませんか。ちゃんと翌日の授業準備はしておこうね!俺!


 とはいえ、教科書もノートも出さずにただ座っていてはあまりにも目立ってしまう。隣の席の人に見せてもらおうとちらりと見やると少し明るめのウエーブがかったロングヘアーに少し強気そうな目の女生徒だった。


 「ごめん、教科書忘れちゃって…見せてもらえるかな?」


 「う、うん。いいよ。」


 正直女子高生に話しかけるのは(年齢的に)ハードルが高かったがあまり目立ちたくもなかった。思い切って声をかけたが一応の了承はいただけたようで机を付け教科書をずいと近づけてくれた。


 「ありがとう。えーと…」


 「あ、姫川です。”姫川 優子”よろしくね。」


 「結城誠です。どうもご迷惑おかけします。」


 「なにそれ。かしこまらないでよ。」


 ついサラリーマンの癖が出てしまった。しかし、姫川さんはクスっと笑い悪い印象ではなさそうだったのでまぁ、良しとしよう。


 授業の内容はほとんど中学の基礎的な部分の復習であったり、そこまで難しい内容ではなかったので今日一日内容を聞いてなかったからと言って極端に授業から置いて行かれるようなことはなさそうだった。


 高校1年生として目が覚めたのは不幸中の幸いで、これが2年や3年ともなると授業内容などちんぷんかんぷんのアブラカタブラ、おおよそまともに聞いても半分も理解できなかったことだろう。さらに言えば人間関係も出来上がった後になり、いきなり浦島太郎の記憶喪失状態。そうならなかっただけでも神様にも一応の人情はあるのだろう。


 授業内容を耳半分に聞き流しつつ、さて今自分が置かれている状況と今後について、どうするか考えを巡らせようかというところで隣の席からちょんちょんと遠慮がちに肩をつつかれ、ちらと目線をやると姫川さんが小声で話しかけてきた。


 「ノート。取らないの?」


 「ノートも教科書も全部忘れちゃって…紙切れかなんかある?」


 こちらも小声で返すと姫川さんはすこしごそっと机を探り「ん」と1冊のノートを差し出してきた。


 「や、ノートとか悪いし、切れっ端とかでもあるといいんだけど。」


 「いいよ。落書き帳だし。ノート持ってきたらまた写せばいいじゃん。」


 ずいっと出されたノートを静々と受け取り「ありがと」と短めの礼を言う。ノートを改めてみると罫線も何もない真っ白なノートだ。最初のページにちょこちょこ落書きや覚書、入学時に仲良くなったであろうクラスメートの名前などいろいろ書かれている。


 「あんまり見ないでよ。恥ずかしいし。」


 少し顔を赤らめ姫川さんが抗議してくる。「ごめんね」と軽く返し、ノートの白紙のページを開いた。


 もちろん板書がしたくて借りたわけじゃない。とりあえずの状況整理をするためだ。ノートの上に現在の状況を箇条書きする。


 ・200X年4月8日


 ・202X年4月7日


 ・高校1年


 ・死んだ?


 ・夢?現実?どっちが?


 ・生まれ変わり?入れ替わり?


 ・タイムスリップ?


 ・何故?


 書きながらお約束のように自分のほっぺたをつねってみる。痛い。夢ではないようだ。では今までが夢で202X年までの妄想をしていたのか。否、社会人になってから痛い思いなどそれこそ肉体的にも精神的にも山のようにしてきたし、それこそ死ぬんじゃないかという体験もあった。


 寝れば夢を見る日もあった。寧ろ今こそ家に帰って寝れば泡沫の夢のようにサラリーマンとして目を覚ますのではないかとさえ思う。


 しかし今の現状をいくら考えても俺は高校1年生からもう一度人生をやり直す必要がありそうだということ。何故とかそういうことを考えるとそれこそ途方もなく考えあぐねることになりそうで一旦考えることはやめた。


 そうこう考える内に一限の授業の終了を知らせるチャイムが鳴り教師が教室を出て行った。休み時間になると姫川さんが先ほどより少し大きな声で話しかけてくる。


 「この後は教科書あるの?」


 「ごめん、全部持ってきてないんだわ。見せてもらえるかな?」


 客観的にずいぶん図々しいお願いである。迷惑を承知でお願いした。


 「全部!?何しに学校来てるのよ。…いいよ。」


 言葉とは裏腹にあきれ半分笑顔半分といった雰囲気で快諾してくれた。姫川さん、正直名前どころか印象も何も覚えてないけどいい人だなぁ。


 その後の授業も姫川さんと机を付け、形だけ教科書を見せてもらい、落書き帳には今後どうするのかを書き込んでいく。


 まず、元の生活にはもう戻れないとする。そして俺は何をすべきなのか考える。


 大学には行きたい。できれば国立。もう専門学校には行かない。


 そのためにどうするか。まず勉強をする。ちゃんと受験勉強にも精を出すこと。そして部活はどうするか。アルバイトは。


 アルバイトは正直今はする気はない。出来るならまともなアオハルがしたい。なら、部活はしておくべきだろう。ノートの部活と書かれた部分にグルグル丸を付ける。そこまで書いて気が付いた。ボールペンで書いてる!


 やっちまった。これ消せないよ。修正液まみれで返すわけにもいかないし、人のノート破いて返すわけにもいかない。しかもこれ最初のページの裏表だよ。うわー。


 思わず頭を抱えていると「どしたの」と姫川さんが声をかけてきた。


 「ごめん、ノート、ボールペンで書きこんじゃって…」


 申し訳なく言うと、姫川さんは「いいよ。別に気にしないよ」とけらっと言ってくれた。いや、ありがたいのですが書いてある内容がね。


 まぁ、最悪中二病の妄想野郎って思われるだけかな。あーアオハルってなにそれおいしいの?

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― 新着の感想 ―
[良い点] ・やり直しを前向きにとらえる主人公、前が悲惨だっから… ・意外にやさしそうな姫川さん。いい雰囲気。 [一言] 悲惨な境遇から、高1に戻る展開がスピーディーでいいです。 確かに高1の初めなら…
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