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9話 二人のいない文化祭だから!

 夏休みも終わり、新学期が始まる。あたしは家の扉を開け、外に出る。もう何も怖いと思うことはない。


 あたしは4月、自分の家から出られなかった。でも、あたしを部屋から連れ出してくれた人がいた。あたしにも仲間が出来た。友達が出来た。そして、あたしたちはある決心をした。


 「おはよう!琴美!」


 クラスメイトの芽衣があたしに声をかける。いつもあたしに声をかけて気にしてくれる。優しいクラスメイトだ。


 「おはよう。学校始まっちゃったね。」


 あたしがげんなりした声で言うと芽衣は困ったような笑みを浮かべる。そして心配そうな顔をしながら


 「学校嫌なの?」


 これはあたしが悪かったな。最近楽しくて、つい自分が元引きこもりだったことを忘れる。だから、あたしはいつも以上に明るく答えるのだ。


 「ううん。毎日すっごく楽しい!」


 「あれー、琴美じゃーん。あんたさー、まだ部活とかやってんのー?何部だっけ?陰キャ部だっけー?」


 クラスメイトの由佳だ。まるで、隣にいる芽衣のことは目に入らないかのようにあたしに声をかける。


 あたしは彼女のことがあまり好きではない。というより、はっきり言ってしまえば嫌いだ。いつも誰かの陰口を言ったり、あまり評判の良くない先輩たちと遊び歩いているようで、度々クラスで自身の軽犯罪自慢をしている。


 普段なら聞くだけで嫌気がさす彼女の言葉を、真に受けたりなんかしない。でも今回は事情が違った。


 「陰キャ部じゃない!天文部!あたし、あなたと友達になった覚えないんだけど!」


 友達を、仲間を馬鹿にされたのが許せなかったあたしはつい言い返してしまった。いつものように受け流しておけばよかった。


 「は?誰があんたなんか友達にしてやるなんていったんよ?勘違いすんなっての、キモ。先輩があんたと遊んでみたいって言ってたから声かけてやろうかと思ったけど、もういいわ。せいぜい陰キャ部のお友達とでも仲良くしてればー?」


 由佳の言葉にますます頭に血が上る。さらに反論しようとしたあたしを芽衣が制止する。


 「琴美、やめときなって。由佳の相手しても仕方ないって。いい噂も聞かないしさ。ほっとくのが一番だよ。」


 芽衣の言うことは至極全うだ。こんなことにでも腹を立ててしまうあたしはまだまだ未熟だ。


 こんな時、彼なら、どんな対応して事を沈めるのだろうか。彼が言われるがままになっている姿はあまり想像できない。かといって、口汚く言い返している姿も想像できない。きっと、あたしにはマネ出来ないような簡単な方法でスマートに受け流してしまうのだろう。


 だからこそ、あたしは、いや、あたしたちはある決心をした。


 放課後になり、部室へ行く。授業中は朝の件で頭がいっぱいで、授業の内容なんてまるで入ってこなかった。


 部室の扉を開くともう二人とも部室に来ていた。


 「やっほー!じゃ、第一回!文化祭出し物会議始めよー!」


 もやもやした気分を吹き飛ばす様にあたしは元気よく言った。


***


 夏休み明け、最初の部活、私は授業が終わるとすぐに部室に来た。


 「ふふ、一番乗り!」


 自分の中でキラッと効果音を入れ私は預かっていた鍵で部室を開けようとした。すると部室の扉は私が触れることもなく開いた。


 驚いて見上げると、大きな体に強面の顔、でもその視線は優しい真一が立っていた。


 「お、おつかれ。アハハ、もう来てたんだ。」


 もしかすると先ほどの独り言を聞かれてしまっていたのかもしれない。私は照れ隠しするように笑いながら挨拶をした。


 「お疲れ様。俺が一番乗り。優子は二番。」


 彼が口数少なく言う。やっぱり聞かれてた。恥ずかしい!顔がぼうっと熱くなるのを感じる。


 「琴美はまだなんだ。」


 私はごまかす様に彼に聞く。彼は静かに首を横に振る。まぁ、まだってことなんだろう。私も机に腰掛ける。


 夏休み中、私と琴美はある決心をした。それを真一に話すと彼も同意をくれた。


 「やっほー!じゃ、第一回!文化祭出し物会議始めよー!」


 元気に部室の扉を開け琴美が入ってくる。これで今日の部活は全員だ。部長も副部長もいない。


 そう、今日から文化祭まで、この三人で天文部の展示を完成させると決めたのだ。


 「じゃ、作戦を発表しまーす!まず、プラネタリウムを作ります!」


 私が言うと琴美が「おぉー」と歓声を上げてくれる。知ってたくせに。それに続いて真一も拍手をくれる。


 「役割分担です!まずあたしと優子で星の地図を作ります!」


 「俺は?」


 琴美が私たちの役目を発表すると真一は身を乗り出して自身の役割を聞く。


 「真一には私たちが作った星の地図を被せるための骨組みを作ってもらいます!」


 私は真一の役割をビシッと指さして言う。真一はうむむと唸って、重々しく口を開く。


 「でも、この三人だと難しそう。」


 真一の言うことは的を射ている。事実、私と琴美は夏休み中二人でいろいろ調べていた。しかし、実はプラネタリウム作りはかなり難易度が高いのだ。でも私たちはやり遂げると決めた。だからその準備もちゃんとしていたのだ。


 「だから今回は助っ人がいます!」


 「化学の源先生に応援をお願いしましたー!」


 そう、私たちは今回の件で化学の源先生に協力を依頼したところ、快く引き受けてくれたのだ。今回色々計算してプラネタリウムの設計図を作ってくれたのだ。源先生は望遠鏡の時の件といい、天体観察の時といい、私たちに良くしてくれている。


 「作る星空はもう決まってるの?」


 真一が聞く。もちろん、それも決めている。


 「もちろんです。今回私たちが作る星空はこれだー!」


 こうして、美海も誠もいない、私たちのプラネタリウム作りが始まった。


 私たちの文化祭まであと三週間!


 連日、私と琴美はアルミ製の薄い板に星座早見盤を見ながら小さな穴をあけていく。裏に源先生が指定した位置の番号を振りまた次の板の制作をする。これがかなり大変で穴の大きさが、小さすぎると見えなくなるし、大きすぎるとまるで月のようになってしまう。そして、最後にはこの板が球体に近い形になるよう考えながら作る必要があるのだ。


 真一は真一で苦労しながら骨組みを図面に倣って組んでいく。いつの間にかなな先生まで駆り出されて一緒にうんうん唸りながら組んでいた。


 文化祭が近くなるとクラスの出し物も手伝わなくてはならない。それまでに何とか形にしたくて私たちは毎日日が暮れるまでプラネタリウム作りをした。


 一週間後、私たちの努力が実ったのかプラネタリウムは完成した。思ったより早く完成したのでほっとする。三人で部屋を暗くしてプラネタリウムのライトをつける。


 部屋に目的にしている日の星空が映し出される。見たところバッチリだ。私たちはいったん胸を撫でおろし、それから歓声を上げた。


 「やったね!私たちにもできたね!」


 「いつも誠と美海に頼りっぱなしだったもんね。二人とも喜んでくれるかなぁ。」


 「大丈夫だよ!だって、あの二人のために作ったんだもん!よろこんでくれるよ!」


 明日からはクラスの出し物の準備も始まる。間に合ったんだ。


 嬉しかった。いつも頼っていた二人に恩返しができる。何より、やっと自分たちの力で何かを成し遂げられた。とってもすごいものを作ることができた。私たちもやればできるんだ。そう思った。


 だから…翌日、無残に壊されたプラネタリウムを見た時、涙が零れた。


***


 許せない…許せない…許せない!


 誰がこんなことを。この一週間、いや、準備も含めたらもっと前から。あたし達はずっと準備をしてきた。


 あの二人に恩返しをしよう。あたしたちの力で成し遂げよう。そう誓い合って頑張ってきた。


 そしてやっと昨日、それが形になった。それから漏れる光は部屋に夜空を作り出した。嬉しかった。あたしたち三人にもできることがあった。そう思えた。


 でも今日。部室に来ると全てが変わった。部室に着いてすぐに異変に気付く。割られた窓。嫌な予感が全身を駆け抜けた。


 急いで部室に入る。そこにそれはあった。


 バラバラになった骨組み。切り裂かれた星の地図。割られた電球。


 あたしたちの夢はバラバラに壊されていた。


 「なんで。なんでこんなこと。」


 隣にいた優子の瞳から涙が滴る。真一も呆然自失に立っている。あたしも手が、足が震えた。みんな立っているのもやっとなんだろう。


 本当に許せない。


 震える手で壊されたそれの破片を拾う。


 あたしの目からも涙が零れた。


 三人で壊されたプラネタリウムと割られたガラスの掃除をする。手が震えて上手く拾えない。


 「だ、大丈夫だよ。一週間で作れちゃったんだからさ。もう一回同じの作るだけだよ。」


 声まで震えてて、なんか情けない。ほんとに情けない。


 「無理だよ。もうクラスの出し物もしなくちゃいけないしさ。今までみたいに掛かり切りにもなれないし…」


 優子の言うことももっともだ。だからこそ昨日までに完成させる必要があったのだから。でも、このまま、あきらめるなんて…悔しい。本当に悔しい。


 「あなたたち、大丈夫!…なにこれ…」


 様子を見に来たなな先生が部室に飛び込んでくる。きっと割られたガラスに目が行ったのだろう。


 状況を察したのか、先生は血相を変えて部室を飛び出した。


 「待って!あの二人には言わないで!心配かけたくない!」


 先生にすがるように言う優子。涙が溢れて声も枯れている。


 「でも、こんなの黙ってられるわけないじゃない!見たらわかっちゃうわよ!」


 「直すから!元通りに直すから!私たちだけで!だから…」


 優子の声は擦れ擦れで聞いていられない。


 「お願いします。きっとあの二人に話したら、何とかしちゃう。でもそれだけじゃダメなんです。あたしたちが成し遂げないと!あたしたちの力でやんないとダメなんです!」


 あれれ、おかしいな。口を開いたらあたしまで涙が止まんないや。どうしたら止まってくれるの…


 「わかった。あの二人にも一応状況は言わなきゃだけど、作り直しはあなたたちが自分でやりたいってことで伝えるわ。じゃないと、二人がこの状況見たらなにしでかすかわかったもんじゃないわ。」


 「そうですね…ありがとうございます。」


 先生は踵を返し、歩いて行った。これでよかったのだろうか…


 あたしたちはその後も掃除を続けた。その間、誰も話さなかった。あらかたの掃除を終え、割られた窓を新聞紙とガムテープでふさぐ。そうこうしている間にもうずいぶんと日が傾いていた。


 少しずつ日は短くなってはいるものの、これくらい薄暗くなるともう時間も遅くなっていた。下校時間はもう過ぎているのだろう。


 部室を出て三人で中庭に出る。すると下品な笑い声が響いてきた。


 「おー、陰キャ部でてきたぞー!泣いた?泣いてたんじゃね?」


 あまり見覚えがあるわけではないが見る限り三年生だ。それに見覚えのある顔、由佳だ。三年生が四人そして由佳があたしたちを取り囲んだ。


 「由佳…あんたたちが!」


 「はぁー。なんのことー。陰キャ部の部室にあったゴミの事なんて知らないんですけどー。」


 「ゴミじゃない!あんたたちがやったんでしょ!」


 「は?知らねーつってんだろブス!もうこいつ、マジやっちゃってよ。」


 そういうと由佳は隣にいるリーダー格の男に合図する。由佳の隣でニヤニヤ笑っていた男はあたし達との距離を詰めた。


 「おー!やっぱイケてんじゃん。一回遊んでみてーと思ってたんだわ。陰キャ部にゃ勿体ねーって。」


 「こっちの子も可愛いじゃん、おら、可愛がってやるからさ。」


 下品な男達が手を伸ばして近づいてくる。醜悪な笑みは見るだけでも吐き気がする。


 「やめろ。」


 怯えるあたしたちの前に真一が身を乗り出した。こういう時、男子は頼りになる。真一は体格も良い。なんとかしてくれるかもと淡い期待を抱いた。


 「なに?こいつデケー奴だな。ヤローには興味ねえよ。すっこんでろボケ!」


 そいつはいきなり真一のお腹に蹴りを入れる。それを皮切りに男達が真一を殴る蹴る。


 「やめてよ!なにすんのよ!あたしたちが何したのよ!こんなことしてどうなるかわかってんの!?」


 「はぁー?知らねえよ。陰キャ部がチョーシのって前出てくんのがわりーんだろが。」


 そう言いながら、その男は倒れている真一にまた蹴りを入れる。真一も負けじとその男の足に組み付く。


 「ウゼーって言ってんだろが!」


 そういうと男たちは一斉に真一を蹴る。その光景を見ながら笑う由佳。


 「なんでこんなことするのよ。何が気に入らないのよ!」


 「はぁ?陰キャ部がチョーシのってるからでしょ。お前ら私たちが見逃してやってるから楽しく過ごせてるんだろ?わからせてやるよ!」


 由佳がそう言うとまた男達があたし達ににじり寄ってくる。真一ももうボロボロだ。もう立てないだろう。


 「きゃあ!」


 優子が腕を掴まれ悲鳴を上げる。あたしも腕を掴まれ恐怖に震える。


 「学校んなかでヤッちゃう?それ、ヤバいっすか?ヤバいっすか?」


 男たちの顔が眼前に迫ってくる。誰か。


 きっと、この世界にヒーローなんていない。夢は呆気なく壊されて、努力は踏みにじられる。あたしたちが泣いても、こいつらはそれを見て笑うんだ。


 悔しい。何もできない自分が悔しい。友達一人守れない自分が悔しい。すぐ何でも人に頼っちゃう自分が悔しい!


 こんなことなら部屋から出なきゃよかった。ずっと部屋の中に居たら、こんな悲しい思いも、悔しい思いもせずに済んだのに。


 …こんな自分、嫌だ!嫌だからって、すぐに自分の殻に閉じこもろうとする自分なんて、嫌だ!負けたくない!こいつらなんかに。弱い自分に!


 「…気持ち悪いんだよ!汚い顔近づけてくんなよブタザルヤロー!」


 あたしは精一杯の虚勢を張った。怖くて仕方なかった。でも真一はあたしたちの前に出て守ってくれた。優子はあたしが怖がらないように必死で声を我慢してくれた。きっと二人とも怖かったんだ。


 ヒーローはいたんだ。いつもすぐ隣に。


 あたしを一人の部屋から連れ出してくれたヒーローがいた。


 あたしたちを見守って導いてくれるヒーローがいた。


 あたしに優しく星を見せてくれるヒーローがいた。


 あたしと友達に、親友になってくれたヒーローがいた。


 だから、見てるなら、神様でもお星さまでも、見てるなら助けてよ!ヒーロー!


 「助けてよ!」


 私は力いっぱい叫んだ。


 「何こいつ、泣きながら虚勢張ったと思ったら助けてよーだって、マジウケる!でも大声上げちゃうような奴はお仕置きだよなあ。」


 男が振りかぶる。ダメだ、殴られる。怖い…


 その時だった。


 流れ星、いや、隕石が落ちたのだと思った。


 ドン!と大きな音がしてそちらを見る。


 そこには顔に体操服を巻いた男子生徒が立っていた。


 その人がどこから来たのか、わからなかった。だって、さっきまではどこにも気配すらなかったのに。


 「なんだテメー気持ち悪いコスプレ野郎かよ!ぶっ殺すぞ!」


 男がその男子生徒に殴りかかる。


 ドサ。


 男は崩れ去る。


 何をしたのか、わからなかった。男子生徒が腰を落としたと思ったら、男は胸を押さえ倒れたのだ。


 「なんだこいつ、マジシャレにならねーことしやがって。」


 男たちが男子生徒を取り囲む。


 「こいつマジぶっ殺してやる!」


 男たちは一斉にその男子生徒に殴りかかる。ダメだ、やられる。逃げて!


 そう口にする刹那、あたしは目を疑った。男子生徒は目にも止まらぬ速さで右に左にそうしただけで、男子生徒の両隣の男たちは地面にうずくまる。そこにはリーダー格の男と男子生徒が立っているのみである。


 「なんだお前、ナニモンだよ。マジで殺してやるからよ。」


 そう言いながらリーダー格の男は懐から、鈍く光るナイフを取り出した。


 ここまでイカれた奴らだったなんて。あたしは心底恐怖した。


 「お前らかよ。人の努力踏みにじって…人の夢を笑って…精一杯今を生きられないクズ野郎共。」


 聞き覚えのある男子生徒の声。体操服で顔を隠していても、すぐわかる。だって、春先に扉の向こうから何度も聞いた声と同じだったから。


 「はぁ?何クセーこと言ってんだコスプレヤロー。マジぶっ殺してやるからな。」


 リーダー格の男は頭に血が上り顔を真っ赤にして言う。こいつ、ほんとに刺す気だ。


 「危ない!後ろ!」


 突然、優子が声をあげる。最初に倒れた男が男子生徒の後ろから殴りかかっていたのだ。


 咄嗟に身を翻しその男の腹に蹴りを入れる男子生徒。倒れる男の顔を蹴り上げる。


 「お前ら、楽しかったんかよ…人を見下した気になって…人を傷つけて…俺の、友達殴ってくれて、お前らそんなんが楽しいのかよ!」


 男子生徒は声を荒げる。


 「は、今更ビビったんかよ。マジ殺してやるからな。多少強かろうがコイツで一撃だぜ!」


 リーダー格の男は仲間がやられても凶器を手にしている分余裕が出てきた。


 「死ねやぁー!」


 リーダー格の男は男子生徒に切りかかる。


 「お前らだけはぜってー許さねぇよ!」


 男子生徒は目にも止まらぬ速さでナイフを蹴り飛ばし男の顔面に拳を叩きこむ。


 男は声にならない悲鳴を上げ吹き飛んだ。


 終わった。助かった。あたしはそう思うと全身から力が抜けていくのを感じた。


 だが、終わらなかった。終わっていなかった。


 男子生徒はリーダー格の男に馬乗りになり、殴り続けた。


 「お前らに痛みがわかんのかよ!殴られる痛みが!踏みにじられる痛みが!わかんねえんだったらわかるまで教えてやる!お前らなんかに壊されてたまるかよ!お前らなんかに汚されてたまるかよ!お前らになにがわかるんだよ!毎日ただ、生きてるだけのお前らになにがわかるんだよ!」


 男子生徒は、泣いている。表情はわからない。巻いた体操服は返り血で真っ赤だ。でも声を聞いていると…わかる。泣いている。


 「もうやめて!もう死んじゃう!誠!」


 隣の優子が声をあげる。しかし、男子生徒は声が届いていないのか殴るのをやめない。


 「誠!ダメだって!誠が悪くなっちゃうよ!」

 

 あたしもたまらず叫ぶ。しかし、男子生徒の手は止まることはなかった。


 だめだ。あたしたちの声が届くことはない。男子生徒はこの男を殺してしまう。そう思ったとき、校舎の中から走ってくる人影が見えた。


 「やめてー!もうやめて!誠!もう十分だよ!もうあなたが傷付かないで!」


 人影は美海だった。男子生徒の腕にしがみ付き泣きながら声をあげている。

男子生徒はそこでようやく拳を止めた。


 そして美海にうずくまり、静かに肩を震わせる。そんな男子生徒を美海は優しく抱きしめ、そっと背中を撫でた。


 「真一君、保健室に連れてってあげて。」


 美海はあたしたちに優しく微笑む。優子と二人で真一を起こし、肩を貸す。


 今は彼らに入っていけない。あたしも優子も美海には適わない。そう思いその場を後にしようとした。


 ドサ


 嫌な音がして、振り返る。


 倒れる男子生徒、しがみ付く美海。そして、赤く染まったナイフを震えた手で持ちその場にへたり込む女生徒。


 「いやぁぁぁ!」


 美海の悲鳴が響き渡る。


 「き、救急車!並木先生、早く!」


 真一が言う。あたしと優子はハッと我に返り保健室へと走った。


 保健室はすでに閉まっており、職員室へと急ぐ。


 「並木先生!誠が!誠が!」


 あたしたちの声を聞いた先生たちが慌てて駆け寄ってくる。


 「なんだ、どうかしたのか、キミたち。」


 「あ、あの、並木先生は!?」


 あたしたちの声を聞いたのか並木先生が顔を出す。


 「あら、こっちに来るなんて珍しいわね。どうかしたの。」


 「せ、先生、救急車!誠が!」


 並木先生はおおよその事情を察したのかすぐに119番に通報する。なな先生もすぐにかけよってくる。あたしたちはその横で事情を説明する。


 「刺されたんです!ナイフで!今、中庭で倒れてて!」


 そしてあたしたちと数人の教師で急いで中庭に向かった。


 そこには先ほどのまま、倒れた誠。その隣で誠の手を握り泣く美海。未だナイフを握りしめたまま茫然自失の由佳。倒れた数人の男達。顔を腫らせボロボロになった真一。


 並木先生はすぐに誠に応急手当をする。


 そして、駆け付けた救急車に誠は運ばれていった。


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