表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/56

4話 いきなり核心なんて認めないから! その2

***


 いよいよGWに入り、俺は今駅にいる。昨日の夜メールでの呼び出しを受けたのだ。相手は並木先生…ではない。


 「おはよー。誠君。」


 俺を見つけ元気に駆け寄ってくる。


 そう、我らが天文部オタク担当姫川優子だ。


 「おはよう。一応もっかい確認なんだけど今日なにするの?」


 一応メールで聞いてはいる。聞いてはいるが、やはり確認しておきたい。


 「もちろん!オ・タ・カ・ツ!!」


 目をキラキラさせながら最新のアニメネタをぶっこんでくる。


 「じゃ、街の方に行くのかな?」


 「そうだねぇー、昼過ぎには街のメイドカフェ行ってみたいしー。いろんなお店も回りたいんだよー。誠君は何かいいお店知ってる?」


 聞かれて記憶を辿る。専門学校時代のオタク友達と遊びに行ったときは結構いろいろ回った覚えがある。


 「優子の趣味に合うかわかんないけど、いい?」


 「いいよー。誠君チョイスの優良店おしえておくれぇー。」


 優子は今にもだらだら涎を垂らしそうな勢いだ。もういろんなキャラが混ざり合って原型を留めていない。


 俺はしばし考え中心街よりも手前3駅のところで下車した。


 駅から降りてしばし歩く。駅前は商店街になっており、休日の賑わいはあるものの、やはり街中の賑わいに比べると寂れた雰囲気を醸し出している。


 「誠君、こんなところにアニメストアなんてあるのかなぁ。」


 優子のテンションは先ほどとは見るからに下がっている。確かにこんなところに街中のような華やかなアニメショップはありそうにもない。


 「お、ここだ!」


 俺が連れてきたのは入り口にTA〇IYAのシールが貼ってある模型屋さんだ。


 「誠君、プラモデル見るの?私、ちょっと守備範囲外というかー。」


 優子は気まずそうに言う。迫害されやすいオタクとしてもあまり他人の趣味にとやかく言いたくはないが、あまりに落胆が大きかったのだろう。


 「フッ、優子さんや、そんなことを言って良いのかな。」


 肩を落とす優子を引いて店内に入る。


 「おぉー!!こんなところに”かりたん”のフィギュアがー。こっちにはコミケ限定販売のはずの”まるまる君”の限定キーホルダー!」


 まるで小さな子供のように店内を見て回る優子。そう、ここの店主は知る人ぞ知るアニオタ店主。模型屋の看板を隠れ蓑にニワカお断りを貫く硬派主人の店なのだ。なのでここにプラモデルを買いに来るとすごくがっかりする。


 二人で店内を見て回る。優子はあれを見、これを見してはその都度解説を挟む。そのうち何点かのアイテムをうぅーむと迷いつつ品定めして小物を中心に選び会計を済ませていた。


 「いやー、最高のお店でしたなぁー!誠どの!満足!満足!」


 店に入る時とは打って変わったテンションで優子は満面の笑みで買った商品を両手で抱えながら言う。


 「こんな商店街にこんな隠れた名店誠君、よく知ってたねぇ。」


 「そうだろ。普通に考えてこんなところノーマークだからな。隠れた名店だからこそGWにも全然人も多くない。最高だろ?だけどな、ここはこれだけじゃないんだぜ?」


 優子を連れて店の反対側に回る。するとそっちは駄菓子屋になっており見た目はなんの変哲もない。


 「駄菓子屋さん?お菓子買うのかな?こういう駄菓子屋さん懐かしいよねー。」


 「おいおい、優子さんともあろう方がさっきの模型屋の裏がただの駄菓子屋だとお思いなのか?」


 ニヤリと口角を上げて優子を見る。そして彼女を引っ張り店内に入る。


 「おぉー!なんですかここは!?ユートピアです!パラダイスです!シャングリラです!」


 そう、こちらも先ほどのひねくれ硬派店主が一緒にやってる駄菓子屋で外見は一見すると普通の駄菓子屋さんでその実店内の半分以上のスペースを埋めるガシャポン台。なのでここに駄菓子を買いに来るとものすごくがっかりする。


 しかも先ほどの模型屋とは建屋が同じクセして店内からは互いの店が行き来できず、一度店の外から回り込む必要があるという念の入れよう。なので初心者はこちら側の存在に気付くことなく帰ってしまうという。


 ここでも優子は店内に設置された両替機で千円札を崩してはガシャガシャの機械を夢中に回していた。


 その間、俺はおまけ程度にある駄菓子スペースで適当に駄菓子を見繕う。


 「いやー、誠君、いや、誠様。こんなとんでもないお店を私に紹介するなんてキミは罪なオトコだよ。」


 ほくほくと優子が言う。いや、アニメネタ使ってるみたいだけどそれ結構危険なセリフだからね。


 「結構…いや、かなり買ったな。ていうか、予算オーバーじゃないかそれ?」


 優子の両手にはすでに3つの紙袋がパンパンにぶら下がっている。そのうち2つを手に取りながら歩く。


 「おや、イケメンなところあるじゃないですかー。私がオタクじゃなかったら惚れてますよー。」


 「はいはい。お腹減ったろ?そろそろ街の方行くか。」


 時刻はもう11:30を回っている。目的の店に着くころにはかなりいい時間になっているころだろう。


 また電車に乗り3駅。中心街までやってきた。そのまま駅の地下街の奥の方、優子の言っていたメイド喫茶にやってきたのだが…


 「うわー、混んでますねぇ。」


 さすがの優子も店から延びる長蛇の列を見てうんざりした声を上げる。


 「ここらへんでこういう店ここだけだから覚悟はしてたんですけどねぇ。」


 「他の店行くか?俺の知ってる店なら多分空いてるぞ?」


 「仕方ないですから、そちらにしますかぁ。メイド喫茶はまたの機会にしましょうー。」


 肩をがっくり落とし優子はしぶしぶ俺の提案に賛成する。俺は駅地下から出てすこし山側に歩き住宅街の間にあるこじんまりとした喫茶店に来た。


 「ここですか。確かに人はあんまり、っていうか、ほとんどいませんね。大丈夫なんですか?」


 ジトっとした目で俺を見る優子。もうネタフリなんだよね?


 「まぁまぁ、見て気付かないなら入ってのお楽しみだからさ。」


 そういいつつ優子を押しながら店内に入る。店に入ってすぐに置いてある”まりり”のフィギュアを見つけ優子は立ち止まる。


 「ははーん、さてはここもオタクの店主サンがやってるお店ってわけですかー。流石にこれは二番煎じですなー。」


 「はっ!侮ってもらっては困りますな優子さん、俺はそんな底の浅い男じゃない!まだ気付いてない優子さんこそちょっとニワカなんじゃないですかー?」


 そう言いつつ目的の窓際の4人席を取る。


 「入ってしまえば普通のお店ですよねー。あったのは”まりり”のフィギュア一つだけ…」


 「ここのマスター普通の人だからな。オタクじゃないぞ。注文何するか決めたか?お勧めはミートスパゲティーとハンバーグプレートだぞ。」


 「はぁ、じゃあ、ミートスパゲティーで。」


 まだ訝し気に俺を見る優子。俺は視線を気にせずマスターにミートスパゲティーとハンバーグプレート。そしてメロンフロートとオレンジジュースを頼んだ。


 そして飲み物が運ばれてくる。マスターも何度かこういう注文を受け慣れているのか俺の方にオレンジジュース。優子の方にメロンフロートを置く。俺は一応マスターに写真撮影の許可を取る。


 「うぇ、せっかく頼んでもらっておいて申し訳ないのですが私炭酸苦手なんですよぉー」


 「まぁまぁ、オレンジジュース飲めばいいからさ、もうしばし待てだ。」


 ほどなく料理が運ばれてくるこれはフロートが溶けてしまわないようにマスターが料理の提供時間を考えている証拠だろう。


 「さて、名探偵優子君。まだ気付かないのかね。」


 俺は勿体ぶって優子に尋ねる。優子はうーんと唸っているがまだ閃かないようだ。


 「ヒントをあげよう。料理はこの内容をこの並びじゃないとダメなんだ。そして、マスターはオタでもないのに入り口に置かれた”まりり”のフィギュア。さぁ、まだわからないか?」


 そこまで言うと優子はばっと料理を眺め、視線を近くしたり遠くしたり、そしてたたたっと店の外に出て外からこの席の光景を見る。流石に気付いたようだ。


 「こここここ、ここは…もしかして”まりりちゃんの冒険”の…」


 「そう。”まりり”のいつも行ってる喫茶店。それはこの店。いわゆる聖地ってやつだ。」


 「しかもこの席!このメニューは!いわゆる原作再現!」


 そういうと優子は震える手で携帯の写メを取り続ける。


 「まぁ、それも楽しみの一つだが、この店は普通に美味い!冷めてもマスターに悪いし、食べようぜ。」


 そう言って料理を口に運ぶ。この店、アニメに出てくる喫茶店とカミングアウトされたのは確かアニメ公開からかなり後になってからだった。みんなも知らなければ来ようもない。


 なのでここは隠れた名店ということになる。もちろんカミングアウト後はアニメファンでごった返すことになるのだがそのカミングアウトが俺が専門学生時代だったのでまだまだ先のことだろう。


 食事中も終始テンションがMAXまで上がった優子のアニメ談義、今日買ったグッズの解説、”まりり”の原作再現に付き合った。


 その後もゲームセンター、大手アニメショップと数店を回り、再び待ち合わせた駅へと戻ってきた。俺から荷物を受け取り優子の両手はもう一杯だ。


 「大丈夫か?家まで送っても良いんだぞ?」


 「いえいえ、ご心配はご無用ですって。ウチここからすぐそこなんで。それより今日は本当に楽しい一日でしたよ。」


 「ああ、俺も楽しかったよ。あいかわらず優子はオタカツ中は目がキラキラしてていいな。」


 何気なく言った一言に優子は顔を赤くする。はて、今日はもっと過激な発言もいっぱい言ってた気がするのだが。どうやらアニメキャラが入ってきてるときはそんなに気にならないらしい。


 「あの…迷惑じゃなかったら、また付き合ってほしいと言いますか…」


 珍しく優子がしおらしくなりながら訪ねる。


 「おう。またいっぱい回ろうぜ。迷惑なんかじゃないからな。俺も誘ってもらえて嬉しかった。」


 そういうと、また優子は顔中に笑みを浮かべる。確かに自分の趣味のお出かけは相手も楽しめたのか不安になるからなぁ。


 「では、わたくしめは今日は失礼するであります!」


 そう言いながら荷物でいっぱいの手でビシッと敬礼をし、彼女は自宅があるのであろう方に走っていった。


 これが青春というのだろうか。確かに仲のいい友達と出かけたり、お昼食べたり、いろんなことをする。紛れもない青春のはずだ。しかし、違和感が拭えない。理由はわかっている。なぜそうなのかも。もっと流されなければ。飛び込んで。翻弄されて。かき回されて。かき回して。そして、いろんなものに傷をつけていく。昔から何も変わってない。寧ろ躊躇いがなくなっている分性質が悪い。


 そうじゃない。ここだ。ここを変えなければ俺の人生は何も変わらない。しかし、方法がわからない。もしかしたらわかっているのかも知れない。ただ、もう少し、もう少しだけモラトリアムでいたいのだ。それが俺の弱さなのだろう。


 時計を確認しようと携帯を開いたところメールが来ていることに気付く。差出人は並木理子。並木先生だ。


 「明日会える?」


 タイトルも装飾もなく本文にたったそれだけ。


 黒い感情が増幅する。


 「はい。どこに行けばいいですか?」


 こちらも簡潔に返す。


 明日、どう話したものやら。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ